映画『エマの瞳』 ©Photo by Rocco Soldini
イタリアの名匠シルビオ・ソルディーニ監督が、自立して生きる目が不自由な女性とプレイボーイの関係を描く映画『エマの瞳』が3月23日(土)より公開。webDICEではソルディーニ監督のインタビューを掲載する。
ダイアローグ・イン・ザ・ダーク(グループで暗闇に入り視覚以外の感覚を使って対話するイベント)で知り合った広告マンのテオは、整体師として働く盲目の女性エマと出会う。特定の恋人を持たず、出会ったばかりのエマと寝られるか同僚と賭けをするほどの女たらしであるテオと、フランス人の夫との離婚を経て自立して生きるエマ。イタリア産ロマンティック・コメディの雰囲気を踏襲しながらも、違う世界に住んでいると思っていた二人が惹かれ合う過程を「変化を受け入れる男の物語」として描いていくソルディーニ監督の手腕に舌を巻く。テオと出会ったばかりのエマが語る「私にはどんな色も大切。色で多くのことが分かる。見えると見えたままがすべてだから難しい。私たち(目の見えない人)には色の先にあるものが見える」という言葉が、違いを持つ人と人はわかり合えるのか、という普遍的なテーマを浮き彫りにしている。
「『エマの瞳』は、一見してかけ離れた二つの世界が出会うとどうなるか、という問いに衝き動かされた映画である。変化を受け入れる男の物語でもあり、自分自身の人生と向き合う勇気についての映画でもある」(ルヴィオ・ソルディーニ監督)
皮肉も自己諧謔もすべて受け入れる盲目の人びとを描く
──『エマの瞳』はどのような経緯で構想されたのですか?
この映画の元となるアイデアがゆっくりとまとまりだしたのは、2013年に発表した『多様な目』というドキュメンタリーの監督として、盲目の人びとと触れ合う経験をしたあとのことだった。このときわたしが発見した世界は、まさに自分の考えを覆すものだった。わたしたちはたいてい、身体障碍をステレオタイプでしか考えずに、いつも遠巻きに、しばしば憐れみを含んだ目で眺めている。しかしわたしは『多様な目』を監督したことで、生き生きと毅然に、好奇心を忘れることなく勇敢に生きる素晴らしい人びとに巡りあうことができた……唯一恐れていることがあるとすれば、彼らに向ける自分のまなざしが憐憫に浸ったものになってはいまいかというくらいのものだった。
映画『エマの瞳』シルヴィオ・ソルディーニ監督
わたしが出会った盲目の人びとは、皮肉も自己諧謔もすべて受け入れる。彼らはふつう考えられているような悲劇の人生を送っているわけではない。それどころか、むしろ堂々として陽気な人たちばかりなのだ。生まれつき目が見えない人も後天的に視力を失った人も、悲しみに暮れて時間を浪費する人なんてひとりもいない。どの人も仕事をもち、あらゆるスポーツに精を出し、定期的に会う友人や家族がいて、旅行もすれば読書もする……。
そのうち、はたと気がついた。こうしたことが映画で、特にフィクションで描かれているのを、わたしは一度も観たことがないのではないか。もちろん盲目の人物が登場することはあるけれど、通俗的な障碍者像をなぞっただけの場合がままみられるし、世を恨む人物だったり、憐れみを誘うための存在だったり、あるいは視覚以外の感覚が発達しているためにまるで超能力者のような役割を与えられたりもする……しかしわたしは、日常生活のなかで起きているような、真実を語る物語が見当たらないのが不満だった。『エマの瞳』は、そうしたわたしの想いから生まれた企画だ。
自分の目を使わずに世界を見ることを学ぶ
──主人公の女性エマそして男性テオのキャラクターについて説明をお願いします。
主人公のエマは、人生の岐路でいくつかの重要な選択をしてきた盲目の女性。整体師をしていて、自立心も強い彼女は、うまくいかない結婚生活を捨て、いままさにひとりで生きる選択をしようとしている。自分の人生が公園で散歩するように楽なものではないことを知りつつも、それを引き受け、最大限に満足のいく人生を送りたいと望む、強い女性だ。
映画『エマの瞳』 ©Photo by Rocco Soldini
一方、もうひとりの主人公であるテオは、わたしたちと同じように忙しい日々に奔走する男性で、イメージを扱う仕事をしているためか、見た目に人一倍気を遣う人物だ。恋愛には奥手で、本当の意味で別の誰かを気にかけたことはこれまで一度もなく、またわたしたちのほとんどがそうであるように、盲目の人間と交流をもった経験もない。エマといるとどうしても自分のペースが維持できず、彼女に惹かれていると気づいたときも、どうすればよいかわからずに動転するばかり。とうとうそこから逃げ出して、以前の自分に戻ろうとするのだが……しかしそんなことができるはずもない。
──制作のうえでどのように準備を進めましたか?
目の見えない友人たちの助けは、この映画を制作するにあたって欠かせないものだった。シナリオ段階からインタビューやより人数の多い会合を重ねるなかで彼らが考案したいくつものアイデアやシーン(なかには笑えるようなものもある)は、わたしたちの想像力だけではとうてい思いつかなかっただろう。しかも、彼らの教えが決定的な役割を果たしたのはこのときばかりにとどまらない。各場面の台詞回しの重要な細部を詰めていくとき、ある特定の動きをするにも目が見えない場合はどうするのか、といったことについて当事者からの意見をもらいたいときなど、のちのちまで惜しみない助言を授けてくれたんだ。
映画『エマの瞳』 ©Photo by Rocco Soldini
──エマを演じたヴァレリア・ゴリノとはどのように役作りを進めていきましたか?
ヴァレリア・ゴリノもわたしも、エマという人物を、多くの人と同じようにリアルな、作り物らしいところのまったくない盲目の女性にしたいと考えていた。そのためには、ディティールをひとつひとつ精確にする必要がある。しかもわたしたちは、ヴァレリアという女優に誰しもが抱いているイメージからかけ離れた人物としてエマを描くことも決めていた。実際に役柄にのめりこんで別人のようになれる女優はそう多くはない。だからこれは、幸いにして彼女がそうした役者のひとりであるからこその決断だった。
映画『エマの瞳』エマを演じたヴァレリア・ゴリノ ©Photo by Rocco Soldini
瞳を濁らせるにはコンタクトレンズをつけるとして、さらにヴァレリアには――撮影前に役者陣全員にする通常のリハーサルとは別に――「方向感覚と移動性向上」のための講習を受けてもらった。盲目の人たちがするのと同じように、市街地の歩き方や白杖の使い方、どうやって新しい空間を知り、自宅の動線をどう配置するかなどを、そこで教わるのだ。これほど左様に、自分の目を使わずに世界を見ることを学ぶというのは、けっして生易しい仕事ではない……。
──ではテオ役のアドリアーノ・ジャンニーニについては?
どんな映画も、それぞれに独自の言語を、音楽でいえばそれぞれの演奏者がもつ音調のようなものを備えていなければならない――そんな持論をもつわたしとしては、これまで用いた言語の使いまわしはしたくない。今回の作品で模索したのは、エマとテオをほとんど親密と呼べるくらい深く近づけてゆくようなストーリーテリングの手法である。そこには、二人をできるだけわたしたちに近しい、リアルな存在にするという意図が込められている。
映画『エマの瞳』テオ役のアドリアーノ・ジャンニーニ ©Photo by Rocco Soldini
つまりわたしは、観客が二人と同じ場所にいて、そこで起きる出来事に友人として参加しているような気持ちになってほしかったのだ。そのためには、アドリアーノ・ジャンニーニとの共同作業が不可欠だった。彼がテオを演じてくれたおかげで、わたしたちは好奇心と驚きに翻弄されつつ、エマの見ている世界の内部に引き込まれていく。とりわけ功を奏したのは、この俳優にテオの陽気さを見出せたことだった。エマはまさしく、テオのそうしたところに即座に惹かれたのだから。
──イタリア語の原題『Il colore nascosto delle cose(事物の隠れた色)』とつけた理由を教えてください。
原題の『Il colore nascosto delle cose(事物の隠れた色)』とは、目には直接見えないけれど後になってから明らかになる何かを示唆している。一見してかけ離れた二つの世界が出会うとどうなるか、という問いに衝き動かされた映画である。そのとき何が分かるのか?相手とどう関わるのか?そこで失われる代償、あるいは何か得られるものはあるのだろうか?もちろんこれは嘘でごまかして逃げ出す男の物語なのだから、彼を非難するのは容易い。しかしこれは、変化を受け入れる男の物語でもあり、自分自身の人生と向き合う勇気についての映画でもある。
わたしの友人でもある盲目の彫刻家のフェリーチェは、かつてこんなことを言っていた。「わたしたち盲人はラッキーよね、他の人なら盲信に見えることも、目が見えないってことで簡単に信じて進むことができるのだから!」
(オフィシャル・インタビューより)
シルヴィオ・ソルディーニ(Silvio Soldini) プロフィール
1958年、イタリア・ミラノ生まれ。 1990年に初の長編映画『L'ARIA SERENA DELL’OVEST』が、ロカルノ国際映画祭ほか多くの国際映画祭に招待される。1993年2本目の長編映画『UN'ANIMA DIVISA IN DUE』が、ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門で上映、ファブリッツィオ・ベンティヴォリオが最優秀主演男優賞を受賞した。1997年『アクロバットの女たち』では、ヴァレリア・ゴリノと初めてタッグを 組み、ロカルノ国際映画祭やサンフランシスコ国際映画祭に出品。2000年発表の ロマンチック・コメディ『ベニスで恋して』が好評となり、その名を一躍世界に知らしめる。カンヌ国際映画祭をはじめ多くの映画祭で上映されたほか、世界中で 配給され、スイス、ドイツ、アルゼンチン、ブラジル、アメリカでも多くの称賛を受けた。ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞9部門、ナストロ・ダルジェント賞、チャック・ドーロ賞9部門、フライアーノ賞、そしてヨーロッパアカデミー賞では3部門にノミネートされている。その後も、日本で劇場公開された『風の痛み』(02),『日々と雲行き』(07)など、多様な作風で精力的に制作を続ける。2013年の『多様な目』は視覚障碍者10人の生活を追ったドキュメンタリー作品で、この時に盲目の人々と触れ合った経験が本作を撮影するきっかけとなっている。
映画『エマの瞳』
3月23日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺、
横浜ジャック&ベティほか全国ロードショー
監督・原案・脚本:シルヴィオ・ソルディーニ
出演:ヴァレリア・ゴリノ、アドリアーノ・ジャンニーニ、アリアンナ・スコンメーニャ、ラウラ・アドリアーニ、アンナ・フェルツェッティ、アンドレア・ペンナッキ
原題:Il colore nascosto delle cose
英題:EMMA
配給:マンシーズエンターテインメント
2017年/イタリア・スイス/カラー/117分/イタリア語