松本章氏(左)、内藤隆嗣監督
理数系の大学卒業後に自主制作した、ほぼ初監督作品が「ぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2006」で入賞、第18回PFFスカラシップ作品『不灯港』で劇場監督デビューを果たしたという異色の経歴を持つ、内藤隆嗣監督。寂れた港町で漁師として働く万造の恋の顛末を描いたハードボイルドな喜劇『不灯港』は、今年1月のロッテルダム映画祭で好評を得て、海外の映画祭から出品オファーが殺到しているという。そんな注目作に、耳に残る印象深い音楽を提供したのが音楽家・松本章氏。「監督に会いたい」という松本氏の強い要望で叶った今回の二人の対談、当サイトで連載中の「松本章の映画の愛に☆直感」の番外編としてお届けする。
「スラッシュなメタルがいいんちゃう?」(松本)
「メタルって何ですか?」(内藤)
── お二人は今日が初対面と聞いていますが。
内藤隆嗣監督(以下、内藤):不思議なことに音楽を作り終わってから、僕たち初めて会ったんですよね。向かいあってお話をするのは初めてです。
松本章(以下、松本):映画が完成した後、ワタスが脱退したバンドがリキッドルームでライブをやった時に、見に来てくれたことはあるけど。
内藤:僕が「章さん」って書いた紙を持って、ライブを見にいったんです(笑)。
松本:こっちは「なんか変な人おるな?」。ゲイだったらどうしようかと思ったわー。うへへ。
内藤:とにかくお世話になりました、と挨拶をしに行って。
松本:ワタスが思っていた通りのええ人やったんですねん。
『不灯港』(C)PFFパートナーズ
── 内藤監督は、章さんの最初の印象はどうでしたか?
内藤:章さんからあらかじめ送っていただいたライブビデオを見たときに、「こんなにすごい方にお願いしたのか!」と驚いていたんです。実際のライブを見て、「こんなにヤバイ人に音楽をつくってもらえて本当に嬉しい」と思いました。カリスマ性を存分に発揮していましたね。
松本:カリスマって何?えっ、おいしいの?
内藤:僕は普段ライブには行かないので慣れていなかったんですけど、床が抜けるんじゃないのかと思うほどにお客さんが飛び跳ねていたんです。そんな中で章さんを見てすごい人だなと思いました。
松本:すごいイッちゃってる人が正しいかも……まーそーのーー脱退したバンドのメンバーがみんなすごくて。
── そもそも章さんが音楽を担当することになったきっかけは何だったんですか?
松本:確か昨年5月頃に、熊切和嘉監督の『空の穴』のプロデューサーから電話があったんです。その当時、ワタスは“眠れない病”にかかっていたから出来ることも限られていたんですけど、「それでもいいから」と言われて引き受けました。
── 章さんは熊切和嘉監督や山下敦弘監督の映画音楽をたくさん手掛けていますが、内藤監督はとのお仕事は初めてですよね。
松本:ちょうど、他の監督さんともやってみたい!!修行したい!!と思っていたところではありましたね。
── “眠れない病”だったけど、タイミング的には良かったと。
松本:多分、ショック療法みたいなものなんかなー?うへへ、いろんな人の助けがあったからやけど、当時を思い出すと「あの状況でよく音楽がつくれたなー」と思うけど。ちゅうか、去年は特にメチャメチャでしたです。あしかけ15年ぐらい天然でメチャメチャですけど…結局は、(中略)なのだ!!
内藤:現場中に音楽を章さんにお願いしてしまうという、変なタイミングではあったんですけど、めちゃくちゃ音楽は良かったですよ。
松本:ほんま、演奏者と編曲者の腕がすごいのですよ!!
内藤:スケジュールが厳しい状況でこの音楽を誰にやってもらうのかというのは、プロデューサーと僕のテイストを照らし合わせた結果、章さんでお願いしようと決めて。章さんにオープニングの効果音を2~3パターンつくってもらって、何回かミックスし直してみたけど、最終的に「これを使ってくれ」と渡されたものがやっぱり一番ハマりました。
松本:ちょっとEQいじったくらいで。あんま覚えてないけんど……
内藤:波の音とのミスマッチ感がいいんですよね。
松本:けど、この映画のやりとりって電話だけでやってたもんなー。
── えっ?電話でやりとりですか?
松本:携帯で、うへへ。
内藤:まずはサンプルをつくってもらったんです。
松本:データで送ったんよなー。
内藤:ウェブにアップしてもらった音源を僕が聴くという感じで。
── 最初に聴いた音楽の印象はどうでしたか?
内藤:僕がここにこういう感じの曲をいれたいですという、ざっくりとしたことをお伝えして、プラス章さんの世界を付け加えてもらって。本当に満足のいくスタートでしたね。でも、あの電話のやりとりを考えると、普通に往復航空券くらいかかっていますよね。
松本:あんま覚えてへんけど…しょうもないところで時間がかかっていたんですよ、ファッションショップのシーンのBGMとか。
内藤:あそこは思い入れがあって。
松本:麿赤兒さん(ファッションショップの店主役)が熱い演技をしていたから「スラッシュメタルがいいんちゃう?」って。そしたら「メタルって何ですか?」って聞かれて、「じゃあメタリカ聴いといて」って言ったらメタリカの一番メタルじゃないアルバム『LOAD』を聴いちゃった。うへへ…
内藤:メタリカって言ったら、これかなと思って。
松本:メタリカの『METALLICA』を聴いてほしかったわ。『Master of Puppets』とか。結局、携帯でスピーカーの音を拾って聴いてもらった、うへへ、あとS.O.Bとか…
内藤:IT社会の成せる技ですね。
松本:イット!!スカイプにしたら良かったのに!!で、「このシーンはアルペジオでやるわ」って言ったら、「アルペジオって何ですか?ジャンルですか?」って言われて、多分ここらへんの電話のやりとりはC級なコントやなー、うへへ、どっちも必死で、多分テンパッテルし…
内藤:なかなか音楽の共通言語がなくて。アルペジオすらバンド名かと思っていました。
「初めての監督と創ることの勉強になりやすた」(松本)
「音楽を映像に馴染ませたくない。
不協和音的に入れるのが好きなんです」(内藤)
── 章さんは、内藤監督から伝えられたイメージを聞いて音をつくったという感じなんですよね。
松本:「ザ・スプートニクス」(※)というバンドがあって、ほとんどもろパクリなんですけど…きゃーーいってもた!!
内藤:いやいやいや(笑)。章さんが曲をつくってくれました。
松本:監督が「ザ・スプートニクス」にはものすごく思い入れがあって。「オレンジブロッサム・スペシャル」というカントリー音楽があって、いろんなジャグバンドとかカバーしたり、ポーグスとかもバンジョーソロやったり、とかすごく有名で。それをモチーフ(おいしそう)にしたのだ。
※「ザ・スプートニクス」…スウェーデンのエレキ・ギター・インストルメンタル・グループ
── 内藤監督は「ザ・スプートニクス」にはどのような思い入れがあったんですか?
内藤:一年間、苦しみながら脚本を書いていたんですけど、その苦しい時にずっと聴き続けていて心の支えになった曲ですね。だから知らず知らずに曲のテイストと混ざり込んでしまいましたね。
松本:映画のテーマになる2曲、ピクニックの場面と船出の場面はしっかり監督の中にコレというのがあった。切ない場面は、メロディーをつくって監督に聴いてもらって、OKが出てからアレンジをしたような気がする。
── 音楽のやりとりは結構スムーズにいったんですか?
松本:やっぱりお互いに初めてだったんで、同じ言葉でも定義が違っていたりする。例えば、この映画のこういうことを言っているのか、とか。それが違っていたりするので確認作業が多かったなー。初めての監督と創ることの勉強になりやすた。
内藤:章さんはすごかったですね。僕が「これでOKです」と言っても、「いや、ミックス感がちゃうわ」って言って、もう一回やり直してつくっていましたね。でも、こっちは「もうそれでダビングしたいんですけど」っていうギリギリの期日があったんですけど。
松本:ダビング中もデータで送っていたり…
内藤:ギリギリまで一緒にそれをやっていたんです。すごい職人なんだなと感じました。
松本:いや、いや、ちゃいまんねん。気になりすぎて、終われなくて、迷惑をかけただけ。
内藤:いえ、僕はすごいうれしかったですね。身体張って、骨と皮になってまでやってもらったので。
松本:あったなぁー。カリカリやったもんなー。多分、ナガブチキックできるくらい以下かも?やったしなー。
内藤:ウイダーinゼリーしか食べてなかったですもんね。
松本:3食ともウイダーinゼリー!!!!!!!あ、以後気を付けますです。くう、ねるは大事なのだ!!
── 音楽の入った『不灯港』を観て、章さんはどう感じましたか?
松本:「ここでこう使ったんや」とか、めっちゃ思い入れのある曲が無くなっていたりとか、うへへ。映画は監督の作品なんでそれはいいんやけど、全責任を監督が負うし。
『不灯港』(C)PFFパートナーズ
── 音楽の使い方が、全編を通して流れているのではなく要所で押さえていますよね。それは何か意図があるんですか?
松本:カメラが橋本清明さん(『鬼畜大宴会』『空の穴』等撮影)だったので、ここだ!!っていうところが決まってたんですよ。それは監督の意図なのか、橋本さんのこう撮りたいというのか分からないですけど。ここ!!っていうところが、「好きで好きでたまらんなぁ」みたいな。監督が作品で勝負してる映像とか、そこに至る前の映像とか、に音楽をそえるのは良いですねん。逆に、全編に音楽入れるほど、技術ないっす!!
内藤:要所で入れているというのは、やっぱり音楽を映像に馴染ませたくないんですよね。音楽を音楽として入れたくて、あえてシーンの背景と合わないような不協和音的に入れるのが好きなんです。
松本:あ、そうやったんや!!初めて知った!!うへへ。
── 音楽が流れる瞬間が印象に残りますよね。
内藤:音楽が助けてくれるじゃないですけど、印象として強く響きますよね。
松本:なんかチャップリンとか、バスターキートンっぽいというか。そんな映像もありますねん。
▼松本章氏が手掛けた『不灯港』のサウンドトラックが試聴できます。プレイヤーをクリックで再生!
「芸人を目指していたから、映画でも笑いのシーンを狙っていました」(内藤)
「かっこええな」(松本)
── 寂れた港町を舞台にした『不灯港』ですが、なぜ漁師を題材にしたのでしょうか?
内藤:僕の田舎(宮崎県)がこの映画に出てくるような港だったので、昔から見てきた漁師さんを主人公に、淡々とした漁師の日常を描きつつ、普段見えない生活の部分を想像して作り上げてきました。例えば、バーに出かけて女をひっかけるとか、漁師さんが別にやっているわけないじゃないと思いますけど。
松本:笑いがあるやん。あれは脚本のときから?
内藤:そうですね、絶対に面白くはしたいなと考えてました。そういうシーンを狙っていきましたね。
── 笑いを意識したというのは、以前にお笑いのネタを作られていたのと関係しているんですか?
松本:えっ、そんなことしてたの?
内藤:僕はよく漫才とか書いていたんですよ。元々はお笑い目指していたところもあったので。
松本:マジで?
内藤:まぁ、どこまで本気かはあれですけど。
松本:かっこええなーー。
内藤:ですから、人を笑わせるということに対しては映画になっても興味がありましたね。パートナーが見つかれば芸人になりたかったんですけど、見つからなかったから裏方の放送作家になれたらいいなと考えていました。
── そこからなぜ映画を撮ろうと?
内藤:書いてもなかなか認められないですし、お笑いでやっていけなかったんですね。それでどうしようかとなった時に、映画の本と出合って映画を撮る方法を知って。そこから映像でお笑いみたいなことをやってみようと思ったのがきっかけです。
松本:えっ?ハードボイルドじゃないの?
内藤:ハードボイルドは自分のキャラクターですね。
松本:天然ちゃうの?
内藤:映画の中で登場する人物だったら、そういう不器用な人間がいいなと考えていて。元気にポジティブにお笑いを撮るような、いわゆるお笑い芸人のような人物ではない。何か背負って心を閉じているような人が振舞う行動こそ面白いというのは、映像の醍醐味だと思うんですよね。
松本:何を観て映画を撮ろうと思ったの?
内藤:『真夜中のカウボーイ』は僕が初めて観た映画でしたね。
松本:邦画は?
内藤:伊丹十三さんとか、北野武さんとか。
松本:北野大先生!!!!あっっっ、加瀬亮さんにメールをしたときに、「不灯港を覚えてる」と言っていて。本編は忙しくてまだみてないけど、予告を見てくれたんだって。「アキ・カウリスマキっぽいけど、どうなの?」って聞かれたわー。
内藤:加瀬さんがそんなこと言ってくれていたんですか?
『不灯港』(C)PFFパートナーズ
── プレスにも書かれていましたが、海外ではそういう評価を受けたんですよね。
内藤:海外に行ってよく言われたんですけど、撮り終わってから国内でも周りの人には言われていました。びっくりしましたね。
松本:アキ・カウリスマキの作品って観た?
内藤:撮る前から、いろんな監督さんの映画を観ている中で何本かは観たことはありました。静かに笑いをとるというところでは似ているかなとは思いますけど、でも意識はしていなかったです。
松本:熊切監督と山下監督の間にある映画って感じたわー。えっっ!!ていう笑えるところがある映画って思ったけど、それだけでなく、切ないとこも、リアルに泣けるとこもあるし、大切な事がわかったり、元気にもなるんですます。
「最後のシーンは一番不安がられていました」(内藤)
「もう一回観とけって言ったらええやん」(松本)
── 印象に残っているカットはありますか?
松本:観たら分かる!うへへ。主観的な問題だから、人によると思う。ワタスは最後が好きですねん。
内藤:賛否両論でしたけどね。
松本:あれは凄い!!で、反対されへんかった?
内藤:いや、すごい反対されましたよ。
松本:やよなーー…「ちょっとこれは」とか言われそー。
内藤:「ラストカットかよ、これが」って(笑)。人物もいないし…一番不安がられてはいましたね。
── 言える範囲でいいですが、何を思ってあのような終わりにしたのでしょうか?
内藤:やっぱりいろんな運命とか。
松本:ファンタジー!!奇跡!!とか…「月刊ムー」みたいやけど(→好きな雑誌)。
内藤:ファンタジーな世界での現象ですし、大自然を経由して自分のもとに愛した人が戻ってくるような。人間も自然もどっかでリンクしているというのを面白いなと思ったんですよ。
松本:ほんまに考えてたん?そんなこと?…雑誌ネイチャーみたいやけど(←好きな雑誌)。
内藤:考えていましたよ!
松本:すげぇ!!インタビュー慣れしたから、スラスラいってると思ったわーー、うへへ。
内藤:確かに、興ざめだったり拍子抜けだったりする危機感は僕もみんなもあったと思うんですよね。不安は不安でした。
松本:感度が鈍い人が見ると、「えぇー」とかって思いそうやなー。海外の映画祭のお客さんの反応どうやった?
内藤:「あれはどういうことなんだ?分かりやすく説明しろ」とかって言われました。
松本:「もう一回観とけ」って言ったらええやん。
内藤:それで僕が説明すると、「ブラボー」って。説明したくないんですけどね。
松本:映像でかっこいいのに。言葉にすると軽くなるしな。今度から手旗信号で答えたら?うへへ
内藤:小恥ずかしいですしね。
── 次回作の予定はありますか?
内藤:ゆっくりといま企画中です。
松本:いくつ企画あるの?
内藤:断片的なものを分けてみようかなという感じですね。
── 章さんの予定は?
松本:ひとつ映画音楽の仕事があったんですけど、出資会社がひとつ降りて白紙になっちゃった。何か撮ろうか、二人で。
内藤:映画ですか(笑)。しかし不景気ですよね。
松本:大丈ブイ!!『不灯港』で景気よくなるはずだ。
内藤:そうですね、景気をよくしたいですね。
松本:最後に読者へ監督からガツンと株があがる景気のいい一発ギャグをどうぞ。
内藤:…(沈黙)
松本:ギャグじゃなくてもええよー。一言メッセージを。
内藤:こういうのダメなんですけど…『不灯港』の公開まで間もなくなんで、このテンションのまま初日を迎えたいなと思います。みなさん観に来てください。
松本:このテンションってどんなテンションなん?ちゅうか、からみずらくてメンゴメンゴ!!
内藤:いや、章さんとこんな対談ができて…だから僕、お笑いダメだったんですよ。アドリブがきかなくて(笑)。
(構成:石井雅之 / 取材・文:牧智美 / 場所協力:市ヶ谷フィッシュセンター)
■内藤隆嗣(ないとう・たかつぐ) PROFILE
1981年生まれ。宮崎県出身。2005年東京都立大学・理学部数学科卒業。在学中1年間休学、世界約30ヶ国を放浪の末、帰国し復学。卒業後製作した自主映画『MIDNIGHT PIGSKIN WOLF』が、ぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2006にて企画賞(TBS賞)を受賞し、第18回PFFスカラシップの権利を獲得した。
■松本章(まつもと・あきら) PROFILE
1973年伊勢生まれ、大阪芸術大学卒映像学科卒、西成在住を経て、現在コスモポリタン。熊切和嘉監督全作品、山下敦弘初期作品の映画音楽をプロデュース。最近は、熊切和嘉監督『ノン子36歳(家事手伝い)』、内藤隆嗣監督『不灯港』、山崎裕監督『TORSO』(2009年公開予定)などの音楽を手掛けた。特技は、直感。なりたいのは、音楽で、あつかいにくい新人?でした。
http://ameblo.jp/akira-toumei/
http://www.myspace.com/akiratoumei
『不灯港』
ユーロスペースにて公開中、順次全国ロードショー
寂れた港町で漁師として働く万造は、父親の残した漁船に乗り、来る日も来る日も沖へ出て網を曳く毎日。たまの楽しみはうらびれたバーで酒を飲むこと。平屋の一軒家に一人暮らし。もちろん、独身。町役場主催のお見合いパーティへ出かけるも、時代錯誤なファッションと寡黙な性格がアダとなり結果は惨敗…そんな孤独な男・万造が、ある日コケティッシュで都会的な魅力を持つ美津子に出会い、一目ぼれ。持つものすべてを彼女のために投げうっても、万造はこれまでの人生で一番幸せだった。しかし、そんな幸福な日々は長くつづくはずもなく…。
監督・脚本:内藤隆嗣
出演:小手伸也、宮本裕子、広岡和樹、DIAMOND★YUKAI、麿赤兒、他
配給:クロックワークス
2008年/日本/101分
公式サイト