映画『ワンダーストラック』トッド・ヘインズ監督(右)とジュリアン・ムーア(左) © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
『キャロル』のトッド・ヘインズ監督の新作。モノクロ映像で二つの時代が交錯する前半をこれからどうなるかという心配する気持ちをじっと耐えると、あっという奇跡が起こる。そこからの展開は博物館、剥製、狼、ジオラマという視覚的モチーフが一気に炸裂し、全てがこの映画にとって必然だったいうことが降りかかってきて、最高に幸せな気分になれる。
『キャロル』的なものを期待して映画を観始めるとアレと思うかもしれないが、ヘインズ監督のことをよく知っている衣装デザイナーのサンディ・パウエルが、本作の原作・脚本のブライアン・セルズニック(『ヒューゴの不思議な発明』の作者)とトッド・ヘインズの出会いを企てたという。セルズニックはこう言っている。「トッドのことを監督候補で考えたことはなかったけど、家族を探していて、コミュニティを探している、歴史を探している、これはトッドがこれまで取り組んできたことの一部であるように感じた」。
本作の製作はアマゾン・スタジオ。想像だが、通常はハリウッドのスタジオが持つファイナルカットの権利、アマゾンは監督に委ねているのではないだろうか。それほど自由な映画製作を本作から感じた。同じくSVODプラットフォームのNetflixと違い、アマゾンはジム・ジャームッシュの『パターソン』を製作し劇場配給も行う。Netflixが映像コンテツだけでユーザーの課金獲得をしなくてはならないのと違い、アマゾンは、自社の通販サイトのプライム会員を獲得することが第一の目的と考えられるので、毎月の視聴継続よりも名前のある監督でシリーズものではなく、映画として最終的にオンライン配信してユーザーの新規獲得を考える。
本作はカンヌ国際映画祭のコンペ作品なので、アマゾンサイドとしては話題を取ったので十分に製作の目的は果たしている。通常の映画スタジオと違い興行収入を最優先の目的とするのではなく、作家性のある監督に自由にやらせるのが製作の方針なのだろう。
ヘインズ監督はインタビューでこう語っている。「アマゾンは、映画製作者で構成されている映画部に一つの課を作ったんだよ。何に出資するとか、どの監督を起用するとかの決断を、インディペンデント映画製作から来た人たちや映画を心から愛して尊敬している人たちがして、実際に出資そして製作しているんだ」。アメリカで劇場公開された本作はパッケージ販売されることなく、現在アマゾンでオンライン配信されている。
ろう者を主人公にしている本作は、彼らには聞こえないサウンドトラックがカラフルで最高に素晴らしい。ローズを演じるろうの若手俳優ミリセント・シモンズは手話で会話を行うのだが、映画の時代設定の1927年にこんなにいきいきと手話が語られていたのだろうかと驚く。劇中でローズが父親に『聾者の読唇術と話し方(原題:TEACHING THE DEAF TO LIP READ AND SPEAK)』という本を与えられるのだが、それは、声を出せないろう者に発声訓練させる本であり、父親は手話で会話するローズをこころよく思っていないことを示すエピソードとして挟み込まれる。非音声言語である手話が言語として国連障害者権利条約で明記されたのは2006年で、日本では2011年に改正障害者基本法案が可決され言語として認められた。つい最近のことなのだ。
ヘインズ監督が言うように、VODプラットフォーマーによる作家性のある映画監督との幸せな映画製作がいつまで続くかわからないが、『ワンダーストラック』は監督自身が分かっているように「まれ」なケースで、映画表現の自由さを十分に堪能できるファンタジックな作品だ。
(文:浅井隆)
「20年代と70年代の2つの時代を描いた理由は、何よりも、現在に飽き飽きして失望していることだね。アメリカの現在はもっとひどいよね(笑)。僕は映画製作歴史上の偉大な時代からもいつも様々なことを学んでいる。1920年代の映画は、その時代の終わりまでには美的精巧さと複雑さにおいて頂点に達した。一方1970年代のアメリカでの映画製作は、多くの人にインスピレーションを与えて来た。だからこの二つの時代を対比できることは、様式の面でも冒険だった」(トッド・ヘインズ監督)
トッド・ヘインズ監督インタビュー:
衣装デザイナー、サンディ・パウエルを通して知った物語
──『ワンダーストラック』はどのような映画でしょうか?
『ワンダーストラック』は、50年の時を隔てマンハッタンを駆け抜ける二人の子供についての非常に独特な物語だ。二人とも聴覚障害者で、ベンに関しては、最近耳が聞こえなくなった。そして彼らは自分が何者であるのか、どこから来たのかを見つけ出そうとする。映画は観客を二人の旅に誘い、彼らが自分自身を発見した時、謎の答えも明らかになるんだ。
映画『ワンダーストラック』トッド・ヘインズ監督 © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
──このストーリーを伝えることに興味を持ったきっかけは何ですか?
この作品の話は、ブライアン(原作と脚本を手がけたブライアン・セルズニック)から来た。これは、彼が自分の小説を映画の脚本にした最初の作品だったんだ。この話は僕の衣装デザイナーであるサンディ・パウエルを通して伝わってきた。彼女は『ヒューゴの不思議な発明』でブライアンと知り合ってね。僕はこのストーリーに登場する歴史上の出来事や映画にも関心があったし、彼も作家としてサイレント映画を愛し、歴史映画を愛して来た。僕はそれまで子供向けの映画を監督したことはなかったから、ぜひやってみたかったというのが主な理由だったんだ。何かとても特別で、とても奇妙で、とても個性的なことをやってみたかった。僕は子供でもこういう映画をうまく受け止めて、最後までちゃんと見られるんだって断固として主張し続けていて、アマゾンは素晴らしかったけど、そのアマゾンでさえ「これは本当に子供向けの映画なの?」なんて時々聞いて来たよ。僕はそれに対して、「もちろん!」と答えた。第一にこの素材には、不思議や想像力そしてセレンディピティがあふれていて、それが子供たちに向いていると思ったんだ。撮影中には、ニコラス・ローグ監督の映画をたくさん見た。なぜならこの映画は、時間について、また時間を操作することについての映画であって、僕たちが見た映画は全部二つの時代をまたいでいて、この映画でも2つの時代の間には50年のギャップがあるんだ。僕たちは、子供達の麻薬による幻覚体験だなんて冗談で言っていたんだよ(笑)。
映画『ワンダーストラック』 © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
──ブライアン・セルズニックが自身の本から書き起こした脚本を持ってやってきた時は、どのようにお感じになりましたか?
ブライアンの脚本は素晴らしく、映画に対する彼の情熱がはっきりと表れていたね。映画への理解が脚本を貫いていた。だからどのページにも強烈な映画的なアイディアが満ちていたよ。脚本の肝は、二つの時代とストーリーラインの間で行われるインターカットだった。また音に対しても大きな注意が払われていたね。だから映画製作者として、構想を練るには抗いがたい素材だったよ。それから、これは未知の領域でもあった。僕は子供のイマジネーションや子供の話にフォーカスした作品は手掛けたことがなかったんだ。ストーリーは、手がかりが観客を前に進めていく本物のミステリーのように仕立てられている。そして裏付けされた奇想天外さがこのミステリーのコアだ。なぜこの二つの話が一つの映画を共有しているのか?答えは見つかるけど、手がかりが最後までそれをコントロールするんだ。
この経験を通して聴覚障害者と触れ合い、彼らの文化についてもっと学べるだろう
──ローズを演じたミリセント・シモンズについてお話しください。
ミリーと出会えたのは、全く思いがけない幸運だったね。カメラの前で演技したことのない、聴覚障害のある無名の新人を見つけたわけだからね。彼女はユタの出身だよ。この聴覚障害者の役は、実際に耳の聞こえない子供に演じて欲しかったんだ。
素晴らしい役者を探す中で、聴覚障害者の中から探し始めて、最適な人物を見つけるためにあちこち探した。アメリカで、聴覚障害者の中から役者を見つけるためには、従来の役者共同体から出て探さないといけないと思って、子供たちにオーディションテープを送ってもらうように募集した。そしてとても幸運なことに、ミリーを見つけることができた。彼女を初めて見た時、体が震えたよ。彼女には、人としての品位のようなものが光っていて、またそれが彼女の本当の姿であって、究極的には映画の中でもそれが見えるんだ。だからミリーを見つけることができたのは、幸運だったと言っても言い過ぎではないんだよ。
映画『ワンダーストラック』ローズを演じたミリセント・シモンズ © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
役に経験的な深みや特有の実人生が反映されるのはもちろん、僕たち関係者全員が何らかの恩恵を受けることができるだろうと思ったんだ。僕らみんながこの経験を通して聴覚障害者と触れ合い、彼らの文化についてもっと学べるだろうってね。だからそれが僕の第一希望だった。でもその任務を果たしてくれる子役が見つからなければ、諦めて耳の聞こえる俳優から探そうと思っていたよ。その場合は、明らかに選択の範囲がずっと広がるからね。でも、ミリーの最初のオーデションテープを見た時、火花が散ったんだよ。一種の冷静さっていうのかな。この子の中にはとてもはっきりとした、芯の強さがある。最初にテープでそれを見た時、僕は泣いてしまったんだ。それからちょっと祈るような気持ちで、『この状態が撮影を通してずっと保たれることを願う』って思ったよ。そして、実際にそうなったね。だから、ミリーの発見は本当に映画の発見だったんだ。
映画『ワンダーストラック』 © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
ローズ役を探している時点で、聴覚障害を持った子供たちが自分で作って送ってくれたオーディションテープをたくさん見たんだけど、僕たちがそれぞれ違う話し方をするように、子供たちにもそれぞれの手話のやり方があって、手話の中にも方言、性格があるのがわかるんだ。手話をするには体全体を使うし、顔を使ってコミュニケートをするから、声で話す時より顕著に現れるんだよ。だから障害がない僕たちは、「彼らは表現が豊かだから、それは映画にはいい」って思いがちなんだけど、表現が豊かすぎるから出てくる問題もある。表現が豊かすぎると、あっという間につまらなくなる。役者がやりすぎると、僕たちは観客として関わることができなくなるんだ。だから僕たちが知っている最高の役者でも、もっと少なく表現してもより良い結果を出すことができるっていうことを理解するまで長い時間がかかることもあるんだよ。僕もまだはっきりとはわかっていないんだけど、ミリーの場合は、自分の演技のレベルを理解しいて、それでも上手くいくっていうことをなぜかわかっていたんだ。まあ、彼女がそれをわかっていたかどうかは僕にはわからないけど、とにかく上手くいったんだ。彼女は小さくて目立たなくて謎めいたままでも、観客の関心を引いて好奇心を維持して、空白の部分は観客が自分で埋めることができるようにできた。実際それが映画っていうもんだろ。少なくとも僕にとっては、映画っていうのは、観客が自分で埋めることができるような空白を残すことなんだよ。全てを教えてしまったら、観客にとってはどうでもよくなってしまうんだ。
──ベン役のオークス・フェグリーは?
オークス・フェグリーは演技の仕事の経験があった。彼はとても賢くて、プロ意識の高い少年だよ。将来は監督になるんじゃないかと思うね。いい役者だけど、彼は物事の全体を見る感覚が優れてて、全体がどう動いているのかに興味があるんだよ。それは監督としてのキャリアを暗示するものさ。それからジェイミーを演じたジェイデン・マイケルも以前演じた経験があった。本当に可愛くていい子だよ。そうした良さは役や友情の場面に滲み出ているね。いつもそうだけど、全てはキャスト次第だからね。この子達は本当にすごくて、この映画を作るのに知らなければならないことは、全てこの子達が僕らに教えてくれたんだ。
映画『ワンダーストラック』ベン役のオークス・フェグリー © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
子供の想像力、活力、そして子供が直面する困難を描いた
──子供を相手に監督をすることについてお話しいただけますか?
そうだね、この映画は子供の想像力、活力、そして子供が直面する困難を描いたもので、若い観衆が受け止めることができるものを、この映画の中では大切にしたかったんだ。若い子たちは、この映画で取り扱っている人生の一面や複雑なことを受け止めることができると思う。そしてこの映画はベンとローズという、自分たちの生活や家族から孤立していながらも、何かに駆り立てられ、世界に飛び込んで行って自分たちが何者なのかを発見しようとする二人の子供の話なんだよ。だから子供の配役は、そのパズルの中心的な部分だった。
子供たちは限られた能力というものを本質的に理解していると思うよ。僕は子供の頃『奇跡の人』を観た。ヘレン・ケラーと耳の不自由な人たちのための特別な言語に関する物語だった。彼らは独自の言語を持っているということで、障害者とそれ以外の人との違いを際立たせていたよ。それは僕をとても惹きつけたね。僕らはみんな限界のある世界で生きている。その中で生きていくことについて僕が子供ながらに知っていたものに訴えかけたんだと思う。そして子供はちゃんと理解できる。この二人の少年少女が二つの非常に異なる時代で限界を強いられながら生きているという事実は本当に感動的だ。でもそれは誰もが人生や自分自身の歴史の中で背負っているものなんだ。
映画『ワンダーストラック』 © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
──あなたがジュリアン・ムーアと一緒に仕事をしたのはこれで4回目ですね(これまでの作品は、『SAFE』、『エデンより彼方に』、そして『アイム・ノット・ゼア』)。彼女とまた一緒に仕事をして、いまだに新しく発見することはありますか?
ジュリアンと一緒に仕事をすることは、僕の社会人としての人生そして芸術家としてのキャリアの中にずっと存在する筋みたいなものなんだ。『SAFE』で一緒に仕事をした時は、僕たちは二人ともまだ若かったけど、その時に、魂の友を見つけたような感じがして驚いたんだよ。彼女は、脚本のページにあるほとんど想像もつかないような役柄を理解し、それに形をつけていったんだ。僕がまだぼんやりとしか感じ取れない時点でね。彼女はその役を明確にして、概念化してくれた。そしてそれを具体化して、意味をつけてくれて、そのおかげで作品にさらに豊かさが増したんだ。だからジュリアンと一緒に仕事ができるのは僕とって特権なんだよ。僕は毎回彼女に様々なチャレンジを投げかける。今回の作品で一緒に仕事をするのはもう4回目だ。『アイム・ノット・ゼア』を制作していた時の思い出なんけど、歌手のジョーン・バエズに滑稽な敬意をジュリアンが表す場面があった。それがあまりにも面白くて、僕はあまりにも笑い過ぎて、シーンがダメになってしまわないように、僕がその部屋を出なければいけなかったことまであったんだ。とにかく、ジュリアンのようなパートナーを見つけることができるのは素晴らしいことだね。
映画『ワンダーストラック』ジュリアン・ムーア(右) © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
現在に飽き飽きして失望している
──1920年代と1970年代という二つの時代を一つの映画に収めるに当たっては、どのようなアプローチを?
両時代とも非常に深みのある映画的な伝説を築いているから、その点では時代の資料はたっぷりあったよ。特に1920年代は、映画史の頂点のひとつだからね。1927年と28年の映画だけを取ってみても、恐れ多くて、ほとんど圧倒させられるね。例えば『群衆』とか、読んだことはあっても見たことのない映画なんかは、見つけるのが本当に難しいものさ。キング・ヴィダーの素晴らしくインスピレーションに満ちた1本だよ。そして1970年代は、アメリカの映画製作が最も豊かだった時代のひとつに数えられる。ニューヨークの街をベースに生まれた文化も特筆すべきだね。混乱を招く可能性があったのは、毎日両方の時代を少しずつ撮らなければならなかったことだね。あれは挑戦だったよ。
──なぜ2つの時代を描くことに惹かれるのですか?
何よりも、現在に飽き飽きして失望していることだね。アメリカの現在はもっとひどいよね(笑)。僕は映画のファンで、映画史のファンでもある。そして僕はいつの時にも映画を勉強している。映画製作歴史上の偉大な時代からもいつも様々なことを学んでいる。今回は初めて1920年に目を向けて見た。これまではあまりこの時代のことを探求したことがなかったんだ。1920年代の映画は、その時代の終わりまでには美的精巧さと複雑さにおいて頂点に達し、それ以上のものはそれ以来作られてはいないと僕は思うんだ。だからそれだけでもこの時代を描くことに惹かれたし、1970年代のアメリカでの映画製作は、多くの人にインスピレーションを与えて来た。だからこの二つの時代を対比できることや、ニューヨーク・シティをこの映画の中で一貫した言語にしたことは、様式の面でも冒険だった。
映画『ワンダーストラック © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
──再現するのが最も難しかったのはどちらの時代でしたか?
どちらの時代も難しかったよ。ニューヨーク・シティで撮影できたことは素晴らしかったし、自然史博物館やクイーンズ美術館での撮影もすごく良かった。でも、ニューヨークは高級化してとても裕福になっていて、ブルックリンやクイーンズでさえ僕たちの目の前から消えつつある。だから1970年代のニューヨークを探すことさえ今は難しいんだよ。1970年代末のニューヨークは、財政難で苦境に立たされていた。難しい時代だったんだ。だから映画で表現されている街並みも、もうやがて変わっていくんだよ。もう既に変わりつつあるから、この映画で保存できたことは良かったと思う。
──2つの違う時代のストーリーを語ると言うことで、映画のバランスとトーンを見つけることは難しかったですか?
脚本からすでにわかっていたことは、この作品は編集がとても難しいってことだ。編集の面では『キャロル』とは全然違った。『キャロル』の構造はもっと単純だったからね。僕はただ、それぞれの部分を捉え、カバーして、ブロックして、実行する。でもすべての映画同様この作品も編集の過程ですべてがまとまるんだということがわかっていた。この概念は、映画そのものや映画の言語が輝くことを要求する。それがこの概念の素晴らしいところだと僕は思う。つまり、会話に頼らずに、むしろ、画像、編集、音楽など、この映画で意図的に陳列されている媒体に頼っている。それらの媒体は、映画に無理やり押し付けられているわけではないけれど、もっと目立って認識されなければいけない。だからその意味で、僕はこの概念、つまり、編集で全てがまとまるということが好きなんだ。とても映画的だよね。
映画『ワンダーストラック © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
──サイレント映画の時代で仕事をしてみたかったと思いますか?
ああ、そうだね(笑)。
──映画は発声映画で退化したと言う人達もいますが……。
音が到着したすぐ後に何が起こったかは誰にもよくわかると思うよ。突然カメラが動くのをやめたし、カメラのしなやかさと具体性は、音に乗っ取られる前に、すでに複雑さと美しさと優雅さの頂点に達していたんだ。でも僕らみんなが好きな映画監督は、サイレント映画時代の恩恵を受けていると思うし、サイレント映画時代をいつも振り返るし、サイレント映画時代に形作られたと思う。ヒッチコックのような巨匠は文字通りサイレント映画時代から始めたわけだからね。これらの媒体の巨匠はサイレント映画作りに片足を入れながら、発声映画時代へと入って行ったんだ。
──撮影をする前に多くのサイレント映画を観たそうですが、どんなことを学んだと思いますか?
「サイレント映画」って言葉を使うのは、過小視しているような気がする。サイレント映画って言ってもいろんな種類があったからね。喜劇、メロドラマ、スリラー、ホラー、実験映画、そして非常に写実的なサイレント映画もあった。1927年と1928年に起こっていたことだけで、すべての種類をカバーするし、世界中でそれが起こっていた。ロシアは最も冒険的な映画製作を行っていたし、英国、ヨーロッパ、そしてもちろんアメリカでも。あらゆるところで起こっていたんだ。でも、キング・ヴィダー監督の『群衆』とか、今まで見たことがなかった作品も見た。この映画については読んだこともあったし、聞いたこともあったけれど、手に入れることが難しいんだよ。DVDではないし、VHSでもない。見落とされてしまったんだ。ビリー・ワイルダー監督もこの映画に深い影響を受けたし、その他の多くの映画監督も。『アパートの鍵貸します』でジャック・レモンが自分のオフィスの机の前に座っているあのシーンを僕らも真似たんだ。それはビリー・ワイルダー監督が『群衆』を真似たものだった。あの時代にどうやってやったかは想像もつかないけど、当時は全てをやったんだよね。だから、僕たちの媒体の、洗練された元祖って言えるんだ。
映画『ワンダーストラック © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
──そのような映画制作は、テレビに転送可能ではないが故に、失われていってしまうと思いますか?
わからない。人が、これはこの時に終わってしまったって主張するその時点っていうのは、必ずしも持続されるものではない。実際は、人はなんとかそれを乗り切るんだよ。そうであって欲しいと僕は思う。今はケーブルとストリーミングでそのチャンスが圧倒的に増えている。それで多くの映画監督はそれに惹かれているんだ。そこに仕事の機会があるからね。ジェーン・カンピオンやデヴィッド・リンチなんかも今はテレビ作品を手がけている。もちろん僕が真っ先に主張するように、大画面で見ることに匹敵するものはないけどね。でも僕はアマゾンをよく知っている。Netflixはどうかわからないし、他の社についても知らないから言えないけれど、アマゾンは、映画製作者で構成されている映画部に一つの課を作ったんだよ。何に出資するとか、どの監督を起用するとかの決断を、インディペンデント映画製作から来た人たちや映画を心から愛して尊敬している人たちがして、実際に出資そして製作しているんだ。彼らが候補として挙げている映画監督はかなりすごいものだよ。今のところはね。こういうのはとても稀な時で、長く続くかどうかはわからない。今は、それなりの理由があって、素晴らしい仕事をする余裕がある。そして、それがどれくらい長く続くかってことだね。
映画『ワンダーストラック』 © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
──この世代の視覚は私たちの世代が若かった頃の視覚とは違うと思いますか?
違うはずだよ。彼らは多くのものを見るし、多くのものを取り入れている。それもとても急速に取り入れて、それを取り入れるための手段も我々の時代よりもはるかに多い。彼らには忍耐がなく、好奇心を持ち続けることができないって僕たちは悲観的に思いがちなんだ。中にはそれが当てはまる子供もいるけれど、でもこのプロセスを通る中で僕はそれと正反対だということを発見し続けたんだよ。だからそれはとても嬉しかったね。すごくいいことだと思うし、これからどうなるか楽しみだ。
フィルムを手放すことは辛い
──ブライアン・セルズニックは撮影現場に来ましたか?
ああ、彼はすごく関わって、四六時中僕につきまとってたよ(笑)。彼は世界で一番優しくて素晴らしい人で、僕たちは、現場ですごくいい関係を築けたんだ。一緒に脚本の作業をしたり、僕は彼に製作の過程に関わって欲しかった。また彼は、『ワンダーストラック』の原作を書いたりリサーチをする中で、聴覚障害を持つ人たちの共同体ととても近い関係になったんだ。だから、それがこのプロセスにできるだけ多くの知識をもたらすという意味で、とても重要な要素となったんだよ。僕は、彼が小説や脚本に費やした時間よりももっと短い時間で製作をしていたから、一気に飛び込まないと行けなかった。だから、聴覚障害を持つ人たちの共同体に関する彼の知識、そして、彼の自然史博物館との関係が、映画にとってとても大切だったんだ。彼が仲介者になってくれたんだよ。
映画『ワンダーストラック © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
──『ヒューゴの不思議な発明』の映画を手がけたマーティン・スコセッシ監督とは連絡をとったんですか?
いいや。でも僕は『ヒューゴの不思議な発明』が大好きだよ。僕は彼の映画と多様性がある彼のスタイルの大ファンなんだ。彼は、映画っていう僕たちの媒体を変えるような素晴らしい作品を何本も作ってきた。僕は3Dはあまり好きではないんだけど、『ヒューゴの不思議な発明』では3Dをとても賢く使ったと思ったんだ。僕は3Dのことを、ちょっとしたからくりだといつも考えていた。3Dは画面を広げない、むしろそれを縮ませて、小さな箱、つまり一つのメカニズムにするものだと僕は思うんだ。スコセッシ監督は、この3Dを使ってまさにそれをやったんだよ。彼はそれを時計仕掛けにして、19世紀のトリックにした。それがぴったりですごく賢いと思ったんだ。素晴らしいとは思ったけど、僕たちが『ワンダーストラック』でやろうとしていたこととは究極的に違ったからね。僕たちの作品の感触は、もっとザラザラでベタベタしているんだ。『ヒューゴの不思議な発明』はもっと正確でピカピカなところがあるんだよ。『ワンダーストラック』はもっと汚い感じが僕にはいつもしていたね(笑)。まあ一部には、1970年代で、フィルムに撮ったからザラザラしているっていうこともあるね。
──あなたは、他の少数の映画監督同様、フィルムに撮ることにこだわりますか?
フィルムを手放すことは辛いね。それにラボが機能し続けるように僕が少しでも役立てたらと思うんだ。多くのラボは閉鎖されてしまったけれど、また新しく始められたラボもあって、それはただ、フィルムの加工の場所が必要だからという理由があってのことなんだ。だから、その通り。僕は執着するよ。デジタルは僕の助けを必要としていない。でもフィルムは今のところ僕の助けを必要としているんだ。フィルムは美しいって僕は思うんだよ。で、子供達にも大画面で見てもらいたい。子供達に、可能な間に家族と一緒に映画館に行って大きな画面で見てもらいたいんだ。だからこの映画を巡業させてその宣伝のためにできる限りのことはやる。そして、子供達のために作られた、この奇妙で幻覚体験みたいな映画を子供達が見に来れるようなイベントを企画したいと思う。
(オフィシャル・インタビューより)
トッド・ヘインズ(Todd Haynes) プロフィール
1961年1月2日、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。芸術に高い関心を持ち、ブラウン大学では美術と記号学を専攻。その後NYへ移り、’87年に短編『Superstar: The Karen Carpenter Story』を監督、バービー人形を使ってカレン・カーペンターの生と死を描き注目される。’91年『ポイズン』(93)で長編監督デビューを果たして以降、ヴィレッジ・ヴォイス誌が「90年代最高の映画」に選んだ『SAFE』(99)、70年代グラムロックスターを描いた『ベルベット・ゴールドマイン』(98)、50年代ダグラス・サーク監督のメロドラマにインスパイアされた『エデンより彼方に』(03)、豪華キャスト6人にボブ・ディランを演じさせた『アイム・ノット・ゼア』(08)等、国際的に高く評価される作品を次々に生み出す。’11年にケイト・ウィンスレット主演のTVドラマ「ミルドレッド・ピアース 幸せの代償」で監督・共同脚本を務め、ゴールデン・グローブ賞3部門受賞、エミー賞21部門ノミネート、同賞5部門を受賞した。パトリシア・ハイスミス原作「The Price of Salt」の映画化『キャロル』(16)では、ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラを主演に迎え、アカデミー賞®6部門、ゴールデン・グローブ賞5部門、BAFTA9部門にノミネートされるなど賞レースを騒がせ、BFIによる「史上最高のLGBT映画30」の第1位に輝いた。
映画『ワンダーストラック © 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC PHOTO : Mary Cybulski
映画『ワンダーストラック』
4月6日(金)、 角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷他全国ロードショー
監督:トッド・ヘインズ
脚本・原作:ブライアン・セルズニック
出演:オークス・フェグリー、ジュリアン・ムーア、ミシェル・ウィリアムズ、ミリセント・シモンズ 2017/アメリカ/英語/カラー・モノクロ/5.1ch/スコープ/117分
字幕翻訳:松浦美奈
配給:KADOKAWA