骰子の眼

cinema

東京都 千代田区

2010-06-25 23:00


「父子関係を描くのに『自転車泥棒』を参考にした」『ザ・ロード』ジョン・ヒルコート監督インタビュー

コーマック・マッカーシーによる終末後の世界を映画化した真意を語る
「父子関係を描くのに『自転車泥棒』を参考にした」『ザ・ロード』ジョン・ヒルコート監督インタビュー

『ザ・ロード』がついに、目出たく6月26日から公開になる。『ノーカントリー』のコーマック・マッカーシーの原作を、ジョン・ヒルコート監督がヴィゴ・モーテンセンとシャーリーズ・セロン共演で映画化した作品だ。人間の暗黒面を見つめ続けるアメリカでも屈指の作家マッカーシーとヒルコート監督の組み合わせに、よも言われぬ期待感を高める人は少なくない、と信じたい。ヒルコート監督が、彼の盟友でもあるミュージシャン、ニック・ケイブを出演させた奇妙にも印象的な監獄の物語『亡霊の檻』でデビューしてから早22年。それ以後わずか2本の長編(うち一本『プロポジション 血の誓約』は日本でDVDスルーに。なんと勿体ない!)しか撮っていない彼の4年ぶり、4本目の長編が本作なのである。ニック・ケイブの重厚に響く音楽の調べに乗って、最強の演技派ヴィゴはもとより、ガイ・ピアース、ロバート・デュバルといった脇役陣が息を呑むような風貌で登場する。
世界が原因不明の終焉を迎えた後に生き残った父と子。食料不足がカニバリズムを招く黙示録的な世界で、父はいかにしてモラルを、人間の善意を子供に伝えられるのか。近未来というにはあまりにもリアルな風景を用いて壮大なテーマに挑んだ監督に、その真意を訊いた。

これはマッカーシーのなかでもっとも希望のある本だ

──アメリカで優れてユニークな作家のひとりと言われるマッカーシーの本のなかでも、この小説は世界の終わりを舞台にした特異なものですが、本を読んでどんな印象を持ちましたか。

最初に読んだとき、父と子の美しい絆に強烈なインパクトを感じた。そこには感情的な面での真実がある、と。彼らを取り巻く状況が極端であることで、それはなおパワフルなものになっていると思う。僕自身も父親として主人公の立場に共感できたし、深く心を動かされた。僕が好きなのはこの物語が悪い面も良い面も、両方ひっくるめた人間の振る舞いについて語っていることであり、だからこそこんなにも感動させられたんだ。この本は人々の善意について、そして何が人間を他の動物に比べて特別な存在にしているのかということについて深く考えさせる。

──とはいえこの主題と黙示録的世界を映像化することは、ずいぶんとチャレンジだったのでは?

うん、ものすごく責任を感じたよ。できる限り本に忠実であることは僕の最大のミッションだと思っていた。マッカーシーをとてもリスペクトしているし、アメリカが誇る最大の作家のひとりだと思っているから。彼は僕に、『ブラッド・メリディアン』は人間の最悪の部分を描いた作品だが、この本はベストな部分を描いたものだと語ってくれた。息子を危険から守ろうとする父親は、我々みんなが共感できる混乱や矛盾を抱えているが、ラストでそんな彼の教えを受け継ぐのは息子だ。そこにこの本の希望がある。実際これはマッカーシーのなかでもっとも希望のある本だよ。さらに父と子のとてもパワフルなラブ・ストーリーというのも、彼の他の小説には見られないテーマだ。

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『ザ・ロード』のジョン・ヒルコート監督

──たしかにここまで直接的に向き合う父子の関係は、あまり描かれたことがないように思えます。子供が父親にモラルを問う、それは現代の社会ではもはや忘れられてしまった、あるいはハナから誰も期待していないようなことに思えますね。

そう、地球の大災害という設定によってそれはよりインパクトを持ち得ているんだと思う。じつはこの映画を撮るにあたって父と子についてのいろいろな映画を観たんだけど、似たような父子関係を描いた作品には出会わなかった。だいたいみんな父親が暴君か、あるいは不在か、そんな類いのもの。参考になったのはたった一本だけ、『自転車泥棒』だった。あれも設定はこの映画に近い。貧乏でつねに腹をすかせている絶望的な状況における父子という。自分にとってこのテーマを語ることはとても意義のある、ポジティブなメッセージを含んだものだったよ。

──ヴィゴ・モーテンセンが期待を裏切らない素晴らしい演技を見せてくれていますが、彼はあなたにとって、この映画に必要不可欠な存在でしたか。

もしヴィゴがやってくれなかったら、他の俳優を探すのはほとんど不可能だったろう。いたとしてもひとりかふたり、ものすごく短いリストになったはずだ。僕はまた、環境的な災害によってヒューマニティが試されるという意味で『怒りの葡萄』も参考にして、当時の不況時代の写真集を見たりもしたんだが、そこに出て来る労働者たちの顔とヴィゴの顔は、とても近いものがあると思った。その顔に浮かぶエモーションの多彩さ、真正性──このストーリーのような旅を体験するキャラクターは、多くの俳優が演じられるものじゃない。ストーリー自体がとても幅広いエモーションを役に要求している。怒り、優しさ、恐怖、脆さ、人間性の欠如──こうしたすべてのコンビネーションを、ヴィゴはみごとに表現してくれた。

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ニック・ケイブは誰よりも映画好き

──またこの映画のもっとも素晴らしい点のひとつに、とてもリアリスティックで印象深いセット・デザインが挙げられると思います。映像に関してどんなアイディアをお持ちでしたか。

本の描写が素晴らしくて、ポスト・アポカリプティックなヴィジョンを容易に抱くことができたよ。原作は新たなタイプのリアリズムに溢れているから、そういうフィーリングに忠実に、作りものではなくリアルな感触を持った場所が大切だと感じた。それでセット・デザイナーと共にアメリカ中を、いわばポスト・アポカリプティック・ロケハン・ツアーをしたんだ。極寒のピッツバーグやハリケーン・カトリーナ直後のニューオリンズといったスポット、またホームレスの人々が集まる場所も訪れた。結果、およそ50ヵ所のロケーションを使ったんだけど、撮影条件はハードだった。映画制作の経験としてはとても強烈で、それがかえってクルーみんなを一致団結させることになったんだ。たとえばヴィゴ演じる父親が息子を連れて人食い集団から逃げてくるシーンがあって、彼らは川にたどり着くんだけど、そこでヴィゴは即興的に息子の頭についた血を洗った。でもその水が零下何度という冷たさで、息子役のコディ(・スミット=マクフィー)は震え上がってしまって。スタッフは呆然と見守っていたんだが、その後ヴィゴは彼を抱きしめて暖めてやった。その姿はとても美しいものだったよ。

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──音楽についてですが、今回もまたあなたと付き合いの長いニック・ケイブが担当していますね。映画のなかの音楽は彼自身がふだんやっている音楽とは違うタイプですが、彼にどんなリクエストをしたのですか。

映画は恐怖や不安、サスペンスのシーンと、主人公が過去の生活や失った妻を思う、優しさや喪失の感覚に溢れたシーンと大きく二種類に分かれている。それで僕が参考に挙げたのは、緊張感のある部分には重いメロディの参考にバッハの曲などクラシックなもの、もうひとつのタイプはもう少し軽めで緩い感じのもので、オーケストラの合奏のようなタイプのものをと、お願いしたんだ。

──ニック・ケイブは映画のサントラを作るときは、彼自身のペルソナを置いて違うタイプの音楽家になるのでしょうか。

うん、彼は映画を愛しているからね。それが、僕たちがこんなにも長く一緒にやっている理由のひとつでもある。僕は音楽が大好きで仕事がないときはよく音楽を聴いているし、彼は暇なときにいつも映画を観ている。実際僕が知っている誰よりも映画好きだ。毎日2本は観ているんじゃないかな。彼は映画に音楽をつける作業が自分の曲作りのプロセスとはまったく異なることをよく理解している。彼自身もまた、自分のバンドで、ロッカーとして歌を書いて歌うことの責任から離れて作業できることに、自由や解放感を得ているんだと思う。

(インタビュー・文:佐藤久理子)
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6月26日(土)より、TOHOシネマズ シャンテ他全国順次公開!

監督:ジョン・ヒルコート(『プロポジション 血の誓約』)
出演:ヴィゴ・モーテンセン、コディ・スミット=マクフィー、ロバート・デュヴァル、ガイ・ピアース、シャーリーズ・セロン
2009年/アメリカ映画/カラー/112分/シネマスコープ/SDDS・DTS/ドルビーデジタル
提供:ブロードメディア・スタジオ/ハピネット
配給:ブロードメディア・スタジオ
公式サイト

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