映画『パティ・ケイク$』
ニュージャージーを舞台にラップで成功することを夢見る女性の奮闘を描く『パティ・ケイク$』が4月27日(金)より公開。webDICEでは監督・脚本・オリジナル音楽を手がけたジェレミー・ジャスパーのインタビューを掲載する。
面白い! 観て損はないじゃなくて、観て徳、エナジーが充足されることを保証。
どんな映画と聞かれれば、『パティ・ケイク$』は、『SR サイタマノラッパー』のニュージャージーの女性ラッパー版といえる。2017年1月サンダンス映画祭でワールドプレミア上映されるや否や、配給会社の争奪戦となり、フォックス・サーチライトが950万ドル(約10億円)で全世界配給権を獲得。そのフォックス・サーチライトが属す、20世紀フォックスは今年、日本では良作・ヒット作を輸入し配給・宣伝した会社に対して贈られる優秀外国映画輸入配給賞の最優秀賞を先ごろ受賞した。オスカー受賞の『シェイプ・オブ・ウォーター』『スリー・ビルボード』に比べると十分マニアックと言えるのだろう、日本では、フォックスの正規ラインアップからはスピンオフしての公開。
ニューヨーク州に接するニュージャージー州は、東京に接する埼玉と言えるのだろうか。映画ではバーでバイトしながらラッパーとしてサクセスすることを夢見るパティの心情をリアルに、そして映画的ファンタジーを絶妙にブレンドして描いていく。
監督が一部作詞もしたという本編のサウンドトラックは、意図的か十分にダサくて、でもそれがニュージャージー・ラップともいうべき垢抜けのなさがパワフルに観客の感情に訴えかけ、ラストに向かってアゲてくる。
とりあえず、個人的には暫定洋画のベスト1としておきます。(文:浅井隆)
23歳で体験していたことを投影
──本作のアイデアはどこから生まれたのでしょうか?
この作品は私が大学卒業後、両親と同居して病気を患った祖父母の世話をしながら寂れた飲食施設でのライブで食いつないでいた日々の体験に基づいています。パティは私の妹のようなものです。私が23歳で体験していたことを劇中でパティも体験しています。私が生涯を捧げるヒップホップと、私を育ててくれたニュージャージーの大きく力強い女性への憧れ、そして私の実体験を組み合わせて、誰も見たことがないような伝説的なニュージャージー・ガール=パティが生まれました。私は、自分の人生で出会った女性たちとニュージャージーの両方に捧げる作品を作りたかったのです。
映画『パティ・ケイク$』ジェレミー・ジャスパー監督 © 2017 Twentieth Century Fox
──監督とヒップホップとの出会いは?子供の頃から好きだったのですか?
ヒップホップは私が最初にハマった音楽です。9歳の時に初めてRun-DMCの曲を聴き、それ以来夢中になりました。そして自分でもラップを書き始め、友達とローカルのタレントショーで歌ったりしましたが、本作のアイデアが頭の中で膨らむまで、そんな感情のはけ口はもう何年もみつかりませんでした。でもパティを思いつき「こんなに題材がたくさんある!」と思いました。「僕の感情を向ける場所が実際にあったんだ」と。
ラッパーたちは自分が置かれたひどい環境を神話に変えてしまいます。ニュージャージーにあるクイーンズブリッジ、コンプトンやロディのような場所は大胆でカラフルでとても面白い場所になりました。韻を踏むことでアーティストは彼らの性格の裏表を表現できるんです。
──パティ役のダニエル・マクドナルドと初めて逢った時の印象は?
典型的な若手女優にも認知度が高い女優にも興味がありませんでした。パティのような人物にスポットライトをあてた映画はそう多くありません。面白い親友役やおどけ役としては当てはまるかもしれないが、今回は映画の主役なのです。パティが誰かということは私には明白でした。ダニエル・マクドナルドに会った瞬間、彼女が適役だと分かりました。彼女は私がずっと頭の中で描いていたパティそのものでした。見た目は少女だが、強さも持ち合わせていて彼女しかないと感じました。
映画『パティ・ケイク$』パティ役のダニエル・マクドナルド © 2017 Twentieth Century Fox
──パティはどんなキャラクターでしょうか?
パティは、表面上は岩みたいに頑なで、ひどい悪態をつきますが、内面ではただ自分を守っているだけです。詩人のような繊細さがあり表現したいことも山ほどあるのに、彼女を取り巻く境遇がそれを阻止しています。パティは母親のバーブと一緒に暮らしていますが、バーブはいつも酔いつぶれており、病気を患う祖母の面倒をパティに押しつけ、同時に家族を経済的に支える責任まで負わせていました。彼女たちはみんなこの家から逃れられませんでしたが、パティだけは本気で脱出したいと思っていました。
映画『パティ・ケイク$』© 2017 Twentieth Century Fox
ラップが彼女にとって第二の天性
──パティの母親、バーブを演じたブリジット・エヴァレットを起用した理由は?
全力の演技が自然にできる女優を探していました。パティと同じくらい剃刀の刃のごとく鋭いトークができて、限界ギリギリまで押し上げられる女優です。そんな中、ブリジェット・エヴェレットを偶然見て、一目で彼女がバーブだと思いました。彼女は私が求めていた音楽的才能も外見的特徴も備えていました。彼女は大柄でセクシーで、邪悪な感じも美的な面も両方兼ね備えています。
映画『パティ・ケイク$』バーブを演じたブリジット・エヴァレット(右) © 2017 Twentieth Century Fox
──バーブのキャラクターについて解説をお願いします。
パティと母親との一番大きな違いは、パティにはまだハングリーさがあり希望も失っていないところです。若い頃のバーブはとても魅力的で自信と誇りに満ちていました。しかし長年のアルコールと自滅的な行為が彼女の美しさを奪ってしまいます。パティが音楽をつくる野心があること自体にバーブは嫉妬と動揺を感じます。でも同時に彼女たちはとても似ている親子で、彼女たちはどんな状況でも音楽を武器に、今いる場所から脱出することができるのです。エヴェレットは、バーブの痛みや失望、それと同様に例えボロボロのバーがステージで演奏がカラオケの機械であっても、未だ歌うことによって彼女が得る活力を見事に表現できます。
──パティの祖母・ナナのキャラクターと演じたキャシー・モリアーティもすばらしかったです。
ナナは愛情に満ちた、でも情け容赦なしのおばあちゃんです。彼女の声は紙やすりみたいにザラザラしていて、酒とたばこをやり過ぎ、今では股関節部を損傷しリクライニングチェアの上で病の床に伏して一日中テレビで裁判番組をみては鎮痛剤を過剰摂取する始末です。ヒップホップや音楽の世界には全く関心がありません。でも、母が与えることのできなかった愛情と思いやりをパティに与えました。パティを精神的に安定させているのは祖母の存在なのです。
映画『パティ・ケイク$』ナナ役のキャシー・モリアーティ © 2017 Twentieth Century Fox
キャシー・モリアーティにナナ役を打診した時、彼女のリアクションが不安でした。なぜなら、彼女はとても魅力的で美しい女性なのに、実年齢より20歳以上も歳をとらせ、車椅子にのっけて連れ回すようなことを許してくれるかどうか心配だったのです。ただ、ショート・フィルムで一緒に撮影をさせてもらったばかりだったので、このキャラクターにたくさんのユーモアと生々しさを与えてくれるのはわかっていました。
──本作はオリジナル音楽も監督が手がけています。楽曲の制作過程について教えてください。
製作準備段階でデザイナーたちと打ち合わせをしながら、同時に映画のオリジナル曲を書きレコーディングをしていました。いくつかの歌詞は、私がパティの年齢だった頃に書いたものです。脚本とキャラクターに変更を加える度に詞にも変更を加えていきました。
──パティ役のダニエルとの、ラップの練習はいかがでしたか?
ダニエルはラップに関してはかなりビビってました。しかし、私にとっては、これから育てることができる女優の方が、都合がよかったのです。スポーツ映画の選手の役の人がそのためにトレーニングをするのと一緒です。演技の感情の深さをみつけることができない演技経験のないラッパーより、良い選択でした。
彼女には毎週カバーソングを宿題として与え、彼女にそれを録音して聴かせてもらっていました。ソルト・ン・ペパのようなとてもシンプルな曲から始め、終わる頃にはケンドリック・ラマーの『Control Verse』をやっていました。彼女はどんどんどんどん上達し、最初はシェイクスピアを読むかのように取り組んでいた彼女が、いつの間にかラップが彼女にとって第二の天性となっているほどでした。
映画『パティ・ケイク$』© 2017 Twentieth Century Fox
その町のパティたちが自分を見つけてくれることを期待
──フォックス・サーチライトでの配給が決まった時の気持ちは?
フォックス・サーチライトに選ばれたことは、私にとって夢のような話です。彼らは私の大好きな名画を公開してきた会社だからです。この映画がアメリカの小さな町の映画館で公開され、そこにいるその町のパティたちがこの映画の中に自分を見つけてくれることを期待します。
──これから本作を見る人、どんなことを伝えたいですか?
この映画はヒップホップと自分を育ててくれた、おしゃべりで大柄のニュージャージーの女性たちに贈る2時間のプレゼントです。寛大で音楽の虜で夢を見ながらも他のことはどうでもいいと思っているような彼らへの熱烈な呼びかけです。脱出したくて心がうずきながら現実の重さにつながれ身動きできないとしても、心の底からやりたいことであれば、はみ出し者で集まった家族みたいな友達を見つけることが大切だということ―この映画にはそういったことや、様々なメッセージが含まれています。
(オフィシャル・インタビューより)
ジェレミー・ジャスパー(GEREMY JASPER) プロフィール
アメリカ、ノースジャージー生まれ。ミュージックビデオの監督として名を馳せ、ショートムービー『Glamouriety(原題)』(2012/YouTube公開)やデビッド・ベッカムが主演した短編映画『アウトローズ』(2015/YouTube公開のみ)が話題となる。 大学の同級生であるベン・ザイトリン監督(映画『ハッシュパピー~バスタブ島の少女~』)の励ましで、19日間で本作の脚本の原案を書き上げ、サンダンス脚本家ラボに提出。見事に選ばれ、クエンティン・タランティーノなどを指導者として本作品を作るチャンスを得た。本作品が長編映画デビュー作となる。
映画『パティ・ケイク$』© 2017 Twentieth Century Fox
映画『パティ・ケイク$』
10月20日(金)より、全国ロードショー
主人公のパティは、掃き溜めのような地元ニュージャージーで、呑んだくれの元ロック歌手だった母と、車椅子の祖母と3人暮らし。23歳の彼女は、憧れのラップの神様O-Zのように名声を手に入れ、地元を出ることを夢みていた。金ナシ、職ナシ、その見た目からダンボ!と嘲笑されるパティにとって、ヒップホップ音楽は魂の叫びであり、観るものすべての感情を揺さぶる奇跡の秘密兵器だった。パティはある日、フリースタイルラップ・バトルで因縁の相手を渾身のライムで打ち負かし、諦めかけていたスターになる夢に再び挑戦する勇気を手に入れる。そんな彼女のもとに、正式なオーディションに出場するチャンスが舞い込んでくる―。
監督・脚本・オリジナル音楽:ジェレミー・ジャスパー
出演:ダニエル・マクドナルド、ブリジット・エヴァレット、シッダルタ・ダナンジェイ、ママドゥ・アティエ、サー・ンガウジャ、MCライト、キャシー・モリアーティ
提供:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ
配給・宣伝:カルチャヴィル×GEM Partners
原題:PATTI CAKE$/2017年/アメリカ/109分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/PG12
字幕翻訳:田村紀子