骰子の眼

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東京都 渋谷区

2018-02-28 20:33


演技は分析ではなく感情的なアートフォーム イーストウッド監督『15時17分、パリ行き』

テロ襲撃事件を現場に居合わせた当事者に演じさせ再現した理由を語る
演技は分析ではなく感情的なアートフォーム イーストウッド監督『15時17分、パリ行き』
映画『15時17分、パリ行き』 ©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

クリント・イーストウッド監督が2015年高速鉄道で起きた無差別テロ事件を映画化した『15時17分、パリ行き』 が3月1日(木)より公開。webDICEではクリント・イーストウッド監督のインタビューを掲載する。

2015年に起きたパリ行きの特急列車内で554人の乗客全員をターゲットした無差別テロ襲撃事件。居合わせた3人の若者が犯人逮捕に立ち向かった実話を、その当事者が演じる。3人の若者たち以外にも、乗客として列車に居合わせた人々が出演し、事件が起こった場所でも撮影を行っている。そうしたリアリティの追及と、『アメリカン・スナイパー』と『ハドソン川の奇跡』をミックスしたようなスリリングな物語運びの一方で、イーストウッドらしからぬのどかなヨーロッパ観光の風景が、これまでのイーストウッド作品にはない「青春ロードムービー」の赴きさえあり、そのギャップは87歳の巨匠が挑んだ新境地と言えるだろう。


「テロ事件のバックグラウンドにある、お互いを憎み合う状況について、みんなが心配している。だからこそ、このストーリーを語る価値がある。後ろに隠れるか、飛び出して何かをやるか。その選択を迫られたときに、彼らはなぜかもわからず、正しいときに、正しいことをただやっただけ。そんな風に、誰もが何かをトライする能力があればいいのにと思う」(クリント・イーストウッド監督)


作品に引き寄せられるように当事者が出演してくれた

──映画化へのきっかけ、そして主役どのように当事者3人をキャスティングすることに決めたのですか?

実話の映画化はこれまでもやってきたけれど、この事件に遭遇したアメリカ軍人、スペンサー・ストーンに送ってもらった本を読んだ時、彼らの物語はとりわけ興味深いことだと思った。それで映画にすることに取りかかった。

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映画『15時17分、パリ行き』クリント・イーストウッド監督©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

最初、主人公のスペンサー・ストーン、アンソニー・サドラー、アレク・スカラトスの3人にはテクニカル・アドバイザーを依頼した。彼らはサクラメントから何度かスタジオにやってきた。オーディションで俳優が演じ、事件を演じることが出来た何人かとても良い役者たちを見ていた。でもある時、テクニカルな面の話し合いの中で、彼ら3人に「自分たち自身を演じることについて、あなたたちはどう思う?」と言った。僕はその可能性を見逃していた。

映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC
映画『15時17分、パリ行き』左より、アメリカ人大学生アンソニー・サドラー、アメリカ空軍下士官スペンサー・ストーン、オレゴン州の州兵アレク・スカラトス 3人はこの作品で自分自身を演じた ©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

これまでももっと小さい状況で、役者じゃない人を使ったことはある。今回の場合、なによりも彼らの表情を使いたかった。彼らの顔はみんなとてもユニークで、とても好感がもてるから、うまくやり遂げられたらこの挑戦はとても面白いものになると思った。そしてまた、失敗したらひどいものにもなりえると感じた(笑)。そこからスタートした。

──事件を経験した3人は演技未経験者です。監督にとって、「演技」とは?

演技は、多くの人たちが異なるアプローチをする。僕の時代のやり方では、いろんな演技の本を読んだ。駆け出しの若い役者だったとき、いろいろ違うテクニックを分析した。ほとんどの本は、自分自身に教えるためのもので、演技は数学のようにやることは出来ない。もっと感情的なものだ。それは知的なアートフォームではなく、どちらかというと、内面に向いたものだ。自分自身を持ち出すことを学ぶ。試行錯誤しながら、コーチしてもらったりしながら見つけるんだ。みんなが違う方法でそれをやる。主に彼ら自身の心を通してね。それは考え過ぎることでダメになりえるから、演技についてかなり考えないといけない。でも、それをやり過ぎることでダメにしてしまうことにもなる。だから、その微妙なラインでやらないといけない。十分考えながら、それを分析し過ぎないようにね。

──演技とは知的なアートフォームではなく、感情的なアートフォームという部分を、もう少し詳しく説明していただけますか?

演技とは何か?あなたがクッキーか何かを作っているように、それを分析することは出来ない。自分の想像力を使って、その元にたどり着かないといけない。もしそれを数学的な形式でやろうとしたら、あなたの想像力は妨げられることになる。それは、物事に対してあなたが感じることであり、キャラクターが物事について感じることなんだ。そして、キャラクターが感じることを正確に再現しないといけない。今回の場合、彼らにはその問題はなかった。なぜなら、彼ら自身がキャラクターだった。つまり、その真ん中にいる人を飛び越えるんだ。

映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC
映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

──数多くの当事者たちが参加しています。どのような経緯でキャスティングされたのでしょう?

3人の若者が出演することが決まってから、イタリアでいろんなロケーションのセッティングをしていた。助監督と、他のプロデューサーの1人は、事件の場にいた他の何人かの人たちに連絡をとり始めた。僕はスタッフに「彼らに作品に出たいかどうか聞いてくれ」と伝えた。彼らはみんな事件でショックを受けていた。でも、誰もが「イエス」と言ったんだ。そして、負傷したマークと妻のイザベルも加わることになった。すると、あの列車にいた本当の看護婦も事件が起こった場所に戻りたいと返事をくれた。

事件後の列車を調査した全ての刑事たちも、作品に引き寄せられるように役を引き受けてくれた。彼らはみんなその場所に戻りたがった。現場では、僕とスタッフ以外はみんなその事件の現場にいた人たちだったんだ。

映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC
映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

──当事者たちが再び集まった現場はいかがでしたか?

その熱意は素晴らしかった。みんながやったことは基本的に事件のレプリカなんだ。何が起きたか、僕らが理解出来る範囲において撮影を進めた。現場では「あなたがしたことをやってくれ。あなたは何をしたの?」とたずね、僕らは彼らがそれをやったように撮影した。だから、それは、自分の横に秘書がいて、助言を与えてくれるようなものだ。そして、みんなに自分たちのペースを与える。もしその中の一人が横になって、何か他のことをしたら、僕はそれをそのまま撮るんだ。でもみんながそれを楽しんでいた。多くのエキストラの人たちも楽しんでいた。

事件はとてもひどい状況になりえた。犯人はとてもしっかり武装していた。ものすごく多くの弾薬を持っていた。2つの銃とひとつのナイフ、カッターナイフでね。もしそのまま犯行が続くことが許されていたら、今までで最悪の出来事の一つになりえた。

3人は再び彼ら自身になった

──『アメリカン・スナイパー』や『ハドソン川の奇跡』、そしてこの映画は実際に起こった事件を基にしています。何が、あなたをフィクションから現実の話に移行させたのでしょう?

なぜかはわからない。なぜ何かをするのかわからない。それはテクニカルには語れない部分だ。「あなたはなぜ何かをするの?なぜこれを今持ち上げるの?」と言えば、それは人がやることだからだよ。でもほとんどのことは、ある考えによって動かされている。

今作の3人の場合は、僕は彼らに頼っていた。彼らは映画のテクニカル・スーパーバイザーになる代わりに、再び彼ら自身になったんだ。少なくともトライすることは理にかなったことのように思えた。同時に、もし彼らがひどいことになった場合に備えて常にバックアップしていた。彼らがどうなるか、彼らが何をするか全くわからなかった。最悪の場合、現場に戻って、プロの役者を使ってもう一度撮り直さないといけなかったし、それをすることもありえた。でも、僕にとってトライしないことはありえないことだった。

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映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

──テロ事件のバックグラウンドについてお伺いします。ごく普通の人々がテロ攻撃を受け、とくにアメリカはもっと極化していて、お互いを憎み合い、ヘイトクライムすら起きています。こういう状況は、もっとテロ攻撃を生み出すことになると思いますか?

僕がそれを心配しているか?みんなが心配していると思う。だからこそ、このストーリーを語る価値があるんだ。なぜなら、それは、悪い状況についてだけど、良いエンディングがあるストーリーだったからだ。この数年、僕たちが見てきた多くのことには、良いエンディングがなかった。

今回の場合は、後ろに隠れるか、飛び出して何かをやるかのどちらかの選択を迫られたときに、彼らはなぜかもわからず、正しいときに、正しいことをただやっただけ。それが興味深いところだ。そんな風に、誰もが何かにトライする能力があればいいのにと思う。

スペンサー・ストーンが立ち上がって、300の銃弾ととても頼りになる軍用の武器とバックアップ用のピストルとナイフを持った男に、まっすぐ走って向かって行ったとき、それを紙に書こうとすることは不可能に思えるかもしれない。でもそれが、これを語るのに興味深いストーリーにするんだよ。

ほとんどの人々は、当然ながら、テーブルの下や、椅子の後ろに隠れているだろう。それも懸命なことだ。でも、スペンサーは立ち上がって、まっすぐ走って行ったんだ。最初、僕は彼に尋ねた。「当時、あなたは何を考えていたの?」と。彼は「なにも」と答えた。彼は考えていなかった。彼は、彼が引き金を引いて不発に終わったとき、彼は死んだと思った。でも、それから、不発だったことに気づき、走り続けた。もし不発でなければ、もちろん、彼は生きていなかっただろう。

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映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

──犯人の銃が不発だったことをどう思いますか?それは奇跡ですか?

わからない。誰にもわからないよ。でも違うアングルから考えることは出来る。つまり、これは彼に用意された運命だったんだ。または、そこには何か崇高なる力が「死ぬのは今回ではない」と言ったのかもしれない。みんなが多分、違う解釈の仕方をするだろう。

僕はただ、不発と解釈した。でも、運命が人生においてある方向に導くのかもしれない。人生のある時を振り返ると、僕は助けられたのかもしれないと思える出来事が何度かあった。

映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC
映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

──子供の頃のあなた自身の経験と、彼ら3人の子供時代に共感を覚えましたか?

それはありえたよ。僕は経済状態があまりよくない時代に育った。特に、子供の頃は経済がとても悪かった。両親はよく引っ越していたので、いつも違う学校にいた。だから30歳代、40歳代までずっと、決まったところに留まることがなかった。誰のことも6ヵ月以上は知らなかった。それで、物事に違うアプローチをすることを学んだ。

彼ら3人はみんな同じ近所に住んでいた。彼らは崩壊した家庭から来ていたり、いろいろと困難なことがあったとしても、お互いサポートしあうことが出来たんだ。こうした時代で、みんなが違う、でもみんなが運命に対して共同で取り組むんだよ。

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映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

異常な時代にいる、でも前に進まなければならない

──あなたは、彼ら3人が、ヨーロッパ旅行で楽しんでいる姿をかなり長く描きました。ナイトクラブで踊ったり、飲み過ぎたりしています。それは、ミレニアルが深夜に楽しむリアルな生活です。なぜ、彼らがヨーロッパで楽しんでいるところ丁寧に描いたのでしょうか?

彼らは楽しんでいるんだ。それに何か重要な意味があるかどうかはわからない。1人は、何かを再び体験しようとしている。なぜならアレクにはドイツとの縁があるからだ。スペンサーとアンソニーの2人は「ヨーロッパに一度も行ったことがないから行こうよ」という感じだ。多くのアメリカ人が彼らのように旅行することをするのを知っている。ヒッチハイクをし、ヨーロッパ中を周り、いろんな人々や、いろんな社会を見たいというのはとてもよくあることだ。その過程では、ひどいときを過ごすことになるとは思わない。平和な国だから、他の社会がどういうことをやっているのか見に行こうとなる。

彼ら3人も同じことをやっていた。お酒を飲んで、何人かの人々に出会う。出来れば、魅力的な女性たちともね(笑)。彼らはただ男の子でいるだけだ。

映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC
映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

──あなたはアメリカの新しい世代や未来についてどうお考えですか?

今の状況は、アメリカだけじゃなく世界中においてタフだ。この映画のような状況は起こりえるし、僕らがパリで撮影しているとき、似ている状況があった。スペインでひどいことが起きていたし、カンヌやいろんな場所でも起きていた。僕らは異常な時代にいるように感じる。それを考え過ぎたら、落ち込むことになる。でも前に進まなければならない。この出来事は、そうした最悪の状況に対してとても素晴らしい結末をもたらしたし、それは語る上で価値のあるものに思えるよ。

──最後に、近い将来、演技することは?

多分ね。もし良い役が巡ってきたら、可能性はあるよ。でも、良い役というのはあまりたくさんはないんじゃないかな?たまに何かが巡って来ることがある。だから、僕はいつも作品を探している。でも、僕はゆっくりやっている。歩いていって決断を下す。走っていく必要はないんだ。

(オフィシャル・インタビューより)



映画『15時17分、パリ行き』
3月1日(木)丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー他 全国ロードショー

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映画『15時17分、パリ行き』©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

2015年8月21日、アムステルダム発パリ行きの高速列車タリスが発車した。フランス国境内へ入ったのち、突如イスラム過激派の男が自動小銃を発砲。乗務員は乗務員室に逃げ込み、500名以上の乗客全員が恐怖に怯える中、幼馴染の3人の若者が犯人に立ち上がったー。

監督:クリント・イーストウッド
出演:アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーン
2018年/アメリカ/94分/スコープサイズ/5.1chリニアPCM+ドルビーサラウンド7.1(一部劇場にて)
原題:THE 15:17 TO PARIS
字幕:松浦美奈
配給:ワーナー・ブラザース映画

公式HP


▼映画『15時17分、パリ行き』予告編

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