先ず、私は戦争を知らない世代で、テレビやSNS、ハリウッドフィクション映画の中の戦争報道を目にすることが多いのだが、極めて胸を抉られる衝撃的な作品だった。
ドドドドド、チャリチャリチャリ、銃撃戦中の音。戦地自由時間には性的な会話やPC対戦ゲームをする現代の普通の若者が昼間の戦闘最前線でゲームの中に入り込んでゆくような編集。ドックン、ドックンとまるで心臓の鼓動のような音響。空からの偵察情報が、戦地から離された私たちへの恐怖を揺さぶる。これらの効果的かつ繊細な技術、構成はフィクション映画で観てきたものに似ているが、これはやらせではない、脅威のドキュメンタリーだった。
まさしくドキュメンタリーの新境地に到達しているだろう。
さて、クローズアップされた国際治安部隊員のある兵士が、サッカーのゲームに軽く参加するかのように、人生経験への興味でアフガに巣単での戦争へ参戦している。(ネタばれですみません。)きっかけは好奇心だが、現場では上官の言うとおり、ケツをまくって自分の命をさらして、まさに、他人を助ける<目的>があるわけである。
<防衛>の名のもとの攻撃で結果としてだれかの血で犠牲が出ることもある。自分の身を守るために消えた“命”について、兵士が感じた正当性、悔恨ほか様々な想いを私達はどう感じ、対処すればよいでしょう? もし日本国憲法が変わり、戦地へ赴く日が来るならば、人間の極限の精神状態での瞬時の決断・モラルは果たしてどのように変化するのだろうかを映画で学べた。そしてどう変化すべきなのかを推敲するよい機会だった。
単一民族である日本人には理解しづらい根源から、世界で様々な激しい衝突が起きている。そして、われわれも世界の一員として、多民族との共存を真剣に考える時期が来ているのかもしれない。そうした考察への理解の一部として、是非、このドキュメンタリー映画をおススメしたい。