骰子の眼

cinema

2010-08-04 15:34


本物のストリッパー嬢を起用しカンヌ監督賞の栄誉に輝いた〈そそる男〉マチュー・アマルリックの『On Tour』

フランスでヒット中、ストリッパー達の珍道中を描いた話題作をパリ在住コントリビューター佐藤久理子さんがレポート。
本物のストリッパー嬢を起用しカンヌ監督賞の栄誉に輝いた〈そそる男〉マチュー・アマルリックの『On Tour』
ストリッパーのチーム、ニュー・バーレスクの奮闘を描き、フランスでヒット中の映画『On Tour』より。

長らくマチュー・アマルリックという俳優がどうも苦手だった。いまフランスでもっとも売れっ子と言われる彼を最初に観たのはたしか、96年当時フランスで公開になったばかりの『そして僕は恋をする』。監督志望だった彼に演技の才能を見出して配役した、アルノー・デプレシャン監督の作品だ。アマルリック演じるインテリ青年をめぐる恋愛模様を描いたこの映画は、フランスで大いに話題になったが、「大人になれない僕」がなぜか女にはもて、けれども自分で何がしたいのかわからないままずるずると毎日を送る、という物語が3時間も続くのにぐったりと疲れ果ててしまった。その後も彼は同じような役柄が続き、自分で監督・出演する作品も似たり寄ったりだったから、スクリーンで見るたびに「鬱陶しいフランス男」というイメージが焼き付いていった。そんな彼を初めて「いいかも」と思わせてくれたのはフランス映画ではなく、スティーブン・スピルバーグの『ミュンヘン』だ。情報屋を演じた彼は、得体の知れない怖さとぞくぞくするようなダンディズムにあふれ、出番が少ないのに強烈な印象を残した。その次が、これまたフランス人監督ではない、ジュリアン・シュナーベルによる『潜水服は蝶の夢を見る』。ELLE誌の編集長として鳴らしていたやさ男が突然脳梗塞で片目のまぶた以外全身麻痺になるという役柄。体当たりの演技というだけではなく、底深い人間性やユーモアが感じられ、一挙にお株があがった。

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監督としても心境著しいマチュー・アマルリック

前置きが長くなったが、そこで最新作の話である。『On Tour』は今年のカンヌ映画祭で監督賞に輝いた、彼の長編監督4作目。6月末にはフランスで劇場公開され、この原稿を書いている現在、ボックスオフィス(注)の10位を記録している。

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映画『On Tour』より。

元やり手のテレビ・プロデューサーだったものの仕事も家庭もうまく行かなくなり、すべてを捨ててアメリカに渡ったジョアキム(アマルリック)が、現地のストリッパー嬢たちを率いてフランスに帰国する。これで再度巻き返しを計ろうという彼の目論みはしかし空振りし、しがないどさ回りのツアーが続く……。ロバート・アルドリッチの『カリフォルニア・ドールズ』や、カサヴェェテスの『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』などの影響が感じられるものの、映画のトーンは独特だ。特にストリップ・シーンが盛込まれた前半は、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスやリチャード・ベリー(カバー・バージョン)などのディープなR&Bテイストの音楽と、フランスの地方都市のうらぶれた背景が融合し、独特の味わいを醸し出している。緩急交えたテンポもいい。
特筆すべきはアマルリックが惚れ込んだという、ニュー・バーレスク(注)と呼ばれる本物のストリッパー嬢たち。ディータ・フォン・ティースというよりは、ディヴァインかラス・メイヤーの巨乳女優たちか、というぐらいの迫力だ。そのパワフルで生き生きとした魅力がそのまま画面に刻まれ、それがこの作品の最大の見どころにもなっている。

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映画『On Tour』より。

カンヌ映画祭でアマルリックに会ったとき、そもそもこの企画はストリッパー嬢たちありき、彼女たちを発見し、フィルムに収めたいと思ったのが映画に繋がったと語ってくれた。
「偶然フランスの新聞で彼女たちのショーに関するレビューを読んで、とても興味を惹かれたんだ。その後じかにショーを目にする機会があって、そのセンセーショナルな存在感にたちまち虜になった。彼女たちのショーは官能的で、ユーモラスで、年齢も体型もすべて異なる女性たちの美しさを称賛する政治的とも言えるものだ。実際この映画から、そんなメッセージを受け取ってもらえたらうれしい」。
なるほど、だからこそ彼女たちがこんなにも映画のなかで輝いているのだろう。カンヌで賞を受賞したときも、彼は女優たちを全員ステージに呼んで紹介するほどの熱の入れようだった。正直言って、これまでのアマルリックの監督作はデプレシャンの影響を強く感じさせるようなものだったから、ここまで個性的な監督に成長したことはうれしい驚きだ。
聞くところによれば、なんとすでに次の監督作も撮り終えたという。鬱陶しいフランス男がいつの間にか、頼もしいそそる男に様変わりしていた。

(文:佐藤久理子)

注/ニュー・バーレスク
もともと90年代半ばのニューヨークで、レズビアンのグループを中心に起こったポリティカルで先鋭的なスペクタクルの総称。それが変化し、現在はモダーンなストリップ・ショーになっている。ニューヨークでは年一回、ニュー・バーレスク・フェティバルが開催されている。

注/ボックス・オフィス
7月21日から27日の週(※フランスの新作封切は水曜日)の観客動員数ベスト10より。1位から10位は以下の通り(5、9、10はフランス映画)。

1 『インセプション』
2 『トイ・ストーリー3』
3 『エクリプス/トワイライト・サーガ』
4 『シュレック4』
5 『L'Itarien』
6 『Predators(プレデターズ)』
7 『Tamara Drewe』
8 『Furry Vengeance』
9 『Fatal』
10 『On Tour』

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映画『On Tour』より。


『On Tour』

監督・脚本・出演:マチュー・アマルリック
2009年/フランス/111分
ストーリー
元テレビ局のプロデューサーで、トラブルを起してアメリカに渡っていたジョアキムが、現地のストリップ嬢たちを連れて意気揚々と帰国する。アメリカ風のストリップ・ショーをフランスに紹介するのが目的だった。ツアーの最終目的地はパリ。だが、いまや業界で干されている彼は昔のツテも頼りにならず、小屋がブッキングできないばかりか家庭の問題も抱えていた。
公式サイト(フランス)


佐藤久理子 プロフィール

パリ在住のフリージャーナリスト。『キネマ旬報』『CUT』『SPUR』など、映画誌、ファッション誌から分野に至るまで執筆を行っている。

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