骰子の眼

dance

埼玉県 さいたま市

2018-10-05 14:00


フラメンコの枠を超え、いま世界中の劇場が絶賛する舞踊家イスラエル・ガルバン

13年に渡り上演され続けるガルバン代表作『黄金時代』を埼玉と名古屋で上演
フラメンコの枠を超え、いま世界中の劇場が絶賛する舞踊家イスラエル・ガルバン
©Dublin Dance Festival

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「フラメンコ界のニジンスキー」と評されるフラメンコダンサーのイスラエル・ガルバン。2012年にはNYのベッシー賞受賞、2005年の初演以来、13年に渡って世界中で上演され続けてきたガルバンの代表作『黄金時代』が10月27日(土)、28日(日)に彩の国さいたま芸術劇場にて、11月2日(金)、3日(土・祝)に名古屋市芸術創造センターにて上演される。webDICEでは、舞踊評論家の石井達朗さんによるインタビューを掲載する。

フラメンコの枠を超えて、今や世界中の劇場で最も賞賛される舞踊家がイスラエル・ガルバンである。彼の作品には、伝統的なフラメンコのイメージを覆す野心と実験性がみなぎっている。今秋、ガルバンがミュージシャンニ人と来日し、代表作『黄金時代』を踊る。フラメンコの伝統を全身全霊でリスペクトしながら、ダンス界の「前衛」にすら見える彼の創作の秘密はどこにあるのだろうか? 話を聞いた。

── ガルバンさんはフラメンコづくしの環境で育ったとか?

まさに家族みんながフラメンコという環境でした。というより、フラメンコがわたしの家族と言ってもいいくらい。わたしの場合はバイレ(踊り)ですが、強制されて学んだのではない。育つ過程でひとりでに身についてしまった。体の一部なんです。

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©Félix Vázquez

── 舞踊団に所属して踊り始めるのは1994年ですね。ダンサーとして踊ることから、「作品」をつくるということを意識したのはいつごろですか?

自分の作品を初めて発表したの1998年です。2000年に身体が変容してゆくということをテーマに、『変身』という作品をつくった。98年からの4年間ぐらいは、フラメンコとダンスのあいだを往きつ戻りつしていました。当時の観客はわたしの表現をあまり理解してくれなかったんです。

── フラメンコとダンスのあいだを往き来する? 興味深い表現です。ガルバンさんはフラメンコの伝統のなかに深く入り込み、伝統を極めた者だけに許される先鋭性を獲得しているという印象をもっています。

わたし自身は自分のことを「フラメンコの踊り手」と捉えている。そして少しずつではあるけれど、今、自分のフラメンコの語彙をつくってゆく過程にいるんです。何がフラメンコかというと、すべての動きがフラメンコでありうる。フラメンコ的なエネルギーというものが存在していて、それがいちばん重要なんです。わたしにそのエネルギーがなくなったら、その時こそわたしにとっての危機でしょうね。

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©Félix Vázquez

『黄金時代』とは「静のフラメンコ」の時代

──『黄金時代』は19世紀末から1930年代ぐらいまでを指すと聞きます。ガルバンさんは、この時代をどのようにイメージしていましたか。

わたしが幼少のころは「フィエスタ」、つまり祭りが盛んだった。いろいろな芸人たちが、多彩なパフォーマンスを騒々しく繰り広げていました。その前の時代に遡ると、「静かなフラメンコ」というものが存在していた。それに対して、わたしの時代のフラメンコというのはリズムとハーモニーのフラメンコです。パコ・デ・ルシア1とかエンリケ・モレンテ2とか。「黄金時代」というのは「静のフラメンコ」の時代のことです。この時代はハーモニーとかリズムを引き立たせるよりも、静かな方向に向かいます。今のやり方でこの時代を作品にすると、逆に新鮮な感覚をもたらすのではないかと思うんです。

── 静と動が際立つガルバンさんのテクニックの鋭さ。日本の居合道などを思い起こします。フュージョンというように、異種の要素を取り入れてフラメンコに幅をもたせる人もいますが、ガルバンさんはまず伝統に深く降りてゆきますね。そこに新風を吹き込む。この方は難しいやり方です。

伝統的なフラメンコというのも、いつも変化してきたんです。20世紀初めごろの映像を見ると、たとえばヴィセンテ・エスクデーロ3はフラメンコに見えないかもしれません。野生的で自由なフラメンコを踊っていました。またカルメン・アマーヤ4は女性が慣習的にもっていた表現を壊した人だった。そういった意味で、わたしも伝統的なフラメンコを変容しつつ踊っている。そんな意識をいつももっています。

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©Félix Vázquez

──『黄金時代』の舞台をとおして、ガルバンさんがミュージシャンの二人に対してリスペクトをもっているということが強く感じられ、そのことにも感動しました。

この作品では音楽と踊りの在り方を、通常のフラメンコとはちがうかたちでつくりました。音楽家が背後にいて踊り手が前に出て踊る、というのではない。ギターがいてカンテがあって踊りがある。その三つの要素が同等に存在しているのです。

──二人のミュージシャンとは、カンテのダビ・ラゴスとギターのアルフレド・ラゴスですね。本当に素晴らしかったです。二人は兄弟ですね。どのようにして出会ったんですか?

もともと近い街に住んでいたんです。その上、フラメンコのコミュニティはなにかしらつながっているということもある。彼等はヘレスに住んでいて、わたしはセビリアにいた。この兄弟は、わたしと同世代でもありました。もちろん、アーティストとして優れているということは大切だけれど、わたしとしては気持ちが通じるということが大事です。

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©Félix Vázquez

──『黄金時代』はすでに260回以上公演されてきました。その過程で変化はありましたか。

わたしにとっては、『黄金時代』は今でも生きている。わたしに自由を与えてくれる作品です。喩えてみると、わたしのアパートがあるとすると、その部屋のなかのソファとかテーブルを自由に移動することができますよね。それが『黄金時代』という作品なんです。アパートに喩えたのは、つまり慣れ親しんだ環境のなかで少しずつ変化している。ただし本質的には、作品は変化していない。そこにある精神とかエネルギーは変わらないんです。作品のなかには、ある種の人格のようなものが宿っている。家具の配置が変わっても同じアパートであるように、ギターのメロディーが変わることがあっても作品の本質は変わらない。

日本の観客とスペインの観客

──ガルバンさんはかなり以前から日本の小松原庸子さんや小島章司さんの舞踊団のゲストとして来日してますが、自分の作品をもって来日したいとは思いませんでした?

表現をする人に共通していることだと思うけれど、わたしも世界の隅々に自分の作品をもっていきたいと思っていました。日本という親しみをもっている国に対しては、なおさらです。でもそれが実現したのは数年前からです。これからもぜひ日本との関係、続けてゆきたいです。

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©Félix Vázquez

──日本の観客はスペイン、あるいは欧米の一般的な観客層の反応に比べると直接的ではないですよね。もっと積極的に反応してほしいと思ったことはないですか?

日本の観客は感動を自分自身のためにとっておく、と感じることがあります。終演後、話をすると初めてその感動が、その人から湧き出てくるのです。劇場の外にでると熱狂的に表現してくれたり…。わたし自身は日本の観客のそのような反応に、物足りなさを感じたことはありません。静かな中で踊ることが好きだし…。日本では自分の踊りが観察されているということをすごく感じます。スペインでは気に入られないと、「もうステージから降りろ!」というような声も客席から飛んでくることもありますよ(笑)。

──以前、ガルバンさんの公演をスペインで観ていた人から聞いたのですが、舞台があまりに挑戦的であったり実験的であるために、客席からブーイングが出たり、席をたつ人もいたとか。自分の意思が観客に伝わらないということは、珍しくない。そのことはどう思いますか。

わたしのキャリアは、まず子供のころ家族と踊ることが始まり、次にマリオ・マヤ5という人の舞踊団で踊りました。そのころは伝統的なフラメンコをたくさん踊りました。そのあとフラメンコをとおして自分の「身体言語」というものを求めるようになったんです。一般的に、フラメンコというのはある種の伝統的な信仰のようなものなので、そこにそれまでなかった「変化」というものが入ってくると、なかなか受け入れがたくなります。わたしの踊りはフラメンコでしかないので、難しい状況もありました。今は理解してくれる人たちも増えています。新作を待っていてくれる人たちもいます。

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©Félix Vázquez

ラ・アルヘンチーナ、大野一雄、そして……

──昨年、愛知でガルバンさんとお話したとき、日本の舞踏に興味があるということ、聞きました。舞踏の舞台を観たことがありますか。

今世紀の初めごろだったか、大野一雄さんのスタジオを訪れたことがあります。大野さんは車椅子にのり、かなりの高齢でした。そのとき大野さんは踊ってくださった。まさに舞踏のルーツを観た感じになりました。またセビリアでは竹之内淳さんのワークショップに参加して、自分の体が変化したことを感じました。自分の身体のなかの変化というものを常に望んでいるんです。

──大野一雄さんは、若いときに観たスペインの舞姫、ラ・アルヘンチーナ6からとても大きなインパクトを受け、半世紀も経った71歳のときに彼女への想いがこもった『ラ・アルヘンチーナ頌』を踊りました。それを振り付けたのが舞踏の始祖、土方巽です。

アートというのはいつもそんなふうに巡ってゆくものなんですね。スペインから日本の舞踏へ、そして舞踏からフラメンコに戻ってきたのです。

──日本の観客にメッセージがありますか。

まずなにより、『黄金時代』の良い舞台をお見せしたい。そしてこの公演ばかりでなく、将来的にも日本との関係を持続していきたい。短期的な関係よりも、長い期間にわたっていろいろなことを築いてゆければ嬉しいです。

──先程、自分の体のなかの変化を常に望んでいるとおっしゃった。日本にはフラメンコダンサーもフラメンコファンもたくさんいます。わたしもそんな一人として、ガルバンさんが変化するところと変化しないところを見続けていきたいです。『黄金時代』、ますます楽しみです。今日は、ありがとうございました。

取材・文:石井達朗(舞踊評論家) 通訳:岡田理絵
1 パコ・デ・ルシア(1947-2014年):驚異のテクニックで歴史に名を残すフラメンコギターの星
2 エンリケ・モレンテ(1942-2010年):伝統から革新的な曲まで歌う、現代フラメンコを代表する歌手
3 ヴィセンテ・エスクデーロ(1888-1980年):フラメンコを芸術の域に高めた巨匠
4 カルメン・アマーヤ(1913-1963年):フラメンコの歴史においてもっとも有名な情熱の踊り手でもあり、歌手でもある女性
5 マリオ・マヤ (1937-2008):革新的で実験的な精神をもち、それを実践し続けたフラメンコダンサー。スペインで大きな影響力をもった。
6 ラ・アルヘンチーナ(1890-1936):舞台芸術としてのスペイン伝統舞踊の様式を確立した舞姫。1929年の来日公演を大野一雄は見ている。
 


イスラエル・ガルバン プロフィール

スペイン・セビリア生まれ。複雑でスピーディなフットワーク、卓越したリズム感、フラメンコの新たな世界を切り拓く創造性で知られる。著名な舞踊家の両親よりフラメンコを学び、幼い頃より舞台に立つ。1994年マリオ・マヤ率いるアンダルシア舞踊団に入団。98年には自身のカンパニーを創設。以来、カフカの『変身』を題材とした『ラ・メタモルフォシス』(2000年)をはじめ、既成概念を覆す革新的な作品を次々発表。「天才」「革命児」「アバンギャルド」等の称賛を欲しいままにする。05年『アレナ』でのナショナル・ダンス賞をはじめ、12年ベッシー賞(NY)、16年 第16回英国ナショナル・ダンス・アワードの特別賞など数々の賞を受賞。パリ市立劇場アソシエイト・アーティスト。近年日本では、『SOLO』『FLA. CO. MEN』をあいちトリエンナーレ2016で上演し話題となった。




イスラエル・ガルバン『LA EDAD DE ORO-黄金時代』

日時:2018年10月27日(土)、28 日(日)15:00開演(全2公演)
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

前売料金(税込・全席指定):
一般S席 6,000円 A席 4,000円
U-25* S席 3,000円 A席 2,000円 *公演時25歳以下対象。入場時要身分証提示。

http://www.saf.or.jp/stages/detail/5430

日時:2018年11月2日(金)19:00開演、3日(土・祝)14:00開演
会場:名古屋市芸術創造センター

料金:一般 7,000 円、U25(公演時 25歳以下、要身分証)3,500円

http://www.aac.pref.aichi.jp


▼イスラエル・ガルバン『LA EDAD DE ORO-黄金時代』トレイラー

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