骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2016-03-30 20:45


パレスチナのリアルな社会状況とメロドラマを同時に描く作劇術が光る『オマールの壁』/四方田犬彦
映画『オマールの壁』より

分離壁で囲まれたパレスチナの今を生き抜く若者たちの日々を切実に描いた映画『オマールの壁』が4月16日(土)より角川シネマ新宿、渋谷アップリンクほか全国順次公開となる。webDICEでは四方田犬彦氏による作品解説を掲載する。

映画史・比較文学研究家として多数の著作を発表している四方田氏。2015年に刊行された『テロルと映画 - スペクタクルとしての暴力』(中公新書)では、ハニ・アブ=アサド監督の2005年の作品で、パレスチナで自爆攻撃に向かう二人の幼馴染みの若者を主人公にした『パラダイス・ナウ』など、テロリズムをテーマとした各国の映画を分析するなかで、映画と社会との関係性について紐解いている。今回は、旅行家としても知られる四方田氏が、パレスチナ訪問のエピソードも絡めながら、アブ=アサド監督の作劇術について解説している。

猿が壁を越える
文:四方田犬彦

 壁はいたるところに存在していた。

 エルサレムの旧市街から南門を抜け、シオンの丘に立って見回してみると、密集したパレスチナ人の集落の真ん中を分断するかのように、壁が延々と続いていた。テルアビブから北に向かい、イエスの故郷であるナザレへと車を走らせていたときにも、幹線道路の東側は途切れることのない壁で埋め尽くされていた。エルサレムかヨルダン川西岸のパレスチナ自治区へ渡るときにも、検問所のあるカランディアの周辺はびっしりと壁で覆われていた。

 壁は目の前に厳然と存在していた。8メートルの高さをもつコンクリートの灰色の板が、何十、何百と、ほとんど地の果てに達するかのように続いている。住宅地の端正な秩序を平然と無視して、絶対的な権力のように地上を分断している。壁にそってしばらく歩いていくと、スプレーでさまざまな落書きがなされている。ヘブライ語、アラビア語、英語と言語はバラバラだが、「ゲットーへようこそ」とか「ワルシャワからパレスチナまで」といった、皮肉たっぷりの言葉が記されていたりする。

映画『オマールの壁』
映画『オマールの壁』より

 向こう側はどうなっているのだろう。そう思ってなおも歩いていくと、壁の一か所だけが開いていて、検問所になっている。日本のパスポートを見せると、若いイスラエル兵士が通してくれた。向こう側はパレスチナ自治区であり、ズラリと乗合いタクシーが並んでいる。だが、それを除けば、ただ壁の手前と変わることのない風景が続いているにすぎない。ひどく奇妙な気持ちがした。だがこのグロテスクな建築がパレスチナ人の自由な往来を阻害し、心理的にも彼らを強く圧迫していると思うと、ひどく傷ましい気持ちになった。2004年、テルアビブ大学に滞在していたときのことである。

 ユダヤ人たちはパレスチナ人をひどく恐れていたが、同時にもはや何が起ころうとも無感動の域に達しているように見えた。パレスチナ人は苛立ち、深い憎悪に満ちていた。ともに疲弊の極に達していたが、両者を決定的に分断していたのが壁の存在だった。

映画『オマールの壁』より
映画『オマールの壁』より

 『オマールの壁』は、文字通り、この分離壁に材を得たフィルムである。冒頭、主人公の青年オマールは、器用にロープを使って壁を登りきると、分断された向こう側へスラリと越境を試みる。ときに機銃掃射の標的にされたりもするが、危険をもろともせずに女友だちのもとを訪れる。その身振りはまるで猿のようだ。だが猿であることは何を意味しているのか。彼は壁を嘲笑するのだが、やがて内面の壁に深く傷つき、愚かな猿のように破滅へと誘われる。

 壁は巧妙な形でオマールを蝕んでいく。物理的に実在している壁ばかりではない。パレスチナ人の共同体の内側と外側の間に、男どうしの強い絆と女性の名誉のきわどい境界のうえに眼に見えないものとして横たわり、オマールの内面を束縛していく。イラスエルの秘密警察の仕掛けた罠によって、彼は内通者に仕立て上げられてしまうのだ。

映画『オマールの壁』より
映画『オマールの壁』より

 占領地に生きることを強いられているパレスチナ人にとって、内通者の問題は微妙にして深刻な問題である。その気になればイスラエル側はいとも簡単にパレスチナ人を内通者に仕立てあげることができる。とりわけそこに女性の名誉が絡んできた場合、パレスチナの男たちにとってそれを拒否することがきわめて困難な場合が多い。あらゆる意味で権力を握っているイスラエルの官憲を前に、どこからが内通者であり、どこまでがそうでないか、明確な境界線を引くことはきわめて難しい。にもかかわらず、ひとたび内通者であると呼ばれた者は、ただちに死刑に処され、遺族は生涯にわたり不名誉の汚辱から逃れることができない。ハニ・アブ=アサドの前作『パラダイス・ナウ』は、この間の事情を扱っていた。主人公の青年の一人は、父親の汚名を晴らすために、みずから自爆攻撃に向かうことを決意するのだ。

 『オマールの壁』で描かれているのは、イスラエルの秘密警察が無辜のパレスチナ人の青年をいかに内通者に仕立て上げるかという物語だ。猿を捕まえるには小さな穴のなかに角砂糖を入れておくだけでいい。それを取ろうとする猿は手が穴から抜けなくなるから、簡単に捕えることができる。オマールの友人から自嘲的に語られるこの話は、あらゆるパレスチナ人が潜在的にこの猿に似た存在であることを暗示しているかのようだ。だが最後に主人公は、愚かな猿であることを拒否しようとする。その拒否のスタイル自体が悲痛きわまりないものであることを、監督は冷静に語っている。

 『オマールの壁』は、きわめてアクチュアルな政治状況を前に、寓話を通してそれを分析的に認識するフィルムである。だが同時に虚偽と誤解のメロドラマでもあり、ここに監督の作劇術が光っているように思われる。

映画『オマールの壁』より
映画『オマールの壁』より



四方田犬彦(よもた・いぬひこ)

1953年生まれ。東京大学で宗教学を、同大学院で比較文学・比較文化を学ぶ。明治学院大学で長く教鞭を執り、コロンビア大学、ボローニャ大学、テルアビブ大学、精華大学などで客員教授・研究員を務めた。現在は、文筆業に専念。映画、文学、料理、漫画、音楽といった幅広い文化現象をめぐり、批評の健筆を振るう。また、サイード、パゾリーニ、ダルウィーシュの翻訳がある。




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映画『オマールの壁』
2016年4月16日(土)角川シネマ新宿、渋谷アップリンクほか全国順次公開

思慮深く真面目なパン職人のオマールは、監視塔からの銃弾を避けながら分離壁をよじのぼっては、壁の向こう側に住む恋人ナディアのもとに通っていた。長く占領状態が続くパレスチナでは、人権も自由もない。オマールはこんな毎日を変えようと仲間と共に立ち上がったが、イスラエル兵殺害容疑で捕えられてしまう。イスラエルの秘密警察より拷問を受け、一生囚われの身になるか仲間を裏切ってスパイになるかの選択を迫られるが……。

監督・脚本・製作:ハニ・アブ=アサド(『パラダイス・ナウ』)
出演:アダム・バクリ、ワリード・ズエイター、リーム・リューバニ ほか
(2013年/パレスチナ/97分/アラビア語・ヘブライ語/カラー/原題:OMAR)
配給・宣伝:アップリンク
公式サイト


映画『オマールの壁』



映画『オマールの壁』公開記念
「世界を変える、社会を変える、映画特集」
4月16日(土)より渋谷アップリンクにて開催

http://www.uplink.co.jp/omar/special.php

『世界を変える 社会を変える 映画特集』ポスター

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