11月2日、水俣病被害者互助会と環境省、チッソに行ってきました。
熊本日日新聞と西日本新聞の記者の方がいらっしゃいましたが、今朝ネット検索した限りでは、昨日の行動についての記事が見当たりません。
そこで、同行した私なら、なんと記事の見出しをつけるか、考えてみました。
私なら、「環境省 特措法は節目 水俣病は解決しない」でしょうか。
“最終解決”を目指してつくったという特措法について、昨日確認した環境省の見解です。
チッソはこの見解に同意しないと思いますが。
水俣病は公式に確認(政府が確認)してから55年になりますが(55年ですよ!)、昨日の話によると、いまだに因果関係を明らかにする手法の開発をしているそうです。
この間、亡くなられた被害者が何人いることやら。
こうした状態にありながら、「水俣病の教訓云々・・・」という発言もあり、教訓って何?と考えました。
結局、「検討中」「開発中」云々の対応は、解決策の先延ばしでしかなく、被害者は亡くなっていくのです。
何年も待たせてから“対応”すれば、対象となる被害者の数も減りますから、補償する側にとっては、補償額が少なくなります。
これが教訓!?
とは思いたくないですが。
日本がインドに原子力技術とともに「原発事故の安全対策」も提供
というニュースが先日ありましたが、日本の安全対策って何でしょう。
暫定規制値を事故から半年以上続けること?
まさか、安全対策って、原発を推進する政府や電力会社にとっての安全対策!じゃないですよね。でもそう考えたほうが、納得できそうな今の日本政府・東電のふるまいじゃないですか。
なお、昨日の環境省、チッソでのやりとりの内容については、本日、水道橋で開催されるシンポジウムで報告があるかと思います。
http://d.hatena.ne.jp/chechen/20111028/1319795841
取り急ぎの報告でした。