映画『ブラインド・マッサージ』より
中国のロウ・イエ監督が、盲人マッサージ院を舞台に苛烈な愛を描く新作『ブラインド・マッサージ』が、2017年1月14日(土)より公開。webDICEでは、この作品の原作で中国で20万部のベストセラーとなった畢飛宇(ビー・フェイユイ)による同名小説の日本語翻訳を手掛けた中央大学教授の飯塚容さんによる解説を掲載する。
なお公開を記念して新宿K's cinemaでは1月14日(土)にミュージシャンの曽我部恵一さん、21日(土)には飯塚容さんとライター/書評家の豊崎由美を迎えてのトークイベントが行われる。
原作者・畢飛宇(ビー・フェイユイ)は、映画化に当たって重要なのは「小説の情緒」すなわち「湿っぽさ」を写し取ることだという発言をしている。確かに、この映画には「湿り気」がもたらす「生々しさ」「色っぽさ」そして「不思議な明るさ」が感じられる。(飯塚容さん)
小説から映画へ──『ブラインド・マッサージ』
飯塚容(中央大学教授)
『ブラインド・マッサージ』の原作者・畢飛宇(ビー・フェイユイ)は1964年生まれ。中国では実力と人気を兼ね備えた中堅作家として認識されている。現在は江蘇省(こうそしょう)作家協会副主席、また南京大学教授でもある。30年に及ぶ創作歴があり、英語版とフランス語版を中心に、20数か国で翻訳書が出ているという。出世作は1996年の「授乳期の女」で、魯迅(ろじん)文学賞[短篇小説部門]を受賞した。出稼ぎ中で不在の母が恋しい少年と、その少年に母性愛を抱く若妻が理解のない大人たちに引き裂かれる悲劇を描く佳作だった。
2004年には「玉米」で再度、魯迅(ろじん)文学賞[中篇小説部門]を受賞。文化大革命期の農村を舞台に、玉米(ユィミー)、玉秀(ユィシュウ)、玉秧(ユィヤン)という三姉妹の波瀾の人生を描く三部作のひとつである。三作を合わせた単行本『玉米』はのちに、マン・ブッカー・アジア文学賞の受賞作となった[2010年]。
映画『ブラインド・マッサージ』より
『ブラインド・マッサージ』は2009年に刊行された。累計部数は20万部を超え、2011年には、長篇小説に与えられる最高の栄誉、茅盾(ぼうじゅん)文学賞を受賞した。海外版もすでにフランス語版[2009年]、イタリア語版[2012年]、英語版[2014年]が刊行されている。日本でも2016年8月に、白水社の海外文学シリーズ「エクス・リブリス」の一冊として出版された。
『ブラインド・マッサージ』の原題は『推拿(すいな)』である。「推拿」は中国式の「按摩」で、日本の按摩以上に幅広い治療法を含む。『ブラインド・マッサージ』は、南京の「推拿中心(マッサージセンター)」で働く盲目のマッサージ師たちの生活、とりわけ愛情や幸福を求めての奮闘と挫折を描く作品として、好評を得た。等身大の中国人の生活を知り、いまの中国を理解する上で、格好のテキストと言える。
この小説に登場する盲人たちはみな、それぞれの事情を抱えている。誰もがささやかな欲望を胸に秘めて、懸命に日々を過ごしているのだ。そこにはもはや、視覚障碍者と健常者の区別はない。畢飛宇(ビー・フェイユイ)は決して安易に同情を寄せることなく、彼らの喜びと悲しみ、善意と悪意、夢と現実をリアルに描き出した。我々が、目が見えるからこそ見逃している問題にも気づかせてくれる。盲人たちが愛を伝え合う方法は切なくも、また美しい。
映画『ブラインド・マッサージ』より
ベストセラーとなった『ブラインド・マッサージ』は中国国内で、さまざまなメディアに改編されている。まずは2013年、康洪雷(カン・ホンレイ)監督、濮存昕(プー・ツンシン)主演のテレビドラマが制作され、CCTV(中国中央電視台)が放送した。また同年、中国国家大劇院と上海話劇芸術センターが共同制作した舞台劇も、喩栄軍(ユィ・ロンジュン)脚本、郭小男(グオ・シャオナン)演出により、北京と上海で上演された。いずれも一定の反響を呼んだが、上々の出来とは言いがたい。最も成功した改編は間違いなく、婁燁(ロウ・イエ)監督によって撮影された映画版[2014年]であった。
そもそも、小説はいわゆる「群像劇」のスタイルを取っていた。章ごとに、王(ワン)先生、小孔(シャオコン)、沙復明(シャー・フーミン)、小馬(シャオマー)、都紅(ドゥー・ホン)、金嫣(チン・イエン)、徐泰来(シュイ・タイライ)[映画では徐泰和(シュイ・タイホー)]、高唯(ガオ・ウェイ)、張宗琪(チャン・ゾンチー)、張一光(チャン・イークアン)と視点が変わり、それぞれの過去を含めたエピソードが展開される。叙述のバランスは均等で、誰が主人公ということはなかった。
映画『ブラインド・マッサージ』より シャオマー役のホアン・シュエン
一方、映画は完全に小馬(シャオマー)にフォーカスしている。他の登場人物に関する記述は大胆にカットされていると同時に、小馬(シャオマー)と小蛮(シャオマン)については原作にはない後日談が付け加えられた。にもかかわらず、映画は全体として原作小説の雰囲気をうまく伝えている。実際の盲人を俳優に起用したり、盲人学校の実写映像を挿入したりという工夫が効果を上げていることは言うまでもない。
だが、それ以上に大切なのは、畢飛宇(ビー・フェイユイ)と婁燁(ロウ・イエ)の強い信頼関係だろう。彼ら二人はもともと大変仲が良く、『ブラインド・マッサージ』の映画化に当たっては、企画段階から密接に連絡を取り合ったらしい。畢飛宇(ビー・フェイユイ)は完成した映画に関して、「小説の総体と映画の総体が非常にマッチしている。これは得がたいことだ」と述べている。
また、映画化に当たって重要なのは「小説の情緒」すなわち「湿っぽさ」を写し取ることだという発言もあった。「湿っぽさ」とは、「雨の予感」「緑の葉が雨に洗われる過程」「登場人物相互の不確実性」などを指すのだという。確かに、この映画には「湿り気」がもたらす「生々しさ」「色っぽさ」そして「不思議な明るさ」が感じられる。
婁燁(ロウ・イエ)監督作品は初期の傑作『ふたりの人魚』以来、いずれも国内外で高い評価を得てきたわけだが、その中でも『ブラインド・マッサージ』は今後、代表作のひとつとして記憶されることになるのではないか。この作品をより深く理解するために、ぜひ原作小説も読んでいただきたい。
飯塚容(いいづか・ゆとり) プロフィール
1954年生まれ。東京都立大学大学院修了。中央大学文学部教授。専門は中国近現代文学および演劇。著書に、『「規範」からの離脱――中国同時代作家たちの探索』(共著、山川出版社)、『文明戯研究の現在』(共編著、東方書店)、『中国の「新劇」と日本』(中央大学出版部)ほか。訳書に、余華『活きる』(角川書店)、『ほんとうの中国の話をしよう』『血を売る男』『死者たちの七日間』(河出書房新社)、高行健『ある男の聖書』『霊山』『母』(集英社)、鉄凝『大浴女』(中央公論新社)、蘇童『碧奴』(角川書店)、『河・岸』(白水社)、閻連科『父を想う』(河出書房新社)、畢飛宇『ブラインド・マッサージ』(白水社)ほか。2011年、中華図書特殊貢献賞を受賞。
映画『ブラインド・マッサージ』
2017年1月14日(土)よりアップリンク渋谷、
新宿 K's cinemaほか全国順次公開
南京のマッサージ院。ここでは多くの盲人が働いている。幼い頃に交通事故で視力を失い、「いつか回復する」と言われ続けた若手のシャオマー、結婚を夢見て見合いを繰り返す院長のシャー、客から「美人すぎる」と評判の新人ドゥ・ホン。ある日、マッサージ院にシャーを頼って同級生のワンが恋人のコンと駆け落ち同然で転がり込んできたことで、それまでの平穏な日常が一転、マッサージ院に緊張が走る――。
監督:ロウ・イエ
脚本:マー・インリー
撮影:ツォン・ジエン
原作:ビー・フェイユイ著『ブラインド・マッサージ』(飯塚容訳/白水社刊)
編集:コン・ジンレイ、ジュー・リン
出演:ホアン・シュエン、チン・ハオ、グオ・シャオトン、メイ・ティンほか
配給・宣伝:アップリンク
2014年/中国、フランス/115分/中国語/カラー/1:1.85/DCP
原題:推拿
日本語字幕:樋口裕子
【新宿K's cinema】公開記念トークイベント
ロウ・イエ監督が描く痛いほどの愛
ゲスト:曽我部恵一(ミュージシャン)
日時:2017年1月14日(土) 10:30上映スタート 上映後トーク
会場:新宿K's cinema (東京都新宿区新宿3丁目35-13 3F)
ゲスト:曽我部恵一(ミュージシャン)
料金:一般:1,800円/大・高:1,500円/中・小・シニア:1,000円
ご予約:http://peatix.com/event/225350
【新宿K's cinema】公開記念トークイベント
小説から映画化へ
ゲスト:飯塚容(中央大学文学部教授)、豊崎由美(ライター、書評家)
日時:2017年1月21日(土)10:30上映スタート 上映後トーク
会場:新宿K's cinema (東京都新宿区新宿3丁目35-13 3F)
ゲスト:飯塚容(中央大学文学部教授)、豊崎由美(ライター、書評家)
料金:一般:1,800円/大・高:1,500円/中・小・シニア:1,000円
ご予約:http://peatix.com/event/225353
小説『ブラインド・マッサージ』
著:畢飛宇
翻訳:飯塚容
発売中
定価:3,400円(税込)
362ページ
発行:白水社
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