映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』 © VERTOV SIA,VERTOV REAL CINEMA OOO,HYPERMARKET FILM s.r.o.ČESKÁ TELEVIZE,SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH,MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
北朝鮮政府が演出した一般市民の日常生活の裏側を描くドキュメンタリー映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』が1月21日(土)より公開。webDICEではロシアのヴィタリー・マンスキー監督のインタビューを掲載する。
マンスキー監督は、北朝鮮市民の生活とはどういうものかを知りたいとこの映画の制作を決意。北朝鮮政府から8歳の少女ジンミと彼女の家族を撮影することを許可されたものの、台本の修正や「演出」を指示され続け、撮ったフィルムの検閲を要求される。監督は、ふだん観ることのできない、出演者たちへ笑うタイミングやセリフを細かく指示する「ヤラセ」の様子や、撮影現場の市民の表情といった隠し撮りの素材を外部に持ち出し、この作品を完成させた。
問題は、人間の自由なのです。指導者のキム・イルソン、キム・ジョンイル、キム・ジョンウンも自由な人々ではなく、彼らが住む全体主義国家の人質であり捕虜なのです。(ヴィタリー・マンスキー監督)
全体主義は人々の個性と自由をいかに抑圧したのかを
理解したかった
──本作を撮影した動機から教えてください。
私は常に、なぜ全体主義社会が存在するのかという問題に興味をもっていました。なぜ人は、こうも簡単に、たった一度の人生を、こうした体制に従いつつ、捧げてしまうのか?……しかし、こういう問題は、アーカイブや回想を頼りにしたドキュメンタリー映画の形では、追求するのが難しい。そこで、こうした体制が未だに残っている国に目を向けたのです。で、北朝鮮で映画を撮るというごくささやかな希望が生まれたわけです。とにかく、それについて考え、実現を目指してきた結果、願いが現実になったのです。
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』ヴィタリー・マンスキー監督
私が生まれたのはソ連です。自分史を含め祖国史もソ連時代。両親は全体主義時代を私はその終焉時代を生きました。スターリン体制は血まみれのテロ時代、そんな時代がなぜ存在し得たのか理解したかった。そして、個性と自由をいかに抑圧したのか、全体主義がいかに機能していたかを理解したかった。
さらに、こうした人々を私は観察したい。過去の私や両親がその状況を受容する可能性を探りたかった故に、この取材にエキゾチックな目的は何もなかった。極めて個人的な問題であり、国家機関に対する個人的な関係が動機です。
北朝鮮では私のあらゆる想像を超えていた
──映画製作について、北朝鮮側とどうやって合意できたのですか?
交渉はほぼ2年かかりました。絶えず向こうの立場に耳を傾け、それを受け入れ続け……交渉はこんな感じでしたよ。つまり、向こうが次々に出してくる条件と要求をひとつひとつ呑んでいったわけですね。
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』 © VERTOV SIA,VERTOV REAL CINEMA OOO,HYPERMARKET FILM s.r.o.ČESKÁ TELEVIZE,SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH,MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
──映画の撮影中、どんな困難な出来事がありましたか?
撮影中に起こったことはこれまで経験したことがないほど、全くユニークで、全く不自然で、全く普通ではなかった。私はドキュメンタリー作家として戦場、牢獄、軍隊、クレムリン、バチカン、タイ総督府、ジンバブエの牢獄でも撮りましたが、北朝鮮は全く違っていました。私は経験上あらゆる予期せぬことに備えていました。ですが、北朝鮮では私のあらゆる想像を超えていました。人々の生活について、そしてプロとしていかに撮影すべきか、ということについてです。
現地に到着さえすれば直ちに撮影できると思っていましたが、合意書には厳しい条件があり、実際にはその10倍も厳格で制約がありました。すぐに旅券を取り上げられ、ホテルから一歩も外出できませんでした。
北朝鮮では私のあらゆる想像を超えていた
──撮ろうとしていた作品については、シナリオと主役たちも、北朝鮮側が提示してきたのですか?
シナリオは、会話や生活の情景などをともなう、現実の北朝鮮の人たちについてのものなんですが、前もって北朝鮮側が書いていました。もっとも、ヒロインは自分で選ぶことができました。5人の候補のオーディションにたった10分間しか与えてくれませんでしたけどね。理由は、女の子たちはみんな忙しいから、ということでした。
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』より、主人公の平壌に暮らす8歳の少女ジンミ © VERTOV SIA,VERTOV REAL CINEMA OOO,HYPERMARKET FILM s.r.o.ČESKÁ TELEVIZE,SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH,MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
でも私は、ひとりずつに2、3の質問をすることはできたので、その答えにもとづいて、ジンミちゃんを選んだのです。「パパはジャーナリストだよ」と言っていたので、それなら彼といっしょにどこかへ出かけて、何か面白いものが撮れるんじゃないか、と思ったのです。ママは工場の食堂で働いているということでした。住まいは駅のそばで、ワンルームマンションに両親と祖父母たちと住んでいると……。
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』ジンミの家族が暮らすマンションでのシーン © VERTOV SIA,VERTOV REAL CINEMA OOO,HYPERMARKET FILM s.r.o.ČESKÁ TELEVIZE,SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH,MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
ところが、いざ撮影に乗り込んでくると、いきなりこんな“事実”を知らされました。パパはもうジャーナリストではなく、繊維のモデル工場で技師をしており、ママも、乳製品のモデル工場に勤めているというんです。しかも、親子3人で、ピョンヤン最高の3部屋の高級マンションに住んでいました。窓は川に向いていて、あの主体思想塔が見えるという地域です。
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』ジンミの家族が暮らすマンションでの撮影の様子。北朝鮮側の人物が細かく指示を出している © VERTOV SIA,VERTOV REAL CINEMA OOO,HYPERMARKET FILM s.r.o.ČESKÁ TELEVIZE,SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH,MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
しかし、撮影を進めるなかで、家具はまだ新品で、棚の中は空っぽ、浴室も使った形跡がないことに気づきました。この高級マンションは、撮影に時期に限って与えられたんだな、とすぐに勘ぐりましたよ。
──北朝鮮側はアシスタントや助手を提供してくれましたか?
我々には5人の付き添いがいまして、形式上は我々の助手だということになっていたのに、我々が頼んだことをやってくれたためしがありません。それからもうひとつ気づいたのですが、いろんな場所で、我々のまわりを、複数のまったく同じ人間が、やや遠巻きにしてくっついているのです。我々と一緒じゃないようなふりはしていましたが。これは、我々には紹介されなかった遠巻きの“エスコート”だったんですね。
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』 © VERTOV SIA,VERTOV REAL CINEMA OOO,HYPERMARKET FILM s.r.o.ČESKÁ TELEVIZE,SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH,MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
独裁政権を地上の楽園に見せようとする願望を
北朝鮮自身が理解していない
──俳優たちと相互理解は得られましたか?
彼らの誰とも、いかなる問題も生じませんでした。それというのも、彼らは我々の希望にはまったく注意を向けず、我々の付き添いが出す指示に100%従っていたからです。そうすることで、北朝鮮で起こり得る問題から守られていたわけですね。北朝鮮側から見ても、俳優たちに対して何か文句があろうはずはありません。その理由は簡単で、なにしろ彼らは、何一つ自分の意志ではやらず、ただ指示を遂行していたにすぎないのですから。指示は、どこに、どうやって立つか、何を見るかといったことにまで及んでいました。
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』 © VERTOV SIA,VERTOV REAL CINEMA OOO,HYPERMARKET FILM s.r.o.ČESKÁ TELEVIZE,SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH,MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
──北朝鮮政府からは撮影中に検閲があったそうですね。
撮影現場ではカメラを望む方向に向けることも禁止され、私たちはすべてにおいて禁止されました。非現実的なシーンが絶えず現れ、ホテルに着くと「撮ったものすべてを渡せ」と言われました。それを全部観て、彼らにとって正しくないものは、私から見ればいいと思えても消去させられました。ですが、何としても仕事を進める渇望と力が私たちに湧き上がりました。いずれにしても、映画は完成したのです。
衝撃的な状況を克服することが我々に集中力を与え、さらに状況を進展させることができましたが、それでも、どうしても撮影できない状況もありました。北朝鮮の行為の不遜さ、非良心性、不条理の状態が考えられない段階になったからです。独裁政権を地上の楽園に見せようとする彼らの願望を、そのようなことが何であるかさえ彼らは理解していない。これこそが私の驚きでした。
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』 © VERTOV SIA,VERTOV REAL CINEMA OOO,HYPERMARKET FILM s.r.o.ČESKÁ TELEVIZE,SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH,MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
北朝鮮からの圧力と懐柔の手紙
──映画の完成後に、北朝鮮からはどんな反応がありましたか?
完成した映画を観ていないのに、北朝鮮外務省は「ロシア外務省に外交文書を送った映画は北朝鮮を挑発した故、公開禁止とし、フィルム廃棄し制作者に刑罰を課すよう求める」とありました。北朝鮮側は私がロシア在住ではないので制裁できず、ラトビア在住を知って直接連絡し私との対話を計ろうとしたようです。「スパイで日米の手先」「人類のクソ」等々最後通牒の厳しい手紙の後で、「撮影グループの重鎮として訪問されたなど聞きたくもない」、その後は打って変わって、「あなたが懐かしい、平壌にきて私たちと会いましょう、この先のプランを話し合うのは重要」といった手紙をもらいました。
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』 © VERTOV SIA,VERTOV REAL CINEMA OOO,HYPERMARKET FILM s.r.o.ČESKÁ TELEVIZE,SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH,MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
1年ほどかけ、この映画のロシア公開にこぎつけました。公開日の2週間前に各映画館に予告ポスターが貼られましたが、すると公開3日前に北朝鮮からさらに要求が出されました、そしてロシア政府は私への非難声明と上映禁止を発表し、国立と公立の映画館が公開を中止したのです。
──映画撮影前と映画完成後の、朝鮮人民民主主義共和国の印象は?
私はこれまでメキシコやインドの貧民窟も見てきましたし、苦しげな路上生活者たちを見てきました。ですが、問題は貧困とか快適さ、現金、物価、飲料水等々ではない。問題は、人間の自由なのです。自分の生涯を生きる権利、生涯の決定権、自分の人生を変更する権利、以上の意味で北朝鮮は最もひどい国だと思います。なぜなら、あの国には自由を持つ人間がいないからです。権利を抑圧する人々も無権利状態。皆さんを驚かせているようだが、指導者、神々キム・イルソン(任期1948年~1994年)、キム・ジョンイル(1994年~2011年)、キム・ジョンウン(2011年~)、彼らも自由な人々ではなく、彼らが住む全体主義国家の人質であり捕虜なのです。
(オフィシャル・インタビューより)
ヴィタリー・マンスキー(Vitaly Mansky) プロフィール
1963年ロシア生まれ。ロシアの最優秀ドキュメンタリー映画に与えられる賞「LAVROVAYA VETV(月桂樹の枝)」の設立者で、モスクワ・ドキュメンタリー映画祭「ARTDOKFEST」の会長も務めている。自身の作品に「管」「タトゥー解剖」「純潔」などがある。
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』 © VERTOV SIA,VERTOV REAL CINEMA OOO,HYPERMARKET FILM s.r.o.ČESKÁ TELEVIZE,SAXONIA ENTERTAINMENT GMBH,MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK 2015
映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』
1月21日(土)、シネマート新宿ほか全国ロードショー
8歳のジンミは模範労働者の両親とともに平壌で暮らしている。ジンミは金日成の生誕記念「太陽節」で披露する舞踊の練習に余念がない。エリートの娘を持った両親は仕事仲間から祝福を浴び、まさに“理想の家族”の姿がそこにはあった。ところがドキュメンタリーの撮影とは名ばかりで、“北朝鮮側の監督”のOKが出るまで一家は繰り返し演技させられ、高級な住まいも、親の職業も、クラスメイトとの会話も、すべて北朝鮮が理想の家族のイメージを作り上げるために仕組んだシナリオだった。疑問を感じたスタッフは、撮影の目的を“真実を映す”ことに切りかえその日から、録画スイッチを入れたままの撮影カメラを放置し、隠し撮りを敢行するが……。
マンスキー監督は、工場で働く労働者のあくびする表情や、少女が演説を聞きながら寝落ちしてしまう姿など、出演する市井の人々の素顔を切り取り、北朝鮮側が望む「理想の生活」を映像に収めるために何度も撮り直しをする滑稽さを執拗に捉える。ドキュメンタリー映画における「演出」の意味を再検証する作品であるとも言えるだろう。
監督・脚本:ヴィタリー・マンスキー
撮影:アレクサンドラ・イヴァノヴァ
編集:アオドレイ・ペパルヌィ
音楽:カルリス・アウザンス
プロデューサー:ナタリア・マンスカヤ
出演:リ・ジンミ
2015年/チェコ、ロシア、ドイツ、ラトビア、北朝鮮合作/110分/カラー
原題:V paprscích slunce
字幕翻訳:崔樹連
配給:ハーク