左から中井貴一さん、保坂延彦監督、原田美枝子さん(当時の撮影現場にて)
伊丹万作の原案を元に菊島隆三がシナリオを執筆、中井貴一とフランキー堺と笠智衆が共演、そんな時代劇を御存知だろうか? しかもその全編を彩る音楽は、喜多嶋修、ジョー・サンプルらが手がけた極上の80’sフュージョン!! 1986年に劇場公開され好評を博しながら、あまりの斬新さに知る人ぞ知る作品としてこれまでDVD化されることのなかった『国士無双』が、ついにアップリンクから発売される。それを記念して、1932年に製作されたオリジナル版と、1986年のリメイク版の上映会を1月29日(木)アップリンク・ファクトリーにて一日限定で上映される。
奇想天外な映画を作り上げた保坂延彦監督にインタビューしたところ、映画にも負けないほど波乱万丈のエピソードが次々に飛び出した。
『国士無双』を撮るまで
もともと映画の脚本家志望だった監督が、大学卒業後、テレビの世界でニュース映画やテレビ番組を作っていた頃、映画への道を開いてくれたのは羽仁進監督だったと言う。
「羽仁さんがテレビをやった時に、今度映画を撮るんだって話を聞いて。アフリカが舞台で、実はもう動物を先に撮ってるんだと。どこの会社で撮ってるんですかと聞いたら、サンリオというキティちゃんの会社だよって」
写真:保坂延彦監督
キャラクターグッズで有名なサンリオは、当時積極的に映画製作を行っており、蔵原惟繕監督の『キタキツネ物語』で大ヒットをとばしたばかりだった。
「それで、アフリカに来てくれないかと言われて、それが、羽仁さん監督、寺山修司さん脚本の『アフリカ物語』という映画だったんだけど」
こうして保坂さんは映画の世界へと足を踏み入れることになった。
「アフリカから送られてきた動物のフィルムを、寺山さんに見せるのも僕の仕事でね。脚本書くためには動物の勉強しなけりゃいけないじゃないですか。だから寺山さんに、これは何という動物で、こういう動きですよって説明して。完成した脚本は面白かったですよ。ただ、出来上がった映画はまるっきり変わっちゃってね。それを見て寺山さんは、これは私のシナリオじゃないと。それで、まあ、寺山さんは原案ということになったんですけど」
この映画に関わったのが縁で、保坂監督はサンリオの社員となる。
念願の伊丹万作原案
サンリオで撮った一作目の映画、水上勉原作で小林桂樹と中井貴一が主演した『父と子』はサンリオの辻社長を号泣させたという。
「イマジカの試写室でボロボロ泣いてましたよ。それで、その涙が乾かないうちに、次の作品は何だって話になったんで、そこで『国士無双』。僕はどうしても伊丹万作さんのホンがやりたかったから」
昭和初期に活躍し、映画史にその名を残す名脚本家。保坂監督は、若い頃から伊丹万作の脚本に心酔していた。「日本映画の中で、脚本の大事さを我々に教えてくれたのは伊丹さんだと思うんですよ。だから、いつか彼の脚本で何か撮りたいなとデビュー前から考えてました」
数ある伊丹万作脚本の中から『国士無双』を選んだそのわけは。
「その頃マツダ映画社に2分50秒だけ『国士無双』の断片が残ってたんですよ。それを見に行ったら、やたら面白くてね。ほんのコマギレなのにですよ。何とかこれをカラーでね、いいキャストで、映画として残して置かないと日本映画の名折れじゃないかと、そこまで思いまして」
一流のスタッフ
「映画界では、時代劇を撮るなら、ともかく西岡善信さんを尋ねろと言われているんです。僕も、あるプロデューサーから、京都の西岡さんが協力してくれるなら『国士無双』はできるでしょうと言われて、西岡さんに会いに行きました。何しろ鳴滝組(稲垣浩、山中貞雄らが結成した脚本家集団)の近くにいた人ですから。西岡さん以外のスタッフも、日本映画を背負ってきたすごい人たちばかりで。撮影の村井博さんは大映の人で色んなことを教えてくれたし、録音の矢野口文雄さんは、黒澤組から連れてきたんだけど、丁度『乱』の準備中でね。編集の中静達治さんは『カットの中静』って言われて、絶妙なところで切ることで有名でしたね」
「サンリオのカラーじゃない」
脚本家も一流だ。保坂監督は、シナリオの師である菊島隆三氏に、自分が監督する『国士無双』のための脚本を依頼した。
「まあ、そのまんまってわけにはいかないから。元はサイレントだし。菊島さんの案で、歌舞伎の様式や、文楽の要素を取り入れたんです。菊島さんは、黒澤さんと仕事をしている時から、そういうことをやりたかったんじゃないかな。僕は大変でしたけどね。歌舞伎の勉強をしたり、吉田玉男さんに文楽のことを教えてもらったり。いろんな勉強をしました」
ところがこれが、サンリオ側の不興をかうこととなる。
「結局、その歌舞伎のところなんかがね、分からないと言うんだ。歩いていくうちに、姫が突然鬼になったり。歩き方が能の歩き方になったりね。面白いことは面白いけど、やっぱり見るほうは戸惑うよね。それでサンリオ側が怒っちゃって。“この映画は君にあげるから、これを持って出ていきなさい”と」
ドン・シーゲルと喜多嶋修
「それで、しばらくロスに行ってハリウッドで1年くらいぶらぶらしようと思って。そしたら、ドン・シーゲルって監督がね、何だかわかんないんだけど『国士無双』を見て、僕のことを気に入ってくれて。それで、そのドン・シーゲルの親戚のうちを借りて住んでた。『ダーティ・ハリー』の何作目かを撮ってるときでしたけど、いいおじいちゃんでね。かわいがってくれた。その頃、喜多嶋修にあったんです」
写真:ドン・シーゲル監督(左)と保坂監督
ザ・ランチャーズ(加山雄三のバックバンド)出身で、渡米後はフュージョン、ニューエイジ・ミュージックのアーティストとして広く活躍している喜多嶋修との出会いは偶然だった。
「当時、彼も色んな実験をしてたんじゃないかな。日本の楽器と外国の音楽を融合させようとしてたり。それで色々聞かせてもらった中に、一曲、面白いのがあったんですよ。『SAMURAI LOVER』ってタイトルの曲。これが非常に『国士無双』の画に合うんですよ。じゃあ、これはもう完全に喜劇にしようと。喜多嶋さんの音楽を使って、編集も大きく直してそれで新しい映画にしようと。それで出来あがったのが、今の『国士無双』」
笠智衆の思い出
出演者の中で、保坂監督が何より印象に残っているのは笠智衆さんだと言う。
「笠さんは、伊丹万作監督の『国士無双』を九州かどこかで全部見てるんですよ。だから、昔の『国士無双』を知ってたのは、現場の中では笠さんだけでしたね。笠さんは仙人の役だったんだけど、“私、覚えてます。たしかにこんな感じでした”なんて言ってましたね」
写真:笠智衆(右)とフランキー堺
笠さん演じる仙人は、見掛け倒しで全く強くないというコミカルな役柄。
「それまであんまり喜劇をやったことが無かったんじゃないかな。フランキーさんの肩もみをする場面があるんだけど、『これまで映画の中で人の肩をもんだことはありません』と言って。だから、肩をもむにはどうすればよいのか、奥さんに教えてもらったそうです」
幻のフィルムとの対面
ところで、保坂監督がこの映画を監督してから数年後、失われたと思われていた伊丹万作監督の『国士無双』の一部が発見された。修復された20分程のフィルムは、現在、東京国立近代美術館フィルムセンターに保存されている。今回、保坂監督の作品をDVD化するにあたり、そのオリジナル版『国士無双』の一部を特典映像として収録することとなり、2009年1月、保坂監督は確認のためフィルムセンターを訪れた。
写真:伊丹万作監督『国士無双』
当時、撮影準備のためにマツダ映画社で3分弱の部分を見ただけで、これだけまとまったものを見るのはもちろん初めてだ。それまで「楽しみだ。ワクワクするね」と相好を崩していた監督の顔が、上映が始まった途端、プロの映画監督の目になる。
映画を撮っていた時は、伊丹万作の残した台本しか手がかりがなく、保坂監督はそこから想像を膨らませて演出をしたそうだが、初めて見た伊丹版『国士無双』は、保坂監督のものと監督本人も驚く程構図や芝居の付け方がよく似ている。字幕の使い方が、さすが伊丹万作だと感心する監督。
「本当は、僕のにも字幕を入れたかったんだ。最初は全編に字幕を入れようって考えてたんだけど、皆に反対されてね。やっぱり、伊丹さんはうまいなあ」と、監督はしきりに感嘆の声を上げる。しかし、片岡千恵蔵演じる偽者の剣豪と、これが出世作となった高勢実乗演じる本物の剣豪が、弟子たちの前で対決する場面に指しかかった時、保坂監督は小さい声でこう呟いた。
「ここの所は、僕の方が面白いな」
『国士無双』オリジナル&リメイク一挙上映
2009年1月29日(木) 18:30開場/19:00開演
出演:保坂延彦監督
上映作品:伊丹万作監督『国士無双』(1936)、保坂延彦監督『国士無双 Samurai Lover』(1986)
会場:アップリンク・ファクトリー[地図を表示]
(東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F)
料金:1,500円(1ドリンク付)
DVD『国士無双』
2009年2月6日(金)アップリンクより発売
日本映画の黄金期を支えた豪華キャストとスタッフが、伊丹万作のあの傑作をリメイク。1986年に作られた本作は、初々しい中井貴一とベテラン・フランキー堺の対決が見物。天下一の国士無双が、素性も知れぬ偽者に敗れてしまうという面白さを描いたこの作品は、建て前社会に痛烈な笑いをもたらす異色作である。
監督:保坂延彦
出演:中井貴一、フランキー堺、原田美枝子、笠智衆、江波杏子、中村賀津雄
1986年/日本/本編105分+特典10分
価格:3,990円(税込)
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