骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2018-10-19 20:15


北欧発スーパーナチュラル・スリラー『テルマ』少女の秘められた力が初恋で覚醒する

『母の残像』の新鋭ヨアキム・トリアー監督による新境地
北欧発スーパーナチュラル・スリラー『テルマ』少女の秘められた力が初恋で覚醒する
映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys

カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品された『母の残像』などで注目されるノルウェーの映画監督ヨアキム・トリアーの新作『テルマ』が10月20日(土)より公開。webDICEではトリアー監督のインタビューを掲載する。

主人公となる大学生の少女テルマは、同級生の女性アンニャとの恋をきっかけに、自らの超能力に気づき、幼少期の記憶を手繰り寄せていく。インタビューでも様々なホラー映画の名前が登場するが、とりわけ少女の通過儀礼とホラーを組み合わせるという意味では『キャリー』『炎の少女チャーリー』といったスティーヴン・キングを彷彿とさせる語り口が特徴的。ホラー映画の系譜を受け継ぎながらも、ノルウェーの美しい自然とそこに漂う不穏な空気を、トリアー監督らしい繊細なタッチとゴア描写、主人公テルマの出自の謎解きと青春譚が絶妙な配分でミックスされている。

「2つのテーマを構想に入れようと思ったのです。ひとつは『母の残像』で描いた弟の成長の物語のような、そして『オスロ、8月31日』で描いた孤独のメランコリーのようなテーマ、もうひとつはホラー映画の要素です。特異なキャラクターの物語の展開として、想像以上の世界の中で視覚的な効果を上げていくことを考えるというプロセスはとても楽しいものでした」(ヨアキム・トリアー監督)

クローネンバーグ『デッドゾーン』的な超自然的物語を目指した

──監督のこれまでの作品『リプライズ』(06)、『オスロ、8月31日』(11)、『母の残像』(15)を見てきた観客にとっては、このスーパーナチュラル・スリラー(超自然的スリラー)をテーマにした作品は驚きだったと思いますが、本作を製作しようと思った理由を教えていただけますか?

率直に申し上げて、私はいつもその時に創りたいと思った作品を作っています。今回は何か新しいことに挑戦してみたいということで、これまでにない方向に進めてみました。想像の中で描くイメージよりも、強烈に表現された多くの映画を観て私は育ちました。ミケランジェロ・アントニオーニ、イングマール・バーグマン、そしてブライアン・デ・パルマという錚々たる監督たちの作品です。特に、デヴィッド・クローネンバーグの『デッドゾーン』(83)がとても好きで、それはまるでおとぎ話のようで、それでいてとても人間味にあふれている物語が、超自然的なフレームワークの中で起こっているという現実的な感じがとても好きなのです。

映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys
映画『テルマ』ヨアキム・トリアー監督(右)と主演のエイリ・ハーボー(左) ©PaalAudestad/Motlys

──『テルマ』の物語はどこで始まったのですか?

オスロを舞台にした魔女の物語のようなことを考えていました。ある段階にきたところで、私が映画通であるが故の企画を考えるのは中断して、共同脚本家であるエスキル・フォクトと一緒に1970年代の“ジャッロ”という呼ばれるイタリアン・ホラー映画をたくさん見ました。エイドリアン・ライン監督の『ジェイコブズ・ラダー』(90)、トニー・スコット監督の『ハンガー』(83)を見ながらヒントを得ようと思いました。私とエスキルは、ジャンルは関係なく、これらの映画が表現しているのは、不安と死、本当に実在するのかという疑問に対して、人としてどのように接するのかを描いているのではないかという会話をしたことを覚えています。それがこの作品の一部なのです。そして、私たちは特定のシーンやイメージのコンセプトから考え始めたのです。さらに想像することを進めるにつれて、テルマというキャラクターのアイディアが膨らんできたのです。

そして、2つのテーマを構想に入れようと思ったのです。ひとつは『母の残像』(15)で描いた弟の成長の物語のような、『オスロ、8月31日』(11・未)で描いた孤独のメランコリーのようなテーマ、そしてもうひとつはホラー映画の要素です。特異なキャラクターの物語の展開として、想像以上の世界の中で視覚的な効果を上げていくことを考えるというプロセスはとても楽しいものでした。

映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys
映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys

精神的なジレンマを表現する

──主演のエイリ・ハーボーは繊細な痛みを伴うテルマの感情を表現していました。若い女性の成長の物語とともに、他の女性への魅力を感じるという、彼女の信仰に背くという展開も魅力だと思います。

テルマは、彼女の両親を通して内在化した生活をしていたことで苦悩しますが、私は、それ故の純粋さと美しさを同時に表現したかったのです。彼女にとって真実の彼女を受け入れることはとても複雑です。興味深いことに、私は本作の編集をしていると同時に、ノルウェーの作家カール・オーヴェ・クナウスゴールが、絵画「叫び」を描いたノルウェー出身の画家エドヴァルド・ムンクの恐怖に支配された人生を語るドキュメンタリーを撮っていました。ムンクは、スカンジナビア文化の美しく、繊細で、喜びに満ち、鮮やかな絵も多く描き、エネルギーにあふれ、自身を理解する若い人々とも多くの仕事をしていたのです。

映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys
映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys

──あなたには、テルマが抑制されることによって起こす超常現象であるということが見えていたのですね。

私は、物語のスタートとして精神的なジレンマを表現するヒッチコックのやり方の大ファンです。子どものころのトラウマを描いた『マーニー』(64)、不安と罪の意識を描いた『めまい』(58)の中にはヒッチコックらしいお茶目さが表現されていて、それらに私自身影響を受けています。本作の場合は、人間の体に起こる不安です。映画の最初、若い女性が予期しない発作を何度も起こしますが、医学でも科学でもなぜ起こるのか明快に答えることができません。多くのリサーチをしたのですが、心因性非てんかん発作(PNES:Psychogenic Nonepileptic Seizures)は実際にある病気なのです。もちろん、超自然的なものとして診断はされていませんが、説明しきれない人体の中で起こっている精神的、身体の経験等に起因する多くの事柄が原因と考えられています。

──若い女性たちが主人公で、その一人の念動のシーンを見て思い出したのではスティーブン・キングでした。

確かに、『キャリー』(74)、『炎の少女チャーリー』(84)です。この作品たちはまるでギリシャの神話のようで、遅かれ早かれ主人公たちは彼女たちの運命に向かい合わなければならない。そして、物語は主人公が中心に描かれていて、スティーブン・キングは人間を描く素晴らしい作家だと思います。

映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys
映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys

オリジナリティを如何に作り上げられるのか

──キャスティングについてお伺いしたいと思います。どうして新人俳優2人を主人公に起用したのですか?

この2つの役のために1,000人以上の人を調べました。主演のエイリ・ハーボーは、演技の経験は少しはありましたが、訓練を受けた俳優ではありませんでした。しかし、エイリに出会ったとき、彼女が普通の才能の持ち主でないことはすぐに分かりました。彼女の持つ成熟さと純粋さは、主人公が大人になっていく成長の過程を表現できると感じました。予想したように、主人公と同じ年齢でもある彼女はテルマの感情をつかんでくれました。

この役柄に求める体力的な演技へのプレッシャーを乗り越えることができるかということに少し不安がありました。ヘビと一緒の演技に加え水中での演技の訓練を乗り越えなければならないのですから。それでも、彼女はスタントに頼ることなく、大部分を自分で演じたいと言ってくれました。彼女は痛みが伴う発作の演技も実際に起こっているように演じなければなりませんでしたので、CGIでの編集の可能性も視野には入れていました。私たちは彼女に、多くの兵士たちが訓練を受けている外傷後外レス解放のための自己誘導発作トレーニング(TRE:Tension&Trauma Releasing Exercise)を薦めました。彼女はこの自己誘導発作を学んでくれたのです。私はこれまでに、ひとつの役にここまで身体的にも精神的に徹底的に挑戦してくれる俳優には出会ったことはありません。

映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys
映画『テルマ』テルマ役のエイリ・ハーボー(右)と、彼女が恋するアンニャ役のカヤ・ウィルキンス(左) ©PaalAudestad/Motlys

カヤ・ウィルキンスはとても有名なミュージシャンです。ノルウェー出身とアメリカ出身の両親のもとに生まれたハーフで、現在はニューヨークを拠点に活躍しています。そして、今回俳優としての素晴らしい才能の持ち主であるということを証明してくれました。二人の女優の演技の応酬は、本作をダイナミックな作品にしてくれました。彼女は全てのことをとても簡単にこなしてしまうタイプで、ストレスが続く撮影の日々の中、周りの人々を落ち着かせてくれました。彼女はとてもクールな女性ですよ。

──俳優陣とはどのように接して、作品を作り上げていったのか少し教えていただけますか?製作準備、脚本とアドリブのバランスをどのようにしていたのか教えていただけますか?

スーパーナチュラル・スリラー映画の制作を考えたときに、「オリジナリティを如何に作り上げられるのか?」ということをまず考えました。そして、それは主人公のキャラクターを詳細に描くことによって、より微妙な違いを作り出すことができるのではと思いました。それは、イギリスのナショナル・フィルム&テレビジョン・スクールや学校で教鞭をとっているスティーブン・フリアーズ監督に学ぶことで考えることができました。ある企画を進めていく場合、俳優たちが演技をしやすく、挑戦しやすい空気感を現場で作っていかなければなりません。例えば、ある脚本があり、撮影前にリハーサルをしながら、さらに脚本を書き換えていく。次にセットでの撮影の際、脚本を再度、結果として3度目の手直しをして撮影に挑むのです。そのやり方を私は“ジャズ・テイク”と呼んでいます。

計画的にシーンを撮影した後、俳優たちがやってみたい演技に挑戦できるちょっと伸び白を意識して撮影することもあります。撮影の際、私はいつも俳優たちがより自由な演技ができるような空気感を作るようにしています。本作で、主人公は不安と恐怖にさいなまれながら、ある特定の恐ろしいシーンを演じなければなりませんでした。こういう高い緊張感の中で撮影をするにあたって、エイリのために礼拝をし、撮影の技巧を凝らしました。彼女自身が精神的に強い意志を持って緊張感を高めて、この役を演じることに挑戦をしてくれたことにより、信じられないようなシーンを撮ることができたのです。日々の撮影で、このような緊張感を維持して演じてくれた彼女は、本当に勇敢だと思います。

──シネマスコープでの撮影は初めてだということですが、何故シネマスコープを起用することを決めたのですか?それはあなたにとってどのような経験になりましたか?

本作の撮影監督を務めたのは、これまでの私の3作品でも担当をしてくれたヤコブ・イーレと私は、何か新しいことにチャレンジしてみたいと考えていました。私は今でも映画館に行くことを楽しんでいて、大きなスクリーンで映画を観ることが大好きです。大きなスクリーンを使うことによって、テルマというキャラクターもつパワーがそうであるように、何か小さいものが大きなスペースの中心にあるという映像を何とか表現できればと思ったのです。

映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys
映画『テルマ』 ©PaalAudestad/Motlys

──本作の中で、特に景色の美しさを映像で表現していると思います。それはシネマスコープの効果のひとつだと思います。

ノルウェーのおとぎ話の中で、1800年代中頃に書かれたものはグロテスクなものが流行っていました。デンマークの作家ハンス・クリスチャンセン・アンデルセンにも見られるように、北欧の神話は人間が自然にどのようにかかわっているかが描かれていました。本作では、それは、鳥、ヘビ、風、そして海なのです。それは、ノルウェーの北に住む先住民族サーミ人の文化にも見られるものです。私がこれまでに経験したこと以上に都会と自然との違いを表現したいと思い、私たちは北部に行き、雪が多く、氷に閉ざされた地域を、さらにはこの物語を語るにふさわしい場所となる荒野をノルウェーの西海岸で探さなければなりませんでした。私は都会出身で、パンク・ミュージックを聞いて、ブラック・デニムを来て、ブレイクダンスを踊っていたような輩です。それ故、ロケハンは私にとって、神話にあふれるスカンジナビアへの冒険の旅でもありました。ノルウェーの人々はきっと「なんと!ヨアキムが森の奥深くに行って、自然を撮影するようだ!」と思っていたと思います。それほど、私にとっては不自然なことだったのです。

(オフィシャル・インタビューより)



ヨアキム・トリアー (Joachim Trier) プロフィール

1974年、デンマーク生まれ。長編映画監督デビュー作の『リプライズ』(06・未)は、トロント、ロッテルダム、サンダンスなどの国際映画祭に正式出品され、ノルウェーのアカデミー賞外国語映画賞ノルウェー代表作品に選ばれ、“崇高で生まれながらの天才”と絶賛される。2作目の『オスロ、8月31日』(11・未)は、カンヌ(ある視点部門)、トロント、サンダンスなどの国際映画祭に正式出品され、アマンダ賞監督賞を受賞し、セザール賞外国語映画賞にノミネートされる。さらに、2013年には、“ニューヨーク・タイムズが選ぶ注目の監督20人”に選ばれる。続く『母の残像』(15)は、ガブリエル・バーン、ジェシー・アイゼンバーグ、イザベル・ユペールなどの国際的な実力派俳優を迎え、初の英語映画としてカンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、アマンダ賞監督賞、脚本賞を獲得するなど今や北欧を代表する監督となった。




映画『テルマ』
10月20日(土)YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次ロードショー

監督・脚本:ヨアキム・トリアー
出演:エイリ・ハーボー、カヤ・ウィルキンス、ヘンリク・ラファエルソン、エレン・ドリト・ピーターセン
配給:ギャガ・プラス
原題:Thelma
2017年/ノルウェー・フランス・デンマーク・スウェーデン/116分

公式サイト


▼映画『テルマ』予告編

キーワード:

ヨアキム・トリアー


レビュー(0)


コメント(0)