骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2017-02-21 23:50


フラメンコの聖地で老アーティストの人生と生活描く『サクロモンテの丘』監督インタビュー

映画は力であり権力、男性だけでなく女性の物語が語られる世界に変えていきたい
フラメンコの聖地で老アーティストの人生と生活描く『サクロモンテの丘』監督インタビュー
映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』チュス・グティエレス監督

フラメンコの聖地サクロモンテで激動の時代を生き抜いた人々を追い、フラメンコのルーツを辿るドキュメンタリー『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』が2月18日より公開。webDICEでは公開にあたり来日したチュス・グティエレス監督のインタビューを掲載する。今回のインタビューでは、初のドキュメンタリーとなるこの映画の制作の経緯、そして「ドキュメンタリーは記憶」だと語る監督が地に生きる人々をどのような視点で捉えようとしたのか、そしてスペイン映画界に対する思いまでを語っている。

「洞窟のダンスのシーンで重要だと思ったのは、どうやってサクロモンテのダンサーたちが学んでいるか、ということです。見ながら学んでいる、そのなかで世代間のコミュニケーションがある、ということを表現したかったのです」チュス・グティエレス監督


これはフラメンコの映画でなく、
生活と、人生についての映画。

──なぜ今、サクロモンテという土地の、フラメンコのドキュメンタリーを作ろうと思ったのでしょうか?

まずはじめに、これはフラメンコについての映画ではありません。当時は確かに存在したけれど現在ではすでになくなってしまった共同体と、そこに住んでいた人々の物語です。

サクロモンテという土地は、数年前までは、グラナダの街の地図にさえ載っていませんでした。長い間、ロマ文化は差別を受けてきました。現在、サクロモンテという土地も彼らの芸術も見捨てられています。だからこそ、「この土地でしか起こらなかったこと」を記録し、人々の記憶にとどめたいと思ったのです。

彼らのフラメンコは、生活や人生においての様々な局面がそのまま唄と踊りで表現されたものです。かれらのフラメンコを観ることで、彼らの人生や物語を見て欲しいと思います。

映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』より
映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』より

──本当に生活のことを歌ってますよね。ブルースに通じるものを感じました。

セクシャルで下世話だったり、コミカルだったりしますよね。サクロモンテの洞窟フラメンコの特徴は、ショーをしているところで、彼らはそのまま生活をしていたということなんです。ですから、ショーの時間でないときは、フラメンコの衣装そのままで料理をしたり普通に生活している。ショーそのものが生活とも言えます。彼らのフラメンコは「生き残るためのもの」なんです。

──この映画に登場するひとたちはロマであることに誇りをもっているように思えました。

彼らはとても尊厳をもっていて、決して自分たちを卑下しない。それは自分たちを守るためでもあるんです。文句あるのか!というふうに立ち向かっている。

──監督は80年代にXOXONEES(チョチョニーズ)というバンド名で音楽活動もされていたそうですね。どんなバンドだったのですか?

ニューヨークに住んでいるときに作ったグループで、その頃ラップがどんどん攻勢していた時期で、それで「フラメンコ・ラップ」を掲げて作りました。すべて女性で、テーマは、どちらかというと私たちはパンクでしたが、ちゃんとユーモアも忘れずに、人種差別や女性の観点を伝えるというのを目的にしていました。

▼XOXONEES「Xoxonees Rap」

──この映画に出てくるフラメンコの歌の数々、“抵抗の歌”“生活の歌”通じるところがありますね。

はい、もちろんそうですね(笑)。

ドキュメンタリーの自由さを知った撮影

──この映画は、語り手であるフラメンコ界の重要人物クーロ・アルバイシンと監督の出会いから始まったそうですが、はじめてクーロに会ったときの印象、そして3年前に再会したときの印象を教えて下さい。

私がクーロに会ったのは12歳の時で、彼が私の両親の家のパーティーへ踊りに来た時でした。その後、彼のタブラオで他のフラメンコダンサーと一緒に踊っているのを見ていました。私はずっとクーロのことを特別な人間だと思っていました。すごく頭が切れて度量が広いんです。

その後、グラナダへ私の映画を上映するために行った時、20年ぶりに彼と再会しました。私たちは一緒に食事をしながら、昔話をして、サクロモンテのことについて話し合いました。その食事の最中、私はサクロモンテについての映画を撮るべきだと話したんです。まだお年寄りが生きているのだから、1963年の大洪水の前の彼らの暮らしぶりがどんなものだったかを再現しようと言ったんです。

映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』より
映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』より、クーロ・アルバイシン

──クーロにまつわる物語を、ドラマとして映画化しようとは思わなかったのですか?

まったく考えませんでした。それは、最近フィクションに疲れているからなんです(笑)。というのも、フィクションだと脚本を書くにしても、ここからこの登場人物で始まって、中盤で盛り上がり、最後に落とす、といったフィクションの形式にあてはめなければなりません。そうしたことをやっていると、そのうちにプロデューサーが来て「ここはもう少しひねれ」とか、「もうちょっと盛り上げろ」といったことを言わます。そして「有名俳優を使え」といった注文や、様々な制約があります。

これまで何本かフィクションを撮ってきましたが、フィクションであれば自由だろう、と思ったら、フィクションは、私から自由を奪い取る、ということが分かったのです。それで、今回はドキュメンタリーとして撮ることにしました。ドキュメンタリーというのはとても自由に撮ることができます。

映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』
映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』より

ハイライトの洞窟の踊りのシーンの苦労

──サクロモンテというコミュニティに入り込んで撮影することで、どんな苦労がありましたか?

現地へ行って、撮影するのは、取り立てて難しいことはありませんでした。大変だったのは予算がほとんどなかったことで、お金をかき集めながら、撮影を続けたんです。もっと現地で時間があればよかったんですが。

──どれくらいの規模のクルーで撮影に臨んだのですか?

とにかく予算がなかったので、一気に撮ったのではなくて、だいたい3つの時期に分けて撮りました。最初は、4、5人のクルーだったと思います。2カメだったんですが、もう1台は自分でカメラをまわしました。私はカメラマンとしては最悪なのに(笑)。でも、とても機動力のあるチームなのがよかった。フィクションであればだいたい80人のスタッフがいますから。

ハイライトの洞窟での踊りのシーンはもう少しスタッフを増やして、3カメを使い全体を3日間、踊りのシーンは1日で撮りました。ですから、切り返しのカメラがもう1台あれば、外で語っていることも撮れたのに、とそのときは自分で自分を呪いました(笑)。

私にとって最初のドキュメンタリーなので、いろいろなことを学びましたし、フィクションとはどれだけ違うか、という経験を得ることができました。

映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』より
映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』より

──制作費がなかったということですが、スペインではドキュメンタリー映画への助成はないのですか?

もちろんありますし、今回も文科省から少し、そしてフランスのTV局のCanal+からも少し出してもらいました。とはいえ、それは何の慰めにもならない程度でしたが(笑)。もっと予算があれば、これまで映画になっている、サクロモンテで撮影された作品のフッテージも使うことができましたが、それは無理でした。

──その固定カメラをメインにした洞窟での踊りのシーンと、手持ちカメラを使ったサクロモンテの様子、そしてインタビューが交互に構成されています。こうした構成は制作のはじめから考えていたのですか?

最初は何も考えていなかったです。これが一作目で経験がなかったということもあって、最初に構成がどうなるかというのはまったく分からなかった。構成は、編集の段階で、いろいろ考えながら試行錯誤しました。

私が思うに、ドキュメンタリーは撮る前に構成を考えるのは難しい。撮影前に決めることが難しいので、どうなるか分らないけれど、とにかく撮って、そのたくさんの素材のなかから編集するときに構成がどんどん見えてくる。いちばん難しいけれど、いちばんワクワクするときでもありました。

──洞窟の踊りのシーンは3世代のダンサーが一同に介します。普段のサクロモンテのショーでもこうした異なる世代が集まって踊ることはあるのでしょうか?

いえ、そうしたことは普段はないんです。

──ということは、監督がディレクションしてこうした貴重な機会を設けたのですか?

もちろんです。ここでいちばん重要だと思ったのは、どうやってサクロモンテのダンサーたちが学んでいるか、ということです。見ながら学んでいる、そのなかで世代間のコミュニケーションがある、ということを表現したかったのです。

映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』より
映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』より

──サクロモンテの方々はこの映画をみてどんな反応をされましたか?

サクロモンテの人々は、映画になったことをすごく喜んでいたと思います。自分たちがどんな人間であり、どんな暮らしをしていて、どんなフラメンコを踊っていたかということが描かれていることを誇りに感じているようでした。映画でインタビューしたアーティストの中には、公開時には亡くなっている人もいましたから、すごく感慨深く、心に響いたんですね。

──フラメンコは進化していき、サクロモンテ特有のサンブラ等、伝統ある古き良き時代のグラナダのフラメンコが失われていくように思います。これからのサクロモンテがどの様に引き継がれていくことを望まれますか?

将来には、まったく不安を持っていません。まったく新しい世代のダンサーや歌手が彼らの古い文化を継承していますから。世界でも珍しい素晴らしいあの場所の重要性を、グラナダの行政当局が考慮してくれることを願っています。

女性の物語が語られていないのが問題

──チュス監督は最近テレビの仕事が多いそうですが、テレビのほうが自由だ、と感じることがあるのでしょうか?

まず、文化に関してスペインは政党や政治家は文化に対してまったく関心がありません。ですので、文化政策がいままであったことがありません。文化はあればいいけれど、なくても豆を食べてるからいいじゃないか、という程度の関心しかありません。

そしてもうひとつは、スペイン人の欠点として、嫉妬深いところがあります。国民もクリエイターやものを作る人間に対して嫉妬をして、「自分たちは苦しい仕事をしてるのに、彼らは仕事をしてないじゃないか」という思いのほうが昔から強い。ですから、クリエイターは非常に攻撃され、ガルシア・ロルカのように殺されてしまったりするのです。そうした欠点が社会にあるのです。

ですから、今現在の映画業界の状況について言うと、公的資金は思いっきり減らされています。だから、わたしたちがテレビに行かざるをえない。テレビの仕事をするしかない。でもテレビは文化ではなくて、エンターテインメントですから、そこで、コメディやらスリラーやら有名人やら、いろんなフィルターがかかります。それにかけられて、売れる映画を作れる人だけがいま映画を作っているという状況です。

映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』
映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』より

──監督はCIMA(Asociacion de Mujeres de Cine y Medios Audiovisuales)という、映画産業の女性作家の平等と多様性を訴える団体を2007年に立ち上げています。女性クリエイターの地位向上も含め、監督は業界の状況に抗うためにどんなアクションを考えていますか?

いろんな物語を語る、と言いながら、女性の物語が語られていない、という現状を少しでも変えるためにCIMAを作りましたが、そうした大きな壁を破ることはなかなか難しい。スペインでは映画を作ることがただでさえ難しいのに、女性の場合はもっと難しい。ですから私はCIMAというのを作って、文科省にかけあったり、テレビでもなるべく女性の視点を入れられるように「なぜならそれが必要だから」と訴えています。

日本で何人の女性監督がいるかは分かりませんが、世界レベルでも、女性で映画を撮っている人は1割いるかいないか、というところだと思います。それを考えると、私は非常に寂しく、悲しくなります。なぜかというと、映画というのは力であり、一種の権力で、それを持つのが男で、ヘテロセクシュアルで、大半の西洋人の白人であるという構造が世界のどこでもあるからなんです。

──2002年の『PONIENTE』ではアフリカ移民をテーマにしたり、一貫して虐げられる人々や差別問題などを描いてきましたが、次作はどのようなテーマを考えていますか?

いま興味あるテーマは新世紀のセックス。セックスはかつて「生きること」「感じること」というコミュニケーションツールでした。しかし今は消費の要素になっている。セックスの在り方の変遷が今の社会のあり方とどのような関係にあるのかを題材に撮ってみたいのです。




チュス・グティエレス(Chus Gutiérrez) プロフィール

1962年、グラナダ生まれ。CMディレクターとしてキャリアをスタート。現在ではスペインの中でも信望が厚く重要な監督の一人である。 子供の頃に初めて両親にタブラオに連れていかれて以来、何度もサクロモンテを訪れ、サンブラと関わり続けている。1995年の『アルマ・ヒターナ/アントニオとルシアの恋』ではサクロモンテの重要なアーティストの協力を得て、非ロマとロマとの共存を描いている。また『世界でいつも…』(2003年)『ヒステリック・マドリッド』(2004年)『デリリオ -歓喜のサルサ-』(2014年)はいずれもラテンビート映画祭で上映された。




映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』
映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』ちらしビジュアル

映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』
有楽町スバル座、アップリンク渋谷ほか全国順次公開中

監督:チュス・グティエレス
参加アーティスト:クーロ・アルバイシン、ラ・モナ、ライムンド・エレディア、ラ・ポロナ、マノレーテ、ペペ・アビチュエラ、マリキージャ、クキ、ハイメ・エル・パロン、フアン・アンドレス・マジャ、チョンチ・エレディア他多数
日本語字幕:林かんな
字幕監修:小松原庸子
現地取材協力:高橋英子
原題:Sacromonte: los sabios de la tribu
2014年/スペイン語/94分/カラー/ドキュメンタリー/16:9/ステレオ

提供:アップリンク、ピカフィルム
配給:アップリンク
宣伝:アップリンク、ピカフィルム
後援:スペイン大使館、セルバンテス文化センター東京、一般社団法人日本フラメンコ協会

公式サイト

▼映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』予告編

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