2011-06-12

『BIUTIFUL ビューティフル』クロスレビュー:イニャリトゥ監督が描く生死の物語 このエントリーを含むはてなブックマーク 

初めてのセルバンテス文化センター東京での試写会。
入口で“Hola!”と挨拶を受け、一気にスペイン文化の中へと誘われる。
陽気で人懐っこくて、それでいて丁重な案内をしてくれる受付の男性。
ラテンの明るいイメージがそこにはあった。
スペイン、是非とも一度は訪れてみたい国だ。

今回の映画は、以前から非常に楽しみにしていたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の最新作、ハビエル・バルデム主演の『BIUTIFUL ビューティフル』。
『21グラム』や『バベル』などの名作を世に送り出し、世界を圧倒し続けてきたイニャリトゥ監督をして、「最も描きたかった物語」という映画であり、それだけで十分に興味を惹かれてしまわずにいられない。
シリアスな役どころから、コメディも、セクシーな男も、強烈な個性ある役も見事に演じきるハビエル・バルデムが母国スペインを舞台に母国語であるスペイン語での久々の演技、どのような男を今度は見せてくれるのか、ここも楽しみの一つであった。

(ストーリー)
これは、父が生きた証。

スペインの大都市、バルセロナ。
その華やかなイメージの陰には、厳しい現実と日々対峙する人々の暮らしがある。
その大都市の片隅で生きる男ウスバル(ハビエル・バルデム)は、妻と別れ
2人の幼い子供たちと暮らしていた。生活は決して裕福とはいえず、
日々の糧に得るためにはあらゆる仕事を請けおい、時には非合法な仕事をも厭わずに働いた。
しかしある日、ウスバルに絶望が訪れる。“末期がん”の宣告。彼に残された時間は2ヶ月。
家族に打ち明けることもできず、着実に忍び寄る死への恐怖と闘いながらも、
ウスバルは残されたすべての時間を愛する子供たちのために生きることを決意する。
愛、罪、運命、そして死。
終わりを知ったものだけが見せる、力強く美しい人間の姿とは。
(チラシより抜粋)

まず、この映画、2時間28分の長尺の作品なのだが、
今までのイニャリトゥ監督の作品のイメージと比べると、
群像劇ではなく、あくまで一人の男、ウスバルを中心に物語が進行し、
その周囲で起こる出来事1つ1つに深い意味があって、
グイグイと映画の中に観客を引き込んでいく力に満ちている。
意味ありげなオープニングから心を掴まれ、
ラストへ向かって疾走していく主人公の人生の一片。
観終わった後は、しばらく言葉も出て来ず、椅子に座り続けていることしかできなかった。

魂に直接働きかけて来るかのようなハビエル・バルデムの演技。
時折生きていることに疲れ、その意味を見失ってしまう僕の弱い心に、
生きる意味を思い出させてくれ、叱咤激励されるかのようなイニャリトゥ監督のメッセージ。

作品の中には、黒澤明監督の『生きる』のワンシーンを引用し、
黒澤作品へのオマージュも深く感じられる映画であるからこそ、
日本人としてこの作品に入り込みやすいところがあるのかもしれない。
しかし、描かれているストーリー、メッセージ性は全人類に共通すること。

今まで見たことのないバルセロナの底辺に暮らす人々の姿がそこには鮮明に描かれている。
厳しい現実。
決して甘くはない社会。
人は生きるために、子供を養うために、何だってする。
明日をも知れぬ命の火を、力強く燃やしていくしかないのだ。
映画の中に描かれる様々な登場人物の生と死。
時に優しく描かれる死もあれば、残酷な死もあり、
リアルな世界の中にある厳しい事実を、真正面から我々に突き付けて来る。

そんな社会に足を踏み入れて暮らす主人公ウスバルの過酷な運命。
彼は生きる。
子供たちのために、運命に抗おうと必死で生きる。
そんな彼の姿に、熱い思いを抱かずにはいられない。
迫り来る死の時を知ったからこそ、生き方を変えようともがく男。
死を誰よりも知り、誰よりも恐れているからこそもがき続ける男。
彼が恐れているのは自らが死ぬことなのか、残していくもののことを思ってなのか?
映画を見ていくうちに、どんどん感情移入させられ、
彼の人間味あふれる内なる姿がどんどん表にさらされていく様子に胸を打たれ、
彼の哀しみや、怒り、子供を思う心、仲間を思う心に強い感動を覚える。
そして、最後に待っている「死を受け入れる」ということ。
「死ぬ」ということ。
「死」が彼に取って持つ意味が色濃く描かれ、オープニングの意味を改めて知ることになる。

この映画は、イニャリトゥ監督が全世界に向けて魂を込めて送り出した強烈なメッセージ。
ハビエル・バルデムが、人々の魂を揺さぶる、ある意味親近感のある男を見せる。
魂の叫びは、この作品を観る者の心にしっかりと届く事だろう。
この映画の持つパワーは、観終わってからもジワジワと心身を侵食していく。
物凄い作品である。
イニャリトゥ監督の作品らしく、音や音楽の使い方も絶妙。
必要最低限のものではあるのだが、その音の使われ方、美しい旋律も心を離れない。
生きている、ということは、何と貴重なことなのか。
どんなに恵まれない生活であっても、生きることが無意味だなんてことはあり得ない。
子供たちのために、気を強く持ち、今あるこの命を全うしたい……
この映画に対する適切な表現は、言葉では言い表し難い。
少なくとも僕の語彙力や、文章力では難しい。
しかし、この映画の持つ魂の琴線に触れるようなパワーが一人でも多くの人に伝わって欲しい。

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しもちゃん

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“3人の子供を持つパパです”