写真:コスガデスガ
コンテンポラリーダンスカンパニー・伊藤キム+輝く未来で活動の後、BATIKを設立した黒田育世。カンパニーの代表作「SHOKU」がテレビ放映された際には、ときに下着姿となるダンサーたち、そして身体の生理を鮮烈に描いた作品がNHK教育テレビで放映されたことに対して、ネット上で様々な意見が交わされた。そして2009年秋、黒田育世としてダンストリエンナーレトーキョー2009の一環で「矢印と鎖」を、BATIKとしてフェスティバル/トーキョー09秋の一環で「花は流れて時は固まる」を上演する。構成・演出・振付の全てを担い、かつダンサーとしても舞台に立つ黒田氏に、創作の秘訣について聞いた。
東京初演の「矢印と鎖」と創作の道のり
──「矢印と鎖」は、東京で初演だとお聞きしました
はい、そうなんです。今年の5月に福岡で初演でした。なぜ福岡だったかというと、共演の2人、烏山茜と空間再生事業 劇団GIGAの菊沢将憲が福岡出身で。このふたりとは、トヨタコレオグラフィーアワードのガラ公演のときに福岡でやったワークショップで出会ったんです。ワークショップで教えるのは実はすごく苦手なんですが、そこで彼らと出会って。「矢印と鎖」を創り始めたとき、「彼らしかいない」と思いました。
──「矢印と鎖」はどんな作品ですか?
私を除く出演者4人についてのドキュメンタリーです。性格や個性というのは皆持っているもので自然なものとしてあるので、あえて出していません。重要なのは、ドキュメンタリーというものはその人の中で閉塞しているものではなく、他者との関わりの中にあるということ。皆のドキュメンタリーを大切に並べると、それが、自分にだけ属するものではなく、調和の中にあるものだということがわかる。自分だけの身体で自分を生きているわけではない、という感じです。
──作品はどのようにして生まれるのでしょうか?
こういう言い方をすると不思議がられることがありますが、作品は、私が作っている訳ではないんです。空気中に浮かんでいる。作品はすでにそこにあって、私がそこへ呼ばれるか呼ばれないかの違い。作品が“降って”くる、と言ってもいい。そうしたら、永遠に考え続ける。本当にこれですか?と質問し続ける。考え抜いて作品の完成という頂上に辿り着かないといけない。傷だらけになりながら登り続ける作業です。
「矢印と鎖」会場:イムズホール(福岡)photo : non・TAKAGI
──ダンストリエンナーレトーキョー2009では、黒田育世として、11月のフェスティバル/トーキョー09秋では、BATIKとして参加しますが、創作の過程は違いますか?
作品によって毎回違いますが、中でも今回の「矢印と鎖」は特別。思いも寄らないところに辿り着いた。絶対観てほしいという自信作です。開けっぴろげなのは同じですが、すごく自由。「何をやっても成立する何か」を初めにつかんだことが大きいと思います。言葉を使うことも、映像を使うことも、自然に生まれてきたアイデアです。意味性ということに警戒心があったけど、今回はそれからも解放されていました。創作の道のりがすごく自由でした。
写真:コスガデスガ
わざわざ「ダンスだ」って言わなくたっていい
──「矢印と鎖」、具体的にどんなシーンが?
台詞があります。私もしゃべります。一言だけですが、初めてです。これまで、小説家の古川日出男さんと共演したときにしゃべることがありましたが、自分の作品として世間に出すものとしては、初めて。名前を呼ぶとか叫ぶとかはあるけど、意味を持った言葉としての台詞は初めてです。それと、ダンス作品を目指してないということです。できあがったものがダンスであるかどうかは、重要なことではない。この作品が何に属するか、舞踊か、演劇か、パフォーマンスか、映像か、自分でもわからないし、わかる必要もない。またダンスが言葉を扱うことを恐れるとか、そういう気配がこの作品には全くありません。
そのようなことも含め近頃思えるようになってきたことなのですが、自分はダンサーだし、振付家だし、と常に思っていました。踊るという行為を私から奪い取ることはできない、私は踊るんだ!と強く思っていましたが「全部同じだ」とあるときふと思ったんです。呼吸をしていること、友だちと話をしていること、両親のことを心配すること、恋人を想うこと、そして踊ること。全部、一緒だと思ったんです。それから、頑固だったところが少しずつ解けてきた。わざわざ「ダンスだ」って言わなくたっていい。生きてるってことをやっているだけ。それでいいんじゃないかな、と。
「矢印と鎖」会場:イムズホール(福岡)photo : non・TAKAGI
──そうですか。それが自由だったという創作の道のりにつながっているのかもしれませんね。では「矢印と鎖」の見所は?
もしも、観客の方がご自分のドキュメンタリーを私たちの舞台「矢印と鎖」に投影してくださったら何より幸せです!
──フェスティバル/トーキョー09秋で上演するBATIK「花は流れて時は固まる」はどんな作品ですか?
6年くらい前の作品のリクリエーションです。やりきれなかった。はしごはかけたけど登りきれなかった。実は、3年くらい前にベネチアビエンナーレのときも作り直しているのですが、それでもやりきれなくて。3度目の正直で作り直していますが、今、ものすごく苦しんでます。この作品は「やりきれない」と言いきれたらそれはそれで完成だという気もする。「初演の方が良かったじゃないか」と言われても仕方ない。やると決めたから、やるだけ。
コンテンポラリーダンスとの出会い
──ここでちょっと、ご自身のことについて教えてください。踊りを始めたきっかけは?
6歳のときにバレエを始めました。たまたま今日はさっきまで母といて、その頃のことを話していたんですよ!近所のバレエ教室に見学に行って「やりたい」と自分から言い出して。その後ひとりで行かなきゃ行けなくなって、行くたくなくなったんですけど始めるときに「3年は続ける」と約束したので、泣く泣く3年続けたら、面白くなっちゃった。親に辞めなさいと言われてもやり続けるほどのめり込んでいって。
コンテンポラリーダンスには、大学時代に出会いました。日本の大学に在学中に、ロンドンの芸術大学に一年間留学したんです。その大学の隣にラバンセンターというダンスセンターがあって、そこにも通うようになって。そこでコンテンポラリーダンスに初めて出会いました。当時、初めての海外で、楽しくて、もっと知りたくて、学校にも行かず、バックパッカーをしていたんです。その頃の体験がなかったら、わたしは今、創作をしていないと思う。それくらい強烈な体験でした。3段ベットのユースホステルとかに泊まりながら、ボートで寝たこともあるし、サバイバルでした。
帰国後、大学生の続きをして、伊藤キムさんのワークショップに参加したことがきっかけで、伊藤キム+輝く未来のメンバーとして踊るように。そうこうしているうちにBATIKとして発表した「SIDE B』という作品が“降って”きた。そのときのチームワークがすごく楽しくて、そのままなりゆきでBATIKが続いています。
──メンバーが全員女性というのにはこだわりがありますか?“女性性”を感じる作品が多い印象ですが。
結成時のメンバーがたまたま全員女性でした。でもBATIKは、女性限定ではないですよ!オーディションにくるのが全員女性だというだけです。
写真:コスガデスガ
これから、映画を撮りたい
──これから何がやりたいですか?
社会の役に立ちたいと思うようになりました。子供や、主婦など普段ダンスに触れる機会が少ないひとたちや地域の人たちなどと交流したいですね。それと、映画を撮りたいんです。どんな映画かは内緒です!2本、あたためているアイデアがあって。いろんなところで言っているからそのうち実現するかなと思っています。楽しみにしていてください。
──これまで、先述の古川日出男さんのほかダンサーの金森穣さん、笠井叡さん、近藤良平さんなどわくわくする組み合わせでの活動がありましたね。
出会いが重要だとつくづく思います。好きなことを続けていると、周りに好きな人が増えてくる。それを信じています。
2009年夏には、「踊りに行くぜ!! in アジア」JCDNアジア巡業プロジェクトの一環として、クアラルンプールで地元の大学生に振付けをし、ともに公演を行なった。そこでも「日本に連れて帰りたいくらい」素晴らしい学生ダンサーとの出会いがあった。国境を超え、肩書きも職業も性別も関係なくさまざまな人との出会いを通し、新しいことに挑戦していく。30日〜10月2日、青山円形劇場で「矢印と鎖」(黒田育世)が、そして11月15日〜20日、にしすがも創造舍で「花は流れて時は固まる」(BATIK)が上演される。
「矢印と鎖」会場:イムズホール(福岡)photo : non・TAKAGI
(インタビュー・文・構成:世木亜矢子 写真:コスガデスガ)
■黒田育世 PROFILE
BATIK主宰。6歳よりクラシックバレエを始める。谷桃子バレエ団に所属しながら1997年渡英、ラバンセンターにてコンテンポラリーダンスを学ぶ。2000年より伊藤キム+輝く未来で活動。2002年、BATIKを設立。同年、ドゥ・セーヌ・サン・ドニ(旧バニョレ)国際振付賞ヨコハマプラットフォームにてナショナル協議員賞を受賞。2003年、「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD」にて次代を担う振付家賞等を受賞。2005年朝日舞台芸術賞・キリンダンスサポート賞受賞。
黒田育世「矢印と鎖」
9月30日〜10月2日
出演:大迫英明、烏山茜、菊沢将憲(空間再生事業GAIA)、西田弥生(BATIK)、黒田育世(BATIK)
会場:青山円形劇場
料金:前売り3,500円(学生2,500円) 当日4,000円
BATIK「花は流れて時は固まる」
11月15日〜20日
出演:伊佐千明、植木美奈子、大江麻美子、梶本はるか、田中美沙子、寺西理恵、中津留絢香、西田弥生、矢嶋久美子、黒田育世
会場:にしすがも創造舍
料金:一般4,000円(フェスティバル/トーキョーとしての学生料金、回数券割引などあり)
※その他詳細は「BATIK」公式サイトから