骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2017-01-12 18:00


発禁キングと称されてきたロウ・イエ監督新作『ブラインド・マッサージ』は検閲を通過し盲人の世界を描く

畢飛宇(ビー・フェイユィ)の小説は、鬼才ロウ・イエの手によって第二の命を吹き込まれた
発禁キングと称されてきたロウ・イエ監督新作『ブラインド・マッサージ』は検閲を通過し盲人の世界を描く
映画『ブラインド・マッサージ』

中国のロウ・イエ監督が盲人マッサージ院を舞台に描く苛烈な愛の物語​『ブラインド・マッサージ』が1月14日(土)よりアップリンク渋谷、新宿K's cinemaほか全国順次ロードショー。webDICEでは公開にあたり、フリーライター・翻訳者の多田麻美氏による解説を掲載する。

北京を中心とした中国文化に精通する多田氏に、現在の中国社会に広がる格差をバックグラウンドにしたこの物語がどう受け止められたかを、原作となる同名小説『推拿(すいな)』、そしてこれまでのロウ・イエ監督作品への評価も含め、解説してもらった。

彼らは世界を構成する「言葉」がいかに「健常」者を基準に作られてきたかを、「なぞなぞ」を通じて自虐的に笑い、「明かり」を自在に利用できる反面、「明かり」に依存せずにいられない現代の「健常者」をからかう。それらは、「差別」に関する議論がまだまだ不十分に見える中国において、啓蒙的な意義を担いつつ、既成の世界観を転覆させるという、芸術作品ならではの使命をも、平易かつシンボリックに暗示している。(多田麻美氏)

中国における『ブラインド・マッサージ』
文:多田麻美(フリーライター・翻訳者)

■解禁されたロウ・イエ

4、5年前まで、中国国内、とりわけ大陸部において、ロウ・イエの作品はどこか神秘のヴェールに包まれていた。何せ、最初期の2作品を除けば、中国国内で検閲を通り、正式に上映されたのは日中戦争を舞台にした『パープル・バタフライ』(2003年)のみだったからだ。ゆえに彼のことを禁片之王(発禁キング)と呼ぶ人までいたのは、やむをえない。長らく、彼の名は欧米や日本での認知度の方が高いとされてきた。

さいわい、インターネット文学に取材した『二重生活』(2012年)は多少の波乱こそあったものの、無事上映された。さらに今回の『ブラインド・マッサージ』に至っては、劇場公開用の国産映画としては珍しい大胆な性描写や暴力シーンがあったにも関わらず、審査の際、当局から求められた修正はほんのわずかだったという。

だが悲しい哉、中国の映画ファンは検閲を経た作品にはおしなべて若干の不信感を抱くのが習い性になっている。ゆえに少なからぬファンが「やはりカットされた部分は重要だったのではないか」と憶測したようだ。そこで監督自身も関係者を通じ、国際版を観れば、(中国国内版と)とりわけ大きな差はないことに気づくだろう。「基本的に元の味わいを残している」と強調することになった。

映画『ブラインド・マッサージ』より
映画『ブラインド・マッサージ』

もっとも、そんなやりとりが生まれたのも当時の社会的雰囲気の中では自然なことだった。『ブラインド・マッサージ』が公開された頃の中国は、文化界に対する当局の締め付けの厳しさが際立ってきていたからだ。一度は検閲を通った映画作品が公開を禁止されたり、政治的な事柄について率直で大胆な物言いをしていたメディアへの本格的な弾圧が始まったりするなど、言論界、芸術界を問わず、どちらかというと先行きの暗さが感じられた時期だった。

だがその反面、まるで「アメとムチ」さながらに、映画館で上映される映画にしても、テレビの映画チャンネルの流す映画にしても、それまでになく官能的なシーンが解禁された。ほぼ同時期に公開された伝説的ロックスター、崔健(ツイ・ジエン)の初監督作『藍い骨』(原題:蓝色骨头)もその冒頭に、同性愛的な関係を暗示した官能的なダンス・シーンがある。崔健(ツイ・ジエン)の中国における知名度の高さを思えば、このシーンが検閲を通ったのは、特筆すべきことだった。

実はこういった変化には、別の政治的な要素がからんでいる可能性も十分あるのだが、いずれも憶測の域を出ないので、ここでは割愛することにする。

■小説とニュース・メディアの間で

本作の原作が近年、中国で評価が高まっている作家、畢飛宇(ビー・フェイユィ)の同名小説『推拿(すいな)』だったことも、恐らく作品の公開には有利に働いたであろう。畢飛宇(ビー・フェイユィ)は2011年に同作品によって「茅盾(ぼうじゅん)文学賞」も受賞している。リアリスティックな社会描写で知られる中国の著名作家、茅盾(ぼうじゅん)の名を冠した「茅盾文学賞」は、中国では最高クラスの権威を誇る文学賞であり、その受賞は氏がいわば、作家協会も認める正統派のリアリズム小説の作家であることの裏付けだ。

とはいえ、中国における検閲のハードルは、小説においては比較的低く、テレビ番組や劇場公開を前提にした映画においてもっとも高い。その矛盾は早くから指摘されており、たとえ野心的な小説が無事映画化されても、政治的な要素によって急にセンサーの感度や基準が変わると、突然その上映が制限されることは、ままある。だが小説『推拿(すいな)』は、テレビドラマや現代劇にも改編された上、鬼才ロウ・イエの手によって第二の命を吹き込まれ、国内外の映画祭で高く評価された。本作の「幸運ぶり」を中国のメディアがことさら強調したのも、無理はない。

映画『ブラインド・マッサージ』より
映画『ブラインド・マッサージ』より、院長シャーを演じるチン・ハオ

一方で、ニュース・メディアとの関係もわりと生産的だった。『ブラインド・マッサージ』は、視覚障害者らの情念のようなものを独特の映像言語へと練り上げる一方で、登場人物たちの生い立ちをめぐるディテールにも、視覚障害者らの生活が直面するあれこれをさりげなく盛り込んでいる。感度の鋭い一部の中国のメディアは、それらの表現を切り口に、視覚障害者の暮らしぶりに生き生きと迫った。

例えば中国の週刊タブロイド紙『南方週末』は、同作の登場人物の内、演技の素人でありながら重要な役柄「小孔(シャオ・コン)」を務めたチャン・レイの生涯を詳しく綴っている。小学校1年生まで、障害のない子供たちと一緒に幼稚園や学校に通っていたチャン・レイは、やがて学校から面倒を見切れないといわれ、その後は2年ほど、家で親から教育を受ける。やがて片道2時間ほどかかる盲学校に転校した後、かなり幼い段階から寄宿舎生活に入る。盲学校では、生活上の知識から就職の際の面接の受け方まで、さまざまなことを学ぶ。だが、社会が視覚障害者らに求める役割分担が限られていることもあり、個人の適性に合わせて職業を選ばせることまではなかなかできない。かくして、指の力が弱く、マッサージには向かないチャン・レイも、余儀なくマッサージ師になったという。

映画『ブラインド・マッサージ』より
映画『ブラインド・マッサージ』より、院長シャーの同級生ワンの恋人、小孔(シャオ・コン)を演じたチャン・レイ

中国では障害者でなくとも、職業の選択に親の意向や出身は大きく影響する。この記事は、共感を誘うジャーナリスティックな視点から、読者の映画作品に対する理解を助けたといえる。

■格差や差別の可視化

こう見てくると、作中で売春婦の世界とマッサージ師の世界がシンメトリーに描かれているのは、中国では象徴的であるだけでなく、強いリアリティもあることがわかる。「他に収入を得られる選択肢がない」彼らは、自分の体だけが資本。客とも、順に呼ばれながら刹那的な関係を持つだけだ。そしていくら商売に励もうと、マッサージ店は収益率の低さから、風俗店は違法性から、とても不安定な存在であらざるを得ない。

だがその一方で、現代の中国社会で広がる格差は、実際には身体障害者の世界において、もっとも残酷な形で現れている。畢飛宇(ビー・フェイユィ)もあるインタビューで述べているように、正規のマッサージ店で働ける障害者は、まっとうに働くという選択肢があるだけ、まだずっと幸運な方だ。辺鄙な農村に住む者であれば、盲学校という選択肢自体が存在しない。保護者の世話や十分な教育を受けられず、路頭に迷ったり、不法かつ希望の見えない働き方を余儀なくされたりするケースも少なくない。

そういった現状をふまえると、『ブラインド・マッサージ』において、それぞれの事情から店を離れていく都紅(ドゥー・ホン)や小馬(シャオマー)の存在は象徴的だ。自分に向かない仕事をいっそ諦め、新たな職業にチャレンジする都紅(ドゥー・ホン)と、何とかマッサージ師として独り立ちする小馬(シャオマー)。いずれも一見希望を感じさせるが、恐らく中国の現実を知る人々は、彼らのその後をあまり楽観的には想像できないだろう。

映画『ブラインド・マッサージ』
映画『ブラインド・マッサージ』 ドゥー・ホン役のメイ・ティン(左)、シャオマー役のホアン・シュエン(右」

だが本作では、そういった残酷な現実を垣間見せつつも、差別された「盲人」という立場から、「健常」とされる人々の常識を皮肉る、彼らのしたたかさをも描き出している。彼らは世界を構成する「言葉」がいかに「健常」者を基準に作られてきたかを、「なぞなぞ」を通じて自虐的に笑い、「明かり」を自在に利用できる反面、「明かり」に依存せずにいられない現代の「健常者」をからかう。それらは、「差別」に関する議論がまだまだ不十分に見える中国において、啓蒙的な意義を担いつつ、既成の世界観を転覆させるという、芸術作品ならではの使命をも、平易かつシンボリックに暗示している。




多田麻美 プロフィール

1973年に大分県で生まれ、静岡県で育つ。京都大学卒業。京都大学大学院中国語学中国文学科博士前期課程を修了。2000年より北京在住。北京外国語大学ロシア語学院にて2年間留学後、北京のコミュニティ誌の編集者を経て、フリーランスのライター兼翻訳者に。おもなテーマは北京の文化と現代アート。著書に『映画と歩む、新世紀の中国』(晶文社、2016年)『老北京の胡同――開発と喪失、ささやかな抵抗の記録』(晶文社、2015年)がある。訳書に『北京再造――古都の命運と建築家梁思成』(王軍著、集広舎、2008年)、『乾隆帝の幻玉』(劉一達著、中央公論新社、2010年)、共著に『北京探訪』(東洋文化研究会、愛育社、2009年)、共訳に『毛沢東 大躍進秘録』(楊継縄著、文藝春秋、2012年)、『9人の隣人たちの声』(勉誠出版、2012年)など。




映画『ブラインド・マッサージ』

映画『ブラインド・マッサージ』
2017年1月14日(土)よりアップリンク渋谷、
新宿 K's cinemaほか全国順次公開

南京のマッサージ院。ここでは多くの盲人が働いている。幼い頃に交通事故で視力を失い、「いつか回復する」と言われ続けた若手のシャオマー、結婚を夢見て見合いを繰り返す院長のシャー、客から「美人すぎる」と評判の新人ドゥ・ホン。ある日、マッサージ院にシャーを頼って同級生のワンが恋人のコンと駆け落ち同然で転がり込んできたことで、それまでの平穏な日常が一転、マッサージ院に緊張が走る――。

監督:ロウ・イエ
脚本:マー・インリー
撮影:ツォン・ジエン
原作:ビー・フェイユイ著『ブラインド・マッサージ』(飯塚容訳/白水社刊)
編集:コン・ジンレイ、ジュー・リン
出演:ホアン・シュエン、チン・ハオ、グオ・シャオトン、メイ・ティンほか
配給・宣伝:アップリンク
2014年/中国、フランス/115分/中国語/カラー/1:1.85/DCP
原題:推拿
日本語字幕:樋口裕子

公式サイト




【新宿K's cinema】公開記念トークイベント
ロウ・イエ監督が描く痛いほどの愛
ゲスト:曽我部恵一(ミュージシャン)

日時:2017年1月14日(土) 10:30上映スタート 上映後トーク
会場:新宿K's cinema (東京都新宿区新宿3丁目35-13 3F)
ゲスト:曽我部恵一(ミュージシャン)
料金:一般:1,800円/大・高:1,500円/中・小・シニア:1,000円
ご予約:http://peatix.com/event/225350



【新宿K's cinema】公開記念トークイベント
小説から映画化へ
ゲスト:飯塚容(中央大学文学部教授)、豊崎由美(ライター、書評家)

日時:2017年1月21日(土)10:30上映スタート 上映後トーク
会場:新宿K's cinema (東京都新宿区新宿3丁目35-13 3F)
ゲスト:飯塚容(中央大学文学部教授)、豊崎由美(ライター、書評家)
料金:一般:1,800円/大・高:1,500円/中・小・シニア:1,000円
ご予約:http://peatix.com/event/225353




『映画と歩む、新世紀の中国』
著:多田麻美
発売中

定価:2,268円(税込)
317ページ
発行:晶文社

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▼映画『ブラインド・マッサージ』予告編

キーワード:

ロウ・イエ


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