『モールス』のマット・リーヴス監督。Saeed Adyani,(c)2010 Fish Head Productions, LLC All Rights Reserved.
臨場感溢れるカメラワークとニューヨークを謎の怪物が襲うという型破りな設定で世界的成功を収めた『クローバーフィールド/HAKAISHA』のマット・リーヴス監督。彼が次なる作品として選んだのは、日本でもヒットを記録したスウェーデン映画『ぼくのエリ 200歳の少女』のハリウッド版である『モールス』。この作品でリーヴス監督は、謎めいた少女と孤独な少年の間に起こる猟奇的な殺人事件を通して、ふたりの心の共振をセンシティブに捉え、舞台となる街など設定をいくつか変えながらも『ぼくのエリ 200歳の少女』に拮抗する恐怖と切なさを生み出している。前作で一躍ヒットメイカーとなった監督に、懐かしくも新しいスリラー映画の世界を開拓することに成功した今作制作における気構えをスカイプ・インタビューにより聞いた。
クロエは最初に会ったときから傑出したものを感じた
──本作のテーマはイノセンスと成長期における不安定さだと思いますが、それを描くにあたりオーウェン役のコディ・スミット=マクフィーと、アビー役のクロエ・グレース・モレッツという主役2人の演出で気をつけた点はどこでしょう? また、成功したと思うシーンは?
僕がテーマとして考えていたのは、いま言われたとおりイノセンスと思春期についてです。思春期に突入する寸前の12歳という年齢は、自分の中に二面性が生まれる時期です。まだ幼く純真でナイーブであると同時に、暗い衝動にかられる側面も出てきます。自意識が強くなりはじめ、ホルモンの作用で身体や声が変化してくる。自分をコントロールできなくなってくることに恐怖を覚える年齢です。僕がリンドクヴィストの原作を読んで魅せられたのは、そうした微妙な年齢の描写でした。それに加えて学校でいじめられているオーウェンの場合、はみだし者としての反発で、いつも復讐を夢想している。良い子にしているべきなのはわかっていても、胸の内ではいじめっ子たちを殺せたらどんなにいいかと願っている。話し相手が誰もおらず、そういう感情を持て余しているのは、子供にとって非常に怖いことのはずです。この点が本作において大きな意味を持っています。
(c)2010 Hammer Let Me In Production.LLC
──『キック・アス』と『ザ・ロード』というクロエとコディそれぞれの代表作を観ずにオファーしたそうですね。
もちろん観たかったのですが、スタッフが多忙だったりいろんな事情で観られませんでした。ただ、いかに彼ら2人が素晴らしいかはスタッフから聞いていました。ともかくキャスティングは、なによりオーディション中のワークショップで直に接して決めるのが一番ですから。クロエは最初に会ったときから傑出したものを感じましたが、さらに何度かワークショップで役作りを進めていく中で確信を持ちました。彼女がこの役を演じることになんの疑念もなかったです。撮影を終えてみて、予想以上に素晴らしい演技で驚かされました。コディも同様で、最初お父さんと一緒に来て、他の子役で納得できなかったシーンの台詞を彼にが読んでもらいました。それがあまりに素晴らしく一発でこの子だと決めました。それまではオーウェン役が見つからなかったらどうしよう思っていたところだったので、「よし、これで映画が撮れる」とホッとしました。
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コディとクロエは、年齢のわりに大人びていました。なるべく自分自身を出してほしかったので、コディとは友達のことや悩みなどについて話をしました。コディはオーストラリア出身なので、仕事で地元の仲良しの友達となかなか会えないようでした。いつも初対面の人間に囲まれているのは12歳の少年には辛いでしょう。
コディは直ちに、というか直感的に、オーウェンの暗い感情をつかんでくれました。むしろカメラが回っていないところで、僕が変な顔とかして笑わせて、たまに気をゆるめさせたくらいです。逆にクロエは、根っから楽しいことが好きなタイプなので、もっとアビーの悲しみや孤独に共感するよう、絶えず指示しました。もちろん言えば出来るのですが、彼女の本来の性格ではなかったので。だから、反対の性格を持った2人を釣り合わせるのがおもしろかったです。とにかく2人と一緒の仕事は楽しくて、子供の彼らから僕自身たくさんのことを学びました。
映画全体をとおして彼らの演技に満足していますが、ジャングルジムのシーンなど特に気に入ってます。2人の素晴らしさは言い尽くせませんが、驚くべき演技をしてくれました。
ヒッチコックはスリラーというジャンルの表面下に、非常に個人的な物語を入れ込んでいる
──オーウェンが望遠鏡で他の家を覗くシーンは、ヒッチコックの『裏窓』を彷彿とさせます。また、次回作『インビジブル・ウーマン』はヒッチコック的スリラーになると報じられています。監督はどんな点でヒッチコックに影響を受けていますか。また今作でヒッチコックへオマージュを捧げているところはありますか。
ヒッチコックの映画作りには大変に感化されています。観客として深く影響を受けたのは 僕が“映画作りにおける古典的視点”と考えるものです。オーウェンが望遠鏡で覗くシーンはもちろん『裏窓』と、キェシロフスキの『愛に関する短いフィルム』にもインスパイアされています。僕は映画の面白さは感情移入にあると思っていて、観客を登場人物の視点に立たせて、同じ経験を味わせることは、映画しか成し得ません。『タクシー・ドライバー』もヒッチコックのスタイルをかなり取り入れていることに議論の余地はないでしょう。本作では全編をつうじて、できるかぎりオーウェンの視点を入れることで、観る側がオーウェンに近づくようにしました。『めまい』や『間違えられた男』にしても、ヒッチコックはスリラーというジャンルの表面下に、非常に個人的な物語を入れ込んでいる。次回作の『インビジブル・ウーマン』でもヒッチコック的手法を用いる予定です。彼はすべての観客を登場人物の経験に引き込むためには、カメラをどう使えばいいかわかっていました。ヒッチコックには多大なる尊敬の念を抱いています。
──前作『クローバー・フィールド』と今作の共通点は、見慣れた現実に突然信じられない出来事が起こるのを映像として見せていることだと思います。監督としては前作との共通点に関してはどうお考えですか。
今おっしゃったことも確かにそうですが、もうひとつ言えるのは、表面上はそう見えないかもしれないけれど、前述したヒッチコックの古典的“主観映像”スタイルです。『モールス』よりも『クローバー・フィールド』では、極端なまでにそれを取り入れていています。『モールス』でリチャード・ジェンキンズ演じる父親とアビーが隣の部屋に引越してきたとき、オーウェンが窓から見ようとしてもよく見えない、話し声もよく聞こえないシーンがあります。同じように『クローバー・フィールド』では混沌の中を走っていて周りはチラッとしか見えない。しかもハンディカムの視点だと、登場人物の視点より見える範囲がもっと狭まります。2作品とも、ストーリーテリングが厳格に制限された視点に依存している点でつながっているのです。
(インタビュー・文:駒井憲嗣)
マット・リーヴス プロフィール
1966年、NY出身。8歳のころから映画を撮り始め、13歳の時に後に共同製作者となるJ・J・エイブラムスと出会い、短編映画を製作。南カリフォルニア大学在学中にジェフ・マーフィ監督『暴走特急』(96)の脚本を執筆。長編映画監督デビュー作はグウィネス・パルトロー主演『ハッピィブルー』(97)。2008年に公開された『クローバーフィールド/HAKAISHA』は低予算で作られたものの、1月公開作品として米国内での興行成績記録を更新し、日本をはじめ全世界的に大ヒットを記録した。『モールス』はそれに続く待望の最新作となる。次回予定作に監督・脚本・製作を手掛ける『The Invisible Woman』やレイ・ネルソンの短編小説「8 O'Clock in the Morning」の映画化などがある。
『モールス』
8月5日(金)TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
雪に閉ざされた町。オーウェンは母親と2人きりで暮らし、学校ではイジメられている孤独な少年。ある日、隣にアビーという少女が越してくる。彼女は雪の上でも裸足で、自分の誕生日も知らない、謎めいた少女だった。何度も会ううちに、孤独を抱える二人は徐々に惹かれあい、お互いにしか分からない壁越しのモールス信号で絆を日に日に強くさせていく。やがて、オーウェンはアビーの隠された、哀しくも怖ろしい秘密を知ることになる。
出演:クロエ・グレース・モレッツ、コディ・スミット=マクフィー、リチャード・ジェンキンス
監督・脚本:マット・リーヴス
原作:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
撮影:グレッグ・フレイザー
音楽:マイケル・ジアッキノ
2010年アメリカ/116分/カラー/スコープサイズ/ドルビーデジタル/R15+
配給:アスミック・エース
(C)2010 Hammer Let Me In Production.LLC
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