骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2012-10-27 10:59


脳死は昏睡や植物状態とは違うということを説明することが医療チームの最も重要な責任

私たちの現在の仕事は子を亡くした親へのカウンセリング(イサ)と遺伝カウンセラー(アナ)です
脳死は昏睡や植物状態とは違うということを説明することが医療チームの最も重要な責任
映画『ミラクルツインズ』より

肺の難病「嚢胞性線維症」(のうほうせいせんいしょう・CF)を持って生まれながらも、それを乗り越えていく双子の日系アメリカ人を捉えたドキュメンタリー『ミラクルツインズ』が11月10日(土)より渋谷アップリンクにてロードショー公開される。今作は、イサベル・ステンツェルとアナベル・ステンツェルの姉妹が、苦しいセラピーを続けながらも人生に果敢にチャレンジ。臓器移植により新しい肺を得た後、移植の必要性を伝えるために支援活動を開始し、多くの人たちに希望と勇気を与えていく姿を描いている。公開にあたり来日したふたりに、現在の仕事について、そしてCFと臓器移植をめぐり日本とアメリカが抱える問題について聞いた。

自分の気持ちを表現できれば少しだけ癒される

── 現在、アナベルさんは遺伝カウンセラー、イサベルベルさんはソーシャルワーカーをされていますが、どんな点がたいへんですか?

イサベル:この『ミラクルツインズ』について、そして本『ミラクル・ツインズ!―難病を乗り越えた双子の絆』についての講演のために、たくさん旅行をしています。それと合わせて、新しく始めた仕事として、週に36時間、スタンフォード大学内のルシル・パッカード小児病院で働いています。ヒューレッド・パッカードの共同創業者のデヴィッド・パッカードの奥さんがお金を出して設立した病院なんです。子供の病院で、病気で亡くなった子供の両親のカウンセリングをしています。それはもちろん、つらくて難しい仕事です。家族の悲劇のストーリーをよく聞きますけれど、私は、生まれたときから病気のこと、子どもの病気のことと接してきて、CFの友達が亡くなったこともあり、CFの患者さんの両親もたくさん知っているので、そうした人たちの心を理解できる。この仕事をやる意味や理由があるのです。

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映画『ミラクルツインズ』のイサベル(左)とアナベル(右)

── イサベルさんだからこそより深く両親や兄弟の悲しみを理解することができるのですね。

イサベル:子供が亡くなった後、家族が悲しみのなかどうやって生き続けるのかということをサポートする、とても感情的な仕事なんです。アメリカではカウンセリングは誰もがよくすることですが、自分の気持ちを表現できれば少しだけ癒されるのです。

── じっくり時間をかけてケアをするのですか?

イサベル:はい。たとえば私は少しだけスペイン語も話しますが、メキシコからくる人もたくさんいて、彼らはスペイン語を話して英語がわからないので、コミュニティにサポートが何もないんですね。私たちがグループでサポートをするんです。亡くなった子供さんの思い出を話してもらい、みんなで共有します。

── カウンセリングは一対一ですか?

イサベル:フェイス・トゥ・フェイス(一対一)とグループの両方です。心を癒すための、ほんとうにかけがえのない仕事だと思います。

アナベル:私の仕事は遺伝病のリスクがある、妊娠している女性のカウンセリングです。イサベルと同じように、週28時間だけ仕事をしています。ですから、自分の健康のために、医者に行ったり、運動をしたりする時間もありますし、金曜・土曜、日曜日にはときどき旅行することもできます。

── 妊婦のときからカウンセリングをするのですか?

アナベル:そう、生まれる前です。いまは親の血液検査で遺伝子を調べることができます。そこでいろんな遺伝病がわかることもあるのです。あとは赤ちゃんの羊水検査、超音波検査、絨毛(じゅうもう)検査をして、どんなリスクがあるか、結果を全て説明します。

── 検査で生まれてくる子供に病気のリスクがあるとわかったら、どうカウンセリングするのですか?

アナベル:大学院で、悪いニュースをどうやって親たちに伝えるのか特別なトレーニングをしました。とてもセンシティブに話します。たとえば妊婦の女性が羊水検査をして、赤ちゃんがダウン症だと診断されたら、妊婦に金曜の夕方には決して電話しません。わかるでしょう?週末ずっと悩んでしまいますから。だから日曜の夕方に電話して、「次の日の朝こちらに予約して、また話しましょう」と伝えます。そうしたセンシティビティに気を遣うことがいろいろあります。そして、中絶するか出産の準備をするかは、家族の選択なのです。

── 倫理的な問題についてはどう考えているのでしょうか?

アナベル:生まない選択をするのも、本人と家族の意思です。みんなCFというわけではなく、ダウン症や他のもっとひどい遺伝病の患者さんもいます。私はオープンマインドを心がけています。これは彼達の人生、彼達の命、だから彼達の選択を尊重しないといけない。一番辛いときにできるだけ簡単な選択をさせてあげるのが、私の仕事です。

イサベル:アナベルが「人生の前」の仕事で、私が「人生の後」の仕事。しかも同じスタンフォード病院で働いているんです。

イサベル:映画でも描かれていますが、私たちのパーソナルなストーリーのように人生は辛いことがたくさんあるから、自分のアティチュードが何より大切。みなさんも、もし辛いことがあっても、自分の態度でもって前向きに乗り越えることができると思います。

アナベル:困難なときに立ち向かうため、それを乗り越えるための力、勇気はだれにもある。ポジティブにプラスの視点で乗り越えることを信じています。

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映画『ミラクルツインズ』より

これは病気の話だけなく、家族の話であり、人間の我慢強さの話

── 映画が公開されたことで、アメリカの市民のCFに対する意識の変化はありましたか?

アナベル:本が5年前に出版されて、映画は去年公開されましたが、ほんとうに多くの一人に読んでいただき、観ていただきました。健康の大切さ、呼吸を楽にできることの大切さが分かってもらえました。でも、この本と映画は病気のことだけではありません。これは家族の話であり、ハーフの悲しみの話でもある。親たちがほかの国からアメリカに来て住んでいる、アメリカンドリームの話なのです。アメリカには他の国から移住してきた数多くの人がいるので、子どもたちは、親のせいで私たちと同じように目が回るでしょう(笑)。『ミラクルツインズ』はほかにも、人間の我慢強さの話であり、姉妹愛の話でもある。そうしたメッセージに人が「これは素晴らしい」と思ってもらえた理由だと思います。本は5年で5回くらい増刷されて、うれしかったです。

イサベル:CFはまだ珍しい病気で、ニュースや新聞にもあまり出ることはありません。ありがたいことに、私たちの本は「教育に最適な本だ」と言われています。若い両親にCFの赤ちゃんができても、この本を読んだら、もちろん少し怖いけど、希望をたくさん得ることができる。移植とCFの薬もだんだんよくなっているから、生きられるという希望があります。

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映画『ミラクルツインズ』より

── いまのアメリカの医療制度のドーナツホールと呼ばれる問題(高齢者に対する外来薬剤給付にあたり、かかる費用が中間の人がもっとも負担額が高くなるシステムとなっている)など、心配していることはどんなことですか?

イサベル:私たちはオバマケア(オバマが出した保険制度に関するプラン。国民に保険加入を義務付け、保険料の支払いが困難な中・低所得者に補助金を支給する)が大好きなのです。オバマプランに反対している人たちは、ほとんど病気をしたことがない人。だから、政府はお金をださないほうがいい、と言いますけれど、保険がなければ、病気になって移植が必要となったとき、貧乏になってしまう。私たちはすごくラッキーで、いつも恵まれていますが、肺移植には65万ドルもかかるのです。

アナベル:私たちには本当に保険が必要で、その心配がいつもあります。映画に出てくるCF患者のアナ・モドリンは、親の扶養として保険がまかなわれているので、結婚すると扶養家族から外れてしまうから結婚ができない。夫がいるけれど、法律上の結婚はしなかったんです。重要なのは保険が全ての患者の問題ということ。お金をもっと出さないといけないとか、いつも考えています。

イサベル:アメリカの健康保険システムは壊れています。10~20年前と比べても、収入のなかで保険料が占める割合はどんどん大きくなっている。でも、州によっても違っていて、カリフォルニア州は幸運なことに、遺伝病に対する州の保険があるので、CFやほかの遺伝病の患者は保険を受取ることができる。でも、テキサスに引っ越したら大変になる、といったことがあります。でも、その保険はセカンド・チョイス。ファースト・チョイスは家族や職場の保険を使います。私の夫の会社の保険を使っていますが、大きな企業なので保険が完備されているのです。

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映画『ミラクルツインズ』より

── ニュースでは11月6日の大統領選に向けて、オバマとロムニーの支持率がちょうど半分くらいと言われていますが、カリフォルニア州ではいまどうですか?

イサベル:オバマです!昔からカリフォルニアはリベラルな人たちが多いのです。

アナベル:いまはヘルスケア・セルフケアが大切です。アメリカ人はとても健康の問題を抱えています。半数くらいは食べ過ぎをはじめとする自分の生活習慣によって、習慣病などの問題がある。だから医療がチェンジして、もっと予防的なものになるべきだと思います。

教育により脳死についてきちんと理解することが必要

── アメリカの製薬会社はお金持ちの人が寄付しているので、お金持ちが優遇されるというようなことを聞いたのですが、本当ですか?

イサベル:お金持ちは寄付するかもしれないけど、そうではなくて、CFのNPO組織は、家族やコミュニティが大きな募金活動をしているので、とてもお金が集まっているのです。その組織が製薬会社に研究のためにお金を寄付しています。例えば、CFはアメリカでは3万人が患っていますけれど、糖尿病や癌などの病気と比べると少ないので、製薬会社は患者が少ない病気のための薬を作りたくない、お金を出さない、ということがよくあるのです。ですから、Cystic Fibrosis Foundationという組織が、そういった製薬会社に寄付することで、研究開発をできるような仕組みにしているのです。とてもいい考えでしょう?癌の組織や、ほかの病気の組織にとっても、CF基金のやり方はモデルになっているのです。

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映画『ミラクルツインズ』より

── 日本での脳死による臓器移植はアメリカと比べても少ないです。それは日本人の死生観も関係していると思うのですが、講演活動や映画製作を通じて、あらためて感じることはありますか?

アナベル:文化的なことは尊重しますが、まず脳死は科学的な定義の死であるということは世界的に考えられていて、脳死は死だというのは一般的なこととしてあると思います。ですので、きちんとした診断をすること、そして脳死は昏睡や植物状態とは違うということをはっきりと家族にきちんと説明することが、医療チームのもっとも重要な責任だと私は思います。脳死に対する誤解があることを考えると、非常に悲しくなるのですが、それは教育が充分できていないことが理由にあるのではないでしょうか。脳死についてきちんと理解することが必要だと思います。

イサベル:倫理には4つの美徳があると思います。ひとつはよい行いをすること。そして傷つけないこと。自律的であること、そして正義です。臓器提供はその4つすべてに触れることなのです。日本の場合、一番重きを置いてしまうのは、「傷つけない」というとことなんですね。しかし理解してほしいのは、ドナーはすでに亡くなっているので、傷つけない、ということはすでに済んでいることなのです。その次の、人をどう助けてよいことをするか、というところに臓器提供という選択がある。そして臓器提供をする・しないという自律的な選択肢があるのです。

東日本大震災のときにも思いましたが、日本でいろんな人と話すと、多くの日本人が人を支えたい、助けたいと思っていることを感じます。先ほどの4つの美徳の話に戻れば、あとは自律、正義、公正というところ。そうした啓蒙活動や教育を続けることで、日本の社会が変わっていく可能性がまだ十分あると思っています。

日本人の臓器移植に対する抵抗感を否定するような気持ちはまったくありません。教育や啓蒙活動が浸透して、死に対する視野が広がれば、もっと臓器移植に対する意識が高まるのではないかと思っています。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)



映画『ミラクルツインズ』
2012年11月10日(土)より、渋谷アップリンクにてロードショー
第七藝術劇場ほか、全国順次公開

監督・プロデューサー:マーク・スモロウィッツ
プロデューサー: アンドリュー・バーンズ
出演:アナベル・ステンツェル、イサベル・ステンツェル・バーンズ
原題:The Power of Two
配給:アップリンク
協力:社団法人臓器移植ネットワーク
2011年/アメリカ・日本/94分/英語・日本語
(c)Twin Triumph Productions, LLC
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/miracletwins/
公式twitter:http://twitter.com/uplink_els
公式FACEBOOK:http://www.facebook.com/miracletwins.jp

▼『ミラクルツインズ』予告編





『ミラクル・ツインズ!―難病を乗り越えた双子の絆』
イサベル&アナベル・ステンツェル

ISBN:978-4000248570
価格:2,100円
版型:188×132ミリ
ページ:212ページ
発行:岩波書店


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