今から10何年か前に、バルト三国を旅行したことがあります。
ポーランドからリトアニアへ入り、ラトビア、エストニアを通ってフィンランドに渡る3週間ぐらいの旅でした。各国いろんな想い出があるんですが、やはり映画好きなので街歩きに疲れるとコチラで言うミニシアターのような映画館を探して毎日映画を観ていました。そんな中で、今も印象に残っているのがエストニアの映画館。首都タリンの世界遺産にもなっている風光明媚な市街地に確かあったと思うんですけど、なんとそこでは、毎日日本のアニメが上映されていたのです。
『太陽の王子ホルスの大冒険』『サイボーグ009』『銀河鉄道999』の3本を観ました。とくに旅先で観ると999は最高で、「歳を取ってからのことは、歳を取ってから考えるさ!」という哲郎の名ゼリフには号泣した憶えがあります。ラストのゴダイゴに合わせ若い女のコの2人組が突然踊り出したりしてびっくりもしました。またアニメをやっているかと思えばその合間にアレクサンドル・ソクーロフの『モレク神』なんかもやったりして、なにしろ素敵な、もしもいつかまたエストニアに行くことがあれば絶対探したいと思っている映画館です。タリンでは毎年バルト三国最大規模を誇る“ブラック・ナイツ”という映画祭が開かれているんですけど、おそらくその会場になっている気がします。
遠い北欧の地で日本のアニメが観られるだなんて奇縁だなぁと当時は思ったものですが、しかしそんなエストニアをはじめとするバルトの国々が、実は昔から、それこそ旧ソ連時代からアニメ制作の盛んな国だったと知るのはボクの場合もっとずっと後の話。元は短篇アニメの上映館としてスタートしたラピュタ阿佐ヶ谷恒例の「ラピュタアニメーションフェスティバル」でその世界的事実をようやく知りました。フェスティバルに通ってますますバルト三国と、バルトのアニメーションに興味を持つようになりました。そしてそんな中ですっかり魅入られてしまったのが、今回特集を組んでお届けするエストニアの作家、“マッティ・キュット”なワケです。
1947年生まれのマッティ・キュットは、プリート・パルンをその頂点とするエストニア・アニメーションの中核をなす存在なんですが、2つあるスタジオに所属せずフリーで活動しているというところも変わり種な異色中の異色のクリエイターで、その作品世界はまさしく強烈、キテレツ、摩訶不思議。この人、なんかクスリでもやってんじゃないの!?というぐらいとにかくその発想がブッ飛んでいます。しかし、その一方で彼の作品には心くすぐるような人懐っこいユーモアもあり、その絶妙なバランスがそれはもう病み付きになるほど魅力的なんです。
またキュットは、ドローイング、CG、人形アニメ、ピクシレーション(人間のコマ撮り)といろんな素材で作品を創るところも特徴的で、今回の4本はそんなキュットの類稀なる作家性と芸達者(?)ぶりを堪能できる実に凝縮されたラインナップとなっています。各作品の細かい説明はここではしません。ぜひ、最高の上映画質でスクリーンにめいっぱい広がるカルトなキュット・ワールドを“体感”しにいらしてください!
期間中上映は3回ですが、初回の11日(月・祝)にはなんと、マッティ・キュット氏ご本人とも親交があり、日本が誇る世界的アニメ作家である山村浩二さんをお迎えしてのトークショーも開催致します。キュット氏の謎めいた人となりや、その世界観について存分に語っていただく予定です。魅惑にしていまだ未知なるバルト・アニメーションの片鱗をうかがう絶好のチャンス! お観逃しなく。
「トーキョー ノーザンライツ フェスティバル 2013」 http://www.tnlf.jp/
「マッティ・キュット短編集」
『薫製スプラットを太陽の下で焼く』(左上)
原題:Sprott votmas paikest/英題:The Smoked Sprat Baking in the Sun/1992年/24min
『リトル・リリィ』(右上)
原題:Plekkmae Liidi/英題:Little Lilly/1994年/16min
『アンダーグラウンド』(左下)
原題:Porandaalune/英題:Underground/1997年/10min
『ボタン・オデッセイ』(右下)
原題:Noobi odusseia/英題:Button's Odyssey/2002年/18min
監督:マッティ・キュット(Mati Kutt)
エストニア/エストニア語・英語(Estonian,English)
【ストーリー】
海の底に住んでいる不幸な男は、ある日陸地に住む魚を捕まえる。魚は男に3つの願い事を叶えてあげると言うが…。(『薫製スプラットを太陽の下で焼く』) 空を飛びたいと願っているくせに空を飛ぶハエを殺すという父親の矛盾した言動に怒った少女リリィは、食事を拒否し続けてハエのように小さくなってしまう…。(『リトル・リリィ』) 他2本。