映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』のジム・ジャームッシュ監督
トム・ヒドルストンとティルダ・スウィントン扮する吸血鬼の恋人同士を描くジム・ジャームッシュ監督4年ぶりの新作『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』が12月20日より公開される。現代に生きるヴァンパイア、アダムは伝説のミュージシャンとして暮らしている、という設定もあり、ジャームッシュ監督の音楽への愛情が満ちあふれている作品だ。主演のふたりに加え、ミア・ワシコウスカ、ジョン・ハートと気鋭からベテランまで多彩な演技派を迎え、ジム・ジャームッシュ監督がなぜいま吸血鬼という題材に挑んだのか、その製作の経緯を語った。
〈視覚的音楽〉をもたらした撮影
──この企画を進めようと思ったきっかけを教えてください。
この種の映画は金が儲かるぞ、と聞いたからです。というのは冗談で、僕はヴァンパイアでラヴストーリーを作りたかったんです。実際に映画を完成させるのに7年かかりました。僕は現代のコマーシャルなヴァンパイア映画をあまり見たことがありません。でも、ヴァンパイア映画の歴史全体に愛情を持っていますし、たくさんの素晴らしい映画があります。実際ティルダと僕はこの件に関して話をして、7年前から脚本はあって、そのすぐ後にはジョン・ハートのキャラクターが出来ていました。彼らはこの企画にずっとついていてくれたのです。
映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』より
──なぜ、製作に7年もかかったのでしょうか。誰を出資のために説得する必要があったのかなど、特に難しかったことに関して教えてください。
この映画がそれほどまでに時間がかかったのは、誰も僕らにお金をくれなかったから、この映画を作るのに、手助けしたいと言ってくれる人々が十分にいなかったからです!現在、映画製作は、今までよりさらに難しくなっています。とりわけ少し変わった作品や、結果の予想ができない作品、人々の期待を満たしていない作品は困難です。しかし、様々な形態の新しいものを発見することが、映画の美点です。そんななか今作のプロデューサー、レインハード(・ブランディング)は最初から携わって、尽力してくれました。でも僕らがチームをまとめあげるまで、なかなか起動させることができませんでした。そしてジェレミー(・トーマス)も加わり、ついに映画を製作することができたのです。
映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』より
──モロッコのタンジールと、デトロイトを撮影場所に選んだ理由は?
タンジールとデトロイトには、何か感情的に引き付けられるものがあったんです。なぜ、と聞かれても、ぴったりだと思ったから、自分にとって面白いと思える場所だったから、としか言えないですね。実は最初の脚本ではローマとデトロイトという設定でした。でも、タンジールは僕が世界で最も好きな場所の一つで、そこで撮りたいなと単純に思ったんです。それと、ティルダ・スウィントンが演じるヴァンパイア、イヴが潜んでいるにはぴったりの場所にも思えたんです。ヨーロッパの文化からは、まったく隔絶した場所ですからね。キリスト教文化圏でもないし、ましてやアルコール文化圏でもない。ハッシッシ文化圏なんです、だから、全然感覚が違うのです。
デトロイトは、本当に大好きな、こころから愛する街です。オハイオのアクロンという街の出身の僕にとっては、子供の頃から憧れの土地でした。同じ中西部でも、クリーブランド(オハイオ州)とは全然違う大都市で、独自の文化がありましたから。どこかミステリアスな、言わば中西部のパリといった雰囲気があったんです。うちの両親が新しい車を買うときは、みんなでデトロイトまで行って、1泊していました。僕の家族にしてみれば、大変なイベントでした。でも悲しいことに、そのデトロイトが今や悲劇的な状態に陥っています(※デトロイト市は2013年7月18日、財政破綻を声明)。デトロイトという街が持つ歴史的な、そしてビジュアルの上での背景には、音楽文化があり、自動車産業文化があります。今のデトロイトにはとてもポスト・インダストリアルなビジュアルを感じたのです。
映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』より
──ブラジル人の編集者、アフォンソ・ゴンサルヴェスとの仕事はいかがでしたか。
彼とは素晴らしい時間を共にしました。素晴らしい編集者で、我々は会って、話して、一緒に仕事をすることに決め、お互いをすぐに深く理解することができました。僕たちは毎日一緒に編集室で仕事をしましたが、それはこの映画に〈視覚的音楽〉をもたらしたように思います。『ウィンターズ・ボーン』『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』など、彼が編集してきた映画は、それぞれの個性に本当に驚かされます。
映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』より
ヴァンパイアの物語に流れる英国的なもの
──この映画では音楽が俳優と同じくらいの比重で重要な要素となっています。あなた自身も音楽活動をされていますが、音楽に対する個人的な関係性と、この映画のなかに異なるジャンルの音楽がたくさん登場することの狙いを教えてください。
そのとおり、主人公がミュージシャンですから、音楽は非常に、非常に重要です。第一に核となるのは、音楽を担当したジョゼフ・ヴァン・ヴィセムです。彼は作曲家であり、リュート奏者であり、ギター奏者であり、リュート音楽の音楽史家であり、またアヴァンギャルドな、ロックンロールな側面も持っていて、本当にたくさんの才能があります。
そしてカーター・ローガンと私、シェーン・ストーンバックとでSQÜRLというバンドをやっているのですが、僕らとジョゼフがコラボレーションをし、また彼の曲にサウンドを付け加えたりしました。映画で使っている音楽のうちのいくつかは、彼がリーダーとなり、我々が共に作ったものです。そしてまた、ヤスミン・ハムダンによる素晴らしいオリジナル曲もありました。僕は彼女に多大な敬意を抱いています。数年前にモロッコで彼女の演奏を見て、僕は彼女の音楽の大ファンになったのですが、僕はただ、この素晴らしいミュージシャンを知ったとき、信じられない思いでした。そういった音楽を映画に使用しています。
既存の楽曲も何曲か使っています。オープニングに使用した、ワンダ・ジャクソンの「Funnel of Love」のリミックス・バージョンもそうですし、デニス・ラサールのR&Bトラック「Trapped By A Thing Called Love」でトムとティルダが踊るシーンが特に大好きです。
映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』より
──『ウィズネイルと僕』のヴァンパイア版のように、これほど強いイギリスの身分制度を背景にしているのは、意識的な決断だったのでしょうか。暗闇をテーマにしたこの映画の何かが、イギリス人を描写するのに最適だったのでしょうか?
そうですね、確実に英国的な意図はあります。それはヴァンパイアの物語は文学的に、直接的にロマン派詩人から、イギリス文学から派生した、という事実から来ています。もちろん、中央ヨーロッパの神話やドイツのヴァンパイア物語も存在しますが、自分にとって本当に最初のヴァンパイアの物語は、バイロンに先導され、ジョン・ポリドリ、そしてもちろんブラム・ストーカーらから来ていると思っています。ロマンティシズムや英国的ななにか、という面で関連性があります。
オリジナルなヴァンパイアを発明する
──映画にはたくさんの文学者や文学への言及がでてきます。またあなたがおっしゃられた作品はほとんどがヨーロッパ文学です。ですが、映画の舞台となっているタンジールのカフェの名前は「1001 Nights(アラビアン・ナイト)」です。
これはタンジールに実際に存在するカフェに発想を得ています。このカフェをオープンしたブライオン・ガイシンはウィリアム・バロウズと共にカットアップ技法に取り組み、またドリーム・マシーンや他に様々なものを発明した人物です。タンジールが理想郷(interzone)だったころ、50年代の国籍放棄者たちはタンジールに住んでいたのです。「千夜一夜」は素晴らしい本ですよ。今に残る美しい文学で、美しい構造を持っています。
映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』より
──ヴァンパイアがいつも手袋をしている、という設定はどこから生まれたのですか?
映画に出てくるヴァンパイアには、これまでいくつもの神話が付け加えられてきました。たとえば、1950年代のメキシコのホラー映画『El Vampiro』まで牙というものはでてきませんでした。いや、その前にも『ノスフェラトゥ』や、ユニバーサル映画の『魔人ドラキュラ』のベラ・ルゴシがありましたね。聖水やにんにくなど、映画がいくつも作られるうちに、どんどん累積していったのです。そこで、僕らも自分たちのオリジナルな何かを発明しようと思って、それで革の手袋というのを思いついた。やってみたら、すごくクールだったんです。そして僕は、ロック・クラブでアントン・イエルチェンがこう言うシーンが大好きなんです「ワオ、あんたらカッコいい手袋持ってるな、どこで手に入れたんだい?」
──ヴァンパイアのヘアスタイルもカッコいいですね。
ワイルドな、どこか動物的なヘアスタイルにしたかった。彼らはその振る舞いも、ワイルドな動物っぽさと、非常に洗練された人間らしさが共存しているのです。ヘアメーキャップ・デザイナーによるいろいろなカツラを試してもらって、あのスタイルに落ち着きました。ティルダが「動物っぽくするなら、本当に動物の毛を使ったら」と言って、実はヴァンパイア役のカツラには全員、ヤギの毛と、ヤクの毛と、人間の髪の毛が混ぜてあるんです。
(オフィシャル・インタビューより)
ジム・ジャームッシュ プロフィール
1953年、アメリカオハイオ州アクロン出身。コロンビア大学に入学し英文学を専攻。その後、ニューヨーク大学大学院映画学科に進み、卒業制作で手掛けた『パーマネント・バケーション』(80)が話題となる。さらに監督第2作目となる『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(84)の独創性、新鮮な演出が絶賛され1984年カンヌ国際映画祭カメラ・ドールを受賞。世界的な脚光を浴びる。ジョニー・デップ主演で1996年ニューヨーク映画批評家協会賞撮影賞を受賞した『デッドマン』(95)、ビル・マーレイ主演で2005年カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞した『ブロークン・フラワーズ』(05)、製作に18年をかけた短編集『コーヒー&シガレッツ』(03)など話題作を発表。長年アメリカのインディペンデント映画界において、独創性に富み影響力のある人物として認められ、その作品は一貫して社会のアウトサイダー達を見つめ、先験的なミニマリズムと慣習的なジャンルを覆す独特の作風で世界中の映画ファンを魅了し続けている。
映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』より
映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』
12月20日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
米デトロイト。寂れたアパートでひっそりと暮らすアダムは、何世紀も生き続ける吸血鬼。その姿を隠し、アンダーグラウンド・シーンでカリスマ的な人気を誇る伝説のミュージシャンとして生きている。彼が起きて活動するのは夜間だけ。年代物のギターを愛好し、名前を発表せずに音楽を作る。必要な物の多くはイアンという男に調達を任せている。そして時折、自ら素顔を隠して医師ワトソンの病院を訪れ、極秘に血液を手にいれていた……。
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:トム・ヒドルストン、ティルダ・スウィントン、ミア・ワシコウスカ、ジョン・ハート
プロデューサー:ジェレミー・トーマス、レインハード・ブランディング
撮影監督:ヨリック・ルソー
編集:アフォンソ・ゴンサルヴェス
音楽:ジョセフ・ヴァン・ヴィセム
美術:マルコ・ビットーナ・ロッサー
衣裳:ビナ・ダイヘレル
2013年/米・英・独/123分/カラー/英語/ビスタ/5.1ch
英題:ONLY LOVERS LEFT ALIVE
提供:東宝、ロングライド
配給:ロングライド
宣伝:クラシック+PALETTE
公式HP:http://www.onlylovers.jp
公式Facebook:https://www.facebook.com/OnlyloversJP
公式Twitter:https://twitter.com/OnlyLoversJP
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