9/27の映画公開に合わせて来日したレベッカ・ドレイファスに、作品のこと、そして何故こんなにもフェルメールに魅せられるのかをお伺いしました。
── この作品を作るきっかけ
若い時に初めてイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館を訪れ、最初に見たのが「合奏」でした。美術館と絵、両方に強く惹かれ、忘れられない体験となりました。この絵に魅せられ、住まいのあるニューヨークからボストンに何度も通いました。『合奏』の盗難事件で、よりによってその大好きな絵が盗まれたと聞き、非常に驚きました。どうして盗まれたのだろう、そんなふうに考えたのがこの映画を作るきっかけとなりました。
── 合奏との出会い
この美術館は変わったところで、建物に中庭があり、ヴェネチアの宮殿風の、古くて面白い建物です。アメリカというのは古いものが非常に少なく100年以上経ったものはとても少ない。日本やヨーロッパの方々は古いものに慣れているけれど、当時の、アメリカに住む若い私にとっては古いものばかりに囲まれること自体が既に特別なもので、一種の高揚感の中にありました。そんな中にオランダ系の絵画がある部屋に一歩足を踏み入れると、まっすぐ前にこの絵が見えるんです。あたかもその向こうに部屋があって、過去に戻ってその部屋にいるような錯角を覚えました。
── ガ-ドナーの遺言
イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館には、とても厳しいきまりがあるんです。イザベラ・スチュワート・ガードナーが残した遺言書で、オリジナルの状態から動かしてはならないということが決められています。だからこそ、絵が盗まれた後も空の額が置いてあるんです。代わりの絵を入れることはもってのほかですし、何も足してはいけない、取り去ってはいけない。その遺言が守られなかったときには、即座に美術館を閉鎖し、全ての美術品を売却し、その利益をハーバード大学に贈ると決められているそうです。
── ハロルド・スミスとの出会い
実はハロルド・スミスとはこの映画を作りはじめてから知り合ったんです。ハロルド・スミスありきで映画ができたのではなく、この分野の専門科の見解を聞く、という名目のインタビューのつもりで彼に会いました。彼と話したときに、彼がこの事件にとても執着していることを知りましたが、その後毎日電話してきたので、プロデューサーと一緒に「どうしようか?」と言っていたんです。ところがこんなに面白いキャラクターはないし、彼を知るたびに彼を好きにならずにいられないといった個性の持ち主でしたので、彼を軸に映画を撮ることにしました。こんな面白いキャラクターを人工的に作るのは無理ですからね。彼と出会えてよかったです。
── ハロルド・スミスの魅力
彼は見た目をすぐにジョークに変えてしまう。やはり最初に彼をみると皆たじろぐのですが、彼は「喧嘩相手のほうがもっと悲惨だったんだよ」とまるで喧嘩相手がいるかのような言い方をしてジョークにしてしまう。彼はその見た目をみじめなものとしてではなく、一つの個性として捕らえていた。また、彼の仕事というのはいろんな人と出逢うんです。例えば、美術の専門家、大学の偉い先生から美術泥棒の犯罪者に至るまで。彼は人によって態度を変えることは全くありません。大統領のような偉い人だからといってたじろぐことは絶対にないし、泥棒だからといって見下すこともない。彼は偏見が一切ないんです。美術泥棒を見つけるというのは、通常の犯罪のように指紋を見つけるとかではなく、情報から解決に導くもの。ですから情報収集という意味で、彼の持っていた術というのは彼の強みですね。
── 合奏は日本にあった?
実は日本にある、という噂もあったようですよ。 「日本のある家庭で合奏を見た」という通報があって、FBIの調査官を日本に送り込んでみたら、あきらかに偽物だったという話はあります。具体的に私が会った人たちから、「日本にある」という信頼すべき情報を得たことはありませんが。
── 監督は合奏がどこにあると思う?
可能性は全てこの映画に入れましたので、じっくり見てください! フェルメールの魅力 すごく難しいけど・・多くの人を魅了してやまない素晴らしい画家ですし、30数点しかない彼の作品は非常にレアだということもあるでしょう。 そしてそこに描かれる静けさや日常生活からはなれた生活の断片が人をひきつけるのだと思いますが、決定的なこたえはみつかりません。 ただ、ひとつ覚えているのは、自分がこの絵をみたとき、一瞬自分を忘れるような、無になるような、気持ちを味わった。そんな気持ちにさせてくれるものは世の中にそうそうないと思う。そこに存在する静寂の中に無となって存在できるような気持ちを味わわせてくれるのが彼の絵です。
作品解説
一体誰が盗んだのか?フェルメールの名画『合奏』をめぐり、絵画探偵、美術収集家、美術品泥棒、フェルメール愛好家・・・それぞれの想いが交錯する美術/探偵ドキュメンタリー!
1990年に、ボストンの美術館からフェルメール作『合奏』ほか12点が盗まれた。フェルメール作品は全部で30数点と少ないため、被害総額はアメリカ美術品盗難史上最高額5億ドルにもなったという。10年以上経っても事件が解決されないことに業を煮やした監督は、美術の世界では高名な絵画探偵ハロルド・スミスとともに事件を追う。事件に関わった者として、有名な美術品泥棒、映画『ディパーテッド』のフランク・コステロ役のモデルと言われている、アイリッシュマフィアのボス、ホワイティ・バルジャー、そして米国上院議員、元大統領などの名があげられ、日本人コレクターによる依頼だという説もあったという。「合奏」に魅せられた人々と、事件の顛末、そして生涯をかけて『合奏』を追った絵画探偵ハロルド・スミスのドキュメンタリー!
『消えたフェルメールを探して / 絵画探偵ハロルド・スミス』
監督・撮影: レベッカ・ドレイファス
脚本:: シャロン・ガスキン
出演:ハロルド・スミス、グレッグ・スミス
2005年/アメリカ/83分
配給:アップリンク
字幕監修:朽木ゆり子