映画『トランス』のダニー・ボイル監督
『トレインスポッティング』『スラムドッグ$ミリオネア』などで知られるダニー・ボイルの最新作『トランス』が10月11日(金)より公開される。主人公サイモン役に、日本でも公開を控える『フィルス』などその確かな演技とカメレオンぶりに定評のあるジェームズ・マカヴォイを迎え、記憶を失ってしまった男の潜在意識に入り、消えた絵画を探し出すという設定をスリリングかつスタイリッシュに描いている。ボイル監督が今作で目指したものについて語った。
視覚的な刺激の中に物語を読み解くヒントが隠されている
── 複雑なプロットですが、本作のテーマはどこにあるのでしょうか。
最初は、絵画強盗の話に見えるはずだ。だが、本当は盗まれた記憶の話で、本作のテーマだ。ジョン・ホッジの脚本には驚くべきことが描かれていた。ロザリオ演じる催眠療法士が語る場面だ。彼女はフランクに、人間とは何かを説明する。それによれば「人間は記憶の連続体」だ。要するに、人間は行動や感情の記憶で出来ている。“自分”を保持できるのは、記憶があるからなんだ。“心”というのは、映画で探求するには最高の題材だよ。そこからアイデアを発展させた。
意識と無意識のどちらが人の心を支配するのかという大きな疑問を突き詰めたかった。人は自分がすべてを支配していると信じているが、そうではない。ある程度は意識しているが、次に何を言うかさえ実はわかっていない。そういう点が、とても面白い。
映画『トランス』より ©2013 Twentieth Century Fox
── アンソニー・ドッド・マントルの撮影も素晴らしいですが、随所に映像的ギミックが用意されています。
視覚的な刺激を提供するだけではない。その中に物語を読み解くヒントが隠されていて、誰の話を信じるべきかを教えてくれる。登場人物は複雑で、彼らの本当の姿は誰にも分からない。鏡に映ったイメージを本物と見間違えることもある。視覚的な仕掛けを施すと、映像が観客を引き付ける。しかし、もっと注意してみると、そこには物語を解くヒントがある。それに気付けば、仕掛けの秘密も分かる。
映画『トランス』より ©2013 Twentieth Century Fox
── 主人公サイモン、ギャングのリーダー、そして療法士のエリザベスの3人の関係がこの複雑なプロットの基板を成していますね。
私は、その点が気に入っていた。それが、この映画を作る理由の一つだった。そういう意味では、『シャロウ・グレイブ』とちょっと似ている。3人の主要人物がいて、誰も見かけ通りの人ではないからだ。映画の冒頭では、ジェームズ・マカヴォイは観客が応援したくなる人物として登場する。その後、彼はフランス人の男に殴られ、「かわいそうなジェームズ」と観客に思われる。もちろん、このままでは行かないけれどね。彼が主人公だと考えると、わけが分からなくなる。そこが作品の重要な設定の一つだ。
── 主演のマカヴォイに加え、そのフランス人役のヴァンサン・カッセルもはまり役です。
ヴァンサンをフランス人のギャング役に起用できて良かった。彼はこういう役をとても見事にこなすが、映画が終わる頃には、そんな彼がまるで失恋したティーンエージャーのようになる。それから、ロザリオは典型的な妖婦の役だ。妖婦といっても、冷たい金髪女性を起用したいとは思わなかった。なぜならそういうタイプのストーリーではないからだ。彼女の役は苦悩を抱えている。最後には感情も見せる、奥深い役柄なんだ。
映画『トランス』より ©2013 Twentieth Century Fox
芸術品が作品の一部になる
── フランシスコ・デ・ゴヤの『魔女たちの飛翔』が重要な役割を果たしています。
ゴヤはモダン・アートの父と呼ばれているが、それは彼が人間の精神に踏み込んだからだ。『魔女たちの飛翔』では、布を頭から被った男がいる。あれはジェームズが演じたサイモンそのものだと強く感じた。
映画『トランス』より ©2013 Twentieth Century Fox
── ゴヤの絵画の他に、物語に影響を与えるものはありますか。
キャスティング、衣装、登場人物が暮らす場所や色彩、音楽、そういうものすべてで、観客を映画に引き込むように工夫した。そして最後には、観客は連続するトランス状態に陥ることになる。それがこの映画の狙いだ。このストーリーに登場する人物たちは、見かけ通りのままではないからね。何か他のことが起こっている。多くの事情がからんでくる。それがこの映画なんだ。芸術品は間違いなく、作品の一部になっているよ。
映画『トランス』より ©2013 Twentieth Century Fox
── 芸術品は実際に人をトランス状態に陥れるものですか?
私の場合はそうだね。ロケハンのために、何人かでサザビーのオークションに行った。映画の冒頭に登場するベテランの競売人(オークショニア)、あれは実際のサザビーの美術品の競売人、マーク・ポルティモアで、彼が案内してくれたんだ。彼は我々を何億ドルもの金額で取引される一流のオークション現場に連れて行ってくれた。そこには、ある絵があり本当に見事だった。もしも70万ポンド(約1億円)を持っていたら、それが自分のものになるのにってね。しかし、それがスタート時の金額だったんだ。どうなることかと見ていたら、最終的には240万ポンド(約3億6600万円)になった。まあ、そういうことだ。でも、あれは本当に素晴らしい絵だった。あれは我を忘れてうっとりした瞬間だったよ。
この『トランス』のストーリーはフィクションだが、科学的な根拠に基づいた話でもある。非常に暗示にかかりやすい5%の人々にとっては、かなり怖い話だよ!
(『トランス』オフィシャル・インタビューより)
ダニー・ボイル プロフィール
1956年、イギリス、マンチェスター生まれ。脚本ジョン・ホッジ、主演ユアン・マクレガーの最初の作品『シャロウ・グレイブ』(94)で注目され、再び同じチームで挑んだ『トレインスポッティング』(96)が、まさに世界に衝撃を与えて大ヒット、一躍その名を知られる。その後、『普通じゃない』(97)、『ザ・ビーチ』(99)、『28日後・・・』(02)、『ミリオンズ』(04)、『サンシャイン2057』(07)を経て、『スラムドッグ$ミリオネア』(08)がアカデミー賞作品賞、監督賞を含む8部門を受賞、その他100を超える映画賞を獲得する。続くジェームズ・フランコ主演の『127時間』(10)では、アカデミー賞の作品賞を始めとする6部門、英国アカデミー賞の9部門にノミネートされ、一流監督の地位を固める。王立ナショナル・シアターで上演された2011年の「Frankenstein」など、TVや舞台でも絶賛される。そして2012年、ロンドン・オリンピック開幕式の総監督を務め、全世界を驚きと歓喜で包んだ。
映画『トランス』
10月11日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、シネマカリテ他 全国ロードショー
白昼のオークション会場から、ゴヤの「魔女たちの飛翔」が盗まれた! 40億円の名画を奪ったのは、ギャングたちと手を組んだ競売人(オークショナー)のサイモン。なぜか計画とは違う行動に出たサイモンは、ギャングのリーダーに殴られる。その衝撃で、サイモンの頭から絵画の隠し場所の記憶が消えてしまった。催眠治療(トランス)で記憶を取り戻させようと、催眠療法士を雇うリーダー。だが、サイモンの記憶には、いくつもの異なるストーリーが存在し、深く探れば探るほど、関わる者たちを危険な領域へと引きずり込んでいく。そしてその先には、サイモンでさえ予想もつかなかった〈真相〉が待ち受けていた─
監督:ダニー・ボイル
キャスト:ジェームズ・マカヴォイ、ヴァンサン・カッセル、ロザリオ・ドーソン、ダニー・スパ-ニ、マット・クロス、ワハブ・シーク
脚本:ジョン・ホッジ、ジョー・アヒアナ
製作:クリスチャン・コルソン
製作総指揮:バーナード・ベリュー、フランソワ・イヴェルネル、キャメロン・マクラッケン、テッサ・ロス、スティーヴン・レイルズ、マーク・ロイバル
撮影監督:アンソニー・ドッド・マントル
プロダクション・デザイナー:マーク・ティルデスリー
編集:ジョン・ハリス
音楽:リック・スミス
衣装デザイナー:スティラット・ラーラーブ
キャスティング ゲイル・スティーヴンス、ドナ・アイザックソン
2013年/アメリカ・イギリス合作映画/R15+
原題:TRANCE
配給:20世紀フォックス映画
©2013 Twentieth Century Fox
公式サイト:http://trance-movie.jp
公式Twitter:https://twitter.com/TranceMovieJP
公式Facebook:https://www.facebook.com/TranceMovieJP
▼『トランス』予告編