映画『ハートストーン』 ©SF Studios Production & Join Motion Pictures Photo Roxana Reiss
アイスランドの漁村を舞台に幼なじみのふたりの少年の関係を描く映画『ハートストーン』が7月15日(土)より公開。webDICEでは、この作品が初監督作となるグズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督のインタビューを掲載する。
主人公のソールとクリスティアンは大の親友。だがソールはベータという少女と意気投合し、ふたりが惹かれ合っていくなかで、ソールに思いを寄せるクリスティアンは複雑な気持ちを抑えきれずにいた……。今回のインタビューでグズムンドソン監督はこの物語が自身の経験を元にしていることを明かしている。雄大な自然のなか、家庭内暴力や離婚といった家族の問題も踏まえ、少年と少女の日常、恋の芽生えや性への目覚めを繊細なタッチで描き出している。
なお、7月23日(日)アップリンク渋谷にて「トーキョーノーザンライツフェスティバル 北欧映画サマーミーティング」が開催。『ハートストーン』や、9月16日(土)公開の『サーミの血』などを題材に、映画著述業の真魚八重子さんと映像翻訳者/映画祭プログラマーの今井祥子さんによるトークショー、そして2017年下半期に公開される北欧映画の配給・宣伝担当によるトークセッションが行われる。
「悲しみから逃れたい時、私はいつも自然の中へ歩み入りました。落ち込んだ時に力強さにあふれた山々を見つめると、自分の小さな悩みなんて大自然の中ではどうってことはないと思えるんです。私にとって自然は喜びと自由を見つけられる場所で、映画の主人公たちも同じことをしています。自然には真理があります。幸せの源であると同時に、自然はすべてを取り去る力も備えているんです」(グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督)
2人の少年の美しく力強い友情が主題
──『ハートストーン』のストーリーはどのようにして生まれたのですか?
ストーリーの一部は私自身が幼い頃に過ごした漁村での経験がもとになっていて、登場人物も家族や友人たちをモデルにしています。
脚本のヒントを探していた数年前、10代で自らの命を絶った幼馴染みの少年の夢を見ました。夢の中で彼は私たちが過ごした村を一緒に歩いて見せてくれ、そして彼の古い家の前に着くと微笑みながら私に村の地図を手渡すのです。そのあと私たちは走り出し、他の友人たちと遊びました。夢から覚めた時、その時代のことを作品にしようと思いました。
映画『ハートストーン』 グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督
この漁村は季節により環境が一変します。夏は休みなく太陽が降り注ぐのに、冬はほとんど日が差しません。自分を自由にしてくれる大切な何かが、次には自分を縛り苦しめるものになる。動物たちが身近にあり、大自然と人間が驚くほどに美しく、同時に信じられないほど残酷になることを知らされる、そんな村です。
脚本を書き進めるにつれ、次第に登場人物たちが新たな性格を手に入れて歩き始めたんです。葛藤の部分はフィクションです。最初は自分の経験をもとに書き始め、そのうちにストーリーに生命が宿って自由な展開を始める。私はそういう執筆スタイルが好きなんです。この脚本を書いていた時はまるで家の中にたくさんの子供たちがいて彼らが次の展開へ導いてくれるような感覚を何度も経験しました。執筆の間、私は『ハートストーン』の作者というよりむしろその世界に住む住人のひとりでした。そして冒頭シーンを撮影する段階になって、軽油や海、死んだ魚のにおいに思わず興奮しました。長いこと忘れていた感覚でしたからね。そうやって私は自分の少年時代をリアルに思い出し、撮影をスタートさせたんです。
映画『ハートストーン』ソール役のバルドル・エイナルソン(右) クリスティアン役のブラーイル・ヒンリクソン(左) ©SF Studios Production & Join Motion Pictures Photo Roxana Reiss
そしてソールとクリスティアン、2人の少年の美しく力強い友情を主題に、彼らの置かれた環境と心の葛藤から別離を経て、強い絆によって再会するまでを描きました。
少年時代の私は、自分の見ている世界がどんなものなのかを周囲の大人たちに見せることができたらいいのにといつも思っていました。その強烈な思いは私が映画人となった今、目標へと変わりました。少年時代の経験というのは人生にとても明確に、美しく、そして厳しい形で影響を与えるんですね。作品のインスピレーションは自然の中で見つけます。山や海辺、手付かずの大地を歩いている時に強く感じるもの。深層心理の動きがそれを教えてくれます。友情、自分を受け入れること、女性の力強さ、そして家族の大切さについて……この映画がすべての人に、特に若い人たちに大切なメッセージを届けてくれると確信しています。
──少年から大人へと移り変わることの困難や興奮を、ソールとクリスティアンという2人の登場人物を通してどう表現しましたか?
純真さの喪失と、自分が何者かということに気付いていく過程ですね。ラストで彼らが自分自身を受け入れるのはハッピーエンドですが、そこに至るまでにつらく悲しい出来事を経験します。一度失ったらもう二度と完全には取り戻すことのできない大切なものを喪失する過程です。ティーンエイジャーにさしかかる多くの子供たちは、自分自身の人生の変化によって二度と元通りには戻らない傷を負うものではないでしょうか。でももしその時に自分に正直であり続けることができたなら、彼らは自分の本当のアイデンティティーに近づくことができる。自分はこうなんだ、自分で人生を選んでいるんだと思えるんです。
映画『ハートストーン』ベータを演じるディルヤゥ・ワルスドッティル(右)、クリスティアン役のブラーイル・ヒンリクソン(左) ©SF Studios Production & Join Motion Pictures Photo Roxana Reiss
自然は喜びと自由を見つけられる場所
──漁村という舞台はストーリー展開にどういう役割を与えていますか?
漁村はソールとクリスティアンが葛藤を抱えることになる大きな要因です。2人とも他人に秘密にしておきたいことがある。ソールにはまだ思春期が訪れず、クリスティアンは自身のセクシュアリティに当惑している。でもその状況ははっきりとセリフには現れません。ストーリーの舞台が“他人と違うことを許容しない場所”であり、一旦秘密が公になればコミュニティが彼らにどんなレッテルをはるのかということを、映画を見ている人に気づいてもらいたいからです。
学校の教室から職場まで、世界のどの国、どんな社会にも他人のうわさ話が好きな人はいるものですが、家に帰ればそれらから解放されるという点では違います。田舎の村では家に帰ってもうわさ話から逃れることはできません。解放される唯一の手段は自然の中に身を置くこと。アイスランドで生まれ育った人間にとって、自然は自動的に大きな役割をもつ場所になります。悲しみから逃れたい時、私はいつも自然の中へ歩み入りました。落ち込んだ時に力強さにあふれた山々を見つめると、自分の小さな悩みなんて大自然の中ではどうってことはないと思えるんです。私にとって自然は喜びと自由を見つけられる場所で、映画の主人公たちも同じことをしています。私は普段、自分の心情をあれこれ吐露することはありませんが、山や森、空には気持ちをたくさん話します。自然には真理があります。幸せの源であると同時に、自然はすべてを取り去る力も備えているんです。
映画『ハートストーン』 ©SF Studios Production & Join Motion Pictures Photo Roxana Reiss
大人たちが抱えている問題と子供たちが日々を楽しんでいる自由
──映画に登場する子供たちの自由度を、大人と比べるとどのような違いがありますか?
『ハートストーン』に登場する子供たちは周囲からの圧力や制限を受けてはいますが、多くの点で彼らの親よりも自由です。アイスランドで育つなかで、周囲の大人たちに対して残念な印象を持つことはたびたびありました。大人の生活は苦労が多く、ある意味で精神がダメになっている。もし幸せで自由な大人がいたならば、その人は皆からおかしな目で見られ、変人扱いをされます。子供の頃の私は早く自分の人生をコントロールできるようになりたいと思いつつも、大人になりたいとは決して思いませんでした。映画の中で大人たちが抱えている問題は、子供たちが日々を楽しんでいる自由と対を成すものです。それは大人たちの社会の圧力が、いずれ子供たちに大きな影響を及ぼすこと、そして彼らの毎日の延長線上に、大人の世界との合流点が必ず存在することを示唆しているんです。
映画『ハートストーン』 ©SF Studios Production & Join Motion Pictures Photo Roxana Reiss
──主人公であるソールとクリスティアンをとりまく登場人物たちの役割は?
彼らの世界に様々な関係があり、それが主人公たちの心の葛藤にどのように影響を与えるかということを描くため、というのが一番いい説明かもしれません。私は“マイナー”なキャラクターに至るまですべての登場人物の人生を作品の中に書き込むのが好きなんです。強い女性を登場させたのも私にとってはごく自然なことでした。自立心にあふれた強い女姉妹と母に囲まれて育った私にとって、彼女たちはお手本であり大きな存在でした。ですから従順な女性キャラを理解するのはかなり難しい。
ソールの姉、ハフディスは私の姉がモデルです。姉は画家ですが子供のころからファンタジーのセンスがあり、神秘的な生き物や奇異な者の住むダークな世界を美しく優しい筆で描く人でした。彼女の描く絵や奇異なものを見つめる目に、私はいつも惹きつけられたものです。アイスランドでは小人や妖精、悪神が登場する神話が多く存在し、子供の教育の上で重要な位置を占めています。
映画『ハートストーン』ベータ役のディルヤゥ・ワルスドッティル(左)とハンナ役の カトラ・ニャルスドッティル(右) ©SF Studios Production & Join Motion Pictures Photo Roxana Reiss
──友情を描くにあたってインスピレーションを得たものは?逆に、避けたものは?
映画製作の過程では製作仲間や家族、アーティストなどあらゆる方向からインスピレーションを得ます。特に撮影を担当したシュトゥルトゥラ・ブラント・グローヴレンは多くのインスピレーションを与えてくれました。私たちは映像を無難なものにしてしまうのではなく、描いた構想のまま追い求めるようにしました。恐れを感じた時は、これはどうしても越えなければならないんだと自分に言い聞かせてね。でも恐怖の中へ飛び込んでいくのは、けっこう気持ちがいいものです。それと、夜に見る夢も創造的な仕事に役立つんですよ。夢が自分をベストの状態に整えてくれるんです。
──子供と動物は映画を撮るのに最も難しい要素だとよく言われますが、なぜその両方を撮るという挑戦を?
私は子供と動物の映画しか撮ったことがないので、彼らの出てこない映画と比べて難しいのかどうかは分かりません。子供たちと一緒に仕事をするのはとても楽しいんですよ。自分の人生について大きな気づきを与えてくれるから。動物は人の言うことを聞いてくれないので難しいですね。奇跡が起きてくれることをただ祈るしかないんです。
(オフィシャル・インタビューより)
グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン(Gudmundur Arnar Gudmundsson) プロフィール
1982年アイスランド生まれ。アイスランド芸術アカデミーを卒業後、デンマークで脚本を学ぶ。製作した短編は200以上の映画祭で上映され、50を超える国際賞を受賞。2013年の『クジラの谷(原題:Whale Valley)』はカンヌ国際映画祭短編部門で特別表彰、ヨーロッパ映画賞で短編作品賞にノミネート。初の長編となる『ハートストーン』をカンヌ国際映画祭設立のシネフォンダシオン・レジデンス参加中に執筆、オランダ映画祭共同製作プラットフォームより受賞。
映画『ハートストーン』 ©SF Studios Production & Join Motion Pictures Photo Roxana Reiss
映画『ハートストーン』
7月15日(土)YEBISU GARDEN CINEMA ほか夏休みロードショー
東アイスランドの美しく雄大な自然が広がる小さな漁村、ソールとクリスティアンは幼なじみでいつも一緒の大親友。ソールは美しい母、そして自由奔放なラケルと芸術家肌のハフディス、対照的なふたりの姉妹に囲まれて暮らしている。思春期にさしかかり、ソールは大人びた美少女ベータのことが気になりはじめる。クリスティアンはそんなソールの気持ちを知りふたりが上手くいくよう後押しする。そしてクリスティアン自身もベータの女友だちハンスからの好意を受けとめ、4人は行動を共にするようになる。自然とソールとベータの距離は縮まりふたりは心を通わせ合う。ただそこにはふたりを見守りつつ複雑な表情を浮かべるクリスティアンがいた……。
監督:グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン
出演:バルドル・エイナルソン、ブラーイル・ヒンリクソン
2016年/アイスランド、デンマーク/HD/アイスランド語/カラー/129分/シネマスコープ/5.1ch
原題:Hjartasteinn
英題:Heartstone
日本語字幕:岩辺いずみ
後援:アイスランド大使館
配給・宣伝:マジックアワー
「トーキョーノーザンライツフェスティバル
北欧映画サマーミーティング」
7月23日(日)アップリンク渋谷ファクトリー17:50開場 18:00開演
料金:1,500円第1部
トークショー「北欧映画って?」
真魚八重子さん(映画著述業)と今井祥子さん(映像翻訳者/映画祭プログラマー)をお招きして、世界中の映画に触れられている中で、「北欧」に注目した時に感じる印象や感想などからその魅力をお話いただきます。第2部
トークセッション「世界の中の北欧映画」
2017年下半期に公開される北欧映画の配給、宣伝の方々によるトークセッション!買い付けする際に製作国にどの程度重点を置いているか、その中で「北欧」はどのような位置づけか、国際映画祭で感じる北欧映画の評価、などなどお聞きしながら、その魅力に迫ります!