骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2015-07-29 15:13


戦争が始まらないようにしないといけない、映画『それでも僕は帰る』『この国の空』を観て考える

音楽家・松本章が、戦後70年の夏に公開されるシリアと日本を舞台にした2作を解説
戦争が始まらないようにしないといけない、映画『それでも僕は帰る』『この国の空』を観て考える
写真右:映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』チラシ 写真左:映画『この国の空』チラシ

この悲劇的な現実を多くの人に知ってもらいたい
映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』

詭弁だらけで突き進む不真面目な今の日本政府にガッカリしているときに、ドキュメンタリー映画『それでも僕は帰る』(タラール・デルキ監督作)を鑑賞したのです。

映画は、2011年「アラブの春」の影響を受けたシリアが舞台。サッカーのユース代表チームでゴールキーパーを務めるバセットは、そのカリスマ性から民主化運動のリーダーになり、親友の市民カメラマンであるオサマはデモを撮影しネットで公開して、メッセージを広げていく。2012年2月、平和的なデモが政府軍の攻撃を受け、バセットたちは武器を持ち戦い始める……。戦いは、抵抗運動ではなく、内戦になっていくのです。

映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』より
映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』より

作品で描かれるのは、非常に不条理で悲劇的な事実なのでした。バセットは感情表現が豊かで冗談も面白くて、中東風のメロディーに即興的に政府への批判や自由への思いをのせ歌って、デモをまるで祭りのようにしてしまうのでした。子供たちからも慕われて、ゴールキーパー時代もチームとファンの心を一つにできるカリスマ性がある人物だと思ったのです。

同じ国同士の人がここまで、街を破壊し、血を流しあうことに、いたたまれなくなったのです。長引く戦況は過酷になっていき、街の建物を砦にして戦い、バセットは冗談も言い歌も歌うけれども、疲労も溜まり、デモのときよりも表情が厳しくなっていたのです。

映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』より
映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』より、、主人公のバセット

親友を亡くし、自らも被弾し足の自由を失った時のバセットの心の底からの絶望の叫びは、非常に辛かったのでした。気力を全て失い、廃人になっていくのではないかと思うほどでした。

その後、バセットは家族の元でわずかな時間を過ごすのですが、穏やかな空気がそこにあり、落ち着いた表情で「サッカーは無理だし、コーチすらも無理だ」と悲しそうに話すのです。戦う事が日常であったバセットは、日常が非日常になっていると感じたのです。

バセットは自由を獲得し平和に家族と一緒に暮らす(生きる)ために、廃墟と化した故郷の街ホムスに戻ると決めます。ですが、数少ない戦友に囲まれ笑顔で歌う表情には、一言では表せないいろんな思いを感じるのでした。

もし、この戦いがなければと考えても仕方がないのですが、ゴールキーパーとして持っている才能をいかせたら、サッカーで戦えたらと強く思ったのでした。

映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』より
映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』より

現在、シリアの情勢は非常に複雑で混沌としており、ある時期からISIS(イスラム過激派組織)も戦いに来ているし、欧米に支援された外国人部隊、アルカイダ系の過激派組織なども加わり、もはや独裁vs民主化の同国人同士での内戦ではありません。これは「新しい形態の戦争」なのだと思いました。仲介する国はあっても、停戦、和平をしてシリア人だけで話し合わないかぎり、この「新しい戦争」は終わらず、憎しみの連鎖は延々と続き、シリアの国民の穏やかな日常はなかなか戻らない。なんとか和平協議が成立して、停戦が実現されて欲しい。この悲劇的な現実を多くの人に知ってもらいたい、と強く思ったのでした。

「一番美しいとき」を戦争末期に迎えた、宿命的な儚さ
映画『この国の空』

歴史は繰り返さないでほしいな、と強く思った時に、映画『この国の空』(脚本・監督=荒井晴彦/出演=二階堂ふみ・長谷川博己/原作=高井有一)を観たのでした。

お話は、戦争末期の東京で暮らす19歳の里子(二階堂ふみ)は母親(工藤夕貴)と質素に生活している。隣の家には妻子を疎開させた銀行員の市毛(長谷川博己)が住んでおり、男手のない里子たちの力になってくれる。戦況が日々悪化していくなか、市毛の身の回りの世話をする里子の中に「女」が目覚め始める……。

映画『この国の空』より ©2015「この国の空」製作委員会
映画『この国の空』より、里子役の二階堂ふみ(右)、市毛役の長谷川博己(左) ©2015「この国の空」製作委員会

戦争末期の東京の人々は、空襲に怯えながらも、慎ましく暮らしています。戦況は厳しさを増しているけれど、日常では決して絶望的にならず、人によっては笑いながら、密告に注意しながらも、比較的自由な会話がありました。また、母親と里子が参加した軍需工場の息子の結婚式では闇から入手したお酒や御馳走が出され、周りの大人は、普段なら言えない戦争批判したり羽目を外したりするのですが、これだけの厭戦感をよく話せるなぁと思ったのでした。いつ命を落とすかもしれず、若い男が戦争で駆り出されているので、結婚を思い描いても、ちゃんと考えられない状況なのでした。今と違って、当たり前な事がない状況なのです。

里子の仕事場での、疎開にいく人といけない人との会話はリアリティーに溢れ、そうした戦争中の日常を丹念に記録した映画になっているのです。

母親と里子は、自分たちの着物と闇の食料を交換しに、川で子供たちが遊んでいたりするような開放的な農村に行きます。その川辺で二人は弁当を食べるのですが、切羽詰まった状況のなか市毛に対する里子の気持ちを知る母親は、娘に対して「溺れないように」と、里子が男性と結ばれてほしいという思いと、生き残ってほしいという思いが入り混じった助言をするのでした。

映画『この国の空』より ©2015「この国の空」製作委員会
映画『この国の空』より、里子役の二階堂ふみ(左)、母親役の工藤夕貴(右) ©2015「この国の空」製作委員会

広島に原子爆弾が落とされ、いろんな流言飛語のなか、戦争は終わるかもしれないが、本土決戦になるのか?徴兵され玉砕作戦に参加するのか?と苦悩する市毛。里子は彼に対して決断をする。それは若い生命力からの決断で、19歳という「一番美しいとき」を戦争末期に迎えた、宿命的な儚さを感じたのでした。

物心ついた時から戦争があり、戦争が日常としてあった里子にとっては平和はどんなものか分からず、戦争が終われば市毛の妻子が帰ってくるという現実があり、しかしながら、生き延びたのだから喜ぶべきなのではあるが、それは里子の望む「平和」ではないのです。もしかしたら、市毛に対する思いはその後の平和の中で、切ない想い出として、里子は成長していくのかもしれない。

映画『この国の空』より ©2015「この国の空」製作委員会
映画『この国の空』より ©2015「この国の空」製作委員会

しかしながら、ラストのストップ・モーションと、原作にはない「里子は私の戦争がこれから始まるのだと思った」というト書きに込められた荒井監督の「戦後批判」という問題提起に、強烈に頭が真っ白になったのです。

結論!自然災害が起こる事は人間には止められないけれど、被害を防いだり、被害から復興させたりすることはできる。戦争は、人間が始めるけれども、人間で止められる。人間でどうにかして戦争が始まらないようににしないといけないし、あっという間に簡単に戦争は始まり、広がるけれども、止めるのは本当に難しいことなんだと痛感したのです。とにかく、平和であって欲しいと強く思うのでした。戦争を知り、難しいけれども自分の身に置き換え、想像し考えることは大切なことだと思ったのです。

(文:松本章)



【映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』を観て思い出したキーワード】
・青山弘之(アラブ地域研究者、政治学者)
・中田孝(イスラム法学者)
・ヤマザキマリ(漫画家)
・重信メイ(ジャーナリスト)
・映画『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』(三上智恵監督)
・映画『沖縄 うりずんの雨』(ジャン・ユンカーマン監督)
・映画『アルマジロ』(ヤヌス・メッツ監督)
・映画『気乗りのしない革命家』(ショーン・マカリスター監督)
・ISISちゃん

【映画『この国の空』を観て思い出したキーワード】
・『日本人の戦争―作家の日記を読む』(ドナルド・キーン著)
・『同時代としての戦後』(大江健三郎著)
・映画『歓呼の街』(木下惠介監督)
・映画『山の音』(成瀬巳喜男)
・映画『カルメン純情す』(木下惠介監督) ・映画『TOMORROW 明日』(黒木和雄監督)
・映画『ゴジラ』(本多猪四郎監督)
・映画『ゆきゆきて、神軍』(原一男監督)

(文:松本章)



■松本章(まつもとあきら)プロフィール

1973年生まれ、大阪芸術大学映像学科卒。東京在住。熊切和嘉監督作品、山下敦弘初期作品の映画音楽を制作に係る。これまでに熊切和嘉監督『ノン子36歳(家事手伝い)』、内藤隆嗣監督『不灯港』、山崎裕監督『トルソ』、今泉力哉監督『こっぴどい猫』、内藤隆嗣監督『狼の生活』、吉田浩太監督『オチキ』『ちょっと可愛いアイアンメイデン』『女の穴』『スキマスキ』などの音楽を担当。




映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』
8月1日(土)より渋谷アップリンク、中洲大洋映画劇場他にて公開

監督:タラール・デルキ
編集:アンネ・ファビニ
プロデューサー:オルワ・ニーラビーア、ハンス・ロバート・アイゼンハウアー
国際共同制作:Proaction Film / Ventana Film / NHK / SWR / SVT / TSR / CBC 他
原題:Return to Homs
シリア/2013年/アラビア語/日本語字幕
配給:ユナイテッドピープル
後援:認定NPO法人難民支援協会、認定NPO 法人難民を助ける会
協力:公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本

公式サイト:http://unitedpeople.jp/homs/


映画『この国の空』
8月8日(土)よりテアトル新宿、丸の内TOEI、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

脚本・監督:荒井晴彦
出演:二階堂ふみ、長谷川博己、富田靖子、利重剛、上田耕一、石橋蓮司、奥田瑛士、工藤夕貴
原作:高井有一「この国の空」(新潮社)
詩:「わたしが一番きれいだったとき」茨木のり子
製作:「この国の空」製作委員会
制作プロダクション:ステューディオスリー KATSU-do
協賛:大和ハウス工業
配給:ファントム・フィルム KATSU-do
2015年/日本/カラー/130分/ビスタ/DCP5.1ch

公式サイト:http://www.chasuke-movie.com/

▼映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』予告編

▼映画『この国の空』予告編

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