映画『レッド・ファミリー』より ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
キム・ギドクが製作総指揮、脚本、編集を務め、仲睦まじい家族を装い韓国社会に潜入した4人の北朝鮮スパイをめぐる人間模様を描く映画『レッド・ファミリー』が10月4日(土)より公開される。祖国とそこに残した家族のために無慈悲な任務を遂行する傍らで、4人それぞれの思惑を抱えながら、次第に隣人との付き合いをきっかけに家族愛を見出していくという脚本は、キム・ギドクが南北統一を心から願って書いたものだという。
本作で初の長編映画の監督を務め、昨年の東京国際映画祭で観客賞を受賞したイ・ジュヒョンのインタビューを掲載する。
キム・ギドク監督のメッセージを伝える
──尊敬するキム・ギドク監督の脚本を映画化するにあたり、プレッシャーはありましたか?また、キム・ギドク監督からどんなアドバイスがありましたか?
最初にシナリオを頂いたときに、そのシナリオが持っている感動やメッセージが非常に大きいものだと感じぜひ挑戦してみたいと欲が湧いてきました。一方で当然のことながら不安はありましたし、果たしてスタッフをしっかりまとめて長編を撮れるのかという心配もありました。でも最初の長編の作品で、キム・ギドク監督の脚本を頂けたという事は今でも感謝しております。
キム・ギドク監督はとてもユーモラスな方で、私が心配するたびに「大丈夫だよ、君ならできるよ」と勇気づけて頂きました。プリプロダクションの時から脚色作業を一緒に手伝って下さったので、その時にキム・ギドク監督の伝えたいメッセージ等を把握することもできました。その頃から不安がなくなり、この作品を撮れるという自信が湧いてきました。
映画『レッド・ファミリー』のイ・ジュヒョン監督
──キム・ギドク監督が脚本に込めた南北統一への想いをイ監督はどのように受け止め、作品作りをされたのでしょうか?
キム・ギドク監督が最初に私に伝えた事は「南北問題を扱う映画を撮るときには、他の題材の映画を撮るとき以上に心構えが必要だ。しっかりした姿勢が必要だ」という事でした。その言葉に非常に共感しました。南北をモチーフとした映画というのは、興味本位で作ってはいけない。そうなってしまうとイデオロギーに偏ってしまったり、イデオロギーの正当性を声高に叫ぶような映画になってしまったり、扇動的な映画になってしまう。
なので、キム・ギドク監督は南北の統一を願う気持ちが大切だとおっしゃって下さいました。映画というのは大きな媒体であると同時に動きとしては非常に小さな動きであると思います。でもそういった小さな動きの中に個々人の人間味を加える事によって、いいメッセージを伝えられると思いますし、人と人との触れ合いのきっかけになると思います。
そんな願いを込めて、この映画をスタートさせました。南北をモチーフにした場合、そのモチーフだけに頼ってしまうと危険なものになってしまうと思います。なので、その南北のモチーフを、長所を活かすために、体制の中に置かれている人間に焦点を当てるべきだと思いました。そうすることによってメッセージが伝えられると思いました。これは南北に限った話ではなくて、南北を離れた世の中にも通じる物語であると思います。もし南北に限った物語ですと、我々にしか共感できないものになってしまいますが。本作は全世界の皆さんに共感して頂ける物語だと信じています。
映画『レッド・ファミリー』より ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
登場人物の痛みの部分が観客に通じた
──本作は、2013年の東京国際映画祭で観客賞を受賞しましたが、どんな部分が日本の観客に評価されたと考えますか?
僕自身どういうところが評価されたのか分かりません。観客賞が取れたらいいなと期待はしていたのですが、実際に受賞できたのは喜びでした。そして真実は通じるのだなと感じました。私がこの映画中で重点を置いたのは、表向きの姿ではなくて心の痛みの部分だったのですが、そういった部分は国籍を問わず通じるものなんだなと思いました。日本の方たちは韓国の情緒には慣れていて、歴史もご存じの方が多いですよね。なので、ある意味私たちよりも南北の事に関心を持って下さっているのかもしれませんね。
私たち韓国人は中にいるのでなかなか客観的には見られないものなんですが、日本は近い国で、北と南の二つの国を外からみられるので朝鮮半島については色々とご存知で、広い視野で見る事ができるのかなと思います。
そして私たちの痛みを分かち合える歴史も共有しているので、通じ合えるのかなと思うのです。映画を観て下さったみなさんは、うわべだけを観るのではなくて心で感じて心の中で泣いて下さったのではないかと思います。世代的には戦争のトラウマをご存じの方もいたり、南北の分断を悲しんでいるかたもいたと思いますので、そういう方たちには少し慰めにもなっているのではないかと思います。
映画『レッド・ファミリー』より ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
──演出上一番大切にしたことを教えて下さい。
シナリオを受け取ってから演出するまでの過程で、さまざまな要素を考慮しました。例えばシナリオにはアクションやラブストーリーがありましたが、果たしてどこを膨らませて、何を削ったらいいのかが課題でした。完成した作品を見て、なぜアクションの部分を短く簡単にしたのかと、がっかりした人もいます。言い訳になるかもしれませんが、それは私の意図でした。重心を失わないために、登場人物の葛藤やジレンマに焦点を当てたのです。体制を壊すこともできず、かといって体制の中に留まることもできない、そんなジレンマです。
この映画には、北の人物は北にいる本当の家族のために偽装家族を演じ、南の家族を殺せという指令が出ても南の家族を慕うという興味深い構造がありました。その中で葛藤する人たちの人間味の描写が演出上一番大切でした。
映画『レッド・ファミリー』より ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
──では、演出のなかでもっとも大変だったところは?
キム・ギドクフィルムのシステムで撮影期間は短く、12日間でした。そのため1日に20シーン以上、撮影しなければならない日が多かったです。それ自体がとても大変でしたね。徹夜をすることも多々ありました。後半の、4人が隣人家族と島を訪れるシーンは2日間で撮りましたが、物語の順番に、到着してから夜になるまでの様子を撮りました。
この映画で私が解くべき課題は、限定された空間で撮影することでした。2軒の家という限定された空間がメインで、空間が拡張されるのは任務を遂行する場面くらいしかないので、演劇的な感じがあるのは事実です。そして2軒の家は隠喩的に表現しました。例えば2軒の家の間にある塀は低いのに両家はなかなか行き来ができない。面白いですよね。見守ったり、音が聞こえたりするのに、最初は塀を越えません。でも小さな出来事の積み重ねにより、やがて完全に越えていきます。それが現在の南北の空間の概念だと思っていただければ幸いです。空間がもたらす物語をこの映画に込めたいと思いました。
一方、島のシーンは空間を超越したものです。シナリオ上では隣の家族を殺しに行くという悲しいシーンですが、悲しい雰囲気で撮りたくありませんでした。私たちの未来に北の家族とドッジボールをしたり、肉を焼いて食べたりする日が来てほしいという思いを込めて撮りました。
このシーンについては、意図的な演出ではなく、ドキュメンタリーを撮るように、実際に俳優たちにドッジボールをしてもらい、テントを張ってもらい、肉を焼いて食べてもらいました。自然に会話して演技に没頭してもらい、それをずっとカメラに収めたのです。とても楽しい経験でしたし、島のシーンは私が一番好きなシーンです。
心の痛みとユーモアを持ち合わせた作品
──俳優たちはいかがでしたか?
とても情熱的で、私も勉強になりました。あの情熱がなかったら、私はもっとエネルギーを消耗していたでしょうし、情熱を持つために自ら努力したと思いますが、皆さんの情熱がすごかったので、私も見習って、もっと頑張らなければいけないと奮起しました。
4人の主人公のうち、スパイの班長で偽の家族の妻役のキム・ユミさんは、現場にいる時から覚悟のほどが感じられました。班長として一番多く部下を殴らなければならなかったのですが、とても心の優しい方なので、殴るシーンを撮った後はずっと泣いていましたね。とても優しい方でありながらカリスマ性も持っていて、本当に班長らしいと思いました。彼女が演じたベク・スンヘも人間味のあるキャラクターですが、体制の手前、それを隠さなければなりません。でも徐々に内面が表れてきます。
映画『レッド・ファミリー』より、キム・ユミ ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
そんな妻の内面を引き出す偽装家族の夫キム・ジェホンは、とても純粋で子供のようなキャラクターです。彼を演じたチョン・ウは現在大人気の俳優ですが、とても率直で飾り気がないのが特徴で、とても純粋な演技を自然にできる人です。
偽装家族の一人娘オ・ミンジ役のパク・ソヨンは長編デビューでしたが、以前端役で出演したテレビドラマで彼女を見て、彼女しかこの役を演じられる子役はいない、と確信しました。実際、期待していた以上にミンジを見事に演じてくれました。
映画『レッド・ファミリー』より、チョン・ウ(右)とパク・ソヨン(左) ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
祖父チョ・ミョンシクを演じたソン・ビョンホはベテランで、韓国では演劇と映画、両方の世界を往来していることで有名です。ソン・ビョンホさんが柱になってくださったので、私も頼れる部分がありました。
映画『レッド・ファミリー』より、ソン・ビョンホ(右) ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
──韓国、北朝鮮の家族を描かれていますが、監督自身、ひいては日本も含めて最近のこの2国、3国の状態はどう感じていらっしゃいますか?
難しい質問ですね。考えてみれば、今でも国家間の葛藤によって戦争が起きています。イスラエルなどがその例です。朝鮮半島という地理的特徴によって以前から3国、広くは中国やロシアまで、実に問題が多く、つらい歴史を持っていると思います。
地理的にも歴史的にも紛争が続き、いつまた動揺が起きるか分からないという緊張した状況にありますが、こんな時こそ、国と国がお互いを思いやるべきではないでしょうか。もちろん私も最近、悩んでいます。人類の歴史に戦争はつきものなのか、紛争はなくならないのかと。さらに多くのものを所有し、豊かになりたいというのが人間の欲ではありますが、そのためには、それに相応する犠牲が伴うものだということを忘れてはいけないと思います。
何かを手にするのは容易ではなく、分け合うことも難しいものですが、お互いが少しずつ譲り合ってでも、朝鮮半島もヨーロッパのように平和になってほしい。それでこそ、個人のトラウマも消えると思います。国際関係による苦しみが個人に及ぶことが多いので、そんなふうに願っています。私の願いです。
──そうした社会的テーマを扱いながら、とりわけ前半部分にはユーモラスなシーンが多く盛り込まれていますね。
『レッド・ファミリー』は家族の心の痛みとユーモアを持ち合わせた作品です。笑いで始まり、登場人物を見守る時は笑いで、登場人物と気持ちがひとつになった頃には悲しみで幕を下ろすという2つの要素を持っている映画です。温かい人間味が伝わることを願っています。
(公式インタビューより)
イ・ジュヒョン(Ju-hyoung Lee) プロフィール
1977年生まれ。フランスのヨーロピアン・スクール・オブ・ヴィジュアル・アーツで、映画やデジタルアートを学ぶ。在学中に、数多くの短編アニメーションやドキュメンタリー作品を制作し、山形国際ドキュメンタリー映画祭、アニマムンディ国際アニメーション映画祭、アニフェスト映画祭などの海外の映画祭に度々招待され、その実力を認められる。最も影響を受けたキム・ギドク監督に抜擢され、本作で初の長編映画の監督を務める。デビュー作で、第26回東京国際映画祭観客賞を受賞した快挙は、ニュースとして全世界に配信され、次回作が待望される監督の仲間入りを果たした。
映画『レッド・ファミリー』より ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
映画『レッド・ファミリー』
10月4日(土)新宿武蔵野館他全国順次公開
誠実な夫、美しい妻、優しい祖父、愛らしい娘。人も羨む理想の家族。しかし一度家に入れば全てが一変。妻役をリーダーに、祖国の為に非情な任務を遂行する、北朝鮮のスパイチーム。隣の家からは犬も食わない家族げんかが、日々垂れ流されてくる。“資本主義の馬鹿どもが”と罵りながらも、喧嘩をしたり笑い合うお隣〈ダメ一家〉の自由な様に、スパイたちは淡い憧れを抱き、瞼の家族像を重ねていく──。そんな中、祖国の家族の犯した重罪が故に追い詰められていくスパイたち。リーダーは、名誉挽回、スタンドプレーに走るも、逆に大失態を犯してしまう。絶体絶命の4人に下された指令は「隣の家族の暗殺」だった―。全てを覆すべく彼らが仕掛けた、切ない芝居とは─?
監督:イ・ジュヒョン
エグゼクティブ・プロデューサー、脚本、編集:キム・ギドク
出演:キム・ユミ、チョン・ウ、ソン・ビョンホ、パク・ソヨン
プロデューサー:キム・ドンフ
撮影監督:イ・チョニ
美術:チョン・ヘウォン
配給:ギャガ
原題:RED FAMILY
2013年/韓国/100分/カラー/ビスタ/5.1chデジタル
字幕翻訳:朴 理恵
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