骰子の眼

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東京都 中央区

2017-06-02 19:55


アルゼンチンで移民の子として生まれたフランシスコ法王の半生『ローマ法王になる日まで』

無宗教のルケッティ監督が「神様にずっと祈り続けてきた人間」ベルゴリオを撮った理由
アルゼンチンで移民の子として生まれたフランシスコ法王の半生『ローマ法王になる日まで』
映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015

第266代ローマ法王・フランシスコの人生を事実に基づき映画化した映画『ローマ法王になる日まで』が6月3日(土)より公開される。この作品は、ブエノスアイレスでイタリア移民の子として生まれたベルゴリオが、軍事独裁政権に支配されるアルゼンチンでアルゼンチン管区長に任命された後、2013年3月13日に初の南半球出身、初のイエズス会出身のローマ法王に就任したベルゴリオの半生を追っている。webDICEでは、ダニエーレ・ルケッティ監督のインタビュー、そして、カトリック信者であり、現在仕事のかたわらアップリンクのムービー制作ワークショップでイタリア文化を伝えるための短編を制作中の古郡美はるさんに、この映画と来日が噂されているフランシスコ法王について解説してもらった。

信じる人たちを僕は信じてる。大概の人たちの良き信仰を信じてる。でも僕は信者じゃない。映画を撮った後も考えは変わらなかった。でも、その世界を尊重しつつ、固定概念を避け、見下すことも、見上げることもなく語ることで、この人物像を生み出すことにつながって、それが願わくば、宗教に関心のない人にとっても、興味深く、感動的なものであってくれれば、と思う。(ダニエーレ・ルケッティ監督)

「自分よりもはるかに大きなものに
ぶつかっていった人間の闘い」
ダニエーレ・ルケッティ監督インタビュー

──この作品は確か依頼されて撮ったと聞きました。

そう。この映画はプロデューサーのピエトロ・ヴァルセッキの依頼の賜物なんだ。彼が言うには、ものすごくいい脚本があって、あとは撮るだけだから3ヵ月で済む、ってね(笑)。だけど全然そんなことはなくて、ごく普通の脚本だったし、結局僕がしたことはブエノスアイレスに行って、この人物を追いかけて、実際の彼を知っている人たちに片っ端から会って、本を読んで、情報を集めて……。台本をほぼ一から書き直すことだった。だから3ヵ月どころか1年半かかったよ(笑)。

 
『ローマ法王になる日まで』ダニエーレ・ルケッティ監督
『ローマ法王になる日まで』ダニエーレ・ルケッティ監督

──でも、魅力的な人物です。

興味深いね。

──アルゼンチン時代の彼のことは知られていた?

この映画は多くの素材をもとにした解釈だからね、史実や直接聞いた話や想像や仮定の。本当に現実と架空とあり得る要素のミックスなんだ。

──人物像に強い説得力があります。

そうなんだ。僕がしたのは、直接会った人たちから得た手がかりを大事にすることだった。特に興味を惹かれたのはある時誰かが言った「ベルゴリオは人生でずっと心配し続けてきた人間だ」という言葉でね(笑)。それが僕にとって一種の鍵になった。僕らの誰もが初めて、彼の笑顔を見ることになったのは、法王に選ばれた時だったんだ。この事実が僕にとってある示唆になって、ベルゴリオの2000年頃のテレビ映像をYouTubeで見始め、独裁政権時代に法廷で証言台に立ったりしているところを見ていると、そこには今、僕らが知っているのとはまったく違う人間がいた。それもつい5年前の話だ、1000年前じゃなくて。

それで想像上の人物像を形作り始めた。この事実に基づいてね。それでこの2つの要素が合わさって、歴史上の要素と心理的側面を合わせて、この人物を想像することができた。無宗教の立場で扱った。僕はカトリックじゃないから。

映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015
映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015

──宗教に関してはどのように思いますか?

まあ、羨ましいね(笑)。信じる人たちを僕は信じてる。大概の人たちの良き信仰を信じてる。でも僕は信者じゃない。映画を撮った後も考えは変わらなかった。でも、その世界を尊重しつつ、固定概念を避け、見下すことも、見上げることもなく語ることで、この人物像を生み出すことにつながって、それが願わくば、宗教に関心のない人にとっても、興味深く、感動的なものであってくれれば、と思う。

──彼が行ったことは間違いなく大きなことですし……。

それにこれは独裁政権と一人の人間の、弱さを、疑問や矮小さを持ち、過ちも犯したけれど、自分よりもはるかに大きなものにぶつかっていった人間の闘いだ。それは宗教や信仰、無信仰、カトリックか否かを越えた普遍的なプロセスだ。

映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015
映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015

──『無防備都市』(ロベルト・ロッセリーニ監督/1945年)でファシズムと闘った神父の姿を思い起こさせもしました。

そう?そうだね。もちろん心ある人間は独裁政権のもとでは、自分の信仰心が正しいものか揺らぐことになった。でも例えばブエノスアイレス大司教区では今でも独裁政権を支持する人間たちがいるんだ。独裁政権は鉄拳を振るったけれど、自分たちを共産主義から守ってくれたってね(笑)。テロリズムから守ってくれた、と。これにはひどく驚かされた。今日、ベルゴリオに近い立場の人からも聞いたよ。

年月がすべてを解決したわけじゃないんだ。独裁政権を糾弾する姿勢は決して、すべての人間の共通の思いじゃなかった。一つには独裁政権は多くの利権を保護したからね。当時裕福になった者は今も裕福で、率直に感謝している。

映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015
映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015

──撮り終わるまでベルゴリオ本人に会ってないと言っていましたが、その後会いましたか?

まだ会ってないよ(笑)。いや、法王謁見に行って、つまりサン・ピエトロ広場で何千の人たちに混じって、手を握ったけれど、それもものすごい列に並んでね。ただ、間近で見たのは確かだ。

──当初から会わずに撮ろうと思ったのですか?

いや、可能性がなかったんだ。

──人物像を練る妨げになるから、ではなくて?

いや、まあ不安もあった。ある時、直接の情報源が一番だろうと思って、ベルゴリオ本人が自分についてどう語っているか調べようとして、幼少期についての記述なんかを探した。それがどうも事実とは思えなかった。何かしら自分を観念的に描こうとしているように感じられた。自伝を他の人間のための教示的な物語にしようとする意図が感じられたんだ。わが信仰の物語をお手本として語りましょう、というような。それもわりと素朴な書き方で。だから僕も信じなかったわけじゃなく、間違いなく本人は信じていた。ただ……。

──今の法王の姿を見ると、映画の、若き日の彼と較べて穏やかな、優しい雰囲気が感じられます。

うん、独裁政権時代の写真はあまり残ってないけれど、例えばYouTubeで探して、法廷に立つベルゴリオを見れば、全然違うよ。今見る姿とはまったく違う。映画と同じ感じだ。彼は大きな、個人的かつ政治的な結び目を、解くべき結び目を持っていた。どうもドイツにいた時期に第二の回心を得たようなんだ。

(オフィシャル・インタビューより インタビュアー:岡本太郎 2016年2月ローマにて *出典:イタリア映画祭2016パンフレット)



ダニエーレ・ルケッティ(Daniele Luchetti) プロフィール

1960年7月26日、イタリア・ローマ生まれ。友人のナンニ・モレッティが監督した『僕のビアンカ』(83)にエキストラ出演後、同監督のベルリン国際映画祭審査員グランプリ受賞作『ジュリオの当惑』(85)では助監督をつとめる。CM制作を経て、オムニバス映画「Juke Box」(85)に参加。長編デビュー作『イタリア不思議旅』(88)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀新人監督賞を受賞。長編3作目「Il portaborse」(91)では、ドナテッロ賞の最優秀脚本賞を受賞。「Arriva la bufera」(93)、「La scuola」(95)、「I piccolo maestri」(98)と長編作品を発表した後、一時期は現代美術を題材にしたドキュメンタリーなどを手がける。再び長編作品を撮り始めると『マイ・ブラザー』(07・第20回東京国際映画祭ワールド・シネマ部門にて上映)で第60回カンヌ映画祭<ある視点>部門ノミネート。『我らの生活』(10)で第63回カンヌ国際映画祭コンペティション部門ノミネート、主演のエリオ・ジェルマーノに男優賞をもたらした。同作はドナテッロ賞で8部門にノミネートされ、監督賞など3部門で受賞を果たし、ルケッティの代表作となる。




アルゼンチン時代のフランシスコ法王を丁寧に描く
映画『ローマ法王になる日まで』
文:古郡美はる

■「清貧・貞潔・服従」を守る

私たちのフランシスコ法王とは?信者が1%もいない日本(故に本質が理解されずクリスマスが恋人達のイベントの日として盛り上がる世界で稀な国で話題になることは少ないが)では馴染みのない方かもしれないけれど、世界で12億人以上(2016年現在、カトリック新聞オンラインより)いるカトリック信者の長、バチカン市国の国家元首、世界で最も影響力のある人物100人に近年は選ばれ続けている(2013年より連続でトップ10に選出)。最近のニュースでは、米・キューバ交渉の橋渡しをしたとの舞台裏が報道されている(朝日新聞 2017年5月5日)。

映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015
映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015

とここまで書くと硬い感じがするが、信者達には「パパ様」との愛称で呼ばれる、精神的な支えとなる方。フランシスコ法王(ホルヘ・ベルゴリオ アルゼンチン元枢機卿)が2013年3月に法王に就任した時、私は彼の一言とその姿に心を撃ち抜かれた。柔らかく、静かな声で「私の為に祈ってください」という言葉を発したのである。そして就任後は、十字架や靴を新調せず普段と同様の物を身につける。車は小型車を利用。世界中の訪問者から寄贈された品々は競売にかけて寄付をする。12億人以上のカトリックはカトリック司祭の大事な誓い「清貧・貞潔・服従」を守る姿を見せてくれる。80歳のフランシスコ法王は、私たちの心を捉えて離さない。

■法王の行動を支えた「良心」

この映画の半分以上はアルゼンチン軍事独裁政権時代が舞台となっている。ホルヘ・ベルゴリオは権力者ではなく、活動家としてではなく、一人の司祭として武器もなにも持たず行動していく。多くの仲間が傷つけられ、殺され、行方不明となっていく中で。目を覆いたくなるシーンもある。でもこれは現実だったのだ。人口の90%以上がカトリック信者のアルゼンチンという国で、軍人達は教会の入り口へ、神学部の中へ容赦なく入り込んでくる。

映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015
映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015

軍が政治に干渉するとどうなるか?聖書の説く、神の愛も平等という言葉も容赦なく切り刻まれていくという現実を見せつけてくれる。フランシスコ法王の語る「悪魔」が、教会にも人の心の中にも住んでいるということを。「すべての良心にしたがいます」というフランシスコ法王の行動を支えた「良心」。それはイエス様の愛。イエス様ならどうするか?が根底にあったからこそできた行動ともいえる。

映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015
映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015

フランシスコ法王は私たちにたくさんのアドバイスをしてくれる。その言葉は、フランシスコ法王の行動、体験、悩みから生まれてきたのだと、この映画を観て改めて感じるのである。

“カトリックあるある”のシーンもたくさん垣間見られる。「大事な話は洗濯場で話す」「疲れた時は母の食事」「ロザリオを握りしめて歩く」、そして「困難に直面した時に静かに祈る姿」。この祈りこそが私たちカトリック信者の要である。静かに自分の悩みを神様に打ち明ける。そして微かな答えを聞けるように心も体も神様の方に向ける。映画の中の祈る姿、佇む姿、聖母マリアの目の前で涙する姿はまさにフランシスコ法王。

映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015
映画『ローマ法王になる日まで』 ©TAODUE SRL 2015

■一般謁見での出来事

ロックスターとも表現されるフランシスコ法王だが、一般人の私たちにも会う機会が与えられる。夏休み以外、外交していない時、フランシスコ法王は日曜日のお告げの祈りとご挨拶の時と水曜日の一般謁見(えっけん)がある。私は昨年、水曜日の一般謁見に参加した(事前に申込めば誰でも参加できる)。世界中の巡礼団がやってくるなか、フランシスコ法王は防弾ガラスのないオープンカーにのって挨拶に回る。少しでも彼に近づく為に人々は道に走り寄るが、最優先されるのは赤ちゃん。多くの親が赤ちゃんにキスしていただこうと少しでも道の側に寄ると、他の大人たちは道を譲る。「赤ちゃんはいるか?後ろの方にいるなら前に来い」と声をかけたりする。そして赤ちゃんをフランシスコ法王の前に差し出すのを手伝うのである。

その様子に感動していると、「君はどこからきた?」「日本?一人で?」「そのカメラすごいね?どうしても撮影したいだろ?」「じゃあ俺たちの席をつかいなよ」。初めて会った私にも親切に席を譲ってくれる。法王が側にいるところ人々の心は少し他者に対して優しくなるのかもしれない。スペイン人のグループに足元を支えられ椅子に乗り、撮影したのがこの写真である。

ローマ法王
古郡さん撮影による、赤ちゃんにキスをするフランシスコ法王

イタリア映画祭のQ&Aで、ダニエーレ・ルケッティ監督に「このような素晴らしい作品を制作してくれてありがとう」と伝えるとことができたが、劇場公開により、日本でもさらにフランシスコ法王のことが理解されることを願ってやまない。




古郡 美はる

都内勤務。カトリック信者。
イタリア好き、カメラ好きが高じて、アップリンクの「ムービー制作ワークショップ」に参加し、イタリア文化を伝えるための短編映画を製作中。




                                                

映画『ローマ法王になる日まで』
2017年6月3日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、
YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

約600年ぶりに生前退位した先代ベネディクト16世の後を継ぎ、2013年3月13日に初の南半球出身、初のイエズス会出身のローマ法王に就任したフランシスコ。アルゼンチン・ブエノスアイレス出身のイタリア移民2世で、サッカーとタンゴをこよなく愛する庶民派。“ロックスター”法王と呼ばれ、人々を熱狂させる、現ローマ法王の知られざる激動の半生とは―。

監督:ダニエーレ・ルケッティ
出演:ロドリゴ・デ・ラ・セルナ/セルヒオ・エルナンデス/ムリエル・サンタ・アナ/メルセデス・モラーン
音楽:アルトゥーロ・カルデラス
2015年/イタリア/スペイン語・イタリア語・ドイツ語/113分/カラー/2.39:1/ドルビーデジタル
原題:Chiamatemi Francesco - Il Papa della gente
字幕:山田香苗/ダニエル・オロスコ
提供・配給:シンカ/ミモザフィルムズ
宣伝:ミモザフィルムズ
宣伝協力:高田理沙/佐々木瑠郁
後援:駐日バチカン市国ローマ法王庁/在日アルゼンチン共和国大使館/イタリア大使館/イタリア文化会館/セルバンテス文化センター東京
推薦:カトリック中央協議会広報

公式サイト

▼映画『ローマ法王になる日まで』予告編

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