【STORY】
ホエール・ウォッチングのため、世界中から観光客の集まるアイスランド、レイキャヴィク。あるよく晴れた日、6組の乗客を乗せていつものように観光船は出航した。しかし不慮の事故で突如船長を失った観光船は、帰港する術をなくしてしまう。そこへやってきた家族経営の捕鯨船が、取り残された観光客たちに救いの手を差し伸べるのだが、それが恐怖のシナリオの始まりであった……。(資料より抜粋)
総人口30万人、反捕鯨運動により世界3位の捕鯨国であったにもかかわらず、20年間にわたり捕鯨禁止となった当時のアイスランドにおける社会環境も背景にしながら、題名から分かるように『テキサス・チェーンソー・マサカ―(悪魔のいけにえ)』にヒントを得て製作されたアイスランド初のホラー映画の登場である。
レザーフェイス役で世界に名をとどろかせたガンナー・ハンセンと、日本からLAに渡り、『インランド・エンパイア』や『硫黄島からの手紙』などで国際的な活躍も見せてくれている裕木奈江が出演している。
まず、この映画を観たいと思ったきっかけは、北欧の小国アイスランドで初めて製作されたホラー映画である、ということを知ったからである。
のどかな北欧の国、とは言え火山国であり、案外気温は低くなく、また、資源は乏しいが温泉が多数ある等、日本にも通ずる環境にある国で初めて製作されたホラーがどんなものなのか、強い興味を惹かれた。
次に、先日たまたま本作の予告編を観る機会があり、ホエール・ウォッチングというホラーとは一見何の関わりもなく、かつドキュメンタリー映画のようなタッチで予告が始まるストーリーが、突如として残虐な血みどろ映画になっていく、という驚愕の展開に、映画ファンの心を揺さぶられずにはいられなかったのが、大きなポイントである。
資料の紹介を見てみると、この作品の脚本家、とてもホラーを書くような人には見えない。穏やかな感じの方であり、ビョークの歌の作詞なども手掛けており、ノルウェーの文学賞を受賞している小説家でもあるらしい。
感性豊かな文人は、想像力にも長けているということだろうか?
この映画は、まず題名ありき、で始まり、監督と脚本家とが二人三脚で作り上げた作品のようだ。作品を観ると、2人の意気込みというか、熱意や、祖国を大事にしながら新しいものを創り上げようとした創始者としての誇りが感じられた。
さて、肝心の作品であるが、まず、ホエール・ウォッチングという観光商売をネタにしているからなのかもしれないが、非常に国際色が豊かである。アイスランド語、英語、フランス語、日本語までもが登場するのだから驚きだ。
そして、始まりは静かに、捕鯨禁止時代のアイスランドのリアルな実態を描くドキュメンタリーのようにスタートする。
捕鯨の様子が生々しく映し出されたり、それが大きな産業の一つであった事を示す映像。
捕鯨船が向こうに停泊している手前では、ホエール・ウォッチングの観光船が動いている。
捕鯨国の日本に住んでいると、親近感を抱かずにはいられない。
そして、観光客が楽しむ夜のクラブの様子。
しかし、ちゃんとそこには伏線が張り巡らされていて、映画は確実に始まっていたことに気付く。
誰もが経験しうる日常の世界と、恐怖に満ちた異常な環境とのギャップがそこにはあり、また、異常な環境ではあるけれども、それがいつ誰の身に起こるのか、ということを考えた場合、実は誰にでも起こり得ることなのだ、と気付かされる。
そこにこの作品の一番の恐怖が隠れている、と言っても過言ではないかもしれない。
恐怖ばかりではなく、しっかりとブラックユーモアを織り込んで、笑えるポイントを押さえてくれている点も心強い。ホラーとコメディとは紙一重なのだ。
ホラーには、「うっそー!」「マジで?」「あり得へんやん!」と突っ込める笑いのポイントがなければ、ただのスプラッター映画でしかなく、ジェットコースター感覚の上がり下がりを経験することが出来ないのだ。
だから、しっかり笑える要素を織り込んでいることは、ホラーとしての王道を突き進んでいる、と言えるだろう。
それから、登場人物はそれほど多くはないのだが、それぞれの個性を明確に浮き彫りにしており、まともなキャラクターはわずかばかり(それも実は訳ありだった事が突如判明したり……)、皆が一癖も二癖もある連中で、感情移入しようにもそれを受け付けないような側面を持っていたりして、あくまで観客には観客として観ろ、と言わんばかりの強烈さがあり、そこがまたいい味を出している。
さらに、展開面では、先読みしやすい場面があったかと思いきや、予想を見事に裏切ってくれる場面も用意されており、それらのバランスも絶妙。各登場人物の個性や性格を見事に活かした内容が用意されており、「なるほど、そうくるか!」と感心する場面が幾つかあった。
最後に、音響には非常にこだわった様子がうかがえたが、その効果は抜群のものであったと思う。ホラー映画には優れた音響が必要であり、そのことを十分理解した起用がなされていると感じた。
なお、既にアイスランドでは捕鯨が再開されており、ホエール・ウォッチングなどの観光業とまぁ色々ありながらも共生しているようである。
なかなか行く機会のない遠い国の事ではあるが、世界最大の露天風呂や、火山ウォッチング、オーロラ鑑賞、もちろんホエール・ウォッチングなど、観光業としては色んな売りがある国のようなので、Webdiceの裕木奈江さんのリポートを読んで、この映画を観て、ますます現地に行ってみたくなった。
現地でホエール・ウォッチングを体験してみたら、この映画の持つ恐怖とリアリティがより一層強く味わえるのかもしれない。
アイスランド独特の文化や環境を活かした映画作品の製作にも、今後大きく期待して行きたい。