骰子の眼

cinema

東京都 中央区

2019-02-21 23:00


J・ボールドウィンとハーレムの街へ敬意を捧げる『ビール・ストリートの恋人たち』

『ムーンライト』バリー・ジェンキンス監督が描くラブストーリー
J・ボールドウィンとハーレムの街へ敬意を捧げる『ビール・ストリートの恋人たち』
映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

アカデミー作品賞受賞作『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督が、ドキュメンタリー映画『私はあなたのニグロではない』の原作でも知られる作家ジェームズ・ボールドウィンの小説を映画化した『ビール・ストリートの恋人たち』が2月22日(金)より公開。webDICEではジェンキンス監督のインタビューを掲載する。

舞台となるのは1970年代ニューヨーク。妊娠中の黒人女性ティッシュとその家族が、無実の罪で逮捕された婚約者ファニーを助けるべく奔走する姿を描く物語だが、ジェンキンス監督は冤罪を巡る「被害者」との和解や黒人が置かれた社会的境遇の過酷さだけでなく、愛し合う二人にとっては世界が美しく輝いてみえる、ということを映像とセリフで表現する。彫刻家を目指し「家族のためのテーブルを作る」と夢を語ったファニーとティッシュが作り上げた家庭が物語の最後に辿り着いた場所を見るとき、「人は、他人を叩くのではなく、受け入れることついて語るストーリーを求めている」とムーンライトの際に語ったジェンキンス監督が再び思い出されるのだ。


「若いふたりのラブストーリーと、彼らの身に起きる不公平な出来事、その二つは真逆のものとして存在するからだ。まさに、ボールドウィンの二面性を複合させたようなもので、ティッシュとファニーの愛の純粋さと尊厳がアメリカの抑圧されたシステムによって奪われたこと、そして彼らにとってそれがどんなものあったのかを描いている。随筆集『次は火だ』にあるパワーがロマンスに組み合わさったようなものだね」(バリー・ジェンキンス監督)


ボールドウィンが立ち向かった問題は現代社会とつながる

──あなたにとってジェイムズ・ボールドウィンの作品はどんな存在でしたか?

最初にボールドウィンを意識したのは、「ジョヴァンニの部屋」と随筆集「次は火だ」だった。これらの作品を読んだことが、男らしさとは、また黒人の男らしさとは?ということを考えるきっかけになったんだ。彼の文章そのものではなく、研究してきたこと、観察してきたことの深さによって彼自身が浮き彫りになる手法に感銘を受けた。彼の遺産はとても豊かで大切なものだ。なぜなら、真実を描いた作家だから。ボールドウィンの力は、人々が共感できる物語を作り上げたところにあると思う。人はそれを“普遍性”と呼ぶのかもしれないが、彼は異なるインスピレーション源を元に物語を書いているから説得力があるのだと私は考える。ハーレム、フランス、トルコなどに住んだ経験の融合が、彼を唯一無二の作家にしたのではないかと思うんだ。

映画『ビール・ストリートの恋人たち』バリー・ジェンキンス監督 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『ビール・ストリートの恋人たち』バリー・ジェンキンス監督 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

──この映画の原作となる小説「ビール・ストリートの恋人たちビール・ストリートに口あらば」と出会ったのは?

2009年から2010年ごろに初めて読んだんだ。私はボールドウィン狂信者だったが、この作品だけは読んでいなかったんだよ。最初から、ティッシュとファニーの純粋で豊かで活き活きとした恋愛物語は映画にできるかもしれないと思いながら読み進めていたよ。ボールドウィンが育ったハーレムのコミュニティで描かれる黒人の恋愛とは違う視点で描かれているから。ある意味で異議を唱える小説だったんだ。

2013年に、自分自身をどこかに缶詰にして脚本を書き上げるべきだと考えた。小説のありのままをスクリーンに写すために、この小説を初めて読んだときの思いを翻案したいと思ったんだ。ほんの少しの生活費を持ってヨーロッパに渡り、ブリュッセルで『ムーンライト』を、そしてベルリンで『ビール・ストリートの恋人たち』の脚本を書き上げた。

──脚本化する際に気をつけていたのはどんなことですか?

この小説は1974年に出版されているが、現代に起きていることにもとても通じているんだ。そのため、脚本は70年代初頭が舞台になっていて、その時代を妥協なく描くことが私たちのボールドウィンへの敬意を表すことになると考えた。ボールドウィンは、彼が生きた時代を超えて生きる作家だ。彼は人間の条件について書き、地球上に人間が存在する限り、彼が立ち向かった問題は現代社会とつながりを持つだろう。

映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

会話劇によって登場人物の本心を見せる

──演出において心がけていたことはどんなことですか?

私は登場人物たちの会話劇がとても好きなんだが、すぐにあることに気がついたんだ。会話のシーンは、俳優たちがキャラクターの本心や態度ではなく脚本に書かれたセリフを発することから演技を始めていくうちに、次第にセリフの外の世界に移行していくことがある。アリバイを証言できる友人ダニエルとファニーによる10分から12分くらいのシーンがあるんだが、ブライアンは本心に触れるまで会話をあちらこちらに動かすことができる役者なんだ。それは私が黒人たちと会話するときに経験するようなものなんだが、会った瞬間は「調子はどうだい?」なんて会話が始まり、良かろうが悪かろうが答えはデフォルトで「まあまあだよ」と決まっている。だがタバコやビールと一緒に長い時間会話を続けているうちに、「まあまあだよ」が本当に意味することが顔を出すようになる。ブライアンの会話術によってファニーは自分でも気づかぬうちに心の支えにしていたようなものを露見させ、観客もそれを体感する。他人には心を許し内面を見せないものだと教えられているけれど、この二人の男は本心を見せる。私にとって、これこそボールドウィンの醍醐味なんだ。

映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

──この映画は、若いふたりのラブストーリーと、彼らの身に起きる不公平な出来事の両面を描いていますね。

そこが最も腐心した点で、その二つは真逆のものとして存在するからだ。まさに、ボールドウィンの二面性を複合させたようなもので、ティッシュとファニーの愛の純粋さと尊厳がアメリカの抑圧されたシステムによって奪われたこと、そして彼らにとってそれがどんなものあったのかを描いている。随筆集「次は火だ」にあるパワーがロマンスに組み合わさったようなものだね。

母親役レジーナ・キングの存在感

──キャスティングはどのように行われたのですか?

脚本執筆中は、役者を役柄に当て書きするようなことはなく、キャスティングの際に俳優たちがキャラクター像を見せてくれることを望んでいた。ティッシュについてはとりわけそういう気持ちで書いていたので、実際にティッシュ役を演じられる女優が現れたらすぐにわかるだろうと思っていた。キキ・レインは、脚本の中のティッシュが持つ強さと脆さ、賢さとナイーブさを併せ持った女優だった。

映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

原作では、ボールドウィンはティッシュの母シャロンの描写に力を注いでいた。シャロンはティッシュとファニーの愛と、娘の中に宿った新しい命を守ろうとするキャラクターだから。さらに、リヴァーズ家とハント家の二つの家族の間の軋轢を救おうとしている。レジーナ・キングならそれらの全てを見せられる上に、彼女の強さは自己犠牲の上に成り立っていると観客に気づかせることができる。シャロンは周りの人たちにとっては力強い存在だが、それゆえ自身に負荷をかけ、脆弱な部分を悟られずとしている。レジーナは作家でもあり、監督やプロデューサーの経験もあるので、映画製作の全てを知り尽くしていた。

映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『ビール・ストリートの恋人たち』母親役のレジーナ・キング ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

レジーナがシャロン役を演じるのならば、ティッシュと姉妹関係を織りなすアーネスティン役にはテヨナ・パリスが違うレイヤーを足してくれると考えていた。レジーナの娘役には優しさのある役者がいいと考えていて、テヨナがまさにその人だったんだ。

そして、リヴァーズ家の家長であるジョーゼフ役を演じたコールマン・ドミンゴは、私が願う父親の姿で、ティッシュが切望した父親像だった。コールマンの役者としての評判は先行していたし、レジーナ同様映画作りのプロセスを理解している役者だった。リヴァーズ家を作り上げる上で、彼こそシャロンが恋に落ち、結婚し生涯を共にする男性だろうと感じたんだ。

映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

撮影セットで、テヨナとレジーナとコールマンは映画初主演のキキを中心に繭のように身を寄せ合っていた。ティッシュはリヴァーズ家の一番小さな娘で、彼女はリヴァーズ家の愛の中心だったんだ。家族を作るようなキャスティングをしたわけではないんだけれど……。キャスティング・ディレクターのシンディ・トーランと作り上げたアンサンブルがこのような形になることが、映画を作っていて最も嬉しいことのひとつだね。

ファニー役のステファン・ジェームスのことは知っていたが、ファニー役という目では見ていなかった。でも彼のオーディション・テープを見たとき、“彼には何かがある”と感じて、再度オーディションを受けてもらい、彼ならファニー役を演じられると思ったんだ。そして、ジェームスがキキ・レインと並んだときの相性も抜群だった。

映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『ビール・ストリートの恋人たち』ティッシュ役のキキ・レインとファニー役のステファン・ジェームス ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

たくさんの顔をハーレムで撮影する必要があった

──撮影は実際にニューヨークのハーレムで行われたそうですね。

できるだけたくさん、そしてできるだけたくさんの顔をハーレムで撮影する必要があった。ボールドウィンの小説に、そしてハーレムの街に敬意を示すために。準備中は、自分のアパートメントの部屋の壁にたくさんの資料用写真をまるで壁紙のように貼っていた。小説とティッシュとファニーから受けた情熱に浸りたかった。キャスティングやロケーションを探している間に、映画のリズムみたいなものができあがる。イメージボードのようなものを作らなかったのは、どんな映画を作りたいかがその時期にとてもクリアになったからだ。

映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

──ハーレムのどんな場所を使って撮影を行ったのですか?

美術のマーク・フリードバーグは、初めて会った瞬間から私たちが作る映画は、実際の登場人物たちが本当に住んでいたような、愛情溢れた生活によって使い古されたような場所で撮影すべきだと言っていた。彼が見つけたハーレムのブラウンストーンは改装工事を行うために空き家になっていたので、キャストやスタッフが思い浮かべたリヴァーズ家を基礎から作り上げることができた。もちろん、建築法に則ってだけれど。彼らの家は、リヴァーズ家の愛情や思いやりが現れるような場所でなくてはならなかった。

映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

マークはファニーが住む地下のアパートメントに関するリサーチも入念に行って、もともとバスタブだったものに板をのせたダイニング・テーブルを準備した。そして、当時のヴィレッジにある欠陥住宅なら若いアーティストでも借りられるだろうと考えてくれた。このキズによって、ヴィレッジに一世紀以上も存在しているようなアパートに見えてきた。映画では誰も気づかないかもしれないけれど、マークにとっては必要不可欠なキズだったんだよ。

(オフィシャル・インタビューより)



バリー・ジェンキンス(Barry Jenkins) プロフィール

1979年11月19日生まれ、アメリカ・フロリダ州マイアミ出身。『Medicine for Melancholy』(08・未)で長編デビューし、ニューヨーク・タイムズ紙のA・O・スコット選で2009年の最優秀作品に選ばれた。2013年にはニューヨーク・タイムズ紙の“世界の映画界で観るべき20人の監督”の1人に選出された。長編2作目となる『ムーンライト』(16)で、第89回アカデミー賞において作品賞、脚色賞、助演男優賞の3部門を受賞。黒人だけのキャスト・監督・脚本による作品での作品賞受賞は史上初となり、まさに歴史を変えた一本となった。最新作には、米作家コルソン・ホワイトヘッドによるピューリッツァー賞受賞小説をドラマ化する、アマゾンの新リミテッドシリーズ「The Underground Railroad」が控えている。




映画『ビール・ストリートの恋人たち』 ©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

映画『ビール・ストリートの恋人たち』
2019年2月22日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

監督・脚本:バリー・ジェンキンス
原作:「ビール・ストリートの恋人たち」ジェイムズ・ボールドウィン著(川副智子訳、早川書房より近刊)
出演:キキ・レイン、ステファン・ジェームス、レジ―ナ・キング、コールマン・ドミンゴ、マイケル・ビーチ、ディエゴ・ルナ、エド・スクライン、ブライアン・タイリー・ヘンリー、デイヴ・フランコ、ペドロ・パスカル 他
2018年/アメリカ/英語/119分/アメリカンビスタ/カラー
原題:If Beale Street Could Talk
日本語字幕:古田由紀子
提供:バップ、ロングライド
配給:ロングライド

公式サイト


▼映画『ビール・ストリートの恋人たち』予告編

レビュー(0)


コメント(0)