骰子の眼

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東京都 渋谷区

2017-09-29 11:30


宮台真司熱弁 映画『サーミの血』の最も重大な部分は"ぼくたちの社会がどう描かれているか"

『エル ELLE』『三度目の殺人』『散歩する侵略者』との共通点とは?イベント・レポート
宮台真司熱弁 映画『サーミの血』の最も重大な部分は"ぼくたちの社会がどう描かれているか"
映画『サーミの血』 © 2016 NORDISK FILM PRODUCTION

北欧スウェーデンの美しい自然を舞台にサーミ人の少女の成長を描いた『サーミの血』が9月15日より公開中。映画の公開を記念し、9月20日、アップリンク渋谷の上映に社会学者の宮台真司さんと小説家で映画監督の榎本憲男さんが登壇、熱いトークが繰り広げられた。

本作は、北欧スウェーデンの美しい自然を舞台に描かれるサーミ人の少女が、家族、故郷を捨て自由を求めて奮闘する姿を描いた作品。映画について宮台さんは「多くの方がこの映画をアイデンティティ映画であると理解している。それは間違いではないが、この映画の最も重大な部分は、“ぼくたちの社会がどう描かれているか”ということだと思う」と分析。

宮台真司さん×榎本憲男さん
映画『サーミの血』トークイベントより、宮台真司さん(左)と榎本憲男さん(右)

宮台さんは「僕たちの定住社会は一万年位前から始まりました。その“定住革命”によって初めて“法”ができました。それ以前には、“法”はなかったんです。定住によって“所有”という概念が生まれ、所有を維持するために出来上がったのが“法”です。定住していない人間には、“使用なき所有”なんて意味不明だし、それを守る“法”も分からない。主人公のエレ・マリャもそう。だから、一度性交した青年が家族と住む家に、押しかけて居つく。定住の作法を知らない遊牧民が、定住社会に同化してどうなったか……という物語だ」と解説。

続けて宮台さんが宮崎学著『近代の奈落』を例に挙げ「定住民は非定住民を差別する。差別される側は反差別運動をするけど、被差別部落の存在が忘れられて“一般ピープル化”することを、望みがちでした。ですが20年前ぐらいから、そもそも“一般ピープル化”を望むべきなのかという疑問が生じたんですよね。宮崎さんは何かの差別が残っても、“一般ピープル”のクソ社会に同化すべきじゃないと言います。まさにこの映画はそこがモチーフなんですよね。“同化するな”という妹と“同化したい”という姉の、日本でも被差別民の間で起きている論争が姉妹の間でも再現されている」と指摘した。

映画『サーミの血』
映画『サーミの血』 © 2016 NORDISK FILM PRODUCTION

さらに最近公開したポール・ヴァーホーヴェン監督『エル ELLE』、是枝裕和監督『三度目の殺人』、黒沢清監督『散歩する侵略者』の3作品と『サーミの血』には共通の軸があると分析。宮台さんは「これらの作品と『サーミの血』はモチーフが同じで、完全にシンクロします。僕たちは“法”を守ることが正義だと思ってきたし、この社会の形を保つことが適切だと思ってきたし、この社会に適合してうまく生きる事が大切だというふうに思っているけど、それは違う。この社会がクソであるなら、社会に適応しないのが正しい。せいぜい適応したフリに留めるべきである。そういったことが、この3作品にも描かれている。法やルールを守ることこそが非倫理的なんだという考えの作品がこの2年ぐらい続々と出てきているのは、みなさんの感受性の中に社会というものへの疑念が生じてきているからだと思います。“何かがおかしい”、“ルールや法を守ることが幸せにつながるとは思えない”、“いったい僕たちは何のためにこの社会に適応しているのだろう”といった違和感が生まれている中で、こういった作品が出てきているということは非常に重要ですね」と述べた。

映画『サーミの血』 © 2016 NORDISK FILM PRODUCTION
映画『サーミの血』 © 2016 NORDISK FILM PRODUCTION

映画のラストシーンで老いたエレ・マリャが、妹の亡骸に向かって言う「私を許してね」に込められた思いについて客席から質問が出ると、宮台さんは「僕の考えは単純で“なりすまし”でいるべきだったという思いでしょう。というのは、彼女は本来、定住社会の中核に座ることが出来ないマージナルパーソン<周辺人>だったわけだけど、そのことを忘れて中心へ行った。誰もが幸せに生きる権利があり、“一般ピープル”になりたがるのも当たり前だけど、彼女は尊厳を傷つけられてきた過去を忘却し、全てなかったことにして定住民として生きた。つまり“なりすまし”を忘れてしまった。そのことへの謝罪だったと僕は考えます。今さらながら謝罪したのは、彼女自身が、実は“クソ社会”では満たされていなかったからだと思いますね。自分が誇り高き周辺人であることを忘れるべきではなかった」と回答した。最後に榎本さんが「いろんな解釈ができる映画だね。インテリ向きの映画かもしれませんね(笑)」と発言すると、会場全体から笑いと拍手が巻き起こりイベントは幕を閉じた。




映画『サーミの血』ポスター

映画『サーミの血』
新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほか全国順次公開中

1930年代、スウェーデン北部のラップランドで暮らす先住民族、サーミ人は差別的な扱いを受けていた。サーミ語を禁じられた寄宿学校に通う少女エレ・マリャは成績も良く進学を望んだが、教師は「あなたたちの脳は文明に適応できない」と告げる。そんなある日、エレはスウェーデン人のふりをして忍び込んだ夏祭りで都会的な少年ニクラスと出会い恋に落ちる。トナカイを飼いテントで暮らす生活から何とか抜け出したいと思っていたエレは、彼を頼って街に出た――。

監督・脚本:アマンダ・シェーネル
音楽:クリスチャン・エイドネス・アナスン
出演:レーネ=セシリア・スパルロク、ミーア=エリーカ・スパルロク、マイ=ドリス・リンピ、ユリウス・フレイシャンデル、オッレ・サッリ、ハンナ・アルストロム
後援:スウェーデン大使館、ノルウェー王国大使館
配給・宣伝:アップリンク
(2016年/スウェーデン、ノルウェー、デンマーク/108分/南サーミ語、スウェーデン語/原題:Sameblod/DCP/シネマスコ―プ)
© 2016 NORDISK FILM PRODUCTION

公式サイト

▼映画『サーミの血』予告編

キーワード:

宮台真司 / 榎本憲男 / サーミの血


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