映画『世界の涯ての鼓動』 ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
ヴィム・ヴェンダース監督がジェームズ・マカヴォイとアリシア・ヴィキャンデルを主演を迎えた映画『世界の涯ての鼓動』が8月2日(金)より公開。webDICEではヴェンダース監督のインタビューを掲載する。
物語はフランス・ノルマンディーの海辺にあるホテルで生物数学者の女性ダニーとMI-6の諜報員ジェームズが出会うところから始まる。5日間の滞在で情熱的な恋に落ちたふたりだが、ダニーは生命の起源を解明する調査のためにグリーンランドの深海へ、そしてジェームズは爆弾テロを阻止する目的で南ソマリアに潜入。窮地に立たされるふたりのそれぞれの思いが回想シーンとともに描かれていく。アリシア・ヴィキャンデルとジェームズ・マカヴォイの演技のアンサンブルがいささか荒唐無稽な筋書きにリアリティを与えている。そして、このインタビューでも語られているように、ヴェンダース監督のジハード主義者に対する冷静な眼差しが、メロドラマチックなラブストーリーという枠を越えて、テロリズムが日常に潜む現在でどう生きるかという命題を投げかけている。
「僕が映画で過激派やジハード主義者を描く時は、彼らを人間として描くしかないと思っていた。つまり、ある信念を持つ人間として描くということだ。その信念自体には共感はできないとしても、真剣に向き合ってみようと思った。そのアプローチしか考えられなかったんだ」(ヴィム・ヴェンダース監督)
どう映画化すべきか分からないからこそ、
作ってみたくなる
──本作に関わったきっかけについて教えてください。監督をしたいと思った理由は?
オーストラリアの新進気鋭のプロデューサー(キャメロン・ラム)が僕に会いに来て、「これをどうしても映画化したい」と、J・M・レッドガードによる原作小説『サブマージェンス(潜水)』を渡してくれた。
読んでみたら、恐ろしささえ感じる小説だったよ。その時はどう映画化すべきか見当もつかなかった。でも分からないからこそ作ってみたくなるんだ。
映画『世界の涯ての鼓動』ヴィム・ヴェンダース監督(左)、ジェームズを演じるジェームズ・マカヴォイ(右) ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
まず、物語の背景に興味を引かれた。作者は、バッググラウンドをしっかり調査して書いている。東アフリカやスンニ派の過激組織、ソマリアの情勢や人質のこと、そして深海探査についてなど、作者の知識から学ぶことがとても多かったよ。この小説を読むと、深海探査が重要であることが良く分かる。海底の調査は、地球が抱える問題の解決策につながるはずだ。
──ふたりの主人公ジェームズとダニーは、どんな人物ですか?
主人公ふたりの人物造形は原作でもすばらしく、エリン・ディグナムの脚本でさらに魅力が増した。MI-6である事を隠し水道事業の指導者と名乗る男、ジェームズ・モア(ジェームズ・マカヴォイ)と、若い大学教授の女性、ダニー・フリンダース(アリシア・ヴィキャンデル)。ジェームズには私が共感するところが多い。
このふたりは愛し合っている。お互いが運命の人であると気づいているが、それぞれ全く異なる分野に、深く心を捧げている。とても現代らしい題材で、ぜひ彼らを映画で描いてみたいと思った。
映画『世界の涯ての鼓動』アリシア・ヴィキャンデル(右)とジェームズ・マカヴォイ(左) ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
──ジハード主義者(イスラム過激派)の登場がジェームズの運命を変えることになります。
僕が映画で過激派やジハード主義者を描く時は、彼らを人間として描くしかないと思っていた。つまり、ある信念を持つ人間として描くということだ。その信念自体には共感はできないとしても、真剣に向き合ってみようと思った。そのアプローチしか考えられなかったんだ。
今(現実に)、彼らとの対話は成立しない。彼らは一方的に爆弾を仕掛け人を殺すだけだ。
だが過激派の人々にも素顔がある。もし、ジェームズ・モアのような男が彼らに出会ったら、その本心に興味を持つはずだ。
映画『世界の涯ての鼓動』 ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
マカヴォイは心の機微を表現する役もしっかりと演じられる役者
──主演俳優、ジェームズ・マカヴォイとアリシア・ヴィキャンデルをどう評価しますか?
ジェームズ・マカヴォイは、あの年代ではトップクラスの俳優だ。すばらしい演技を見せてくれる。『ラストキング・オブ・スコットランド』(06)はお気に入りの作品だよ。これまでに 彼は、スーパーヒーローを含めあらゆる役に挑戦している。バラエティーに富んだ役柄を演じていて、心の機微を表現する役もしっかりと演じられる役者だ。
アリシア・ヴィキャンデルは、しっかり準備をしてこの海洋生物数学者の役に臨んでくれた。アリシア演じるダニーは、20代ながら豊かな知性に恵まれ、大学教授の職を得て重要な研究に取り組んでいる。意欲的に研究に打ち込み、深海へ探査に出かけることも恐れない。そんなダニーに全力で取り組んでくれる俳優を探していて、アリシアはまさに適役だった。
映画『世界の涯ての鼓動』 ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
──フランス海洋開発研究所のサポートも得られたそうですね。
本作の撮影のために、フランスの国立研究機関に協力を求め、フランス海洋開発研究所(IFREMER)で、アタラントという名の船と潜水艦を借りた。IFREMERは、本作と同じ研究をしている唯一の機関だ。
黄色い潜水艦「ノチール」は、セットを作った。ビートルズの歌に出てくるイエローサブマリンによく似ているよね。
──撮影監督ブノワ・デビエについては?
『世界の涯ての鼓動』の撮影場所は、バラエティーに富んでいた。過酷な条件の場所もあったから、冒険好きの撮影監督が必須だった。そこで、ブノワ・デビエにお願いしたんだ。彼しかいないと思ったよ。
ブノワとは前に仕事をしたことがあって(『誰のせいでもない』『アランフエスの麗しき日々』)、なんにでも挑戦する撮影監督だと分かっていた。過去にはかなり危険な撮影もこなしているよ。彼はギャスパー・ノエとの仕事も多い(『LOVE【3D】』『アレックス』)。
映画『世界の涯ての鼓動』 ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
──イスラム過激派の配役、レダ・カテブ(サイーフ)、アレクサンダー・シディグ(ドクター・シャディッド)、アキームシェイディ・モハメド(アミール・ユスフ・アル=アフガニ)について、教えてください。
過激派の登場人物の配役にも苦労した。フランス人俳優のレダ・カテブが演じたサイーフは、自爆テロを試みたが、不発に終わり生き残ったという男だ。レダは撮影中、完全にサイーフになりきっていた。過激派を演じている彼と向かい合うと、恐怖を感じた。撮影中には本気でこんなことを思ったよ。「真夜中に出くわしたくない男だ」とね。
素顔の彼は優しい心の持ち主で、すばらしい俳優だよ。初めて彼を見たのは、フランス映画の『預言者』(09/ジャック・オディアール)だ。そのあと僕たちは、『アランフエスの麗しき日々』(16)で一緒に仕事をしている。
映画『世界の涯ての鼓動』レダ・カテブ(左)とヴェンダース監督(右) ©2017 BACKUP STUDIO NEUE ROAD MOVIES MORENA FILMS SUBMERGENCE AIE
アレクサンダー・シディグが演じたドクター・シャディッドは、ジハード主義者と行動を共にする、医師であり過激派という、相反する二つの顔を持つ役だ。
そして、ソマリア出身で、実際に過激派原理主義を直接経験してきたアキームシェイディ・モハメドには、ずいぶん助けられた。まず、言葉の面で力になってもらった。彼がエキストラ全員に、ソマリア風の正しいアクセントを指導してくれた。そして彼は、本作に登場する紛争の現状にも詳しい。たとえば現地の服装や習慣など、細かいことにも精通し、現地の人々のふるまいも熟知している。アキーム無しでは不可能だったシーンもある。本当に世話になったよ。
(オフィシャル・インタビューより)
ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)
1945年ドイツ生まれ。『都市の夏』(70)で長編監督デビューを果たす。『ことの次第』(82)でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞、『パリ、テキサス』(84)ではカンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得。『ベルリン・天使の詩』(87)でカンヌ国際映画祭監督賞を、続編『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース』(93)ではカンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞。さらに、音楽ドキュメンタリー『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(99)が世界的に絶賛され、『Pina/ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち』(11)がアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされる等、ドキュメンタリー、劇映画ともに映画史に刻まれる名作を世に送り続ける。
映画『世界の涯ての鼓動』
8月2日(金)、TOHOシネマズシャンテ他にて全国順次公開ー
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ジェームズ・マカヴォイ、アリシア・ヴィキャンデル
原題:『Submergence』
2017年/イギリス/英語・アラビア語/カラー/ビスタサイズ/DCP/5.1ch/112分
字幕翻訳:松浦美奈
配給:キノフィルムズ/木下グループ