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今回は、8月に虚構の劇団『天使は瞳を閉じて』の公演、11月に10年ぶりの第三舞台の復活公演が控える鴻上尚史氏のインタビューをお届けします。
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幸福のための、あきらめと決意を。
すべての物事は、巡りめぐる。もうおしまいだと思っていても、案外そうでもなかったりする。二度と逢わないと固く誓っても、いずれ笑い合えてしまったりもする。だから人生ってものは、これでなかなか、やめられない。
この人も、そんな季節を重ねている。大学時代、その才気に火がついて、8~90年代の「小劇場ブーム」を牽引。大高洋夫や筧利夫ら個性豊かな俳優たちを輩出し、異例のロンドン公演まで成功させつつ、2001年、その活動の「10年間封印」を宣言した劇団「第三舞台」。主宰である鴻上尚史は今年、ふたつの再会を仕掛けようとしている。まずは、この夏。1988年に初演された、同劇団の代表作『天使は瞳を閉じて』を、現在彼が率いている若手中心の「虚構の劇団」公演として舞台にのせる。高校演劇での上演希望が、今なお押し寄せる人気作だ。
「ひとつひとつのキャラクターが際立っている、というのが(人気の)理由のひとつかもしれないですね。かつて天使だった人間とか、やりたいことが見つからなくて七転八倒している女の子とか。そして、その人たちの希望と絶望を、ただ見守ることしかできない天使がいる。そんな構図が、共感をいただけたのかも」
描かれるのは、世界の終わりだ。放射能汚染で滅んだと思われた人類が、しかしわずかに生き延びている街を、世界の監視員たる天使が見つける。相棒の天使と共に駆けつけると、彼らはちょうど結婚パーティーの最中で、だから全員が満面の笑顔であり、そのあまりにも幸せな光景に思わず、天使のひとりは人間へと"転職"を決める。残された天使はその日から、彼女と街の人々の日々を、静かに観察することに。
「具体的にお金をもらうわけでも、ほめてもらえるわけでもない。でも、誰かに見守られている、と思うだけでひとつ、生きる勇気を得られるような局面が、人生にはあると思うんですよ」
たとえば、何らかの悲しみに見舞われたとき。孤独を痛感してしまったとき。亡きおじいちゃんやおばあちゃんの顔が、ふと頭をよぎったりする瞬間が、特に日本人には多くあるだろう。
「僕たちは"絶対的に強力な他者"としての神や救世主を想定せずに生きている。かといって、代わりに家族や会社や手近な恋愛にすがるのも、どうも違うと思うんですね。だって、絶対的に強力な存在なんてものはそもそも、どこにもないんだから。何かを頼りにするのではなく、脆弱で無力な何者かを自分なりに想定して、そのまなざしを支えに生きていくのだという、ある種の踏ん切りとあきらめと決意が、この時代には必要なんだと思うんです」
勝ちながら大人になる
大人になる、というのはつまりそういうことのように思う。親とか、先生とか、揺らがぬ指針として心をあずけてきたものたちが、わりとあっけなく、そうでなくなる。そして不意に気づくのだ。そうか、立派に見えた親も先生も、同じように揺らいでいたのだ、と。
「初演のときに"マスター"(編注:劇中、街の人々が集うスナックの経営者)を演じた大高洋夫に、今回も同じ役で参加してもらうんですが、初演当時の大高は29歳だったんですね。そして今は「虚構~」のメンバーが、その年齢に差しかかりつつある。僕らが20代で作った物語を、今20代を生きる彼らは、果たしてきっちり引き受けられるのか。それが楽しみで」
劇団にしろ、バンドにしろ、アイドル・グループにしろ。ひとつの集団を長きにわたって見守る喜びは、おそらくそこにあるのだろう。だんだんと個別認識ができるようになり、ああ自分はこの人が好きだ、と思うようになり、やがて彼もしくは彼女の動向ひとつひとつに、一喜一憂するようになる。
「そしてその役者をある日テレビで見かけたりすると、うわあっ!とテンションがあがりますよね(笑)。観る側の中に、役者の歴史が積み重なっていくというか。それと同時に、その役者は、その歴史を支えられるだけの技量を持ち続けなきゃいけないわけです。その点、「虚構~」のメンバーは大変だと思う。一時期の巨人軍じゃないけど"勝って当たり前"みたいなところで戦ってきているわけだから」
「虚構の劇団」が始動したのは3年前。鴻上自身による綿密なオーディションを勝ち抜いた、即戦力の俳優集団として、その一歩目を踏み出した。
「第三舞台の頃は僕だって、初めてのことだらけだったから、その不器用な試行錯誤のすべてをお客さんに暖かく見守っていただいてたわけですけど。でも「虚構~」のメンバーは「さんざん試行錯誤をし終えた鴻上が、ここへきて一体何をしようとしているのか?」という、どこかシニカルな視線の中を突き進まなきゃいけない。「ほらね? 順調に育ってるでしょう?」と言い切れる結果を残し続けるのは、彼らも、そして僕だって、相当腹を決めてかからなきゃイカンなと思うんですよ」
"手応えが一緒"の確信は最強です
鴻上尚史が仕掛けるもうひとつの"再会"。それが前述の「第三舞台」再始動である。この報にふれて、おおっ、と半腰があがった読者も少なくなかろう。そしてその誰もが、あれから10歳、年齢を重ねている。幾度も訪れる、何らかの希望に青空を仰ぎ、何らかの失望に唇を噛みながら。
「僕のところにも、熱狂的なメールが届きますよ。"復活するんですね!"とか"ホームページを見て号泣しました!"って」
第三舞台の芝居はいつも、希望と絶望にあふれていた。孤独や終末といった絶望を、嘆かず生き抜く術について。あふれかえるギャグとダンスと飛び散る汗の、向こうにあるのは静謐(せいひつ)な覚悟。凛と生きていく、という覚悟である。
「大人でもそうでなくても、それぞれの世代ごとに、向き合わざるを得ない切実な現実があるわけです。だから例えば『天使~』の初演の時に、芝居が胸に刺さりすぎて席を立てなかったお客さんが"今回はあんまりピンと来なかった"となれば、それはそれでとても幸福なこと。だってその人は、はっきりと成長しているわけだから。自分はここまで来たのだと、その道のりを確認していただけたら、僕はむしろうれしいんです」
そしてもちろん鴻上自身も、すっかり50代に突入している。
「第三舞台の復活は、ノスタルジーでも同窓会でもなくて。僕らと同じく40代や50代になった人間が、いま何を考え、いかに生き抜こうとしているか。そこにちゃんと向き合い、描きたいから、このメンバーで芝居をしたいと思ったんです」
前述の大高洋夫をはじめ、小須田康人、筧利夫ら、それぞれのキャリアを重ねてきた面々が顔を揃える。となれば、やはり尋ねたくなってしまう。第三舞台の、来し方行く末について。
「ここまで続けてこられた理由?何だろうなあ……いつも面白くなりそうだから、かな。だって自分が面白がれなかったら、こんなに長いこと続けられませんって!」
その率直な言葉に思う。1990年前後、第三舞台は熱狂の嵐の中にあった。時代を読み取り、掘り下げ、先取りしては作品に織り込む鴻上尚史は、時代の寵児と呼ばれた。チケットは速攻でソールドアウト。公演が始まれば、当日券を求める人の列が、その前夜から長く長く延びる。そして終演後の楽屋口には、これまた出待ちの長い列。あの荒波の中で"自分が面白いと思うこと"の羅針盤を保ち続けるのは、どれほどのことだったろう。
「ええと……忘れた(笑)!だってここで"当時の自分"を語ろうとしたって、それはただの曖昧な記憶でしかない。今の僕が考えているのは、これからのこと、でしかないので」
ややかっこいいことをひとつ言い、たははっ!と笑ってから鴻上は続ける。
「それにね、第三舞台を封印してからの10年間も、僕は芝居を作り続けていたわけですから。それなりの経験値もつきましたし、お客さんの反応もだいたい予想できるんですけど、僕が思わず没入して見入ってしまうシーンはたいてい、お客さんもやっぱり没入しているんですよね。その"手応えがお客さんと一緒"感がある限り、僕は何も怖くない。だから、こうして今があるんです」
演劇は快楽。だから滅びない
そして今。鴻上作品の客席は、何とも不思議なことになっているという。
「昔からずっと観に来てくださっている、年上の先輩方や評論家。あるいは僕らと同世代、つまり中年配のお客さんたち。さらにはその人たちが連れてくる、10代の子どもたち。こんなにも幅広い世代が入り交じる客席というのは、他にないんじゃないかと思えて」
こと、演劇における作品や劇団と観客は、ある種の絆で結ばれている。一度出会ってしまったら、どんなに足が遠のいても、その糸がちぎれることはない。両者が各々の人生を歩き続けているかぎり、不意に「また行ってみようかな」なんて思う瞬間が訪れたりするのだ。
「そして演劇はどんな時代にあっても、絶対に滅びないと僕は思うんです。目の前に人間がいて、そいつがどう生きて、あがいて、泣いたり笑ったりしているのかを、直接目撃できるのが演劇だから。その息づかいや、成長や、ひいては人生までをも共有しあえることが、演劇の快楽なんだと思うなあ」
鴻上尚史が思う演劇。それは「芸術」でも「表現方法」でもなく「関係」である。作り手と役者、劇団と観客。上達したり衰えたり、愛されたり飽きられたり。その継続的な移ろいのすべてを、彼は演劇と呼び、愛している。
「実は第三舞台復活公演の前に『ハルシオン・デイズ』のロンドン公演があるんですよ(編注:8月23日から9月18日まで、リバー・サイド・スタジオにて上演)。正直なことを言ってしまえば、今はそのことで頭がいっぱい(笑)!何しろ僕は純愛派なのでね。一作品ずつちゃんと愛し切らないと、次には進めないんですよねえ」
などと高らかに笑いながら、鴻上尚史は今日も何らかの"関係"をやめない。
取材:小川志津子 撮影:平田光二
鴻上尚史's ルーツ
母親に連れられて観た演劇の記憶と、中学校の演劇部。
子供の頃、母親に連れていかれたいくつかの演劇の記憶と中学校の演劇部がルーツかなぁ。初めて演劇の台本を書いたのが、中学2年。それ以来、高校も大学も演劇部(サークル)でした。
鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)プロフィール
1981年に劇団「第三舞台」を結成。以降、多くの作・演出を手掛け、1987年に『朝日のような夕日をつれて'87』で紀伊國屋演劇賞団体賞を、1995年には『スナフキンの手紙』で岸田國士戯曲賞を受賞。2001年に「第三舞台」の10年間封印を宣言してからは「KOKAMI@network」「虚構の劇団」を拠点に活動。2010年に戯曲集『グローブ・ジャングル』で読売文学賞受賞。8月に『天使は瞳を閉じて』『ハルシオン・デイズ』ロンドン公演の他、11月には「第三舞台」の復活公演が控えている。
虚構の劇団『天使は瞳を閉じて』
2011年8月2日(火)~21日(日)
劇場:シアターグリーン BIG TREE THEATER
チケット料金:4,500円 他
当日券:あり
お問い合わせ先:サンライズプロモーション東京
0570-00-3337(10~19時)
公式サイト
作・演出:鴻上尚史
出演:出演:大久保綾乃/大杉さほり/小沢道成/小野川晶/杉浦一輝/高橋奈津季/三上陽永/山﨑雄介/渡辺芳博 ・ 大高洋夫
厳選シアター情報誌
「Choice! vol.20」2011年7-8月号
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