骰子の眼

東京都 ------

2017-04-25 15:00


共同通信の「電通に買われた記事」をスクープした調査報道メディア「ワセダクロニクル」

続報取材のためのクラウドファンディング・プロジェクトを実施中
共同通信の「電通に買われた記事」をスクープした調査報道メディア「ワセダクロニクル」

早稲田大学ジャーナリズム研究所の調査報道メディア「ワセダクロニクル」が、共同通信が全国の新聞に配信した記事が電通グループによって「買われて」いたという事実を2017年2月に報道した。現在、クラウドファンディング・サイトmotiongalleryにて、続報取材のための支援プロジェクトが行われている。

2017年5月31日まで行われているこのプロジェクトは、創刊特集にかかった取材費の補填、そして今後続く調査報道の資金に充てられる。350万円を目標にしたこのプロジェクトは、4月25日現在、492万円の支援を獲得している。

現在アップリンク渋谷ほかにて公開中のドキュメンタリー映画『すべての政府は嘘をつく』でも、調査報道を続ける海外のフリー・ジャーナリストたちにスポットを当てている。webDICEでは編集長の渡辺周さんからのメッセージを掲載。日本で独自の調査報道を行う「ワセダクロニクル」の活動と、日本のジャーナリズムの問題について綴ってもらった。

■「ワセダクロニクル」が告発した「買われた記事」

「ワセダクロニクル」は、ジャーナリストやエンジニアらが参加する「早稲田大学ジャーナリズム研究所」を拠点とした非営利の調査報道メディアで、2015年4月1日に設立。各大学の教員、ジャーナリストを目指す学生がリサーチャーとして参加している。「記者の問題意識やデータの分析に基づいた丹念な調査と取材によって、政治権力などにより隠された重要な事実を暴くこと」を目指している。

「ワセダクロニクル」は、2016年3月ごろから約10ヶ月間かけて、薬に関する記事をめぐり金が動いてる実態を、入手した内部資料や関係者の証言で裏付けていった。金を払っていたのは、製薬会社の仕事を請け負った電通のグループ会社、電通PR。金をもらっていたのは、全国の地方紙に記事を配信する共同通信のグループ会社、KK共同。

「ワセダクロニクル」の取材に対し、電通PRの当時の担当者は「記事配信の成功報酬だった」として電通PRが金を支払ったことを認めた。記事を書いた社団共同の編集委員も「営業案件であるとの認識はあった」と、記事に金がからんでいるとの認識があったことを認めた。

2017年2月1日に公開した「買われた記事」シリーズ第1回「電通グループからの『成功報酬』」で、抗凝固薬「イグザレルト」を販売するバイエル薬品をクライアントに「抗凝固薬広報支援」を目的に金が支払われ、配信された記事は「イグザレルト」へ巧妙に誘導されていたことを報じている。


庶民の視点から調査報道──「ワセダクロニクル」の役割
文:渡辺周(「ワセダクロニクル」編集長)

「ワセダクロニクル」渡辺周編集長
「ワセダクロニクル」渡辺周編集長

■メディア同士で争う気はないが……

「ワセダクロニクル」は2017年2月1日、「買われた記事」シリーズの初回を発信し、調査報道メディアとしてのスタートを切った。これまでに第1回「電通グループからの『成功報酬』」第2回「『国の看板』でビジネス」第3回「命にかかわる記事は載りやすい」第4回「共同通信からの『おわび』」第5回「20年前には始まっていた」第6回「電通の「見直し」と消えた組織」を掲載している。「買われた記事シリーズ」はまだ序盤といったところで、これからも回を重ねていく。

▼「買われた記事」ダイジェスト

読者が通常の新聞記事だと思って読んだものが、実は金銭が支払われた宣伝だった。しかも、宣伝の対象は読者の命と健康にかかわる医薬品だったーー。「買われた記事」を要約すればこうなる。

「買われた記事」が読者に届くまでの流れはこうだ。

製薬会社─電通─電通PR(電通の100%子会社)─株式会社共同通信(社団共同通信の100%子会社)─社団共同通信─地方紙─読者

この中で、報道機関の社団共同通信が「ワセダクロニクル」に対して「抗議」をしてきた。子会社の株式会社共同通信は、電通PRから報酬をもらったことを認めているものの、「株式会社共同通信は他のPR会社と同じで、社団共同通信に案件を紹介しただけ」と主張しているのだ。つまり報酬は案件の紹介料であって、株式会社共同は記事の内容に関わっていない、社団の共同とは仕事の棲み分けができているという見解だ。

しかし電通側の内部資料には、株式会社共同通信への支払いについて「記事の配信料」や「媒体費」と記されている。「PR委託費」とは書かれていない。社団と株式会社の関係については、共同通信自身が社史の中で「表裏一体の関係」と記述している。

しかも、私たちは株式会社共同通信の担当者が自ら取材、執筆をした記事が社団共同通信から配信された事例を把握している。共同通信の記事出力モニターには株式会社共同通信の担当者の署名があり、本人への直接取材でも記事を書いたことを認めていた。

そのことを社団共同通信に質問したところ、当初は「株式会社共同通信の担当者は記事を執筆していない」と否定した。驚いて私たちが掴んでいる証拠を提示した上で再質問したところ、一転して事実を認め「おわび」してきた。

「ワセダクロニクル」

「ワセダクロニクル」の目的は、既存メディアを叩くことではない。政治家から「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番」などと馬鹿にされ、ジャーナリズムの力が弱まっている日本で、メディア同士が敵対している場合ではない。

今回「買われた記事」を始めるにあたっても、共同通信には自ら膿を出して自浄作用を発揮してほしいと期待していた。だがその考えは甘かったかもしれないと思い直している。

共同通信の現場の記者からは内々に「社の対応は恥ずかしい」「自ら検証すべきだ」という声が私に寄せられている。共同通信には優秀で信念のある記者がたくさんいるということは、私自身知っているので、社の幹部がいい加減な対応でお茶を濁しても現場から改革してほしいと切に願う。

しかし、今のところ共同通信が自浄作用を発揮する動きは表立って見えない。

共同通信が配信した「買われた記事」を掲載し読者に届けた地方紙の動きも鈍い。「共同通信が『買われた記事』ではないと否定している」という理由で、掲載責任を問う「ワセダクロニクル」にまともに回答してこない。読者ではなく、共同通信を向いている。地方紙の紙面づくりが共同通信の記事に負うところが大きいので、そのような対応になるのかもしれない。地方紙の幹部たちからは、「共同通信には抗えない」という声が聞こえてくる。

しかし、ならば読者を誰が守るのか。製薬会社、電通、共同通信という大組織が相手だからこそ、読者を抱える新聞社が防波堤になる必要があるのではないか。しかも今回の場合は医療記事であり、読者には藁にもすがる思いで情報を求めている患者がいる。私は背信行為だと思う。

「ワセダクロニクル」

■一人旅を支える「同志」

「買われた記事」を後追いする既存メディアが現れないことは予想通りだった。毎日新聞NHKは初回を受けて、報道したものの、共同通信の抗議を私たちに取材しないまま掲載した。第4回で「共同通信からの『おわび』」を掲載した後も取材はない。

古巣の朝日新聞をはじめ、記者仲間からは続々とメールが寄せられている。多くは「新聞やテレビも追いかけるべき」という内容だ。だが「ならば自分で取材して記事を書く」ということにはならない。個々の記者は問題意識を持っているものの、担当外ではどうしようもないし、組織の看板では記事を出すことはできないということだ。

ここに日本のジャーナリズムが抱える問題の根深さを感じる。ジャーナリストであることよりも、組織の一員であることが求められ、がんじがらめになっている。この関係を逆転しなければ、何万人記者がいようと社会を改善することはできない。自分の会社の幹部に抵抗できない記者が、取材対象とまともに対峙できるとは思えない。

しばらくは「一人旅」が続きそうだ。だが「ワセダクロニクル」には、寄付者をはじめ読者の支持さえあればいい。そう思って「買われた記事」シリーズを発信していく。

「ワセダクロニクル」のサイトは料金を払わなくても見られる。寄付者にとっては不公平な面もあるかもしれないが、社会に必要な「公共財」を共につくりあげていく「同志」として支えていただければ幸甚だ。

私たちは折に触れて、クラウドファンディングのコレクターに寄せていただいたコメントを読んで日々の活動の糧にしている。その中から三つ紹介して、拙稿を締めくくりたい。

「応援しています。がんばってください!10歳で敗戦を迎えた世代として、戦後のジャーナリズムの70年間の劣化の歩みは耐え難い。間もなく消えゆく者として、後に続く世代に頑張ってほしいので、貧者の一灯をおくります」

「ありがとうございます。 報道の独立は僕らの命綱です。 立ち上がってくれて本当に感謝です」

「本当のことを知るためのひとつの手段として応援します。できる限りのことを、庶民の視点から調査報道してください。選ばれた少数の人たちのためではなく、サイレント・マジョリティーのために。そして、背筋を伸ばして呼吸ができる未来のために」




渡辺周(わたなべ・まこと) プロフィール

1974年神奈川県生まれ。大阪府立生野高校、早稲田大学政治経済学部を卒業後、日本テレビに入社。2000年から朝日新聞記者。特別報道部などで調査報道を担当する。高野山真言宗の資金運用や製薬会社の医師への資金提供の実態などを報じたほか、原発事故後の長期連載「プロメテウスの罠」取材チームの主要メンバーとして、高レベル核廃棄物のテーマにした「地底をねらえ」などを執筆した。大学を拠点にした調査報道プロジェクトの立ち上げに伴い朝日新聞社を2016年3月に退社、同プロジェクトの発信媒体「ワセダクロニクル」の取材・報道の総責任者(編集長)に就く。趣味はマラソン。普段は100kg超の体重があるが、フルマラソンでは92kgまで落とし、4時間20分台で完走する。




■早稲田大学拠点の調査報道メディア『ワセダクロニクル』
創刊特集「買われた記事~電通が共同通信に成功報酬」を続報したい
MotionGalleryプロジェクトページ

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