骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2008-10-20 00:17


なぜ人々はこんなにもフェルメールに魅せられるのか?名画『合奏』をめぐるトークショーその4

第四弾は、美術史家の小池寿子さんと、『合奏』以外のフェルメール全点を鑑賞したtakさん!
なぜ人々はこんなにもフェルメールに魅せられるのか?名画『合奏』をめぐるトークショーその4

10/5(日)
小池寿子(國學院大学教授)×Tak(BLUE HEAVEN、青い日記帳 管理人)

── 映画を観た感想

小池: 美術史が専門なので、つい美術的な観点から観てしまうのですが、おもしろかったのは、イザベラ・スチュワート・ガードナーと、バーナード・べレンソンの往復書簡。アメリカの個人コレクターが、どのようにしてヨーロッパから絵を収集して美術館を建てていったのか、という過程が見られるのが一番おもしろかったです。 私自身、美術史を始めたのは、探偵ものが好きで、探偵ものと美術史はとても関係しているところがある。真相を追究していく、謎を解いていく。それが上手くマッチしている映画でもある。

Tak: ガードナー美術館から絵が盗まれたというのは知っていましたが、あれだけセキュリティーが甘かったのだと、いうことを、改めて驚きと共に実感しました。特に、映画の中で美術館の関係者が出てきて、「セキュリティーは大学のバイトみたいなものだ」と語っていたのを見ると、それじゃぁ、盗まれてしまっても仕方がないんじゃないかと。なんて罪なことをしてくれたんだと思いました(笑)。フェルメールに関しては、『真珠の耳飾りの少女』の著者トレイシー・シュヴァリエや、『フェルメール デルフトの眺望』の著者アンソニー・ベイリーなど、フェルメール関係の本を書いている方々のインタビュー映像が面白かったですね。中でもベイリーの「本当に素晴らしい作品なのに、なんてことになってしまったんだ・・・」という事件についてのコメントは、落胆のつらい気持ちが横顔に現れていて、自分とダブる気がしました。

── フェルメール全点踏破のきっかけとその魅力

Tak: 95~6年にかけて、ワシントンのナショナル・ギャラリーと、ハーグのマウリッツハイス王立美術館で『ヨハネス・フェルメール展』という大規模なフェルメール展がありました。(マウリッツハイス美術館では23点ものフェルメール作品を公開)そのときは、興味はありつつも、様々な理由から行くことが出来ませんでした。そうしたら、ちょうど「BRUTUS」が、フェルメール特集を出してくれた。450円で我慢するかと(笑)。ところが、これを買ってしまったのが始まりで…「この美術館に行くと、この作品がみれますよ」という全作品のリストがあり、これは全点見たいなと。そういった単純なきっかけから全作品を観るようになったのです。

小池: フェルメールの魅力は、触覚値。バーナード・べレンソンは、19世紀末から20世紀の美術史学を確立するときに、触覚値という概念を初めて美術史に取り入れた人なんですね。遠近法や立体的な人物を描くことによって、あたかもその空間に、その人物に触れるような感覚を起こさせる絵、というのが触覚値がある絵だと位置づけている。べレンソンは、その触覚値という言葉をルネッサンスの絵画について使うのですが、良く見ると、フェルメールが一番、触れて目で撫で回すような快感があるような気がします。空間を共有して所有できる感覚を、直感的に見る人に与えるんです。

Tak: フェルメールの絵は、他の画家同様、本や雑誌、webでいくらでも見られるのですが、やはり現物を観なくては駄目なんです。特にフェルメール作品ではそれが強く言えるかと。

小池: 絵画は2次元の世界ですが、そこに奥行きのあるような空間を表現するということを追及しているのですけれど、フェルメールの作品はこちらに向かって空間を開いてくれている。見ている人を、空間の中に取り込んでしまう。そのような効果を生むような工夫をしている。こちら側にある空間と、また別の3次元空間があるというわけではなくて、自分もまた、絵画の空間に入っていけるような親密な関係を築ける。

Tak: フェルメールは、年を重ねるごとにその技法を獲得していますね。今、上野に来ている『ワイングラスを持つ娘』なんかは、まだ若干弱い。その隣に展示されている、『リュートを調弦する女』は、かなりフェルメールらしい作品に近づいている。まるで恋人同士のように接すること出来ます。(笑)。 ただ、恋人同士でありながら窓の外を見ている。少し寂しい。だから、余計追いかけたくなるという。何とも心くすぐられ、揺さぶられる想いも。 今回上野で開催されている「フェルメール展」で、同じ時代の作家ピーテル・デ・ホーホの優品が数多く展示されています。あらためて「フェルメールとの違いは、何だろう」と、今回の展覧会で考えながら観たのですが、光の入れ方とか、実はそんなに違いが無くもしかしたらホーホの方が上手いくらい。でもフェルメールとホーホの決定的な違いは「切り取りの上手さ」ではないかと思いました。トリミングの上手さが、フェルメールなんですよね。その切り取りの上手さがあるからこそ、小池先生が言うような、親密さが生まれるのではないかと。ホーホの場合は第三者的な観方しか出来ずどうしても感覚的に引いてしまい「距離」が生じてしまいます。

小池: 額の向こう側という印象ですよね。フェルメールは、砂とか粒子を顔料に混ぜて塗っているために、表面がデコボコしている。モザイクの一種みたいに、画面の中に凹凸を作ってそれが光を乱反射する。雰囲気が出る工夫をしている。それに非常に高価なラピスラズリをふんだんに使って、色んなところに使う。彼は緑を使わないんです。画面に、青と黄色を置いてあの色を出している。

Tak: あれだけ人物を描きながら、緑を使っていない。顔を描くとき、普通緑って使いますよね。

小池: そうですね。

Tak: また観に行きたくなってきました(笑)。

小池: そういった知識を持ってみるとまた、おもしろいですよね。


小池寿子

美術史家・國学院大学教授。専門は15世紀北方フランドル美術・中世美術などの西洋美術史。美術作品から死生観を読み解く研究をしている。死の舞踏の研究者として知られる一方、近年は運命観・身体観を探る研究も展開している。著書に『死者たちの回廊――よみがえる「死の舞踏」』(平凡社)、 『屍体狩り』(白水社)、『死者のいる中世』(みすず書房)、訳書に『死と墓のイコノロジー――中世後期とルネサンスにおけるトランジ墓』(平凡社)などがある。

Tak

BLUE HEAVEN、青い日記帳 管理人。 1998年、フェルメール作品を全点鑑賞する"フェルメール巡礼"を開始。欧米各地を巡り、ついに2008年、『合奏』を除くフェルメール作品を全点鑑賞。
BLUE HEAVEN
青い日記帳


作品解説

消えたフェルメールを探して

一体誰が盗んだのか?フェルメールの名画『合奏』をめぐり、絵画探偵、美術収集家、美術品泥棒、フェルメール愛好家・・・それぞれの想いが交錯する美術/探偵ドキュメンタリー!

1990年に、ボストンの美術館からフェルメール作『合奏』ほか12点が盗まれた。フェルメール作品は全部で30数点と少ないため、被害総額はアメリカ美術品盗難史上最高額5億ドルにもなったという。10年以上経っても事件が解決されないことに業を煮やした監督は、美術の世界では高名な絵画探偵ハロルド・スミスとともに事件を追う。事件に関わった者として、有名な美術品泥棒、映画『ディパーテッド』のフランク・コステロ役のモデルと言われている、アイリッシュマフィアのボス、ホワイティ・バルジャー、そして米国上院議員、元大統領などの名があげられ、日本人コレクターによる依頼だという説もあったという。「合奏」に魅せられた人々と、事件の顛末、そして生涯をかけて『合奏』を追った絵画探偵ハロルド・スミスのドキュメンタリー!


『消えたフェルメールを探して / 絵画探偵ハロルド・スミス』

監督・撮影: レベッカ・ドレイファス
脚本:: シャロン・ガスキン
出演:ハロルド・スミス、グレッグ・スミス
2005年/アメリカ/83分
配給:アップリンク
字幕監修:朽木ゆり子

レビュー(0)


コメント(0)