骰子の眼

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東京都 渋谷区

2017-08-25 19:50


これはいわば詩のフォームをした映画だ ジャームッシュ監督が新作『パターソン』を語る

「永瀬正敏の役は彼のために書いた。人間味があって美しいシーンに仕上がったよ」
これはいわば詩のフォームをした映画だ ジャームッシュ監督が新作『パターソン』を語る
映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

ジム・ジャームッシュ監督が『フランシス・ハ』『スター・ウォーズ』シリーズのアダム・ドライバーを主演に迎え、ニュージャージー州パターソン市に暮らすバス運転手パターソンの日常を描く映画『パターソン』が8月26日(土)より公開。webDICEではジャームッシュ監督のインタビューを掲載する。

外交的でアーティスティックな妻ローラと愛犬マービンと仲睦まじく暮らす主人公パターソンは内省的だが日々のルーティンを確実に実行し毎日を過ごしている。インタビューでも語られているように、ジャームッシュ監督は一件単調な暮らしに埋もれていると思われがちなパターソンの詩人として視点を通すことで、穏やかなタッチのなかで何気ない日常の美しさを浮かび上がらせている。


僕がウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩から感じ取ったのは、こういうことだ。“身の回りにある物事や日常におけるディティールから出発し、それらに美しさと奥深さを見つけること。詩はそこから生まれる”。僕はあまり分析的に仕事をしない方だけど、いくつかの詩のフォームから影響を受けたのは確かだね。いわば詩のフォームをした映画と言えるかな。映画のフォームをした詩ではなくて。(ジム・ジャームッシュ監督)


ニュージャージーの街パターソンを舞台にした理由

──映画の舞台であるニュージャージーのパターソンという街のことを、本作でも引用しているウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩集で知ったそうですね。そこから今回取り上げようと思った経緯を教えてください。

たしか25年ぐらい前かな。ウィリアムズがパターソンにささげた詩を読んで、とても興味を持ったんだ。パターソンはニューヨークからそれほど遠くないから、簡単に日帰りできる。それで一日ふらりとパターソンを訪れた。映画のなかでバス・ドライバーのパターソンが座っていたのと同じ滝のそばに座って、工場やインダストリアルなビルが並ぶ街を見て回った。それでいつかここで映画を撮りたいと思った。

『パターソン』ジム・ジャームッシュ監督
『パターソン』ジム・ジャームッシュ監督

僕がウィリアムズの詩から感じ取ったのは、こういうことだ。“身の回りにある物事や日常におけるディティールから出発し、それらに美しさと奥深さを見つけること。詩はそこから生まれる”。

ウィリアムズはパターソンという街全体を人のメタファーとして書いていた。それで僕は、パターソンという男がパターソンに住んでいる、ということを思いついた。彼は労働者階級でバスの運転手で、同時に詩人でもあるという。こういうアイディアをすべて当時思いついたまま、長いことキープしていたというわけなんだ(笑)。パターソンという街は歴史的にもとても興味深いところで、さまざまなアーティストと関連があるし、特別な場所だ。それはメンフィスやニューオリンズとも異なる。とてもミステリアスなところだと思う。

映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

──本作における詩の扱い方はユニークですが、詩のフォームからインスパイアされたのですか。

そうだなあ、僕はあまり分析的に仕事をしない方だけど、いくつかの詩のフォームから影響を受けたのは確かだね。いわば詩のフォームをした映画と言えるかな。映画のフォームをした詩ではなくて。

──映画に登場する印象的な詩をアメリカの詩人、ロン・パジェットが書いていますが、コラボレーションはどのように?

僕は彼の詩が大好きでね。まず彼がすでに書いている詩のなかから、パターソンが書きそうなトーンのものを選んだ。それでロンに、これを使わせてもらうか、あるいはこんな調子の新しい詩を書いてもらうかどちらがいいかと訊ねたら、彼が「もちろん新しいのを書くよ」と。それで彼に脚本を渡して書いてもらった。でも古い作品も使っているよ。たとえばオハイオ・ブルーチップ・マッチの詩とか。ちなみにあのマッチは、いまはもう存在しない。だからこの映画のために美術スタッフが復刻版を作ったんだ。

映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

アダム・ドライバーは僕と同じ、直感的で分析したりしない

──キャストふたりの選択について教えてください。アダム・ドライバーは脚本の段階から念頭にあったのですか。彼の名前がドライバーなのは偶然ですか(笑)?

偶然だよ。ドライバーだからドライバー役に選んだわけじゃない(笑)。ふだんは一緒に仕事をしたい俳優を考えて書くことが多いけれど、今回は男優、女優ともとくに考えていなかった。アダムの映画はそれまでいくつか観ていたよ。脇役だったコーエン兄弟の『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』(13)や『フランシス・ハ』(12)。テレビシリーズの「GIRLS/ガールズ」も1シーンだけ観た。ふだん僕はテレビを観ないから(笑)。でもあるとき彼のインタビューをラジオで聴いて、興味を持った。そして実際に会って、彼こそパターソンだと思った。彼は海軍にいた経験があるけれど、その一方でジュリアード音楽院に通っていた。そういうところも、ワーキングクラスだけどアーティスト、というパターソンと共通している。それに彼はとても謙虚な人物だ。俳優としては直感的で、僕と同様いろいろと分析したりしない。彼と仕事できたことは素晴らしい経験だったよ。

映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
映画『パターソン』パターソン役のアダム・ドライバー Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

──ローラ役にゴルシフテ・ファラハニを選んだ理由は?

ローラの役には当初、たくさんのアメリカの女優の名前が挙った。でも僕はなぜかぴんと来なくてね。意外性がないなと思っていた。そんなとき誰かが、ゴルシフテが出ているバフマン・ゴバディの『半月~ハーフムーン~』』(06)を教えてくれて観てみたら、彼女の存在にすっかり惹かれてしまった。そのあと彼女がヒロインを演じた「The Patience Stone(原題)」(12)を観てすごくいいと思った。それでスカイプで彼女と話して、もうこの役は彼女しかいない!と思ったんだ。

映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
映画『パターソン』ローラ役にゴルシフテ・ファラハニ Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

──今回さらに、永瀬正敏と『ミステリー・トレイン』(89)以来の再会を果たしていますね。

この日本人の詩人の役は彼のために書いたんだ。というのも、パターソンにある滝からなぜか日本を彷彿とさせられて、日本人のキャラクターを思いついたから。それで彼に脚本を送ったら、引き受けてくれた。素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたよ。彼はとても優れた俳優だ。ラストの永瀬とアダムのシーンはすごく人間味があって、美しいシーンに仕上がったと思う。

映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
映画『パターソン』永瀬正敏演じる日本人の詩人とアダム・ドライバー演じるパターソン Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

──パターソンとローラは性格が正反対ですね。パターソンは内省的で、一方ローラは外交的で活発です。正反対の二人が互いを補い合う、それはあなたにとっていわば理想のカップルを象徴していますか。

うん、多くの場合、陰陽のような関係なんじゃないかな。お互い異なり、足りないところを補い合うような。まあいろいろなカップルの形があると思うけれど、この場合はそう言えるね。

映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
(オフィシャル・インタビューより 2016年11月、パリにて interview & text 佐藤久理子[文化ジャーナリスト])



ジム・ジャームッシュ(Jim Jarmusch) プロフィール

1953年、アメリカオハイオ州アクロン出身。作家を目指しコロンビア大学に入学し英文学を専攻。その後、ニューヨーク大学大学院映画学科に進み、卒業制作で手掛けた『パーマネント・バケーション』(80)で注目を集め、第2作目となる『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(84)では独創性と新鮮な演出が絶賛され、84年カンヌ国際映画祭カメラ・ドールを受賞。世界的な脚光を浴びる。96年ニューヨーク映画批評家協会賞撮影賞を受賞した『デッドマン』(95)、05年カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞した『ブロークン・フラワーズ』(05)、制作に18年をかけた短編集『コーヒー&シガレッツ』(03)など話題作を発表。長年、インディペンデント映画界において、独創性に富み影響力のある人物として認められ、独特のオフビートな作風で世界中の映画ファンを魅了し続けている。本作は前作『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(13)から4年ぶりの新作となる。 また、『イヤー・オブ・ザ・ホース』(97)以来20年ぶりの音楽ドキュメンタリー、伝説のバンド“ザ・ストゥージズ”にせまる『ギミー・デンジャー』(16)も9月2日に公開される。




映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
映画『パターソン』 Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

映画『パターソン』
8月26日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町/新宿武蔵野館 ほか全国順次公開

ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)。彼の1日は朝、隣に眠る妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)にキスをして始まる。いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に芽生える詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。そんな一見変わりのない毎日。パターソンの日々を、ユニークな人々との交流と、思いがけない出会いと共に描く、ユーモアと優しさに溢れた7日間の物語。

監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、永瀬正敏、他
2016年/アメリカ/英語/118分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch
原題:PATERSON
日本語字幕:石田泰子
提供:バップ、ロングライド
配給:ロングライド
©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

公式サイト


▼映画『パターソン』予告編

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