ラピッド・アイ・ムービーズのステファン・ホール氏
第27回東京国際映画祭でワールド・プレミア上映された浅野忠信主演作『壊れた心』。フィリピンのケヴィン監督が、スラム街を舞台に殺し屋と娼婦の逃避行をカオティックに描く今作のプロデュースを手がけたのが、ドイツのステファン・ホール(Stephan Holl)氏だ。ホール氏は1996年に配給会社で劇場上映のほかDVDリリースも行うラピッド・アイ・ムービーズを設立。日本やインドをはじめとするアジアの作品をドイツの映画ファンに届けることに尽力してきた。外国映画はアートハウス系の作品をのぞいては字幕ではなく吹き替えで上映されるというドイツにおいて、2000年代前半から起こったインド映画ブームは、ラピッド・アイ・ムービーズが立役者と言われている。また2011年に公開されたいまおかしんじ監督の『UNDERWATER LOVE-おんなの河童-』をきっかけにプロデューサーとしても活動している。
今回は、東京国際映画祭のために来日したホール氏に、彼がこよなく愛するアジア映画への情熱と、プロデュースを手がけた『壊れた心』について話を聞いた。
ただアジア映画への好奇心のままに
──最初に、ラピッド・アイ・ムービーズはどのように始まったのですか?なぜ映画配給を始めようと思ったのですか?
私と妻で1996年にスタートしたラピッド・アイ・ムービーズで初めて配給したのは『攻殻機動隊(GHOST IN THE SHELL)』(1995年)でした。しかしそのときは配給の仕事について何も知りませんでした。当時はどうやったら劇場上映できるか権利についてなにも知らなかったので、ドイツのソフト会社から上映権を買いました。私たちにはビジネス・プランがありませんでした。お金もなかったし、コンセプトもなかった。釜山や香港などの映画祭でたくさんの映画に接し、北野武やキム・ギドクといった監督たちの作品を紹介したくて、ただアジア映画への好奇心のままにやってきたことが、ビジネスになってきたのです。
私はアジア映画が大好きで、香港映画のファンでした。ドイツの映画は、アジア映画に比べてとても退屈に感じられたのです。ロッテルダムやベルリン映画祭で香港ニュー・ウェイヴに触れ、映画のプログラミングの仕事をしていました。「香港&アクション特集」として、10本ほどの香港映画を、ミュンヘン、ケルン、ハンブルグなどの小さい映画館まで自分で車を運転して35ミリフィルムを運んで上映しました。
休暇で滞在していたニューヨークのフィルム・フォーラムでジョン・ウーの『狼 男たちの挽歌・最終章(The Killer)』を午後2時のアフタヌーン・ショーで観たとき、私はものすごい衝撃を受けました。この体験を人々にシェアしたい、と思い、香港の映画会社に連絡し、ライセンスを買いました。ラピッド・アイ・ムービーズとして公開した最初の2作『攻殻機動隊』『狼 男たちの挽歌・最終章』は私の原点です。
インド映画の爆発的ヒットが転機
──会社のビジネスとしてのターニングポイントは何だったのですか?
インド映画を手がけたことです。それまでキム・ギドクなどとても暴力が描かれた映画を扱っていたのですが、あるとき、とても紳士的なインド映画のプロデューサーからある映画を紹介してもらいました。それは『家族の四季 愛すれど遠く離れて』(『Sometimes Happy Sometimes Sad』/2003年)でした。シャー・ルク・カーンをはじめ多くのインド映画のスターが出演する3時間半の作品です。私たちはその作品に魅了され配給を決め、ものすごい成功を収めました。劇場公開だけでなく、DVDでの売上も含めて、現在まで最も売上を記録した作品で、信じられない体験でした。
カラン・ジョーハル監督『家族の四季 愛すれど遠く離れて』より
──それまでは香港アクションやバイオレンス映画がメインだったのに、なぜヒットしたのでしょう?
新しいオーディエンスが観てくれたことでしょう。メインストリームのテレビ局が「3時間半の映画をテレビで放送するのは難しいが、放送したい」と金曜の夜に放送し、同じ日にDVDをリリースしたんです。テレビ放送の視聴率もとてもよかったので、視聴者のDVD購入に繋がり、セールスチャートの1位になりました。『トイ・ストーリー』よりもヒットした、まさに現象となりました。翌日、テレビ局の人が来て「インド映画をさらに20本買いたい」と言ってきたんですよ!生まれて初めての経験でした。
会社の運営にあたってはその後、たくさんの浮き沈みがありました。私たちは私たちの会社とマーケットを守らなければいけません。例えばインド映画では、同じ映画が別の会社に二重に売られていたりするんです。最初の成功があったから配給を続けようと思ったのではありません。新しい映画に好奇心を持ち、そして興奮を求めることで続けられたのです。
──ラピッド・アイはあなたと奥さんの二人で初めて、その後スタッフは何人くらい雇ったのですか?
初めは5人くらいにいたスタッフですが、インド映画で成功した後は15人まで増やしました。月刊誌を発行したり、サウンドトラックやインド映画に関する書籍を発行したり、いろんな野望があったのです。たぶん150本のボリウッド映画をこの10年間にリリースしてきました。でもそれがピークで、いまは5、6人に戻りました。昨年は6、7作をDVDでリリースし、何作かは劇場でも上映しました。
ラピッド・アイ・ムービーズのHPより
──現在は、基本的にはDVDリリースがメインなんですね。
そうです。素晴らしい映画業界の人たちとの出会いがありました。例えば東京国際映画祭で来日しているアーミル・カーンは『チェイス!』のようなアクション大作に出演するだけでなく、プロデューサーとしてインディペンデントの小さな映画を手がけています。いつも業界のしきたりを変えようとしている。彼からは、多くのことを学びました。
──ドイツも含めインド国外でのビジネス・マーケットのポテンシャルも考えているということですね。
世界中で最もヒットした映画は彼の『チェイス!』ですが、ドイツでは私たちがリリースした『家族の四季 愛すれど遠く離れて』です。DVDセールスはハリウッド・スケールなんです。
──現在ドイツではDVDとVODのセールスの割合はどれくらいですか?
幸運なことに、ドイツではまだDVDを買って自分の手元に置きたいと思っている人が多いので、DVDマーケットがある。音楽は違いますね、コレクターの為のアナログレコードか、ダウンロードかどちらかになって、CDは消えてしまいました。
──DVDとブルーレイではどうですか?
ブルーレイとDVDが同じ価格だったら、ブルーレイを買うでしょう。でもインディペンデントのディストリビューターにとってブルーレイを制作するのにはお金がかかる。消費者もまだDVDのほうが多いです。
──VODはどうでしょう?
上向きですが、iTuensとはアグリゲーターを介してやりとりしていて、クオリティチェックが厳しく、ハードルが高いので、リクープできないのが難点です。60パーセントがDVDセールス、15から10パーセントがテレビ、残り20パーセントが劇場、10パーセントがVODという割合です。先日ジャ・ジャンクーの『罪の手ざわり』をリリースしたとき、劇場での動員は1万人、DVDは10ユーロの価格設定で1,000本売れました。
ニック・ケイヴの映画が初心に帰らせてくれた
──あなたはインド映画での成功の後、日本の映画を数多く配給していますよね。
私が最初に恋に落ちた日本映画は、北野武の『ソナチネ』そして石井聰互監督の『ELECTRIC DRAGON 80000V』でした。そしてもうひとつ転機となったのが三池崇史監督の『オーディション』でした。「あなたが配給した作品で最も誇れるのは?』と聞かれたら、『オーディション』と答えます。『ソナチネ』は直接松竹と交渉し、配給することができました。
──日本の映画をドイツでリリースするとき、吹き替えを用いるのですか?
そうです、劇場上映のためだけでなくDVDにも必要です。ユーザーが吹き替えか字幕か選べるのがDVDのいいところですが、吹き替えにはとてもコストがかかる。たくさん日本映画をセレクトしても会社のチームから「これはだめ」と言われてしまうのがフラストレーションです。でもリリースし続けています。
マーケットに行って映画を探して会社に行って、機械のように働く……仕事に対してプレッシャーがのしかかっていました。そんなとき、ベルリンで『ニック・ケイヴ/20,000デイズ・オン・アース』を観ました。もともとニック・ケイヴが好きだったのですが、それを観終わった瞬間、私は我に返りました。これが私の配給したい作品だ!!そのためにここまでやってきたんだ、と思いセールス・エージェントそして監督に交渉し、配給することを決めました。そして、ドイツでの公開初日まで、髭を剃らないことにしたんです。10月16日に無事プレミアは終わりましたので、帰国したら剃りたいと思っています(笑)。
『ニック・ケイヴ/20,000デイズ・オン・アース』より、日本では2015年2月7日(土)より公開
──オーディエンスの反応はいかがでしたか?
期待より少し少なかったけれど、熱狂的な観客が観にきてくれました。UKより多い、52スクリーンで上映しました。ニック・ケイヴは現在はブライトンに住んでいますが、80年代はベルリンにいたので、ドイツの人々にはよく知られているんです。彼はジョニー・キャッシュのように、キャリアを重ねるごとにますますよくなっていく。クオリティ、そしてセールスもドイツではいいですね。
この映画はドイツ語字幕で公開しました。配給を始めたころに返って、情熱をまた感じることができたのがうれしかったです。
セリフではなく映画を観るという体験から、
ストーリーを味わってもらいたい
──ではプロデュース作品について教えてください。最初のプロデュース作『UNDERWATER LOVE -おんなの河童-』はどのようにしてはじまったのですか?
『花井さちこの華麗な生涯』など日本のピンク映画をドイツで紹介してきて、日本の制作スタッフとコラボレーションをしたいと、国映に提案したんです。ピンク映画のルーティーンでなく、クレイジーなミュージカルを作りたいというアイディアに、いまおかさんがOKしてくれました。クリストファー・ドイルにも撮影を依頼して、35ミリで5日間日本で撮影をしました。最初のプロデュース作品です。
『UNDERWATER LOVE -おんなの河童-』より ©2011 国映株式会社/Rapid Eye Movies/インターフィルム
──配給とDVDの仕事をずっとしてきた立場として、ビジネスの面はプロデューサーとしてどう考えていたのですか?
お金は限られていましたが、クリスといまおか監督の共同作業でたくさんのことを学びました。リクープはできませんでしたが、テレビ局のアルテが買ってくれたのはよかったです。
次のプロデュース作品が、『Mondomanila』(2012年)で、この作品でケヴィン監督と出会いました。彼は40作もの作品を撮っていて、デジタル・アンダーグラウンド・フィルムメイキングを実践しています。ポストプロダクションの段階から私は関わりました。
ケヴィン監督『Mondomanila』より
──そして今作『壊れた心』が3作目のプロデュース作品ということですね。
最初この作品は、2012年のベルリン国際映画祭のコンペティションに短編として出品されました。タイトル(『Ruined Heart! Another Love Story Between a Criminal and a Whore』)とアイディアがいいと思い、長編にすることを決めました。
ケヴィン監督『壊れた心』より
──今作の予算は全体でどれくらいですか?
ポストプロダクションや最初のDCPを含め、15万ドルです。<ヨーロッパでファンドを探しましたがどこも断られたので、ラピッド・アイ・ムービーズとケヴィンの資金のみで、4、5日ALEXAを使いフィリピンで撮影をスタートしました。その後クリストファー・ドイルを招き撮影を続けました。
いわゆる台本はなく、ケヴィンは45口径の拳銃にちなんで、45のシーンで構成され、ランダムに入れ替えることのできるミニマルなストーリーのアイディアを持ってきました。実際の撮影では、タガログ語やフィリピン語や日本語、ヒンディー語などが入り混じっています。
──セリフがない脚本にした、というのはプロデューサーとして「吹き替えのコストがかからない」という考えからですか?
いいえ(笑)。ケヴィンとふたりで決めました。北野武監督やジョニー・トー監督の映画は、例えばフランス映画と比べると全く違う映画的言語を用いている。そういう方が好きなんです。そして観客を驚かせたかった。ヴィジュアルで語ることで、映画を観るという体験からストーリーを味わってもらいたかったのです。
──音楽スーパーヴァイザーとしてもクレジットされていますが、どんなことをしたのですか?
今作は音楽がとても重要な役割を果たしています。ケヴィンはエディターでもあるのでマニラで編集を行い、その後ドイツで融資を得ることができ、プリプロダクションを進めることができました。ベルリンでクリスも立ち会ってカラコレを行い、音楽を録音して、ケルンでミキシングを行いました。
ケヴィンはミュージシャンでもあるので、メインのシーンの音楽は作曲していましたが、私は別のミュージシャンを起用し再レコーディングすることにしました。私はその音楽録音のコーディネイトをしたのです。そのほか浅野さんが踊るシーンで使われる60年代風の曲などは既成楽曲については、クリアランスのためにとても時間がかかりました。
音楽を担当したステレオ・トータルはドイツでとても人気のあるバンドなので、彼らに協力してもらって、ベルリンのプレミアではバンドの演奏を含めた上映を2015年4月に考えています。
ケヴィン監督『壊れた心』より、オープニング・シーケンス
最期に、ひとつ面白いエピソードを教えましょう。オープニング・クレジットは、タトゥーで出演者の名前が表現されていますが、実はすべて、フィリピンの有名なタトゥー・アーティストを起用して、ある男の身体にぜんぶ本当に刺青を入れたんです。
──えっ、あなたは入れなかったんですか!?
私は入れませんでした。ケヴィンのアイディアでしたが、クレイジーでしょ(笑)。
(2014年10月27日、渋谷アップリンクにて インタビュー:浅井隆 構成:駒井憲嗣)
映画『壊れた心』
監督/脚本/プロデューサー/作曲/音楽 : ケヴィン
撮影監督 : クリストファー・ドイル
プロデューサー/音楽スーパーバイザー : ステファン・ホール
プロデューサー : アチネット・ビラモアー
音楽 : ブレッツェル・ゴーリング
美術 : フランシス・ゼーダー
編集 : カルロス・フランシスコ・マナタド
音響デザイナー : ファビアン・シュミット
振付 : ミア・カバルフィン
キャスト:浅野忠信、ナタリア・アセベド、エレナ・カザン、アンドレ・プエルトラノ、ケヴィン、ヴィム・ナデラ
73分/フィリピン語/Color/2014年/フィリピン=ドイツ
公式サイト:http://ruined-heart.com/