映画『女神の見えざる手』 ©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
ジェシカ・チャステインがアメリカの「銃規制強化法案」を可決させるために暗躍する敏腕ロビイスト、エリザベス・スローンを演じる映画『女神の見えざる手』が10月20日(金)より公開。webDICEではジョン・マッデン監督のインタビューを掲載する。
本作『女神の見えざる手』のジェシカ・チャステインが演じるロビイストは、『エル ELLE』でイザベル・ユペールが演じたゲーム会社のCEOと同じ種類の人間である。政治とビジネスで共通するのは勝てばいいという法則だろう。その法則に則って勝つには単純で金をより多くかけた方が勝ち、金をより多く儲けた方が勝つという論理だ。そして二人に共通するのは、勝つための行動に何らかのモチベーションが必要かと言えばそうではなく、また過去に何らかのトラウマがあったため、今の行動につながっているかというと全くそういうこともないことだ。二人に共通するのは行動=アクションが目的化していることだ。ジョン・マッデン監督は主役のロビイストを「勝利依存症」と分析する、ユペールが演じたCEOも同じだ、そうこれらは女性のアクション映画なのだ。
本作でも、ロビイストは過去に恋人や家族を銃による事件で失っていたとかという陳腐なトラウマなどは全く無縁だ。これは、タランティーノ作品のようにガンファイトや肉体は暴れないが、策略がぶつかり合うアクション映画なのだ。よって本作が面白く無いわけがない。法廷でジェシカ・チャステインが相手のカードを見た後に最後に自分のカードをめくってからの数分には鳥肌がたった。最高の策略応酬アクション映画である。
個人的にはアーロン・ソーキン企画脚本の『ニュースルーム』を観ていたので、元上司役のサム・ウォーターストーンと部下役のアリソン・ピルが『ニュースルーム』のボス、インターンといった同じようなキャラクター設定なのが楽しめた。
(浅井隆/文)
すべてが策略によって進められる業界を描く
──脚本のどこが気に入ったのですか?
実によくできた脚本だ。台詞がごく自然な会話になっている。アイロニーや間接的な表現が多く、ウィットに富んでいて非常におもしろい。だが、一番の売りは「驚き」だろう。すべてが策略によって進められる業界だからね。ロビー活動のポイントはいかに他人を感化し、賛同得るかということなんだ。そのためにはあらゆる手を尽くす。最近ではすっかり評判の悪い仕事だ。
映画『女神の見えざる手』ジョン・マッデン監督 ©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
巧妙で驚きに満ちており、着地すると思われた場所に着地しない。そして型破りで偏執的なヒロインも刺激的に描いている。“勝利依存症”で何かにとりつかれた人間をスクリーンで見るのは面白い。
──その脚本を、どのように映像化しようと思ったのですか?
本作の脚本が持つ最強の武器は、ネタバレになってしまうが、「驚き」に満ちていることだ。予想できるような方向には決して進まず、思いもよらない展開が続いていく。だからこそ本作には他とは違う魅力がある。そして、2番目の特徴として挙げたいのは、キャスティング中に気づいたんだが、複数の物語が同時進行し、魅力的な人物が大勢登場することだ。
映画が小説より優れているところは、総合的なメディアだから、登場人物の心の中に入りやすい点だ。彼らの視点を体験できる。本作の主人公エリザベスは少し変わったキャラクターだ。特殊な職業に就き、普通ではない働き方をする。ある意味、古典的なアメリカ映画だと言えるね。主人公は業界のアウトサイダーで、ルールに従うことを拒絶している。どこまでも世の中の流れに逆らって進む人間だ。そう聞いて、普通、頭に浮かぶのは男性だろう。だが、本作の場合は男性ではなく女性だ。そしてこれも特筆すべきことだが、この女性キャラクターが中心となって物語が展開する。普通なら男性が演じるような役だよ。
そして、がむしゃらで刺激的なエネルギーが爆発するように展開させる。そして勝利への執着心にあった虚しさに主人公が気づいたとき、それまでのスピーディな流れを、均衡状態と沈黙で途切れさせるような作りをめざした。
映画『女神の見えざる手』 ©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
──なぜスローン役にジェシカ・チャステインを起用したのですか?
エリザベス・スローン役はジェシカ・チャステインにぴったりだ。以前『ペイド・バック』(2010・日本未公開)という作品で彼女と一緒にしたことがある。当時「ツリー・オブ・ライフ」の撮影は終わっていたが、まだ公開はされていなかったから、彼女は有名人じゃなかった。その頃のジェシカは僕にとって埋もれたダイヤだった。当時から彼女の実力には驚いていた。今回の主役も彼女しかいないと思ったよ。脚本を読み、すぐに決めた。そして初めて本作の打ち合わせをした日にジェシカ側から連絡があった。僕はあるイベントでニューヨークにいたんだが、「脚本が気に入ったから出演したい」と電話が来たんだ。
──ジェシカ・チャステインの演技はいかがでしたか?
ジェシカは驚くほど才能のある役者だ。内面の感情の動きが手に取るように分かる。動作でいちいち表現しなくても気持ちが伝わる。特別な才能だと思う。感情をどこで表現すべきか的確に見極め、自在に調整できる。僕らは以前にも一緒に仕事をしたから、お互いへの理解がある。とにかく彼女はあふれる才能の持ち主だ。この役には重要なことだ。
映画『女神の見えざる手』 ©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
これはアメリカの政治の一部
──エリザベス・スローンを動かすものについて、監督の考えを教えてください。
エリザベス・スローンは監督にとって最高のキャラクターだ。彼女はすっかり仕事に取りつかれている。彼女の言動の動機は、どうしても議論に勝ちたいという意地と法案を勝ち取ることだ。お気づきのとおり、彼女は目的のためなら、なりふり構わず行動する。まったく手段を選ばないから法廷で批判を受けることもある。彼女は、とてつもないエネルギーの持ち主であり、そのすべてを仕事に注ぐ。ほとんど休むことなく猛進していくんだ。
映画『女神の見えざる手』元部下ジェーン・モロイ役のアリソン・ピル(右) ©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
──エリザベスと彼女の部下・エズネの関係について、どのように分析しますか?
主人公と特別な関係を築くのがエズメ・マヌチャリアンという女性だ。ググ・バサ=ローが演じている。これは間違いないと思うが、エリザベス・スローンという人物が親しくなる相手にはある共通点がある。昔の彼女と似ていることだ。最初の会社でもそうだった。そこでジェーンという女性と親しかった。アリソン・ピルが演じた役だ。エリザベスが転職を決めたとき、ジェーンは元の会社に残ることを選んだ。そこで、エリザベスは再び自分と似ている人物を探し、転職先の会社で頭の切れる若い女性を選ぶ。かなりの野心家でエネルギッシュな社員だ。
映画『女神の見えざる手』ググ・バサ=ロー ©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
──エリザベスが移動した法律事務所ピーターソン・ワイアットでの部下、エズメ・マヌチャリアンを演じたググ・バサ=ローと、スパーリング上院議員役のジョン・リスゴーについては?
この二人の関係も重要になってくる。ググは新人ではないが、最近注目を浴びている俳優だ。すぐにベテランとして認められるはずさ。ジョン・リスゴーとは35年も前に舞台演劇の仕事をしたことがある。あの時以来ずっと彼を尊敬しているよ。
映画『女神の見えざる手』ジョン・リスゴー ©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
──エリザベスのライバル、パット・コナーズを演じたマイケル・スタールバーグも素晴らしかったです。
今回、スケジュールが合い出てくれたマイケル・スタールバーグもすごい俳優だ。役によってかなり印象が変わる。まったくの別人に見えるよ。今回は主人公の最大の敵を演じている。エリザベスの元同僚で彼女の転職後、正反対の立場で対立するという役だ。マイケルには驚かされっぱなしだった。自分が演じる役を徹底的に掘り下げてくれる。台詞の読み方ひとつでも、撮影中のテイクでも、常に予想外の演技を見せるんだ。
映画『女神の見えざる手』スローンの元上司ジョージ・デュポン役のサム・ウォーターストーン(中央)、パット・コナーズを演じたマイケル・スタールバーグ(右)、元部下ジェーン・モロイ役のアリソン・ピル(後方左) ©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
──法律事務所ピーターソン・ワイアットの代表、ロドルフォ・シュミットを演じたマーク・ストロングについては?
この役はマーク・ストロングが演じるには意外な役だろう。エリザベスに次ぐ準主役で彼女を雇う上司の役だ。モラルを教える立場にもあるが、ある意味、敵役とも言える。マークはイギリスでは名優として知られている。彼と一緒に仕事をした監督や俳優はみんな彼を絶賛するよ。
映画『女神の見えざる手』マーク・ストロング(左) ©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
──最後に、この物語の魅力についてあらためて解説してください。
僕にとって今回の脚本の魅力は業界をのぞき見るようなストーリーだ。ドアの鍵穴から見ているような感じだね。ロビイストの仕事を知る人は少ないと思う。普通の人には全く分からない世界で、説明も難しい。だが本作を観ることによって業界の実態も分かるだろう。良くも悪くも、これはアメリカの政治の一部であり、彼らは絶対に欠かせない存在だ。それだけでも興味深いが、本作にはさらに別の見どころがある。主人公が業界の裏の面までも徹底的に利用する点だ。僕たちはそんな姿にどこか魅了されてしまう。そしてこれも本作の重要な要素の一つだが、物議をかもすような題材が扱われている。結局のところ、本作が描いているのは、主人公の人となりだと思う。ある人物の驚くべき生き方を追っていく物語だよ。
(オフィシャル・インタビューより)
ジョン・マッデン(John Madden) プロフィール
1949年、イギリス、ポーツマス生まれ。イギリスのTVシリーズ「主任警部モース」や「シャーロック・ホームズの冒険」などの演出を手がけ、1993年、『哀愁のメモワール』で長編映画を初監督。『QueenVictoria至上の恋』(97)を経て、長編監督4作目の『恋におちたシェイクスピア』(98)がアカデミー賞®作品賞を受賞する。その後、『コレリ大尉のマンドリン』(01)、『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』(05)、『キルショット』(08/日本劇場未公開)、『ペイド・バック』(10/日本劇場未公開)、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(11)、『マリーゴールド・ホテル幸せへの第二章』(15)を監督。スティーヴン・スピルバーグ監督の『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』(16)では製作総指揮を担当し、脚本にも参加した。キャリアの初期は舞台での演出がメインで、ロンドンのナショナルシアターやNYブロードウェイで演出家として活躍。「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」は、映画版と同じグウィネス・パルトロウを主演に舞台版も演出した。
映画『女神の見えざる手』 ©2016 EUROPACORP-FRANCE 2 CINEMA
映画『女神の見えざる手』
10月20日(金)TOHOシネマズシャンテにて公開
天才的な戦略でロビー活動を仕掛けるエリザベス・スローン。真っ赤なルージュで一流ブランドとハイヒールに身を包み、大手ロビー会社で花形ロビイストとして辣腕をふるう彼女が、銃の所持を支持する仕事を断り、銃規制派の小さな会社に移籍する。アイデアと大胆な決断力で、難しいと思われた仕事に勝利の兆しが見えてきた矢先、彼女の赤裸々なプライベートが露呈し、重ねて予想外の事件が事態を悪化させていく。勝利の女神は誰に、どんな風に微笑むのだろうか……?
監督:ジョン・マッデン
出演:ジェシカ・チャステイン、マーク・ストロング、ググ・バサ=ロー、ジョン・リスゴーほか
2016年/フランス=アメリカ合作/英語/カラー/シネマスコープ/2時間12分
原題:MISS SLOANE
配給:キノフィルムズ/木下グループ
日本語字幕:松浦美奈