子供のころ、祖父が買ってくれた子ども向けのクラシック音楽のレコード。「はげ山の夜」や「白鳥の湖」といった楽曲のレコードとセットで、絵本がついていた。セットの中には「ふたりのぶとうかい」があって、それが私のいわさきちひろさんの絵との出会いだった。
やさしいイメージしかなかったが、映画を観て、とても驚いた。
いろいろなものと戦ったひと、それがこの映画を観た私の感想のすべてかもしれない。
二十歳で親の決めた結婚。
夫の自殺で終わった結婚生活の間も、ちひろは戦っていたのだと思う。
女の子三人姉妹の長女として生まれたこと、家制度が色濃く残る時代に、進みたい絵の道を閉ざされた絶望感を抱えて、知らない土地、それも外国での結婚生活。つらかっただろう。
結婚生活が終わった後、絵の道にと思い切った行動を取るちひろの姿に、強く感銘を受けた。
退路を断つ、という言葉が浮かぶ。
夢は叶えたいと思うだけのものではなく、叶えるもの。
けれど、未来の自分の姿が、そのときのちひろに見えていただろうか。
見えなくても、強い思いを持って進む。
それは27歳という若さが持つ、無謀さや思い切りのよさだけでは片付けられないように思えた。
自分の人生と戦うひと、だと思った。
画家として認められるようになったちひろが、画家の権利を主張し、出版社に著作権を認めさせようと活動をするくだりでは、最近話題にのぼっている著作権隣接権のことが頭をよぎった。
今、ちひろが生きていたら、なんというだろう。
権利を主張すると、それが本来は正当なものであっても、よほど彼女に頼みたいと思っているところ以外からは仕事がこなくなったという。
著作権隣接権もそうなってしまうのだろうか。これからまた、そんな時代がくるのだろうかと、映画を観ながら、縁あって知り合った、一人の漫画家の方のことも頭をよぎった。
ちひろ、という名は「知弘」と書くことを、この映画で初めて知った。「知弘」はともひろ、と読める。男の子の名前として考えられたのだろうことは、想像に難くない。ちひろは長子だから、きっと男の子が望まれたのだろう。
二十歳で親の決めた結婚。泣きながら夫の待つ地に向かったということ。すべて、時代と言ってしまえばそれまでのことかもしれない。
しかし、そこに甘んじず、自分の信念を曲げず、戦うこと。
長いものに巻かれ、状況に甘んじることは楽だけれど、それでいいの?と問いかけられている気がした映画だった。
この映画を観ていて、そこに出てきたさまざまなことが、私自身に怒った出来事や考えていたことにもつながっている気がしてならなかった。
たぶん、観た人それぞれに、そんなことがあるのではなかと思う。
ドキュメンタリーというジャンルは、エンタテインメント性の高い映画に比べて敷居が高いかもしれない。
けれど、観る価値の高い映画であると思う。
自分の中にある、しまい込んでいた夢や感情が揺さぶられる。
そしてスクリーンに広がる、ちひろの美しい絵、強い絵。
作品は本来、その作品としてだけ鑑賞されるべきと思いながら、あの技法を産み出し、美しくも強く、そして優しさに満ちた絵を残してくれたちひろという一人の女性の人生が、この映画でもっとたくさんの人に知られてほしいと思った。