骰子の眼

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東京都 中野区

2017-09-01 16:10


『ヨコハマメリー』監督が描く日系アメリカ人禅僧の破天荒な人生、映画『禅と骨』

対象者に向き合う姿勢こそ経験や技術より重要 "禅僧らしからぬ禅僧"を撮った理由
『ヨコハマメリー』監督が描く日系アメリカ人禅僧の破天荒な人生、映画『禅と骨』
映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS

童謡「赤い靴」の映画化を試みるなど、2012年に93歳で亡くなるまで多岐に渡る活動を行った京都の日系アメリカ人の禅僧ヘンリ・ミトワの波乱の人生を描くドキュメンタリー映画『禅と骨』が9月2日(土)より公開。webDICEは中村高寛監督のインタビューを掲載する。

前作『ヨコハマメリー』で横浜の伝説として知られる白塗りの娼婦メリーさんを追った中村監督は、ミトワの破天荒な人生をラマやアニメーション、インタビューと縦横無尽に撮影スタイルが混ざり合う構成で描いている。

「ミトワさんがこの映画を観たら……『俺の変なところをいっぱい入れやがって!』とまずは怒るでしょうね。そのあとで大笑いする気がします。何故なら、ミトワさんこそ、この映画の本当の監督であり、夢を叶えた勝者だからです」(中村高寛監督)


最初はなぜ私がこの映画を撮るのか?という「内的必然性」すらなかった

──最初に、『ヨコハマメリー』から11年ぶりとなる今回の作品を制作された経緯から教えてください。今作も同じ横浜が舞台となっていますね。

私にとって横浜はホームタウンであり、自身の制作拠点でもあるので、普段、日常生活のなかで興味のある題材を見つけることが多いのです。今回の『禅と骨』は、かつて横浜で『私立探偵濱マイク』シリーズを撮った林海象監督と、横浜のギリシャバー『アポロ』で呑んでいたときに提案された企画です。

映画『禅と骨』中村高寛監督
映画『禅と骨』中村高寛監督

──ヘンリ・ミトワという人物を最初に知ったときの印象は?

林監督から提案を受けて、まずはミトワさんの自伝を読んだり、彼のことを取り上げた雑誌、新聞などに目を通しました。大正生まれのハマッ子で、その半生も興味深く、また禅僧にもかかわらず、童謡「赤い靴」を劇映画化するために奔走していることにも惹かれました。

しかし彼を主人公にしたドキュメンタリーが、実際に成立するのか?つまり面白い映画になるのか?私自身、当初から懐疑的であり、初対面から3年後にクランクインしても、その思いは変わりませんでした。つまり監督として勝算がないまま、主人公のミトワさんから押し切られるカタチでキャメラを回し始めたのです。当初、なぜ私がこの映画を撮るのか?という「内的必然性」すらなかったというのは、ドキュメンタリーとしてはかなりレアケースだと思っています。

製作中から「決めごとをしないこと」を決めていた

──撮影はどのように進められたのですか?映画の途中で、ヘンリ・ミトワさんは2012年に亡くなってしまいます。そのことで当初のコンセプトから変わってきたところはありますか?

インしてから半年は、京都で約1ヵ月に一回、10日間ほどの合宿撮影をしていました。そのなかで、ミトワさん、そしてその家族の方々と関係を築いていったのです。その後、ミトワさんが入退院を繰り返すなかで、撮影することもままならなくなり、「なぜ私がこの映画を撮るのか?」ということを考えるようになりました。ちょうどその頃、私にとって興味があったテーマとうまくシンクロしていき、撮影途中からは「これこそ今の私が撮るべき映画だ!」と確信するようになったのです。ゆえに対象者と向き合い、キャメラを向けていくなかで、徐々に映画の“貌”が作られていったと言えます。

映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS
映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS

──ミトワさんや関係者を追った撮影について、前作と比べて意識の違いはありましたか?

『ヨコハマメリー』はデビュー作だったこともあり、ただ必死に相手に食らいついていました。いまは経験も積み、ルーティンで取材もできるようになりましたが、対象者に向き合う姿勢は変わらないつもりです。ドキュメンタリー映画は作り手を映し出す鏡という側面もあるので、対象者に向き合う姿勢、つまりスタンスこそが経験や技術よりもいちばん重要なことだと思っています。

映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS
映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS

──ドラマやアニメーション、インタビューと縦横無尽に撮影スタイルが混ざり合う構成が印象的です。インタビューシーンのテロップも通常の字幕のスタイルとは異なり劇画の吹き出しのようにデザインされています。この構成を作り上げるにあたっての苦労は?

映画の構成自体は、クランクインから1年後には作り始めていました。撮影し、構成を考えて、また撮影することを繰り返していき、映画の全体像を作っていきました。そのうえで編集に入っても追加撮影をしています。また今回は製作中から「決めごとをしないこと」を決めていました。そしてシーン毎に最良の表現方法を突き詰めていった結果、このような映画ができ上がったのです。

映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS
映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS

──ドラマパートの台本のセリフは史実をもとに中村監督が作っていったのでしょうか?またウエンツさんをはじめドラマパートのキャスティングはどのように決めていったのでしょうか?

ドラマパートの台本は、メインスタッフの意見なども聞きながら、私が仕上げていきました。キャスティングに関しては、ウエンツ瑛士さん、余貴美子さんは、ドラマパートを撮ろうと考えたときから勝手にイメージしていました。その他のキャスティングに関しても、私が台本を書きながらイメージしていた方々にオファーしたところ、ほぼ快諾してくれました。

映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS
映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS

ミトワさんこそ、この映画の本当の監督であり、夢を叶えた勝者

──撮影を行うなかで、ミトワさんとの距離感に変化はありましたか?

勿論、あります。なければ面白くありませんし、キャメラでその変化をどう捉えるのかが重要になります。距離感、つまり関係性が変わっていくからこそ、クランクインするまでに、対象者とどういう関係が築けているのかが肝になります。とはいえ、今回ほど撮影中に、対象者であるミトワさんとの関係が劇的に変化していったことは、私の製作経験においても初めてのことでした。

──病院での撮影について中村監督とミトワさんが口論するシーンも印象深いです。

そもそもドキュメンタリー映画を撮っていれば、対象者との関係が悪くなることなど、よくあることです。それに対して目を伏せてやりすごすか?私のように対峙するか?作り手はどちらか選択を迫られることになります。また、この映画は途中から転調し、監督である私自身も、画面には出てきませんが登場人物の一人になります。ゆえに映画内における私の立場を明確にし、主人公とのその時の関係を提示したいと思ったのです。

映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS
映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS

──この作品は、ミトワさんの人生の物語ということだけでなく、彼が構想した童謡「赤い靴」にまつわる「完成しなかった映画」の物語でもあります。その願いについては、『禅と骨』の完成の前に、中村さんの尽力によって短編アニメーション『ヘンリの赤い靴』として発表されました。これは『禅と骨』の完成のために必要だったことと言えるのでしょうか?

当初、私はミトワさんに「このドキュメンタリー映画は踏み台でいい」と話していました。「赤い靴」の劇映画を撮るために、ミトワさんを知ってもらうことが第一義であり、ドキュメンタリーはそのために撮るのであり、「ミトワさんの最後の夢を手助けしよう」ということで参加したのです。図らずも途中から“私の映画”になりましたが、ミトワさんとの約束は、どのようなカタチであっても、必ず果たすべきだと思っていました。

映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS
映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS

──天龍寺宗務総長 栂承昭さんがミトワさんについて「お経を読めるのがお坊さんではなく、本当のお坊さんというのは、自分の心をみんなに伝えていくのが仕事なんです」と語るシーンがあります。

栂さんはミトワさんを評して「禅僧らしからぬ禅僧」とも言っていますが、私自身、どこが禅僧なのか、最初はサッパリ分かりませんでした。それは「お坊さん」という既成のイメージがあったからだと思います。撮影を進めていくなかで、ミトワさんと付き合いのあった禅僧の方々の話を聞いていくうちに、私がもっていた「お坊さん像」が、良い意味で崩されていきました。そのキッカケを与えてくれたのが、栂さんの言葉だったのです。では「本当のお坊さんとは何なのか?」。それは映画を観て、考えてみてください。

──最後に、公開を前にしてミトワさんに対しての思いに変化はありますか?そしてミトワさんは完成した作品についてどんな感想を持っていると思いますか?

いま取材を受けていて、ミトワさんの事を熱気を帯びて語っていると、ふと不思議な感覚になります。撮影時のことを語っているのに、まだ生きているような、デジャブが襲ってくるので、いまだに客観視してみられませんし、冷静に語ることができません。

そして、ミトワさんがこの映画を観たら……「俺の変なところをいっぱい入れやがって!」とまずは怒るでしょうね。そのあとで大笑いする気がします。何故なら、ミトワさんこそ、この映画の本当の監督であり、夢を叶えた勝者だからです。

(オフィシャル・インタビューより)



中村高寛(なかむらたかゆき) プロフィール

1997年、松竹大船撮影所よりキャリアをスタート、助監督として数々のドラマ作品に携わる。99年、中国・北京電影学院に留学し、映画演出、ドキュメンタリー理論などを学ぶ。06年に映画『ヨコハマメリー』で監督デビュー。横浜文化賞芸術奨励賞、文化庁記録映画部門優秀賞、ヨコハマ映画祭新人監督賞・審査員特別賞、藤本賞新人賞など11個の賞を受賞した。またNHKハイビジョン特集『終わりなきファイト“伝説のボクサー”カシアス内藤』(10年)などテレビドキュメンタリーも多数手掛けている。




映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS
映画『禅と骨』 ©大丈夫・人人FILMS

映画『禅と骨』
9月2日(土)より、ポレポレ東中野 キネカ大森
横浜ニューテアトルほか全国順次公開

監督・構成・プロデューサー:中村高寛
プロデューサー:林海象
ドラマパート出演:ウエンツ瑛士 / 余 貴美子 / 利重剛 / 伊藤梨沙子 / チャド・マレーン / 飯島洋一 / 山崎潤 / 松浦祐也 / けーすけ / 千大佑 / 小田島渚 / TAMAYO / 清水節子 / ロバート・ハリス / 緒川たまき / 永瀬正敏 / 佐野史郎
ナレーション:仲村トオル
音楽:中村裕介×エディ藩・大西順子・今野登茂子・寺澤晋吾・武藤イーガル健城
挿入曲:「赤い靴」岸野雄一×岡村みどり×タブレット純、
「京都慕情」岸野雄一×重盛康平×野宮真貴
エンディング曲:「骨まで愛して」コモエスタ八重樫×横山剣(CRAZY KEN BAND)
2016年/127分/HD/16:9/5.1ch
配給:トランスフォーマー

公式サイト


▼映画『禅と骨』予告編

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