映画『自由と壁とヒップホップ』より
パレスチナのヒップホップ・ムーブメントを取り上げた初めての長編ドキュメンタリー『自由と壁とヒップホップ』が12月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムでロードショー公開されることになった。2009年に渋谷アップリンクなどで『スリングショット・ヒップホップ』として自主上映され話題を呼んだこの作品は、ヒップホップ・カルチャーが中東の若者たちの間に生まれた現場を捉え、その熱気を通してパレスチナやイスラエルのアラブ人の生き方、多様なアイデンティティの有り様をカメラに収めている。自身もパレスチナにルーツを持つジャッキー・リーム・サッローム監督が作品制作の経緯について語った。
ヒップホップの持つ力に興味を持った
──まず、この映画を制作しようと思ったきっかけからお話し下さい。
私はこの映画に一つだけのメッセージを込めたわけではなく、いろんな捉え方をしてほしいと思っています。私の父はシリア出身、母はパレスチナ出身です。米国でのアラブ人のイメージはとてもネガティブなもので、若いころはアラブ人であることを隠したかったし、母親がRを巻き舌で発音するのが嫌だったこともあります。両親はアラブ人の歴史や文化に誇りを持つよう教育したのですが、私はアラブ人でいることが嫌いでした。成長するにつれて考えは変わり、メディアにおけるアラブ人の描かれ方に関心をもつようになりました。アートを通じて、民族紛争やテロなど、アラブ人へのステレオタイプに挑戦するということに興味をもつようになり、それがこの映画につながっています。
映画『自由と壁とヒップホップ』のジャッキー・リーム・サッローム監督
──パレスチナのヒップホップ・シーンを描こうと思われたのはなぜですか?
2002年頃、イスラエル人映像作家のウディ・アローニ(Udi Aloni)の撮ったドキュメンタリー『Local Angels』を通じてパレスチナのラップグループであるDAMを知り、「パレスチナ人がヒップホップ?」と興奮しました。さっそくDAMの「Who is the Terrorist?(ミーン・イルハービー)」という曲をダウンロードして、歌詞の英訳と、米国のメディアでは流れないようなインティファーダ[パレスチナ人の民衆蜂起]の映像をモンタージュして、ミュージック・ビデオを作りました。それをクラスで見せたところ、それまでは私の作品を政治的すぎるなどと批判していたクラスメートたちがとてもいい反応を見せたことに驚きました。アラビア語であるにもかかわらず、彼らの心を動かしたのは、それがヒップホップだったからだと思います。それでヒップホップの持つ力に興味を持つようになりました。先生にドキュメンタリーを撮ってはどうかと言われ、その考えに飛びつきました。最初は簡単に考えていましたが、結局映画の完成までに4年半もかかってしまいました。
映画『自由と壁とヒップホップ』より
彼らは音楽のインパクトを理解している
──映画を完成させる際に気をつけたことはどんなことでしょうか?
私が目指したのはまず、音楽を別のプラットフォームに乗っけることでした。音楽を聴くと同時に、出てくる人たちの表情を見て、物語に触れることで、パレスチナをサポートしたいという気持ちを持ってもらうこと。それと、若いハンサムなアラブ人がラップをしている姿を見せることで、アラブ人のステレオタイプに挑戦したかった。さらには、中東の人々にヒップホップについて伝えたかったし、イスラエル国籍をもつパレスチナ人たちのことをアラブの一般の人々に知ってもらいたかったのです。多くのアラブ人は、ガザ地区や西岸地区のパレスチナ人は知っていても、イスラエル国内に暮らすパレスチナ人についてはよく知らず、ネガティブなイメージを持っていますから。
映画『自由と壁とヒップホップ』より
──この映画では世代や性差などいろんな意味での境界、ボーダーを乗り越える音楽の力が表現されていたと思います。
それは私も気に入っているところです。米国でヒップホップのショーに行けば観客は若い子だけですが、パレスチナではすごくびっくりさせられます。一度など、教会がイースターのお祝いの式典にDAMをゲストに迎えたことがありました。教会でラップですよ!どのショーに行っても中年や老人、祖父母や子どもたちがみんな手を叩き、抱き合い、キスを交わしている。世界にメッセージを届けてくれてありがとう、といった声も聞こえてきます。彼らは音楽のインパクトを理解しているんです。DAMやアビールのアルバムを聴けば、彼らの歌詞も素晴らしいことが分かるでしょう。歴史や文化、詩への言及に満ちていて、古い世代にとっても印象的だし、若い世代にとっては教育的でもあるのです。
彼らは政府や独裁を批判しますし、イスラエルによる占領だけでなく、アラブ諸国や米国の政策を批判します。でもほかにも恋愛や楽しみのための歌もたくさんあって、政治的な歌ばかりでもありません。それから彼らは男性が女性に接する際のやりかたについても批判しています。語ることは、中東ではとても大切です。これを音楽で表現しているということは素晴らしいと思います。
映画『自由と壁とヒップホップ』より
──女性ラッパーたちとの交流もとても印象的でした。
米国の観客に驚かれたのも、女性がパレスチナのヒップホップ・シーンですごくリスペクトされていることでした。MTVなどのメインストリームのヒップホップ・ビデオでは女性が従属的に描かれたりしていますが、パレスチナのラッパーは女性をとても尊重しています。DAMの曲には女性の自由をうたった歌があり、新しい世代は女性への対応において変わらなければいけないと歌っています。ヒップホップをやりたいという女性なら誰でも彼らは支援し、コラボレートしようとしています。これはパレスチナのラップ・シーンでとても刺激的でポジティブな点だと思います。
(オフィシャル・インタビューより[2009年に行ったトークイベントから抜粋])
ジャッキー・リーム・サッローム プロフィール
パレスチナ人とシリア人の両親を持ち、ニューヨークを拠点に活動するアラブ系アメリカ人アーティスト・映画監督。ニューヨーク大学大学院で芸術学を専攻。在学中よりポップ感覚のアート(おもちゃ、ガムボール自販機など)を用いて、自分の家族や人々の歴史を実証的に示し、それによってアラブについての画一的なイメージに疑問符をつけ、固定観念を修正し、払拭することに挑んできた。初めて制作した映像作品は2005年のサンダンス映画祭に出品した『プラネット・オブ・ジ・アラブズ』。これをきっかけに故郷のパレスチナに戻って最初の長編ドキュメンタリー『自由と壁とヒップホップ』(2008年サンダンス映画祭正式出品)を監督。最近の活動には、PBSテレビの短編ドキュメンタリー『アラブ系アメリカ人の物語』、国連ウィメンの資金提供によるDAMの音楽ビデオ“If I Could Go Back in Time”や、子供向けの短編映画“Yala to the Moon”(2012年トロント映画祭子供部門出品)などがある。現在、執筆活動や映画や音楽ビデオの監督を務めるほか、米国や海外の大学や教育機関でワークショップも行っている。
映画『自由と壁とヒップホップ』より
映画『自由と壁とヒップホップ』
12月14日(土)より、シアター・イメージフォーラム
来春、大阪・第七藝術劇場、愛知・名古屋シネマテークほか、全国順次公開
イスラエル領内のパレスチナ人地区で生まれた史上初のパレスチナ人ヒップホップ・グループ“DAM”。彼らに影響を受けたガザ地区や西岸地区の若者たちもまたヒップホップを志す。彼らの作り出す曲は、同じ境遇を生きる人々の大きな共感を呼び、熱狂を持って迎えられた。そんな彼らにDAMは最高のステージを用意する。各地で活躍するパレスチナ人ヒップホップ・グループを集めての音楽フェス。しかし、お互いの居住地は分離壁や検問所により隔てられている。地理的、歴史的な断絶を音楽で補いあってきた彼ら。同じパレスチナ人として一緒に舞台に立ちたいという願いは、果たして叶うのか。
監督:ジャッキー・リーム・サッローム
出演:DAM、アビール・ズィナーティ、PR
2008年/パレスチナ・アメリカ/HDCAM/カラー/アラビア語・英語・ヘブライ語/86分
原題:SLINGSHOTS HIP HOP
公式HP:http://www.cine.co.jp/slingshots_hiphop/
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公式Twitter:https://twitter.com/slingshothiphop
▼映画『自由と壁とヒップホップ』予告編