亡くなってまもなく30年というのに、なお人気の高いグレン・グールド。音楽に疎い私にとっても、特別なピアニストである。うらやましいほどの指の動き、音楽の中で陶酔するような弾き方、そして若いころの美しさ。映像が多く残っていることも大きいだろう。
これまでのドキュメンタリーで使われた映像が多い中、この作品で新しいのは、グールドを個人的に知る人たちの言葉である。もし元恋人が目立ちたいがために登場し、暴露話をするというなら嫌悪すべきものだが、これらの人々はグールドの人となりを語り、懐かしみ、新たな人物像を与えてくれる。完全な人嫌いではなく、ロマンチストだったり、相手の子供に思慮深く接したり、寂しさを感じていた面もあったのだろう。周囲の人に語られるグレン・グールドはやはり実在の人物だったのだと、改めて感じる。ラストは、予想通りの曲・シーンではあったが、やはりグールドを悼む言葉には、涙をこぼしてしまった。やはり、心にひたひた染み入るような81年の『ゴルトベルク変奏曲』は素晴らしい。
音楽的な部分は少ないが、音楽学校で習ったというフィンガー・タッピングを見ることができたり、また湖のほとりの家で弾く映像で知られるチッカリングは、実はグールドの家のものではなく、デビュー前後で付き合っていた彼女の家のものだという点も新しい発見である。グレン・グールドの演奏を独り占めできるなんて、想像しただけで贅沢だ。
グールド研究家も述べるように、グールド像を掴んだと思うとすり抜ける、捉えどころのないという印象は、このドキュメンタリーを見た後も感じる。ミステリアスであるがゆえに、近づきたいという思いを掻き立て、多く語られる人物なのだろう。