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2018-12-13 23:30


ドイツを脱原発宣言へ導いたのは草の根市民運動だった『モルゲン、明日』

「日本人がドイツに学び、実践できることはきっとある」坂田雅子監督語る
 ドイツを脱原発宣言へ導いたのは草の根市民運動だった『モルゲン、明日』
映画『モルゲン、明日』©2018 Masako Sakata

前作『わたしの、終わらない旅』でフランス、マーシャル諸島、カザフスタンで核に翻弄された人々を取材した坂田雅子監督が、311以降脱原発路線を推進したドイツに赴き現地の人々の声を収めたドキュメンタリー映画『モルゲン、明日』が12月14日(金)よりアップリンク吉祥寺にて、12月21日(金)よりアップリンク渋谷にて公開。webDICEでは坂田監督のインタビューを掲載する。

インタビューのなかで坂田監督が「ドイツにできるなら、私たちにもできる」と言及しているように、この作品は2011年3月11日の福島の原発事故を教訓として脱原発へ舵を切ったドイツを賛美する作品ではない。坂田監督は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを用いエネルギーを自給しようとドイツで草の根で活動し、実践している人々に直接話を聞いている。そこで体感した「小さな私たちも集まれば大きな力になる」という思いが、観る者にシンプルかつ現実的かつ直接的な行動を起こしたくなるようなポジティブな気持ちを与えてくれる。


「取材中、ドイツ人たちから「日本はなぜ原発を止められないのか」と問われました。日本で進まない理由の一つには「長いものに巻かれろ」といったメンタリティーがあるのではないでしょうか?大事なのは下からの改革、地方分権と市民の連帯だとドイツの人々をみていて痛感させられました」(坂田雅子監督)


ドイツにできて、なぜ、日本はできないのか?

──今回、脱原発をテーマにされていますが、原発をめぐる問題に関心を持たれた経緯を教えてください。

私が原発について考え始めたのは東日本大震災以降です。当時、私は2作目の映画『沈黙の春を生きて』の編集作業中でした。「沈黙の春」で半世紀も前に薬害や公害を予言していたレイチェル・カーソンにならい、私たちも50年先に想像力を働かせて責任をもたなければ、という思いでいましたが、その編集中に、原発事故が起きたのです。

映画『モルゲン、明日』
映画『モルゲン、明日』坂田雅子監督

レイチェル・カーソンは「沈黙の春」で化学薬品も放射能も同じように人間の生命を傷つけると述べています。過去2作で枯葉剤についての映画を作ってきましたが、今度は原発についての映画を作らなければと思い、3作目となる『わたしの、終わらない旅』の製作を始めました。

初めのうちは福島にも取材に通っていましたが、問題があまりに複雑で、出会う人の数だけ心打たれる話があり、日々、状況も変わってゆく。どう話をまとめたらよいのか、悩みながら撮影していました。そんな中で、歴史的、地理的、物理的に引くことで、よりよく物事が見えてくるのではないかと、世界の核実験被害地や原発大国フランスをめぐることにしました。世界を旅する中で「どうして私たちはここまで来てしまったのか」と考えたかったのです。

映画の完成後、「私たちはこれからどこへ向かうのか?」という新たな疑問が私の中に湧き上がりました。そこで、福島の事故の3か月後に脱原発を宣言したドイツに取材に行こうと思いました。ドイツにできて、なぜ、日本はできないのか?両国の違いはどこから来るのか?それを知りたかったのです。

映画『モルゲン、明日』
映画『モルゲン、明日』©2018 Masako Sakata

歴史をあるがまま、客観的に伝えることが民主主義の基本

──ドイツでの取材はどのように進められたのですか?

当初、脱原発を決断したメルケル首相はなんて潔いのだろう、メルケルさんの話を聞きたいと思ってドイツに足を向けました。当然、簡単に会えるわけもなく、実現はしませんでしたが、ドイツで自然エネルギーの取り組みをしている人たちに取材を続けているうちに、脱原発はメルケル首相一人の功績ではなく、50年以上にわたる市民のたゆみなき抵抗運動の結果だということが分かりました。

映画『モルゲン、明日』
映画『モルゲン、明日』©2018 Masako Sakata

取材当初は過去の戦争との向き合いかたの違いが根本にあるのではないかと思っていました。ドイツはナチスの歴史をきちんと総括したけれど、日本は戦争責任をうやむやにしたままここまで来てしまったことが原因ではないかと。しかし、ドイツも日本同様、戦後しばらくは権力の中枢にナチスの残党が多くいて、誰もナチス時代のことを語りたがらず、過去の過ちに向き合おうとしてこなかったと知りました。

それが変わったのは、60年代後半の学生運動がきっかけでした。ベトナム戦争を機に広まった世界的な変革のうねりの中で、私と同年代の『68年世代』の若者たちが自分の親たちにかつて何をしたのかを問い詰め始めた。そこで初めて、戦争の負の歴史が語られるようになったのです。そして歴史をあるがまま、客観的に伝えることが民主主義の基本だと広く認識されるようになりました。

ドイツではあの時代の運動が学生だけでなく市民を巻き込んで広がり、やがて緑の党という環境保護の旗を掲げる政党が現れ、各地で反原発、環境保護、自然エネルギー推進など、幅広い市民運動が育ったのだと、取材を通して教えられました。

映画『モルゲン、明日』
映画『モルゲン、明日』©2018 Masako Sakata

一方、日本の学生運動はほぼ壊滅してしまいましたよね。そこがドイツと日本の大きな違いの1つだと思います。私はまさにその世代ですが、傍観者でした。でも、思想的な部分では、根本的なものを見たいという意味ではラディカルだったかもしれません。ラディカルというのは「根」という意味で、物事の根本を見るということなんです。いま、映画製作という形で社会と関わるようになり、いろいろな問題が繋がっているということが見えてきました。

取材中、ドイツ人たちから「日本はなぜ原発を止められないのか」と問われました。日本で進まない理由の一つには「長いものに巻かれろ」といったメンタリティーがあるのではないでしょうか?大事なのは下からの改革、地方分権と市民の連帯だとドイツの人々をみていて痛感させられました。

映画『モルゲン、明日』
映画『モルゲン、明日』©2018 Masako Sakata

「お上」に頼らず、草の根から社会を動かしていくことが大事

──坂田監督のお母様も草の根の運動を続けていらしたのですよね?

私の母は長野県の小都市・須坂で1970年代から反原発運動をしていました。手作りの新聞『聞いてください』をガリ版で100部刷り、須坂の駅前で一人で配り始めたのです。すごく勇気がいったと思いますが、でもその頃の私は、母の運動には全く理解がありませんでした。東日本大震災をきっかけに「聞いてください」を読み返し、あらためて母の運動の意味に気が付いたのです。

映画の中で、ドイツの人たちが80年代に開催した小さな、けれども当時では世界最大規模の太陽光発電の展示会を取り上げていますが、私はそれにすごく感動したんです。今では自然エネルギーに関する展示会は、世界的な規模で大々的に行われているけど、あそこが出発点だったのです。

ドイツではちいさな町やコミュニティで、そこに暮らす人々が自分たちでいろいろ考えて行動を起こしています。電力も地産地消で、例えばフライブルクでは市役所の窓や、高速道路の上にソーラーパネルが設置されています。

私の母もかつて仲間たちとお金を出しあい、20万円かけて太陽光パネルを設置したことがありました。小さな電灯が点いたことを喜んで、皆で記念写真を撮っているのですが、私はそれを見て、「20万円もかけて、こんな裸電球ひとつ点いたってしょうがないじゃない」と冷笑していたんです。でも今思えば、あれは大事な一歩でした。

映画『モルゲン、明日』
映画『モルゲン、明日』©2018 Masako Sakata

──日本でいま、私たちにできることはなんでしょうか?

日本とドイツ、簡単には比べられませんが、私たちがドイツに学び、実践できることはきっとあると思います。私たち一人一人の力は小さく、何も変えられないと思ってしまいますが、その小さな力が集まり、ドイツは変わってきました。「お上」に頼らず、草の根から社会を動かしていくことが大事なのだと思います。

この映画は「ドイツは素晴らしい」という映画ではありません。ドイツにできるなら、私たちにもできる。自分の手で明日(モルゲン)は作り出せるし、世界や未来は市民の手で変えられるということを伝えたいのです。ドイツの旅は私に大きな勇気を与えてくれました。

日本では原発再稼動が進み、政府や企業はその方針をなかなか変えようとしません。とはいうものの、自然エネルギーは広がり、国民の多くが脱原発を望んでいる。私たち市民がもう一押しすれば、状況は変えられるのではないかというターニングポイントにいると思います。この映画はそんな状況を一押しするものであってほしいと願っています。

今までの3作『花はどこへいった』『沈黙の春を生きて』『わたしの、終わらない旅』は社会運動的なものに直結していませんでしたが、この映画に関しては社会を変えていく方向に繋がって欲しいと思っています。明日に希望を持ち、そこへ向かってみなさんとともに一歩を踏みだしていければと思っています。

(オフィシャル・インタビューより)


坂田雅子(さかたまさこ) プロフィール

1948年、長野県生まれ。65年から66年、AFS交換留学生として米国メイン州の高校に学ぶ。帰国後、京都大学文学部哲学科で社会学を専攻。1976年から2008年まで写真通信社に勤務および経営。2003年、夫のグレッグ・デイビスの死をきっかけに、枯葉剤についての映画製作を決意。ベトナムと米国で取材を行い、2007年、『花はどこへいった』を完成させる。本作は毎日ドキュメンタリー賞、パリ国際環境映画祭特別賞、アースビジョン審査員賞などを受賞。2011年、NHKのETV特集「枯葉剤の傷痕を見つめて〜アメリカ・ベトナム 次世代からの問いかけ」を制作し、ギャラクシー賞、他を受賞。同年2作目となる『沈黙の春を生きて』を発表。仏・ヴァレンシエンヌ映画祭にて批評家賞、観客賞をダブル受賞したほか、文化庁映画賞・文化記録映画部門優秀賞にも選出された。2011年3月に起こった福島第一原発の事故後から、大国の核実験により翻弄された人々を世界各地に訪ね、取材を始める。2014年、それらをまとめ『わたしの、終わらない旅』として発表している。




映画『モルゲン、明日』
12月14日(金)アップリンク吉祥寺にて、12月21日(金)よりアップリンク渋谷にてロードショー

監督:坂田雅子
2018年/71分/日本
配給:リガード

公式サイト


▼映画『モルゲン、明日』予告編

キーワード:

坂田雅子 / ドキュメンタリー


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