モハメド・アリという名前を聞いて、何も知らないという人は少ないだろう。
しかし、彼の全盛期をライヴで知っている人も少なくなりつつあるかもしれない。
彼の全盛期や、彼の言動は知っていても、
ボクサーとしてのモハメド・アリとしての認識しかなく、
人間、あるいは、一人の男としてのモハメド・アリを知っている人は少ない、と言った方がいいかもしれない。
既に、彼の半生を描いた映画等も製作されてきたし、
色んなドキュメンタリーで彼が取り上げられることもあった。
それだけ彼が世界中の注目を集められる人物だということは分かっていたし、
キンシャサの奇跡や、アントニオ猪木との異種格闘技戦等は伝説として知っていた。
また、時折公の場に姿を見せるパーキンソン症候群を患った姿をテレビで観ることもあった。
しかし、今回は、実際にリング上で彼と拳を交え、
リングの外では時に彼と舌戦を繰り広げた男たちが語る一人の男、
伝説のボクサーとしてのモハメド・アリの姿が生々しく描かれる
異色のドキュメンタリー作品が登場した。
それが、『フェイシング・アリ』である。
ジョージ・フォアマン
ジョー・フレージャー
ラリー・ホームズ
レオン・スピンクス
ジョージ・シュバロ
ケン・ノートン
ヘンリー・クーパー
ロン・ライル
アーニー・シェーバース
アーニー・テレル
と、語られるモハメド・アリも伝説なら、
語る側も伝説的なボクサーばかりという豪華なものである。
だが、中身はそんな言葉では表せない、もっと深く、もっと熱い内容であった。
伝説的なボクサー達が健在ぶりを見せてくれながら、
モハメド・アリについて語り、彼らの見たアリの姿を彼らの言葉で語ってくれる。
そして、熱戦の様子が織り交ぜられる。
確かに、全盛期の「蝶のように舞い、蜂のように刺す」モハメド・アリのボクシングを見るだけでも、価値のある映像かもしれないが、この作品の極意はもっともっと深いところにあった。
それは、彼が、ある意味20世紀の世界を動かした男に他ならないということ。
20世紀の世界が、マイノリティー、或いは、弱者にとってどういう世界であったかと言うこと。
アリだけではなく、本作に登場するボクサーたちの生きた世界がどのようなものであったかと言うこと。
信念を貫き、折れない強さを持った者だけが語れる言葉の数々……。
その重みをズッシリと感じながらも、そこには現代を生きていくヒントも多く見出せた。
正直に言うと、今回ほど映画のレビューを書くにあたって、悩んだことはないかもしれない。
何故なら、彼らの言葉をここで文字にしてしまうことは、ナンセンスだと感じたから。
彼らの口から語られる言葉でないと、その真の重みや真意が失われてしまうように思ったから。
だから、敢えて中身にはあまり触れないことにしたい。
現代を生き抜いていく我々は、この映画を観て絶対損はしない。
時代を動かした男の生き様を、
彼と闘った戦友の言葉で知り、
彼の口から出た言葉の数々に関する理解を知れば、
きっと何か掴めるモノはあるはずだ。
あれだけ挑発的な言葉を受けた男たちが、なぜ彼への愛を失わないのか。
彼を称賛し、彼の伝説を語り継ごうとするのか。
この映画を観終わった時に、胸に熱いものを感じると共に、拳を交えた男たちにしか分からない絆というものが見えてくる。