骰子の眼

cinema

東京都 新宿区

2013-08-30 01:30


「ケルアックの現代性とは、すべてを自ら探求しようとする欲望にあると思う」

ウォルター・サレス監督が語る映画『オン・ザ・ロード』の作り方
「ケルアックの現代性とは、すべてを自ら探求しようとする欲望にあると思う」

ブラジル出身で、これまで『モーターサイクル・ダイアリーズ』などを手がけたウォルター・サレス監督がアメリカのビートニク・ムーヴメントの第一人者ジャック・ケルアックの小説を映画化した『オン・ザ・ロード』が公開される。映画化権獲得から約30年、製作総指揮のフランシス・フォード・コッポラとサレス監督がタッグを組んでから8年の歳月が費やされ完成したという本作。制作前のリサーチ、脚本、撮影、配役そしてケルアックの世界観と、それぞれの角度からどのようにこの名作を解釈したのか、サレス監督が率直に語っている。

私にとってこの小説はあまりにも象徴的すぎた

── 「路上/オン・ザ・ロード」を初めて読んだときの感想を覚えていますか。

私はこの小説をブラジルで読んだが、当時は軍事政権下のつらい時代だった。報道も、出版社も、音楽や映画も検閲の影響を受けていた。当時ブラジルで出版されなかったから、英語で読むしかなかった。私はすぐに登場人物たちの自由さや、ジャズを吹き込まれたような語り口、セックスやドラッグが世界への理解を広げる道具と考えられているような描写に魅了された。それは、まさに私たちの暮らしぶりとは正反対のものだった。だから私はケルアックの洞察力に深く感心したし、私の世代の他の多くの人々も同じだった。やがてこの小説は1984年にブラジルで出版され、まるでそれが前兆であったかのように、国も民主主義へ回帰しようとしていた。私にとってこの小説はあまりにも象徴的すぎて、映画として脚色しようという考えなど当初は思い浮かばなかった。

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映画『オン・ザ・ロード』より (C)Gregory Smith

── 制作中のドキュメンタリー『Searching for on The Road』の中で、撮影前にあらゆる研究を行ったことについて語っていますね。なぜ、そうすることが重要だったのですか。

2004年にアメリカン・ゾエトロープ社と話し合いを始めた頃、私は時期尚早だと感じていた。脚色には多くの可能性が錯綜していたから、私は提案を行い、先にドキュメンタリーを撮影して、ケルアックとその集団の他の人たちの足跡をたどり、小説に描かれた冒険旅行をもっとよく理解しようと努めることにした。また、私はその世代が直面していた問題、つまり1940年代終盤や1950年代初頭の政治情勢について、より深い洞察をしようと考えていたんだ。

── あなたと共同脚本のホセ・リベーラは、「路上/オン・ザ・ロード」のどのバージョンを脚本に採用したのですか。

ケルアックが少年期と青年期の多くを過ごしたマサチューセッツ州ローウェルで、私たちはジャックの義理の兄ジョン・サンパスに会った。彼はとても寛大で、オリジナルの原稿のコピーを見せてくれた。私はすぐにそのバージョンの切迫性や即時性に心を打たれた。最初の一文がすでに異なる語り口を示していた。1957年に出版されたバージョンの冒頭は「ディーンに出会ったのは僕が妻と別れてからそれほど後ではなかった」だが、原稿の冒頭は「ニールに出会ったのは父が死んでからそれほど後ではなかった」だった。
原稿の主人公は喪失を味わったばかりで、そこから前に進まなければいけなかった。父親の探究がその原稿の重要なテーマであり、それは1957年に出版されたバージョンよりも強いものだった。私はこのテーマに常に関心を持っていて、それが脚色を進める原動力のひとつになったんだ。私とホセは5年間、共に仕事をしてさまざまな異なるバージョンについて話し合い、原作を可能な限り尊重しようと努めた。時に原作から離れたが、それはより忠実になるためにあえて裏切ってみたのだ。脚色により観客はオリジナル版の小説へと回帰したい気持ちになるはずだ。そして「路上/オン・ザ・ロード」の各自のバージョンを作り上げるんだ。

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映画『オン・ザ・ロード』より (C)Gregory Smith

── あなたの映画では、他の多くのロードムービーがそうであるように、ふたりの人物が一緒に旅をすることが多いですね。どのようにサルとディーンのコンビを設定したのですか。

ケルアックはふたりの関係についての解釈を明確に示している。ディーンは扇動者で熱くなりやすい“西部の風”だ。ディーンはニューヨークに上京する前に、ケルアックとアレンが参加していたニューヨークのインテリ・グループが持っていたあらゆる信念を覆してしまう。ニール・キャサディ/ディーンはとても興味をそそる人物であるため、ケルアックの数作品だけでなく、ジョン・クレロン・ホームズの「ゴー」や、ギンズバーグのいくつかの詩の中心的人物でもある。サルは感受性の強い観察者で、ディーンが持ち込む自由についていくらか言葉で表現し、私たちにそれを共有させてくれる。ドキュメンタリーの制作中、ニールは自分勝手に友人をうまく利用している、という批判を耳にした。しかし究極的には、誰が誰を利用しているのかについて考えさせられるかもしれない。実際に、この興味深い疑問は映画に描かれている。

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映画『オン・ザ・ロード』より (C)Gregory Smith

アメリカ合衆国は西部への旅に基づいて定義されてきた

── エリック・ゴーティエとはどのようにして撮影方法を計画したのですか。

自然地理は小説で中心になっているが、人物たちの内面の地理とでも呼ぶほどのものではない。アン・チャーターズは「路上/オン・ザ・ロード」について記したエッセーの中で、この小説は道の終わりについての物語とも解釈できると言っている。アメリカ合衆国はこのような西部への旅に基づいて定義されてきた。ウエスタンが北米映画ジャンルの典型だとしても、それは偶然ではない。西部征服の終焉はアメリカン・ドリームの終焉が始まる合図であり、「路上/オン・ザ・ロード」の人物たちもこのふたつのことを自身の中に抱えている。私たちは彼らの心の中の葛藤と合わせて、彼らにとって未知だったものを明らかにしたいという欲望を映画にすることに特に興味を持っていた。当初からエリック・ゴーティエは鋭い観察眼により、そのパラドックスを理解していた。彼はカメラを片手に、人物たちや彼らの動揺を見つめ続けた。エリックが指摘したように、本作を白黒で撮影したなら、単純に期待に応えるだけのもので、ロバート・フランクの「アメリカンズ」(*1958年発表の写真集)の引用にしかなっていなかっただろう。

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映画『オン・ザ・ロード』より (C)Gregory Smith

── この映画の音楽について語ってください。

作曲家のグスターボ・サンタオラヤは『モーターサイクル・ダイアリーズ』で最高の仕事をしてくれて、テーマ曲を作曲し、撮影期間中ずっと私たちに刺激を与えてくれた。今回の『オン・ザ・ロード』はMK2の若きプロデューサー、ナタナエル・カルミッツとシャルル・ジリベールのおかげで迅速なスタートが切れたが、あまりにも速かったため、スリム・ゲイラードの曲以外に事前にサウンドトラックを準備する時間がなかった。そこでグスターボは私たちが撮影と編集を行っているとき、映像を見る前に作曲した。このプロセスにより映像と音楽の間にギャップが生まれたが、私はより面白いと思った。音楽が止まることで映像が強調される。グスターボのような才能ある人物と共作するのだから、とことん活用した方がいい! グスターボはチャーリー・ヘイデンやブライアン・ブレイドといった優れたミュージシャンと音楽に取り組み、ロサンゼルスでのレコーディング・セッションはまさに至福の時だった。

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映画『オン・ザ・ロード』より (C)Gregory Smith

── キャスティングはどのように行ったのですか。

出演者は2004~2005年から始めて何年もかけて選んだ。キルステン・ダンストが最初に話した女優で、カミール役を考えていた。彼女の演技は驚くほど正確で、不必要に強調されたものが何もないといつも思っていたよ。
クリステン・スチュワートについては物事が予期せぬやり方で動いた。グスターボ・サンタオラヤとアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥは『イントゥ・ザ・ワイルド』の最初のカットを見た直後、私に「メリールウ役はもう探さなくていい。ショーン・ペンの新しい映画に出ている彼女はすばらしい」と言った。私はペンのその映画を観て心から気に入り、『トワイライト~初恋~』の熱狂が始まる直前にクリステンと会ったんだ。彼女は原作を非常によく知っていて、メリールウのことも理解していた。クリステンは不確定だった年月の間も、ずっとこの映画に尽くし続けてくれたんだ。
ギャレット・ヘドランドはテストにやってきた。彼にはミネソタからカリフォルニアまで、ヌードバーなどに立ち寄りながらバスに乗る場面で、自分が書いたテキストを読ませた。そして半分に差しかかるまでに、彼こそディーンだと思った。ギャレットも何年も待ってくれた。他の映画のオファーを受けるたびに、真っ先に電話をくれたよ。
そして『コントロール』を観たとき、私はイアン・カーティス役のサム・ライリーの演技にとても感心した。あれは実に見事だった。彼はニューヨークへギャレットとの読み合わせに来たが、彼の俳優としての正確さと同時に、人間性と知性に深く感動させられた。それらは作家を演じるのに必要な資質だった。
撮影が近づくと、ヴィゴ・モーテンセンがオールド・ブル・リー役で加わり、エイミー・アダムスも加わった。ふたりとも天才的な俳優で、いつの間にか登場人物に変身し、驚くべき内面を与えることができる。ヴィゴはニューオーリンズに来たとき、バロウズが当時使っていたタイプライターと同じ銃を持ってきてくれたうえに、1949年にバロウズが読んでいたものについて綿密な調査をしてきた。それはマヤ歴の暗号とセリーヌの著作だった。映画の中にセリーヌについての即興があるのはヴィゴの提案によるものだ。彼は映画の共同作家のひとりなんだ。

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映画『オン・ザ・ロード』より (C)Gregory Smith

── ケルアックの現代性はどこにあると思いますか。

すべてを自ら探求しようとする欲望にあると思う。画面上ではすべての瞬間をとことんまで、しかも身代わりを使うことなく感じ、臭いをかぎ、味わい、生きている。ドキュメンタリーの撮影中、私たちは詩人のローレンス・ファーリンゲッティとサンフランシスコ周辺をドライブしていた。彼はバークレーへ向かうベイブリッジの渋滞を見て、忘れられない言葉を言った。「見てごらん、もうこれ以上遠い場所はない」。「路上/オン・ザ・ロード」が書かれたとき、世界はまだ完全に形成されていなかった。ボルヘスはかつて文学における最大の喜びは、まだ名前のないものを名付けることだと言っていた。現在、私たちはすべてがすでに為され、探求されたような印象を持っている。中国人監督のジャ・ジャンクーは映画『世界』の中で、この空間と時間の内部崩壊を美しく描いている。その結末は、前触れのように若いヒーローとヒロインの自殺で終わっている。「路上/オン・ザ・ロード」はこの動けない状態に対する解毒剤のようだ。これこそ私がこの小説で一番惹かれるものだ。

(『オン・ザ・ロード』オフィシャル・インタビューより転載)



ウォルター・サレス プロフィール

1956年、ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。1980年代後半にTVドキュメンタリーの分野で映像業界におけるキャリアを踏み出し、初めて手がけた劇映画はブラジル、アメリカ合作のサイコ・スリラー『殺しのアーティスト』(91)。数多くの賞に輝いたダニエラ・トマスとの共同監督作品『Terra Estrangeira』(96)に続き、老女と少年の旅を描いたロードムービー『セントラル・ステーション』(98)でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞し、世界的な名声を獲得した。さらにダニエラ・トマスと再び共同監督を務めた『リオ・ミレニアム』(99・未)、ロドリゴ・サントロ主演の神話的なドラマ『ビハインド・ザ・サン』(01)を発表。そして革命家チェ・ゲバラが若き日に経験した南米大陸縦断の旅を詩情豊かに映画化した『モーターサイクル・ダイアリーズ』(03)で絶賛され、中田秀夫監督のJホラー『仄暗い水の底から』のリメイク『ダーク・ウォーター』(04)でハリウッドに進出した。その後はプロデューサーとしてブラジルの若手監督たちを支援するとともに、『パリ、ジュテーム』(06)、『それぞれのシネマ ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~』(07)、『Stories on Human Rights』(08)といったオムニバス映画に監督として参加。またダニエラ・トマスとの共同で『Linha de Passe』(08)の監督も務めている。




映画『オン・ザ・ロード』
8月30日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー

人生のすべては路上にあるー
若き作家サル・パラダイスの人生は、ひとりの男の出現によって一変した。自分や作家仲間たちのような“退屈な知識人”とは真逆の存在で、社会の常識やルールに全く囚われないディーン・モリアーティ。ディーンの刹那的なまでに型破りな生き方とその美しき幼妻メリールウに心奪われたサルは、彼らと共に広大なアメリカ大陸へと飛び立っていく。さまざまな人々との出会いと別れを経験しながら、このうえなく刺激的な“路上の日々”は続いていくー。

監督:ウォルター・サレス
サム・ライリー、ギャレット・ヘドランド、クリステン・スチュワート、エイミー・アダムス、トム・スターリッジ、キルスティン・ダンスト、ヴィゴ・モーテンセン
製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ
音楽:グスターボ・サンタオラヤ
2012年/フランス・ブラジル/英語/カラー/シネマスコープ/139分
字幕翻訳:松浦美奈
原題:ON THE ROAD/R-15
配給:ブロードメディア・スタジオ

公式サイト:http://www.ontheroad-movie.jp
公式Facebook:https://www.facebook.com/ontheroad.movie2013
公式Twitter:https://twitter.com/OnTheRoad_mov

▼映画『オン・ザ・ロード』予告編


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