ぴあフィルムフェスティバルの準グランプリ作品『鬼畜大宴会』で衝撃的なデビューを飾った熊切和嘉監督が、7作目となる『ノン子36歳(家事手伝い)』を完成させた。近年は原作モノの作品が続いていた中、久しぶりのオリジナル原案で、三十路半ば・バツイチ出戻りのダメ女の生態をリアルに描いている。主に男性を描くイメージが強かった熊切監督が挑戦した女性主演映画とは―。
── 女性を主役にした映画は『揮発性の女』(04)に続いて2作目となりますが、今回女性をメインに描いたのはなぜでしょうか?
実は『ノン子36歳(家事手伝い)』も『揮発性の女』と同時期に考えた話です。もともと僕は初期の頃から男性を描く方が得意で、逆に女性は描けないんじゃないかというコンプレックスがあったんです。でも、自分もいろいろ経験を重ねて、女性を描いてみたいという気持ちがだんだん出てきたので『揮発性の女』をつくって。やっぱり女性は面白かったですね。男ってなんとなく撮っても、なんか撮れてしまうんですよ。女性を撮るときは、具体的に作戦を練らないといけない。美しく撮る形ひとつにしても工夫が必要だったりと、大変は大変なんですけど、逆に面白くなってきましたね。
── 主演に坂井真紀さんを起用したいきさつを教えてください。
坂井さんは『青春☆金属バット』(06)に出演してもらって、ものすごくウマが合ったんです。ほんとに魅力的な人だと思ったし、ものすごく深いところで自分がやりたいことを理解してくれる人だという気がしていて。嘘っぽいことが嫌いというところが合うんです。人間のキレイな面だけを描くのではなく、ある種みっともない部分や汚い部分を描いたうえで、それを受け入れて肯定するというスタンスを理解してもらえたというか。『フリージア』(06)にも少しだけ出演していただいたのですが、坂井さんを主演で一本撮りたいなというのがあって、『ノン子36歳(家事手伝い)』が動き出したという感じです。
(c)2008「ノン子36歳(家事手伝い)」Film Partners
── この作品の話をしたとき、坂井さんの反応はどうでしたか?
最初、『青春☆金属バット』のプロデューサーの方から坂井さんで一本撮らないかという話をいただいて、僕が昔書いたプロットをひっぱりだしてきたんです。それを多少変えたのを坂井さんに打診してもらったら、とても面白がって乗ってくれました。
── 実際に坂井さんの演技は期待通りでしたか?
期待以上ですね。素晴らしかったです。坂井さん本人が仰っていたんですけど、今回は何も考えずにそこに立つということに挑戦したと思うんですね。これまで一緒に組んだ二作では、坂井さんは割とキャラクターをつくって、キャラクターとして演じていたんですけど、そういうときの坂井さんはあんまり瞬きをしないんです。役に入り込む。今回は自然に瞬きをしていて、それに僕は寄り添って撮ったという感じですかね。
あと、身体能力がすごいなぁと思うときがあって。たとえば、映画の中で「ノン子さんは普段何をやってるんですか?」とマサルに言われて、「家事手伝い」と答えるシーンのときに、最初は普通に「家事手伝い」という言い方だったんですけど、そうじゃなくてここで思いついた感じで言ってくださいというと、そのニュアンスをつかみとって絶妙なあんばいで演ってくれる。そういうやりとりがけっこうあって、撮っていて楽しくなりましたね。
── 36歳で独身というノン子の設定は同世代の女性が共感できるところは多いと思いますが、なぜ30代のダメ女をテーマにしたのですか?
昔プロットを考えたとき僕は30歳手前で、ただ単純に年上の女の人が好きだったという(笑)。だんだん僕もその年齢に近づいてきて、性別が違っても共感できるところがあって。あと、僕の姉が36歳で実家にいるんで、けっこう姉のことを思って。姉が観たら号泣するんじゃないかなって(笑)。
── 女性の心理をどのように理解して描いているのか気になったのですが。
坂井さんに、男のどういうところにグッときますか、こういう気持ちはわかりますか、といった確認はしていたと思います。あながち間違っていなかったですね。それに、脚本家の宇治田(隆史)くんは女性を描くのがとてもうまいので。
── 映画づくりの重要な要素として「俳優さんとの出会い」を占める割合が多いと書かれていますが、今回どのようにキャスティングされたんですか?
坂井さん以外は皆さん初めての方ばかりですね。なんとなく仲のいい役者さんばかりだと甘えちゃうところもあるので、今回は新しい人で新鮮な気持ちでやりたいなというのがあって。通好みな役者さんが揃っていて、ものすごく気に入っています。
── 作品の中でこだわった部分はどこですか?
全部こだわってやりましたけど、特に自分とスタッフの間で言ってたのが、何気ないシーンの積み重ねで見せていく映画なので、何気ないシーンを映画的にちゃんと丁寧に撮ろうというのがありましたね。無難に撮るのではなく映画的に豊かになれたらなと。今まで見せ場にばかりに力が入って、何気ないシーンがどうもイマイチだったんです。地味な話なので、その積み重ねでもっていこうというのはありました。
── 監督が気に入っているシーンはどこですか?
いっぱいあるんですけど、花畑のシーンですね。ああいうベタなシーンを一度やってみたかった(笑)。実は『ポンヌフの恋人』とか大好きなんですよ。恥ずかしくても別にいいじゃないか、っていう感じで。
── 随所に出てくるヒヨコが印象的ですが、なぜヒヨコを使ったのですか?
ある意味、主演の2人はヒヨッコなんでその象徴でもあり。それがある瞬間、幸せの黄色いハンカチみたいな絨毯になればいいなと。でもそれらは全て後付けなんです。本当のことを言うと、僕が小学校のときにおやじが祭でヒヨコを売ろうとして何百羽も買ってきたんです。子どもだったから、やることがでかいな、うちのおやじすごいって思ってたんだけど、祭りが雨で延期になって、一週間ダンボールの中でヒヨコを飼っていたら、エサと糞で小汚くなって、当日は全く売れずで…。実話なんです(笑)。
── 秩父の田舎風景も美しくて印象的でした。
中途半端な田舎にしたかったんです。あまり田園風景すぎず、郷愁を誘うまでいかないくらいの。普段は息苦しい空気もあるんだけど、それがある光の角度では美しくも見える。そんな場所を探していました。
── ロケハンをして見つけたんですか?
いや、これはまた偶然なんですけど、そういう風景のイメージをラインプロデューサーに話して、北関東をいろいろと探してくれたんです。寄居町(埼玉県北西部)はどうかと言われて見に行ったら、実はその風景は見たことがあって。過去に撮った作品『アンテナ』(03)の原作が秩父で、秩父から寄居町をロケハンしてたんですよ。『揮発性の女』のときも、その辺りをロケハンしていて。なんか、巡り合わせでここに来たような感じがして決めたんです。とはいえ、映画なので捉えどころのない町でもありつつ、どこかひとつ拠りどころというか、通過するところがほしかったので、奥に鉄橋の見える橋をみたときに、そこをノン子が常に行き来するという画が浮かんで、是非ここでやりたいと。
── 役者さんも皆さんいい味を出されていますね。
この作品で一番これって思うことは、役者さんがみんないい。なかなか、こういうのはないなと。メインの役者さんはもちろんですけど、婿養子役の舘昌美さんとか素晴らしかった。
── どんなところが素晴らしかったんですか?
いそう(笑)。いそうだなって、説得力がありますよね。あとは、新田恵利さんです。僕は、国生派ではなく新田派でしたから。不思議な気分でしたね。昔憧れた人にダメ出しをするという(笑)。
── 現場の雰囲気はどうでしたか?
いい現場だったと思います。別に仲良しチームみたいなというわけではなく、緊張感がありつつ、全員が同じ方向に向かっていたのがよかったなぁと。
── いよいよ作品が公開されますが。
是非とも観ていただきたいです。今までこんなに満足したことはないんですよね。最近は原作モノの作品が続いていたので、久しぶりのオリジナルでもあるし。正直、前回の『フリージア』の評判が芳しくなかったので、さすがに去年一年間は落ち込んでいて。ノン子と一緒で、「私はまだ終わってない!」っていう気持ちで撮りました(笑)。
── ノン子と同世代に観てほしいと思いますか?
それはありますね。僕の姉にみせたい(笑)。
(取材・文:牧智美)
■熊切和嘉PROFILE
1974年、北海道帯広市生まれ。大阪芸術大学の卒業制作『鬼畜大宴会』がPFFアワード97準グランプリ、イタリア・タオルミナ映画祭グランプリを受賞。一般公開も大ヒットを記録。2作目の『空の穴』はロッテルダム、ベルリン映画祭フォーラム部門で上映。ベネチア映画祭コントロコレンテ部門で話題をまいた『アンテナ』など、次々と意欲的な作品を発表し続けて、国内外ともに注目を集める。NTV『トンスラ』10話(08/12月放映)などテレビドラマ演出も手がける。
監督作品に、『鬼畜大宴会』(97)、『空の穴』(01)、『アンテナ』(04)、『揮発性の女』(04)、『青春☆金属バット』(06)、『フリージア』(06)、『ノン子36歳(家事手伝い)』(08)。
『ノン子36歳(家事手伝い)』
2008年12月20日(土)より銀座シネパトス、ヒューマントラストシネマ文化村通り、千葉劇場、他公開中
三十路半ば、バツイチ出戻り、実家の神社で家事手伝いのノブ子(通称ノン子)。やる気なしのノン子の前に、神社の祭りでヒヨコを売ってひとやま当てようと いう若者、マサルが現れた。世間知らずで、情けないけど、ひたすら一途で真っ直ぐな年下クンに、笑顔を忘れたオンナが、閉ざしていた心と体を少しずつ開いていく…。
監督:熊切和嘉
脚本:宇治田隆史
出演:坂井真紀、星野源、鶴見辰吾、津田寛治、佐藤仁美、新田恵利、宇津宮雅代、斉木しげる
音楽:赤犬
主題歌:「太陽のラ」PoPoyans
2008年/日本/105分/R-15
配給・宣伝:ゼアリズエンタープライズ