右から、リウ・シュー監督、チュウ・ジョンジョン監督、シュー・トン監督
ロウ・イエ監督(48歳)の『パリ、ただよう花』の公開にともない、中国インディペンデント映画祭2013のために来日した『小荷(シャオホー)』のリウ・シュー監督(37歳)、『マダム』のチュウ・ジョンジョン監督(36歳)、『唐爺さん』のシュー・トン監督(48歳)と3人の監督に、中国インディペンデント映画の現状を聞いた。
ロウ・イエ監督の『スプリング・フィーバー』に出演したタン・ジュオが生徒から慕われる気骨ある教師を演じる『小荷(シャオホー)』、女装のクラブ歌手の赤裸々な独白を捉えたドキュメンタリー『マダム』、売春の元締めをして逮捕された女性と彼の父親の語りを黒竜江省の田舎で捉えた『唐爺さん』。それぞれ作品のタッチやスタイルは異なるものの、中国でインディペンデント映画=「独立電影」を撮り続けるうえでの強い意思を感じることにできる対談となった。
ロウ・イエ監督は『天安門 恋人たち』(2006年)で天安門事件という題材、性描写によって中国政府に検閲され修正を命じられる内容にもかかわらず、政府に無許可でカンヌ国際映画祭で上映したため5年間の国内での製作上映を禁じられた。その5年の間、中国で商業上映できないので国外に製作資金を求め作られたのが『スプリング・フィーバー』(2009年)と今回上映される『パリ、ただよう花』(2011年)である。今回話を聞いた3人は、商業映画館で上映を最初から目指している訳でなく、脚本の時点で電影局の審査を受けるわけでもなく、インディペンデントで映画を作っている監督たちである。
『小荷(シャオホー)』
田舎の高校で国語教師をしている小荷(シャオホー)は、型破りな授業をすることから生徒たちには人気があるが、保護者や同僚からは疎ましがられていた。職場の空気に耐えられなくなった彼女は北京に出て行くことにするが、北京での暮らしは理想とは程遠く…。
理想を持つほど生きづらい中国社会の現実を、女性監督らしい目線で描いた作品。主演は『スプリング・フィーバー』『ミスター・ツリー』でヒロインを演じたタン・ジュオ(譚卓)。2012年ヴェネツィア国際映画祭国際批評家週間で上映された。
小荷/Lotus/2012年/90分
監督:リウ・シュー(劉姝)
『マダム』
服飾デザイナーをする傍ら、派手な女装をし、マダム・ビランダと名乗ってステージに立つクラブ歌手。同性愛者がまだまだ生きづらい中国にあって、ゲイである彼がここに至るまでには様々な苦労があった。赤裸々に語られるインタビュー映像と、クロスして流れる彼のステージシーンが、ときに笑わせ、ときに涙を誘う。
画家としても活躍するチュウ・ジョンジョン(邱炯炯)監督によるドキュメンタリー。撮影後、この歌手は亡くなってしまったため、彼のステージが見られる貴重な映画となってしまった。
姑奶奶/Madame/2010年/120分
監督:チュウ・ジョンジョン(邱炯炯)
『唐爺さん』
前作『占い師』で、売春の元締めをしていて逮捕された唐小雁は、その後釈放され、故郷で新年を迎えるため黒竜江省に帰省する。そこには80歳を超える彼女の父親が住んでいた。娘に劣らず元気で濃いキャラクターの唐爺さん。彼は、訪ねてきた監督のカメラに向かい、自分の半生を饒舌に語りだす。
たくましく生きる市井の人々を撮り続けるシュー・トン(徐童)監督の3本目の作品。監督はこの作品を『収穫』『占い師』と合わせて「游民三部作」と名づけている。
老唐頭/Shattered/2011年/89分
監督:シュー・トン(徐童)
シンプルで生理的な欲求をもとに
──東京ではいま自宅軟禁させられたアイ・ウェイウェイのドキュメンタリー『アイ・ウェイウェイは謝らない』を上映していますが、今回日本で上映される皆さんの作品を観て、あまりにも自由に作られているので、インディペンデントの映画製作において、今の中国において自由じゃないことなんてあるんだろう、と思いました。もちろんそうじゃないことは承知していますが、それほど皆さんが自由に映画を作っているのだと作品から伝わって来たので。
リウ・シュー(『小荷(シャオホー)』監督):今回上映されている作品は、どれもインディペンデントで作られた映画で、決して中国の状況を代表できるものではありませんし、観客も少ない。「中国インディペンデント映画祭」は主宰の中山さんが中国にいて、中国のことを理解しているので、こういった作品を集めることができるのです。
リウ・シュー監督
──皆さんはどうやって制作費を集めたのでしょうか?
チュウ・ジョンジョン(『マダム』監督):中国の監督は貧困の状況に置かれています。中国のなかでは辺縁にいて、制作は非常に難しく、どれくらい撮り続けていけるのか、まったく分からない。ただ、共通しているのは、こういう時代にあって、制限のある国に住んでいて、それでも自分たちの表現をしたいという意思を持っていること。とてもシンプルで生理的な欲求をもとに、みんな努力をし続けています。
多くの監督たちは、別の手段でお金を作っています。映画と関係のない仕事をしている人も多いです。さらに、政治的な圧力があります。上映についても、こうした映画は地下上映のようなかたちをとらざるをえない。そういうなかにあっても作品の量は増えていっていますので、状況は複雑と言えるでしょう。
チュウ・ジョンジョン監督
──シュー・トンさんは、今テーブルにおいてあるキヤノンのカメラで撮って、スタッフはひとりなんですか?
シュー・トン(『唐爺さん』監督):私はキヤノンと長期間の契約を結んでいて、彼らの企画する講座で講演するという条件で、カメラを2台提供してもらっています。制作に関しては、ドキュメンタリーは制作期間が長いので、基本的には撮影から編集までひとりで全てやっています。マッキントッシュのファイナルカットを使って自分で編集をして、人に頼むのは字幕の制作ぐらいです。そのようにしてコストを節約しています。
シュー・トン監督
チュウ・ジョンジョン:私も、撮影から編集、字幕に至るまですべてひとりで行っています。編集ソフトはプレミアを、カメラは『マダム』についてはSONYのHVR-A1C(日本ではA1J)を使っていましたが、新しい作品ではキヤノンの5D MARK IIIを使っています。今後はキヤノンのC300で撮りたいと思っています。A1Cは自分のカメラですが、それ以外の全ての機材は友達から借りています。
──『小荷(シャオホー)』は先のふたりと違い劇映画ですが、制作費はどれくらいで、どのように集めたのですか?
リウ・シュー:『小荷(シャオホー)』は5Dで撮り、60万元(約1,000万円)の制作費でした。半分は外資系の企業でマネージャーをやっている私の夫がお金を出しました。それ以外に主演女優のタン・ジュオが友達から出資元を探してきて、半分を出してくれました。彼女も個人的な関係から出資してもらっていると思います。(編集部注:『小荷(シャオホー)』はヴェネツィア映画祭に出品されたので、その結果タン・ジュオのテレビドラマの出演料は跳ね上がったので出資の元はとれたのでは、と映画祭主催者の中山さんは話していた)
シュー・トン:中国のインディペンデント映画のお金の集め方には、主に2種類あります。ひとつは自分でお金を集める、あるいは周りの誰から探してくる。もうひとつは、ドキュメンタリーに多いのですが、釜山やアムステルダムなど海外の映画祭の基金に申請をすることで、多いときには2万ユーロくらいもらえます。
『唐爺さん』は釜山国際映画祭からのお金もありましたし、中国国内では上海のテレビ局が行っているドキュメンタリーの企画コンペで得たお金もありましたので、合わせて16万元(約274万円)くらい集めることができました。
チュウ・ジョンジョン:助成金の申請には時間がかかります。『マダム』はすぐに撮りたかったこともあり、申請せず撮ることにしました。周りの人の協力で撮ることができたので、5,000元(約8万5千円)くらいしかかけていないです。新しい映画では助成金を申請してみたのですが、結果的にはうまくいかず、自分で出すことになりました。新作はフィクションの部分が多いので、お金も余計にかかるのですが、私は画家として収入があるので、そうしたところから捻出しています。
『マダム』より
今の中国はみんな金のために動いている
──シューさんとリウ・シューさんは別のお仕事をされているのですか?
シュー・トン:私は他の仕事はしていません。生活を維持できて制作を続けていけるくらいにはなんとかやっています。
リウ・シュー:私はもともとはテレビ局で仕事をしていたことがあるのですが、そこを辞めて、現在は貧しい子供やAIDSの患者を助けるNGOで働いています。
──『小荷(シャオホー)』は投資した分を回収しようと思って作ったのですか?
リウ・シュー:作る時点では、自分の撮りたいものを撮って、人々に伝えたいという思いだけだったので、回収については一切考えませんでした。自分たちにどれくらいの能力があるか、なにが出来るかということを証明したかったのです。彼女もこの物語を気に入って、乗り気でやってくれましたし、結果的には、私たちは撮り続けていくことができるだけのお金を集めることができました。自分たちの青春の頃の思い出をかたちにして残すことができるという意味では60万元は決して高くはありません。60万元は今の北京でしたら、トイレを買うことができるかどうか、ぐらいの金額ですから。
──えっ!日本で60万元のトイレは見たことがないです。
リウ・シュー:たぶん考え方の違いで、日本の人たちはまず自分の生活を守ってから映画を撮ろうということを考えると思います。中国の監督の場合は、自分のマンションを売ってでも映画を撮ろうとするし、それで離婚してしまった人もいる。
シュー・トン:北京に住んでもう20年になるけれど、未だに自分の家を買えない状況ですから、それが普通になっているし、離婚率も高いです。
リウ・シュー:一方で、今の中国はみんな金のために動いています。すべては金を稼ぐことだけが目的になっていて、それ以外の、自分の自由を求めたり、社会的な責任のために使命感に駆られて行動する人はほとんどいません。そうしたほんとうに価値のあることをすることがいま必要だと思います。私たちがやっていたNGOでは、フォード基金に申請をして人を助けるためにお金を出してもらったりしますが、中国国内ではこうしたことをやる人はほとんどいません。ですからこういうことが必要だと思います。
『小荷(シャオホー)』より
政府や企業に妥協して一緒に作品を作ろうとはまったく考えない
──れぞれ商業的な映画館では上映できない作品だと思いますが、どのように上映されたのですか?
シュー・トン:だいたいは海外の映画祭で上映されるところから始まります。中国国内では、民間の上映グループがいくつかあって、街のカフェやバー、あるいは大学内や各地のアートスペースで自主上映を行っています。それから、この東京の中国インディペンデント映画祭のように、海外にも中国のインディペンデント映画に特化した上映があります。
──インディペンデントで映画を作ることと映画館以外で上映することは違法ではないんですよね?
リウ・シュー:そうです。ロケをしているときも、周りの人に許可を得ています。使っているカメラが小さいということもあって撮っていることに気づかないからかもしれないですが、警察が来たこともないです。
──先日、アップリンクでライヴを行ったシンガポールのバンドThe Observatoryのメンバーに聞いたところ、シンガポールはライヴハウスでも、歌詞の検閲があるというんです。インディーの上映ができるならシンガポールの方が自由ではないともいえますか?
シュー・トン:シンガポールに比べて中国のほうが自由であるということはまったくありません。映画の検閲についても、非常に厳しいです。同時に、中国では政府による検閲以外に、商業的な制約も大きい。中国では企業がお金を出すのであれば、いろいろと要求をつけてくることも珍しくありません。そうした政府や企業に妥協して一緒に作品を作ろうとはまったく考えません。
──今回上映された作品では、自主規制した部分はありますか?
シュー・トン:外部の検閲も拒否しているわけですから、自己検閲はありえません。唯一あるとすれば、自分たちの言いたいことがきちんと自由に言えているかということに対しての自分の判断です。
──もし日本のウェブサイトに政治的な発言が載ったら、中国での立場が悪くなることは考えられるのですか?
シュー・トン:私たちが撮っているものは、特に政治的に問題になるような内容ではないので影響はないのですが、一部の政治的に非常に難しい内容を撮っている監督のなかでは、警察からマークされて、事情聴取を受けたりする人はいます。
『唐爺さん』より
ロウ・イエ監督は常に意見を求める良き先輩
──ロウ・イエやジャ・ジャンクーといったひとつ上の世代の監督たちは、皆さんにとってどんな存在ですか?
シュー・トン:ロウ・イエは私たちの友達で、非常に尊敬している監督です。毎回新作を撮ると、彼に見せてアドバイスをもらっています。年齢的には私と同じですが、私より制作を始めたのは早いですし、尊敬できる先輩です。
リウ・シュー:私も脚本を書いたり、映画が撮り終わったりするごとにロウ・イエに意見を求めます。タン・ジュオはロウ・イエ監督の『スプリング・フィーバー』に出演していますが、もともと彼女を紹介してくれたのがロウ・イエでした。後で彼女が参加するにあたって報酬を求めなかったのも、ロウ・イエの紹介があったからだと思います。
チュウ・ジョンジョン:私は直接は知りませんが、ロウ・イエの映画は昔から観ていました。
──中国は海賊DVDが多いですが、みなさんの作品は既に海賊DVDになっているのでしょうか?
チュウ・ジョンジョン:私たちの作品は、正規のルートでは観ることができません。映画館ではかからないですし、正規のDVDが売られることもありません。自分たちの作品がそういうかたちで流通するとしても、厳密に言えば著作権を犯していることになりますが、私たちにとっては、より多くの人に観てもらえるのですから、必ずしも悪いことではないと思います。
シュー・トン:『収穫』のDVDをネットで売っている人がいて、「出演している人のプライバシーの問題があるので、やめてほしい」と言ったところ、素直に応じてくれました。ただ、その他の作品については動画サイトにたくさんアップされていて、しかも誰かが丁寧に本編の前に字幕で解説もつけてくれたりしている。そんなこともあって、自分たちにとっては、どうせ利益にならない映画ですから、こうしたかたちで観てもらうのもひとつの方法なのかもしれません。私たちからはなんとも言いにくいところではありますが。
リウ・シュー:私はもっぱら映画はネットで観ていますので、『小荷(シャオホー)』の海賊版DVDが売られているかどうかは分からないです。ネットでも観たことないですね。中国国内でこの映画を観ているのはまだ100人もいないので、もちろんたくさんの人に観てもらいたい、と思っていますけれどね。
(2013年12月8日、渋谷オーディトリウムにて インタビュー:浅井隆 構成:駒井憲嗣 通訳・協力:中山大樹[中国インディペンデント映画祭])
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http://www.webdice.jp/dice/detail/4045/
リウ・シュー(劉姝) プロフィール
山東省済寧市出身、北京在住。十年ほど前からインディペンデント映画に触れ、制作活動を始める。またその一方で、中国各地の大学でインディペンデント映画の上映を行う活動をしたり、北京で定期的なドキュメンタリー映画の上映イベントを開催してきた。『小荷(シャオホー)』は2作目の長編作品。現在は3作目を準備中。
チュウ・ジョンジョン(邱炯炯) プロフィール
1977年四川省楽山生まれ。川劇(四川地方の伝統演劇)役者の家系に生まれ、2歳から絵画を、3歳から川劇を学ぶ。美大などへは行かず、18歳からプロのアーティストとして活動を始める。2007年初のドキュメンタリー映画『大酒楼』を制作、以降、『彩排記』(2009年)『マダム』『萱堂閑話録』(2011年)など、映画をコンスタントに発表している。映画は自分の家族に関するドキュメンタリーが多いが、現在はフィクションにも挑戦中とのこと。また、画家としても国内外で個展を開くなど、幅広く活動している。
シュー・トン(徐童) プロフィール
1965年北京生まれ。87年に中国伝媒大学新聞撮影専攻を卒業。その後写真家などを経て、2008年に初のドキュメンタリー作品『収穫』を発表。これは、続く2010年『占い師』と『唐爺さん』を合わせて、「游民三部作」と名づけている。13年には、『収穫』を撮る前に書いていた小説「珍宝島」を出版。また、唐爺さんの甥にあたる人物を主人公にしたドキュメンタリー『四哥』を発表した。現在は5本目となる映画を製作中。
中国インディペンデント映画祭2013公式HP:http://cifft.net/
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