イタイ女を描かせたら右に出る者はいない、本谷有希子の新作。 犬を処分する仕事に就き、復讐を狙う女と同居する男、英則。 復讐されるとわかっていながら同居生活を続ける女、奈々瀬。 英則の職場の同僚で、犬の悪夢にうなされる番上。 その恋人で、英則&奈々瀬の幼なじみで、二人に嫌悪感を抱く女、あずさ。 物語は、妙なバランスの上に成り立つ英則と奈々瀬の同居生活に、番上とあずさが介入することから始まり、4人の登場人物が交互に語りべを務めることで、にわかには信じがたい同居生活の真相が明かされていく。というか、むしろ謎が深まっていく。人間的な感情が一切見えない英則も、ボロいスウェットと時代遅れな眼鏡で自分を貶め、絵に描いたような妹キャラを演じきる奈々瀬のマゾっぷりも、不気味。そんな不可解さが引き金になって、ずるずると物語に引き込まれていくのだ。その「引き」の強さが絶妙。そして、よくわからないことにつき動かされてしまうのは人間の性で、それこそが愛なのだ、という本谷作品に通底するテーマを、ここでもさりげなく匂わせてしまう表現力は素晴らしい。 ただ、本作のカギを握るはずの英則の内面については、いささか手薄な感が否めない。本谷が得意とするイタイ女=奈々瀬はヴィヴィッドに描かれているのに対し、英則像があまりにぼんやりして、喰い足りない。だから、同居生活のバランスが崩れ、英則の感情がいよいよスパークするという段になっても、説得力がないのだ。場面展開はむしろ激しくなるが、感情の核が見えない。中盤あたりまで、力強い筆致に終始惹きつけられた作品なだけに、終盤での失速感が残念だ。