全州国際映画祭オープニングセレモニー レッドカーペットを歩く甲斐監督(中央)とプロデューサーの前信介さん(左)、萩原利久さん(右)
銀と成実という二人の中学生を主人公に、傷つきやすい15歳の心情と現実に向き合う様を描き、2016年12月に行われたテアトル新宿の限定上映、そして2017年3月からのアップリンク渋谷での上映が連日満席を記録。水道橋博士や西川美和、川上未映子など著名人も巻き込み話題を呼んだ映画『イノセント15』がアップリンク・クラウドにてオンライン上映中。webDICEでは、この作品が出品された韓国の全州(チョンジュ)国際映画祭について、甲斐監督によるレポートを掲載する。
いまどきの人たちが、『イノセント15』のような多くを語らない映画を、途中でスマホを見ることも無く鑑賞してくれる。受動的に映画を観るのではなく、意味や意図や感情を感じようと前のめりに観てくれる。その姿勢がたまらなく嬉しかった。(甲斐博和監督)
釜山と並ぶ国際映画祭に出品
全州(チョンジュ)国際映画祭。釜山でもなく富川でもない、全州。初めて聞いたときはどこ?となりましたが、決まったことを発表するやいなや、「ご飯がすごく美味しいよ!」「めちゃめちゃあったかい映画祭だよ!」「熱気が凄いんだよ!」など、各方面から全州映画祭に関する感想を頂いて、期待マックスで到着した全州国際映画祭。そしてその全ては、僕の期待と想像を上回るものでした。
全州国際映画祭は2000年に開始され、今回で18回目を数える映画祭です。毎年、その熱気、またそのセレクション内容などの噂が拡がり、現在、韓国内では伝統のある釜山国際映画祭と並ぶ映画祭として認識されているとのことです。
2017年4月27日に初日がスタートし、10日間、各国から集められた約200作品が、CGVという国内規模のシネコンを中心に上映されるという、まさに「映画漬け」の10日間。幾つもの部門がありますが、『イノセント15』はWorld Cinema scape
・『幼な子われらに生まれ』三島有紀子監督(ワールドプレミア)
・『アズミ・ハルコは行方不明』松井大悟監督
・『三里塚のイカロス』代島治彦監督
というラインナップ。ここに並べてもらえているだけでも感謝です。
期間中、それぞれの作品が3回ずつ上映されます。『イノセント15』は28日・30日・5月6日の三回。初日のオープニングムービーイベントに次ぐ、ほぼオープニング作品の光栄。それぞれ10時30分からの上映と朝早いのですが、舞台挨拶参加の都合により、こちらのスケジュールに合わせて貰いました。
映画祭1日目(4月27日)
早朝、朝6時40分に羽田集合。今回は僕と、ダブル主演の二人(小川紗良さん・萩原利久さん)そしてプロデューサーの前信介さんが参加、集合しました。それぞれに帰京日が違う、ハードスケジュールの中、参加頂きました。
午後にはソウル市に到着。そして全州までは高速バスで3時間半の道のり。ものすごく上下に揺れるワイルドな運転の洗礼を浴び、途中のパーキングエリアでは名物(らしい)熱々のクルミクリームが入った人形焼に舌を火傷しながら、終点全州のバス停へ。そしていたれりつくせりなお出迎えがスタート。来訪する一つ一つのチームにそれぞれスタッフさんが対応し、バス停からタクシーで送迎。
タクシーの運ちゃんに英語が通じないのではないかという不安も無く、一大イベントのオープニングセレモニーの30分前にホテルに到着。
主演二人が、「カッコイイ!」「カワイイ!」とスタッフさん達に熱烈な歓迎を受けている様子を眺めながら「ああもうなんだか素敵なスタッフさん達だ!」と幸福に満たされていた僕でした。
時間のない中、豪華なホテルの素敵な部屋に感動しながら急いで着替え、会場へ。シャンパンや小洒落た前菜を優雅に(急いで)つまみ、そしていよいよレッドカーペット。大きな敷地に立てられた巨大なドームがメイン会場で、そのドームの入り口までも長いレッドカーペット。中に入れなかったお客さん達が手を振りまくってくれる中、いよいよ中へ。
全州映画祭のメインドーム
眩しいほどの照明。1000人以上がひしめく熱気に溢れた会場に入ると、フェスティバルの名前とスポンサーの名前の書かれたフォトセッション用ボード前に止まって挨拶。僕は興奮しすぎて一人で先に歩いてしまい、一笑いが起きる中フォトセッション。巨大なスクリーンに映し出され、たくさん歓声の中、50メートルほどのレッドカーペットという名の花道を闊歩。 まるでスターになったような気分を味わわせてもらいました。
オープニングセレモニー レッドカーペットを歩く甲斐監督(前列右)とプロデューサーの前信介さん(前列左)、萩原利久さん(後列右)小川紗良さん(後列左)
オープニングセレモニー 右より甲斐監督、萩原利久さん、小川紗良さん、前信介プロデューサー
僕らの後には、ハ・ジウォンさん、チャン・ヒョクさん、スエさん、パク・ヘイルさん、オ・ダルスさんなど、韓国のスター達が闊歩して、歓声は嬌声へ。たくさんのスターたちが華やかにレッドカーペットに色を添えていました。
市長さんの、「映画の全州、いや、全州は映画だー!」という叫びと共に始まった火柱や音楽、などを堪能し、一旦夕食の為にドーム会場を離れ移動。民家風のお店で名物「カルビ湯」を食べました。利久さんが「辛いのが苦手です」と言いながらも「いや、でも、美味い……?」と一生懸命食べていた姿が印象的でした。
Spring Talk(屋外トークセッション)右より甲斐監督、小川紗良さん、萩原利久さん
Spring Talk(屋外トークセッション)小川紗良さん
そして夜のレセプションパーティへと移動。ここでもたくさんのメニューが食べ放題で、「さっき食べすぎたかも……」という気持ちになりつつも、食べ、そして大いに飲みました。様々な人がいたのですが、正直誰が誰やら。それでも果敢に、『イノセント15』の監督です。とチラシ配り。そして出会ったのがヤン・イクチュンさん。日本でも大ヒットした映画『息もできない』の監督であり、また俳優としても大活躍の彼。同席していた萩原利久さんとの共演作『あゝ荒野』があることから話は弾み、深夜まで話したり韓国の映画人を紹介したりしてくれました。日本に比べると韓国は映画芸術に予算を割いているが、それでも「商業映画」における自由さは失われつつあり、「集客」という結果を求められることが多くなっている、など、韓国映画界の現場にいるからこその興味深い話など、話題の尽きない夜でした。
右より前信介プロデューサー、甲斐監督、小川紗良さん、ヤン・イクチュン監督、萩原利久さん
パーティー会場から最後のバスで帰宅すると、もうあとは泥のように眠るだけ。広めのツインのベッドでしっかりと睡眠を取りました。
映画祭2日目(4月28日)
映画祭2日目。いよいよ『イノセント15』の上映日。10時半という早い時間に、会場がガラガラだったら……と不安を抱きつつ映画館へ。韓国最大手であるCGVは、とても立派なシネコン。全7スクリーンでトータルの座席数が1,795席。『イノセント15』が上映されるスクリーン「CGV Jeonjugosa 4」も150席以上のキャパシティ。せっかくだから鑑賞しよう!と全員で中に入ったのですが、朝の10時半から沢山の人が!そしてその7割は10代、20代の若者。日本の上映での客層はもう少し高い為、「若い人たちが朝から映画館に来ている!」ことがまず衝撃的でした。そしてもう一つ。スクリーンの立派さ。キャパシティから考えると、日本の2倍以上の巨大なスクリーン。今まで観た『イノセント15』の中でも最も大きなサイズで鑑賞しました。
そしてエンドロール終了後は誰か一人の拍手(身内ではないはず!)をきっかけに沢山の拍手。「海を超えて、何かが伝わった!」と感じた、一番の瞬間でした。
GV(Q&Aセッション)は、僕、小川紗良さん、萩原利久さんの3人。司会進行の方、通訳の方を加えた5人がスクリーン前に。
GV(Q&Aセッション) 右より甲斐監督、萩原利久さん、小川紗良さん
僕と萩原利久さんは「アンニョハセヨ」と「カムサハムニダ」の2つだけを武器に挑みましたが、小川紗良さんはなんと、韓国語で最初の挨拶を!「友人から教わった」という発音も完璧で、観客席からは感嘆の息が漏れました。
司会の方からいくつかの質問を頂いた後は、さっそく質疑応答。「韓国の方は議論が好き」とは聞いていたものの、深い質問が飛び交いました。印象的だったのは、「是枝裕和監督や細田守監督に代表される、家族の再生、を描いている映画の系譜を感じた。虐待や同性愛などを絡めた家族というカタチへのアプローチだが、監督自身に家族の再生、という意識はあるのか?」という質問でした。「家族」の繋がりを大切にする韓国ならでは視点を強く感じましたが、「あくまでフォーカスは15歳である少年少女の青春の蹉跌であり、家族そのものの再生は、この映画の時間軸の中では描いていない。ただ、15歳の二人が、以前とは違う視点で家族と向き合うという予感は描いている」と答えました。
また、「説明をあえて省いている部分が古い日本映画を思い起こさせる」など、日本映画に精通している人が多いのも印象的でした。「映画を撮ろうと決めた時、小津安二郎語録だけを読んで撮影に入りました」という答えには驚きの声も漏れていました。
そして特記すべきはアフタートーク後のサイン攻め。去年参加した方が、「こんなに盛り上がったのは見たことがない」とおっしゃっていたほどの盛り上がり。主演二人の前には長蛇の列ができ、わざわざ場所を3度も変えてサインや写真に応じました。
そして午後には萩原利久さんは撮影の為帰国。「初めての韓国、最高でした!また来たいです!」と名残惜しそうに帰って行きました。
映画『イノセント15』 ©2016「イノセント15」製作委員会
映画祭3日目(4月29日)
映画祭3日目。この日は上映こそ無かったものの、全州国際映画祭のヘッドプログラマーであるキム・ヨンジンさんとランチ。忙しい中わざわざ時間を作ってくれたのも、「コンペ部門」の選定もされるヨンジンさんが、『イノセント15』もコンペ部門に推薦してくれていたという裏話があったからなのです。しかしながら『イノセント15』は「アジアプレミア」では無かった為に違う部門となった、という話を聞いて感動を隠しきれませんでした。ヨンジンさんは小川紗良さんの監督作品にも興味を持ちつつ、3時間弱にも及ぶランチというなの昼飲みを終了し、次の予定へとほろ酔いて向かって行きました。
この日はそれぞれに過ごしたのですが、僕は夕方、バーにて映画祭のパンフレットを持った韓国の方に話しかけ、そのままその人の友達10人くらいに囲まれてひたすら飲むこととなり、その夜は撃沈しました。
実は同夜、『Director and Designer's night』というイベントがあり、「韓国のデザイナーが、それぞれの作品にインスパイアされて自由に作った」ポスターの展示と交流会があったのですが、僕が目を覚ましたのはすでに朝方でした……。プロデューサーの前さんからの「日本人、僕しかいないんですけれども……」というメッセージを見たのも、もちろん時すでに遅し……。
『Director and Designer's night』より、『イノセント15』のポスター
映画祭4日目(4月30日)
映画祭4日目。『イノセント15』2回目の上映。朝早くからの散歩ついでにチケットセンターに寄ってみると、「本日の『イノセント15』の上映は「sold out」のシールが!韓国の休日がスタートした、という追い風もあるけれど、朝からの上映がSOLD OUTになるのは喜びもひとしお。
そして迎えたGV。前回で学んだのは、「小川紗良さんの韓国語の挨拶が一番盛り上がる」ということ。挨拶を先にして貰い、ぎっしりと埋まった客席から、再びの感嘆の声。
僕はたどたどしい韓国語で、オチ担当として苦笑を誘いました。
『イノセント15』2回目の上映、満席となった会場「CGV Jeonjugosa 7」
司会の方が「質問はひとりひとつまででお願いします」とアナウンスするほど、普通のお客さんはもちろん、記者の方々からも沢山の質問を頂きました。
「暴力を敢えて描かない、時間を少し飛ばすなど、顕著に見られる省略の仕方は、誰の影響なのか?」という質問もありましたが、「観る側に想像の余地を残したい、というのはもともと作品を作る上でずっと指針にしていることなので、何かお手本がある、というわけではない」と回答すると、「監督本人が、あまり人から影響を受けていないのは伝わる」とも返され、笑いが起こりました。
「CGV Jeonjugosa 7」で上映された『イノセント15』2回目の上映のQ&Aセッション 甲斐監督(中央)、小川紗良さん(左)、
一方で、「北野武監督に通じるものを感じる」という意見もあり、これに関しては、「『ソナチネ』は大好きな映画の一つです」と答えると頷く方も多くいました。
そして一番観客の方々が驚いたのが、ヒロインの小川紗良さんが「映画初出演」だったこと。そして「順撮りを行うことで、〈女優としての成長〉と、〈物語の中での少女としての成長〉を奇跡的に重ねることができた」と伝えると、これまた多くの頷きがありました。
嬉しかったのは「この映画を韓国でも公開して欲しい」という声が多くあったことです。レンタルDVDの文化がない代わりに、IPTVというオンライン上映が映画館に次いで盛況な韓国なので、「オンライン公開の可能性」も含め、「若い人たちがちゃんと映画館で観てくださっているので、劇場公開できたら嬉しいです」と結びました。
そして恒例となったサイン会は、男女問わず、小川紗良さんに人気が集中。一応僕の前にも列は出来たが、少しすると列はなくなり、小川紗良さんに並んだ人たちを眺める、という時間に。そんな僕に話しかけてくれるのは、映画学校の学生さん達でした。
両日を通じてやはり、若い人たちが数多く映画を観ているし、また観に来てくれていました。いまどきの人たちが、『イノセント15』のような多くを語らない映画を、途中でスマホを見ることも無く鑑賞してくれる。受動的に映画を観るのではなく、意味や意図や感情を感じようと前のめりに観てくれる。その姿勢がたまらなく嬉しく、学生さん達とも随分話させて貰いました。
映画『イノセント15』 ©2016「イノセント15」製作委員会
ようやく小川さんが開放され、次は小川さんの帰国。スタッフさんたちからも人気者の小川さんは、ホテルのロビーにいた映画祭スタッフさん全員がタクシー前まで送迎する、という賑やかさ。一緒に帰ればこの賑やかな送迎の中に……と思いつつもスタッフ側に立ってお別れ。
最後の夜は「KARAOKE NIGHT」もあったけれど、カラオケが苦手な僕はそのまま呑みに……『アズミハルコは行方不明』でちょうと到着していた松居大悟監督、さらにはゆうばり国際ファンタスティック映画祭プログラミングディレクターの塩田時敏氏などを交えた豪華メンバーでひたすらにマッコリを呑み続け、全州最後の夜は更けていったのでした……。
上映が行われた映画館CGVと『イノセント15』のポスター
雑感
初のアジア映画祭参加は、「美味しく・楽しく・優しさに包まれる」という、素晴らしい日々でした。長くなりすぎるので敢えて食事パートは省きましたが、「韓国中の料理人は全州から来ている」と言われるほど、料理が美味しいことでも有名な全州。どこで何を食べても抜群に美味しく、時に物凄く辛かったのもいい思い出です。
そして町を歩いていて印象的だったのが、町全体が『映画』の熱気に覆われていること。様々なイベントはもとより、老若男女が映画のチケットを握りしめて歩いたり写真を撮ったりしている姿を見ると、「映画が愛されている」ことを肌で感じました。また日本映画を観ている人たちが多いので、拙作がすんなりと受け入れられたのは、アジア映画祭ならではかもしれない、と思いましたし、同時に、他のアジア圏の国にも持っていってみたい、という気持ちも膨らみました。
最後に、ホスピタリティの高さも特筆すべきだと思います。300人を超えるボランティアスタッフがあちこちに居て、観光客、ゲストに手厚く対応してくれる。韓国人の性格かもしませんが、情に厚く、常に気を使ってくれる。居心地のよい故郷に帰ってきたような気持ちで日々を過ごしていました。
「また帰ってきたい」素直にそう思える映画祭でした。次に戻る時は、「新作と共に」と胸の中で誓いながら。
(文:甲斐博和)
甲斐博和 プロフィール
1977年、鹿児島県屋久島生まれ。私立桐朋学園中等部、高等部と経て、17歳から2年間、チリ、サンチャゴ市で暮らす。帰国後、筑波大学人間学類に入学。教育学、心理学を中心に学ぶ。2001年、大学を卒業後、役者の道へ。2003年に自身の劇団「TOCA」を立ち上げる。2006年より独学で映画を製作。初監督作品『hanafusa』(2005年)が2006年ぴあフィルムフェスティバルで審査員特別賞を受賞。 2007年には、株式会社アプレ主催のWS作品として『靴が浜温泉コンパニオン控え室』で緒方監督との共同脚本を手がける。2009年に『 それはそれ、』(大阪CO2映画祭 Panasonic技術賞)、2010年『浴槽と電車』(水戸短編映像祭グランプリ)、2012年に『犬のようだ』(田辺・弁慶映画祭 東京国際映画祭チェアマン特別奨励賞)を発表。『イノセント15』は長編2作目となる。
映画『イノセント15』 ©2016「イノセント15」製作委員会
映画『イノセント15』
アップリンク・クラウドにて上映中
[2017年7月19日(水)13:59まで]
監督・脚本・編集:甲斐博和
キャスト:萩原利久、小川紗良、影山樹生弥、中村圭太郎、信國輝彦、木村知貴、久保陽香、山本剛史、本多章一、宮地真緒
プロデューサー:前信介
撮影:本杉淳悟
照明:伊藤貴哉
録音:内田達也
VE:桜田公一
整音:根本飛鳥
カラリスト:玉田詠空
音楽:岡田太郎 TEYO
スチール:松井良寛
ヘアメイク:MAMI
川元麻衣 蓼沼仁美
スタイリスト:部坂尚吾
助監督:山之内優
制作:岩切一空 磯野龍紀
アソシエイトプロデューサー:クドウフミアキ 北里洋平
製作・配給・宣伝: TOCA.TOKYO
2016年/日本/88分/ステレオ/ビスタ/カラー/デジタル
(C)2016「イノセント15」製作委員会